「……一夏」
時刻は19:50。IS学園の就寝時間は決められておらず、部活棟も21時までであれば解放されている。
そんな剣道場に箒はただ一人で竹刀を振っていた―――しかし、集中力が続かず、先程から何度も中断しては再会して、の繰り返し。
その原因はハッキリとしていた。
「……だめだだめだ……一夏の不幸を望むような私が会いに行く資格など無い」
そう言い聞かせ、もう一度竹刀を振ろうとするがやはり一夏のことが気になって仕方がなかった。
一時は心停止まで言ったという噂話を聞いた時は生きた心地がしなかったが奇跡の生還を果たしたということを聞いた時は飛び跳ねるくらいに嬉しかった。
一刻も早く彼の下へ向かい、彼の顔を見て言葉をかけたかった―――だが自分にはその資格はない。
自分も専用機があればもっと彼の近くにいれるということは何度も考えてきた。しかしそれは嫌いなISを、ひいては嫌いな姉に頼るという事。
だから誓った。姉には頼らないし、卒業の為だけにISは使うと。
しかし、固く誓ったはずの誓いはいとも簡単に崩れ去った―――それも一夏の不幸を望み、それを利用して自分が望む状況を手に入れるためにISを欲するという最悪な形で。
「……一夏」
会いたい―――その感情が彼女の全てを支配していた。
会って話がしたい、声が聞きたい、名前を呼んでほしい―――今までの当たり前の日常がどれほど幸せなものだったのかを今になって実感した。
「……今日は上がろう」
竹刀を戻し、部活棟のシャワー室を使うべく、道場の扉を開けた―――その瞬間、目の前に飛び込んできた光景に胸が高鳴った。
部活棟の入り口の階段に一夏が腰を下ろしていた。
だがその後ろ姿は酷く落ち込んでおり、机に突っ伏すような形で頭も下がっている。
「一夏っっ」
気付いた時には彼の下に足が動き、俯いている彼に声をかけてしまっていた。
声に気付いた一夏が振り返る―――その目は赤く腫れており、袖の部分は少し濡れている。その2つだけで今まで彼がどんな状態だったかは理解できた。
「箒……」
「……」
先程まで会う資格はないと言い聞かせていたにも拘らず声をかけてしまった自分を何と浅ましいのかと恥じるがこのあと、どのような行動をとればいいのかが分からない。
「こんな時間まで鍛錬に励んでたんだな……箒は凄いな」
「そ、そんなことはない! ただ、習慣になっていて……でも今日は集中できなかった……」
「……俺もだ」
「え?」
「今は何も考えられない……しなきゃいけないことはあるのに体が動かないんだ」
「……何かあったのか」
箒は一夏の下へと近寄り、隣に座る―――資格など無いということは分かっているが今の彼をこのまま放置してシャワーを浴びになど行けるはずもなかった。
「千冬姉に酷いこと言った」
「……千冬さんとけんかしたのか」
「喧嘩なんかじゃねえよ……一方的な俺の暴言だ……千冬姉が俺に何も言い返せないのを良いことに……千冬姉の気持ちなんか考えずに踏みにじったんだ」
「……」
「千冬姉、泣いてた……俺、もうどうしたらいいか分からねえよ」
千冬が泣いていたということも想像が出来ないが彼がここまで落ち込んでいる姿は見たことがない。
でも彼が悩んでいることは箒にも経験があった―――箒の場合、それは現在進行形だ。
「……私も同じようなものだ」
「箒」
「一度だけ姉さんに言ったことがある……」
『ISなんかいらない! ISがなかったら一夏ともっと一緒にいれた!』
その光景は今でも昨日のことのように思い出すことが出来る―――あの時は束は泣いてはいなかったが少なくとも平常心ではなかったはず。
今も昔も思考が読めない。
「その後くらいだ。姉さんが私たちの前から姿を消したのは」
「……そうだったのか」
「仲直りしたいとは思わないが……あの時のことを謝罪したいと思っている……一夏はどうなんだ?」
「……仲直りしたい……でも……」
「ならば行くべきだ……今行かなければ私の様に後悔することになる」
「箒……」
「あ、織斑君」
前方から声が聞こえ、二人が顔をあげるとそこには普段着姿の真耶が立っていた。
「山田先生」
「家族の話を首を突っ込むのはダメですが……織斑先生は今日は私の部屋で一緒に寝ます。織斑君はいつも通り部屋で寝てください」
「……ありがとうございます」
「……一応これは独り言なんですけど」
「「?」」
「寝る場所が無いのは困るだろう。ちゃんとした場所で寝ろ、バカ者……だそうです」
似ていない声真似でも名を出さなくてもそれが誰からの言葉なのかは理解できる―――一夏はその言葉を聞くとまた顔を伏せて肩を震わせる。
「千冬姉っっ……ごめんっっ……千冬姉はこんなにも想ってくれてるのにっっ……俺はっっ!」
「喧嘩は仲直りまでが喧嘩ですよ? 先生からのアドバイスです。じゃ、おやすみなさい」
そう言って真耶はその場を後にする。
一夏は少しの間、肩を震わせ続けたが少しすると袖で顔を吹き、スッと立ち上がる。
「俺、千冬姉に謝ってくる」
「一夏」
「箒もありがとう……おかげで見えてきた」
「それはよかった」
「箒、傍にいてくれてありがとな……箒が幼馴染でよかった」
「っっ!」
そう言われ、箒の胸が高鳴る―――そしてようやく気付いた。
(あぁ……別に一夏の傍にいることに特別な何かはいらない……専用機なんかなくても……私は一夏の傍にいることが出来るんだ)
ようやく当たり前のことに気付いた箒の胸につっかえていた何かが取れ、曇っていた思考が一気にクリアになっていき、陽の光が差し込んでくる。
専用機などという機械に頼らなくても一夏の傍にはいられるし、同じ思いを共有することができる。
今までは恥ずかしさや周りの目などを理由に動かない理由を探していただけに過ぎない。
「一夏……すまない」
「え? なんで箒が謝るんだよ」
「こっちの話だ……今は何も言わずに受け取って欲しい」
「え? あ、お、おう」
「ほら、もう時間も遅い。もう帰ろう」
「おう、あ、部屋の前まで送るぞ」
「う、うむ」
二人は隣合い、歩いていく―――その後ろ姿はまるで小学生時代の様にともに家路を帰るようだった。
――――――☆――――――
「ただいま戻りました~。先輩、言ってきましたよ~」
「……すまない」
真耶の部屋で千冬はベッドに横になり、頭から布団をかぶっていた。
「いきなり先輩から連絡が来た時は驚きましたよ~」
「……」
「今日はゆっくり休んでください……あ、紅茶飲みます?」
「……いただこう」
布団から出てきた千冬の両目は酷く赤く腫れており、服もスーツのままで皺が寄ってしまっている。
千冬は椅子に座り、良い香りを出している紅茶を一口飲むと少し落ち着いた表情をする。
「姉弟喧嘩も大変ですね~」
「……」
「私は一人っ子なので姉弟の大変さは分かりませんが……お姉さんは大変ですね」
「……手のかかるやつだからな。あれでもだいぶマシにはなった方だ」
「え~、そうなんですか? しっかりしてるように見えますけど」
「まだまだだ。昔は話し合いもせずに喧嘩を吹っ掛けるような奴だったんだ」
「はぇ~、今の彼からは見えませんけど」
「そうだな……あいつの懇談に行けば毎回、何かしらの出来事を聞いたくらいだからな」
「意外ですね……もしかしてその出来事って女の子のことも入ってたりします?」
真耶が冗談交じりにそう言うと千冬はふっ、と小さく微笑む。
「その時は女性の担任だったが……危ないラインだったな」
「えー!? そ、そんなイケない関係が」
「だから山田君も気を付けるといい。あいつは無自覚に女を惚れさせるからな」
「ただでさえオルコットさんや鳳さんたち同世代を惚れさせているのに……なんという女性キラー」
「まだまだあるぞ。小学生の時には――――――」
その後も千冬は一夏のことを話し続けた―――時には怒りながら、時には笑みを浮かべながら一夏の話をそれは本当に楽しそうに話し続けた。
真耶はそれをひたすら聞き続ける。
そしてふと千冬が唐突にこう聞いた。
「山田君」
「はい?」
「私はどうすればいいだろうか」
「……」
真耶自身、その性格から誰かとけんかをするようなことはほとんどなかった。あったとしても幼い頃に少しの口喧嘩があっただけ。
そんな真耶はこの二カ月少しの千冬の姿を見て考えた。
今のこの人に何が必要なのか、と。
「待っていたらいいと思います」
「待つ……」
「この二カ月だけのことで言えば先輩は織斑君が心配で心配でたまらないんです。私が全部しなきゃいけないって思って全部しちゃう……織斑君が何かを言う前に」
「……」
「だから織斑君の答えを待ってみたらいいと思います。彼も十五歳です。たまには自分で考えて行動することも大事だと思いますよ」
「……待つ……か……考えたことも無かったな。あいつを待つなど」
いつだって彼のことを第一に考え、先手を打ち続けてきたことはこの二カ月を見るだけでも想像がつく―――だから敢えてここは待つことを覚える。
それが千冬にとっても一夏にとっても成長の起点になると真耶はそう感じた。
「先手を打って先回りして先導してあげることも大切ですが自分で方向付けすることも大事だと思います。これからも同じことをすると今度は殴り合いのけんかになっちゃいますよ」
「そうだな……また橋を渡るようなことになってはいけないな」
なんの橋だろう、と疑問に思う真耶だがそれは触れないでおいた。
「今日はもう寝ましょう。明日はお休みです。6月からは色々とイベントがありますからね」
「そうだな……転入生のことは頼む」
「はい! お任せください!」
1巻の内容途中で23話は多いのか。少ないのか