次の日の朝、俺は変な緊張感に苛まれていて部屋の中をウロウロ、何度かけたか分からないコードレス掃除機で床を何度もバカみたいにかけている。
IS学園は清掃員がいるから生徒がやる必要はないし、なんなら掃除道具なんてない。
でも俺はどうしてもと言って千冬姉に持ってきてもらったのだ。
「や、やばい……緊張する」
約束は9時。時刻は8時55分。俺の緊張はピークに達していた。
その時、ドアをノックする音が聞こえ、掃除機が手から離れる。
千冬姉にとってすれば自室なのでノックをする必要はない。
「……ど、どうぞ」
そう言うとゆっくりとドアが開き、千冬姉が部屋に入ってくる―――その目は薄く赤色に腫れており、ずっと泣いていたということはすぐに分かった。
千冬姉の表情を見て俺の心臓が握られた気がした。
お互いに何も言わずに椅子に座り、向かい合う―――でも俺達の間に会話は無く、重苦しい沈黙が部屋に充満するだけだった。
「ちふ」
「一夏」
俺よりも早く千冬姉が話し始める。
「な、なに?」
「……頬、大丈夫か?」
「っっ!」
「本気で叩いたからな」
千冬姉はそう言いながら俺の頬に軽く触れる―――その瞬間、俺は涙が止まらなくなった。
千冬姉はどんな時だって俺のことを第一に考えて、心配してくれる―――今だって俺に暴言を吐かれたっていうのに千冬姉は自分が叩いたことを気にしている。
「なんでっっ……なんでそんなに俺の事っっ……俺が悪いのに……俺が千冬姉に酷いことを言って千冬姉の想いを踏みにじったのに……なんでそんなに心配してくれるんだよっ!」
正直に言えば俺は千冬姉に怒られると思っていた。それもそうだろう―――相手のことを何も考えずにただ自分の気持ちだけを相手にぶつける。
一番人としてやってはいけないことだ。
「私の家族はお前だけだからだ」
「っっ……千冬姉」
「お前にどんなことを言われても……家族の心配をするのは当然だろう」
「千冬姉! ごめんっっ! ごめんっっ! あの時千冬姉のこと何も考えずに俺の言いたいことだけ言って千冬姉を傷つけてっっ!」
「一夏」
「っっ!」
千冬姉は俺の名前を呼ぶと手を引き、優しく抱きしめてくれた―――昔、誰かに誘拐された時も助けに来てくれて抱きしめてくれた。
千冬姉に抱きしめられると色んなことが霧散して気持ちが落ち着く。
「私の方こそ謝らなくてはいけない……お前に何も言わずに私の理想ばかりを押し付けていた」
「違うっ……千冬姉は俺のことを想ってくれてたからっっ」
「よく言えばな……悪く言えばお前の意見を押し潰していたんだ……一夏、すまん」
「千冬姉っっ!」
俺は千冬姉の胸で泣き続けた―――千冬姉はずっと俺のことを想って行動してくれていた。俺はそんな想いを踏みにじったのにそんな俺を千冬姉は許してくれた。
一生、俺はこの人にはかなわない。
「一夏……お前に」
「待ってくれ」
「一夏?」
俺は千冬姉の言葉を遮るように静止し、千冬姉から少し離れる。
この後、何を話すのかは大体想像がつく。でも今の俺にはそれを聞く資格もないし、強さも持ち合わせていない。きっと千冬姉が話してくれることは大きなことだと思う。
そんな大きなことを受け止めても潰れないように強くならなきゃいけない。
「千冬姉……今の俺に話を聞く資格はない……だから6月の学年別トーナメントで優勝する。それが出来たら……今までの行動の理由を教えてほしい」
「一夏……」
「千冬姉も弱いままの俺じゃ不安だろ? だから千冬姉が心配しなくてもいいくらいに俺は強くなる。まずは学年最強を目指す。それが出来た時に教えてほしい」
「……良いのか? 話を聞けない可能性の方が高いぞ」
半笑いでそういう千冬姉に俺は苦笑いを浮かべる―――でもそれは事実だ。今の俺の実力じゃ良くてベスト16にはいれるかどうかだ。
操作技術のレベルも低いし、知識量も欠点ギリギリだ。
でもそれを達成してこそ千冬姉に話を聞く資格がある。
「いい。絶対に優勝するから」
「……そうか。分かった……」
「あ、あのさ……お菓子買ってきたんだ……一緒に食べない?」
「……今日だけな」
千冬姉は小さく笑いながらそう言うと近くに合ったお菓子の袋を開けた。
何年ぶりだろう―――千冬姉とこうやって楽しく話しながらお菓子を食べたのは。
こうして人生初めての姉弟喧嘩は幕を閉じた。
――――――☆――――――
「へむへむ……へむへむ」
どこかも分からない場所で世界の天才、篠ノ乃束はモニターに表示されている各種データを見ながらうんうんと小さく頷く。
そのモニターには『篠ノ乃箒』と表示されており、年齢・性別・身長・体重などの基礎データからスリーサイズや血液量、心拍など彼女のあらゆるデータが事細かに束の手元に送られ続けている。
「ふむ……どうやら心的ストレスは解消されたみたいだね……まったく、私のち~ちゃんだけじゃなく、箒ちゃんにまで毒牙を向くなんて……やっぱり君はいらない子だよ」
それら全てのデータは彼女が入学祝代わりに箒に送ったISスーツから収集されており、天才の頭脳により誰にも発覚することはない。
それらのデータはモニターに繋がれた有線ケーブルを通じて彼女の後ろまで伸びており、いくつものケーブルが集まるその先にはあるISが鎮座している。
「私の予想だともう少しで箒ちゃんから電話が来るから~……6月の終わりまでに完成していればいいかな?」
作業はお終いと言わんばかりに彼女はモニターから離れ、椅子―――とは形容しがたい―――無理に例えるならばISの操縦席に似た何か、に座り込む。
目の下には消えることがないクマが深く刻まれている。
「それにしてもむかつくなぁ~」
彼女が足を大きく振り上げるとスカートが大きく翻り、下着が見えてしまうのだがここには彼女しかいないのでそう言った恥じらいはとうの昔に消えてしまった。
「白式とか言う欠陥機……零落白夜と雪片のパチモンなんか作っちゃって……あんなもの作ってないんだけど」
束にとって白式を完成させたのはあくまで邪魔な存在とISを密接に繋げるため。千冬との約束により直接手を下すことを禁じられている彼女にとってもっともやりやすくするための方法。
しかし、蓋を開けてみれば零落白夜のコピーと雪片のパチモンを作るという束にとっては最上級の犯罪を犯しているのと同じことが起きた。
「確かに白式のコアは白騎士のもの。でも完全に初期化はしたし、暮桜は現状、コア・ネットワークにもつながっていない状態だから情報のやり取りはあり得ない……初期化の前にコア・ネットワークのどこかに白騎士の情報がコピーされて白式が目覚めると同時にダウンロードされた? いや、そう考えるとコアが白騎士になっちゃうから姿から白騎士になっちゃうよね……ま、どう動こうがヤるものはヤるんだけどね」
――――――☆――――――
夜遅く、千冬は自室でイヤホンを耳につけ、誰かと連絡を取っていた―――その奥では一夏がいびきをあげながら眠りについている。
『―――受諾。ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐』
「久しぶりだな、ラウラ」
『お久しぶりです、教官』
「やめろ、今は教官ではない」
『申し訳ありません』
千冬は相変わらずの感情が籠っていない平坦とした話し方に小さくため息をつくが向こうからはそれ以上の会話は発生せず、おかしな沈黙が流れる。
「相変わらず感情を縛り付けて話しているな」
『はい』
「……もっと会話をしろと教官時代にも言ったんだがな」
『申し訳ありません』
「まぁ、いい。最近、"あいつ"は出てきたのか?」
『いいえ』
「そうか……一人、お前に会わせたい奴がいる」
『はい』
「そいつならば……本当のお前を見つけてくれるさ」
『……』
電話の相手は最後の千冬が言ったことが理解できないのか何も喋らない。
「では、また学園でな」
『はい。失礼します』
「ふぅ……」
――――――怒涛の六月が始まろうとしている。