第二十五話
人生初の織斑家の姉弟喧嘩から数日が経ち、今日から6月。既に気候は完全に夏になっており、IS学園の制服も冬服から夏服へと移行し、エアコンもつき始めた。
そんなある日、教室では何やらISスーツをもってクラスメイト達がやいのやいのと談義していた。
「ねえねえ見て! 可愛いでしょ!」
「いいなー! ハヅキ社製のってデザインが良いよね」
「えー、ハヅキのってデザインだけって気がしない?」
何やらみな、ISスーツを見せ合ってどこ社製がいいとか、あれが良いとかで盛り上がっているが俺にはピンと来なかった。
第一、ISスーツに可愛いもへったくれもある物だろうか。鈴やセシリアのスーツ姿を何度か見ているが別にリボンが付いているわけでもない。
雰囲気だけで言えばスクール水着と同じだ。
「なあ、セシリア。皆何してんだ?」
「皆さんは昨日がISスーツの受取日でしたからそれでしょう」
「え? そうなのか? 入学式からないのか?」
「入学式からあるのは専用機もちだけだ」
後ろから声が聞こえ、振り返るといつも通りの凛とした雰囲気に戻った箒がいた―――どこかその表情はクラスの甘ったるい雰囲気に酔っている気がする。
「そうなのか?」
「我々のような一般生徒は一斉購入だからな」
「代表候補生は国や企業からの支援がありますから専用機を渡されると同時にスーツも渡されますの」
「あ~、なるほどな……そう言えば箒のスーツって自分のだよな?」
「……聞くな、バカ者」
箒はプイッと顔を背けてしまう。
恐らくこれは地雷を踏んだだろうと後悔すると同時に脳裏にあの人の顔が思い浮かぶ。
それはISを生みだした天才、篠ノ乃束。俺はあんまり会ったことが無いし、そこまで仲が良かったわけじゃないけど噂くらい知ってる。
絶賛、行方不明中だけど。
恐らく箒のISスーツも束さんが特注したんだろう。
「おりむ~、おはよ~」
「おう、おはよ」
「おりむ~のってどこのスーツなの~?」
そう聞かれて思い出そうとするがカタカナの社名とカタカナの製品名しか思い浮かばない。
どうも俺は昔から覚える気の無い物は全く覚えない。
確認するためにカバンからスーツを取り出すと周りの空気が変わり、皆がぎょっとしたような表情を浮かべて俺の方を見てくる。
「……あ、ごめん」
俺はようやく気付き、カバンにしまう。
ISスーツはスーツという名称が付いているがどこからどう見てもスクール水着にしか見えないし、女子からすれば下着類と同じ感覚らしい。
「とりあえず、俺のスーツはどっかの横文字の会社が作った横文字の商品だ」
「お~」
のほほんさんは驚嘆したかのように袖があまりまくっている制服をパタパタと左右に振りながら拍手をするが箒やセシリアは呆れ気味にため息をつく。
ちなみに専用機持ちの特権として『パーソナライズ』という機能があり、これをしておくとなんとIS展開時にスーツも同時に装着することが出来る。
ただそれを使用するとエネルギーを消費することになるので緊急時以外は着替えてから展開がメジャーだ。
ちなみに俺は今でもたまに忘れる。
そんなことを考えていると始業を告げるチャイムが鳴り響くと同時に山田先生と今日は珍しく千冬姉も一緒に入ってきた。
「起立!」
『おはようございます!』
「はい、おはようございます!」
山田先生のニコニコ笑顔は毎朝、俺達の眠気や疲労感を一時的に吹き飛ばしてくれる。みんな、裏ではヤマヤマ、ヤマヤなどとあだ名をつけている。
しかし、誰もそれを表には出さない―――隣には鬼がいるのだから。
「すぅー」
出席簿の角が俺に向けられたので深呼吸をしてみた。どうやら俺の姉は世界最強であると同時にテレパシーも使えるようだ。
「はい、では今日は皆さんに嬉しいお知らせがあります!」
それは誰もが勘付いている―――教室に空席の机セットが二つも用意されているのだ。今日も1組は全員集合なので誰かが休んでいるということではない。
つまり転入生が来るということだ。
「どんな子かな?」
「優しい子がいいな~」
「わ、わたくしは最初から優しいですわ!」
どうやらみな、初期のセシリアに若干のトラウマに似たようなものを抱えているらしく、チラッと何人かがセシリアの方を見ると慌てたセシリアの弁明が始まる。
これも1組の良いところだと言えよう。明日の敵は今日の友、ってな。
「皆も気づいていると思うが今日付けで転入生が二人来る」
その言葉を待ってましたと言わんばかりにみんなのテンションが上がりかけた瞬間、千冬姉が一瞬だけ眉間にしわを寄せると空気が落ち着いていく。
背中で語る、じゃなくて眉間で語るのか。
「分かっているじゃないか。私は騒がれるのが嫌いだ……入ってこい」
千冬姉の言葉の直後、ドアが開き、二人の転入生が教室へと入ってくる。
一人は輝くような銀髪に黒の眼帯をした女の子―――だがその片目には光が灯っておらず、纏う雰囲気は冷たさを感じる。
制服は改造されており、さながらドイツの軍服に似ている。
もう一人は金髪。黄金色と言える程に美しい髪は丁寧に手入れをされており、枝毛一つ見当たらず、肩よりも少し長いところまで伸ばし、一か所でピンクのリボンで結んでいる。
とりあえず一点言えることはスカートの丈は滅茶苦茶短い―――そして付け加えるのであれば―――
(何故か二人とも俺を見てくる)
銀髪の少女も金髪の少女も何故かジッと俺のことを見てくる―――男性操縦者という史上初の生物を見ているという感じはしない。
金髪の子は俺を見ているようで見ていない。
銀髪の子は分からない。無だ。
「では自己紹介を」
「はい。シャルロット・デュノアです。フランスから来ました。よろしくお願いします」
「デュノア……ってあの?」
「シェア第三位のデュノア社と関係あるのかな?」
ぺこりと礼儀正しくお辞儀をされ、クラスの全員がつられて頭を下げる。緊張など微塵も感じさせない雰囲気は流石と言ったところだ。
だがみんなはそれどころではないのかコソコソと周囲と口々に話し出す。
流石に無知の俺でも知っている。
世界で最も実戦配備されている量産型IS。一つは日本純国産の打鉄。もう一つがラファール・リヴァイヴでこれを作ったのがフランスのIS企業であるデュノア社だ。
ただ最近は第三世代型ISの開発に着手することがメインになっており、デュノア社はその波に乗り遅れ、経営危機に陥っていると聞いたことがある。
(……あれ? じゃあなんで最初からIS学園に来なかったんだ?)
そんなに会社が危険な状態ならば各国の実情やデータをより詳細に知るためにIS学園に入学するのが一番手っ取り早いと思う。
現にセシリアはBT兵器の実戦経験とデータ取りを目的にしているわけだし―――と、ふとデュノアさんと目が合う。
「へ?」
ニコッと小さく笑顔を送られると同時にウインクが送られる。
(可愛い)
「……」
「ボーデヴィッヒ、挨拶をしろ」
「はい」
ラウラ―――そう呼ばれた少女が発した声には何も感じなかった。感情の起伏も無ければその人特有の温かさとかが全く感じられない。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
一言―――まさにその言葉の通りの自己紹介をされ、俺達は小さく拍手をすることしかできない。
その言葉には何の感情も乗っておらず、まだ自動読み上げ音声の方が感情を出せるんじゃないかと思うほどに彼女の声は冷たい。
「い、以上ですか?」
「……」
千冬姉の問いかけにはすぐ答えたくせに山田先生の問いかけには一切の反応を見せない。
この段階で前途多難なことを予測した山田先生はため息をつきながら不安いっぱいといった表情を浮かべる。
「それぞれの席につけ」
ボーデヴィッヒさんは俺の左側をすっと通り過ぎていき、デュノアさんが右側を通り過ぎていく―――と思った瞬間、俺の右半身に何かが寄りかかるような感じが襲い掛かる。
その瞬間、ふわっと良い香りが俺の鼻孔を擽る。
(あ、すげぇいい匂い……落ち着く)
「ごめんね。ちょっとよろけちゃった」
「え、あ、あぁ、俺は大丈夫だけどっっっ!」
俺の肩に手を置きながら俺のことを気遣うデュノアさん―――しかし、少し前屈みにしているからか制服の仲が見えてしまう訳で俺の角度からはそれはもう綺麗な谷間が見えてしまう。
慌てて目を逸らすと二か所ほどから殺意のこもった目線を向けられるが気にしないでおこう。
「ふふっ、優しいね」
まるで天使のような笑顔を浮かべながら俺の肩をポンポンと叩き、デュノアさんは自分の座席に座った。
(い、いかんいかん……この後は実技授業があるんだ。集中集中!)
6月の学年別トーナメントで優勝するべく俺は今日から気合を入れて実技授業に取り組まなければいけない。こんな男が喜ぶシチュエーションに遭遇したからと言って喜んでいる暇はないのだ。
ただ、性的にドキッとしたことは認める。
「本日より今月末に開催される学年別トーナメントに向けたIS実戦戦闘を行う。このトーナメントの成績が今学期の総合成績に直結する。心して取り組むように。各人、更衣を済ませて第二アリーナに集合!」
『はい!』
という訳で俺は流れるような動きでカバンを持ち、一切無駄のない動きで最短ルートでドアへと向かい、廊下へと飛び出した。
久しぶりに勝利の軌跡が見えた。
IS学園は俺以外は女子。ISスーツへの更衣は制服を脱ぐだけとはいえ、男がその場にいる訳にはいかない。
「ふぅ……今日からよろしく頼むぜ、
アリーナの更衣室へ向かいながら手首に装着している待機形態の白いガントレットを撫でる。
第二アリーナの更衣室に到着した俺はここでもまた一切無駄のない動きで制服を脱ぎ捨てパンツ一丁になるとまずは上のスーツを着る。
俺のISスーツは特注のもので上下に分かれているタイプだ。
そして俺はカバンから下のスーツを取り出そうと後ろを振り返る―――
「……へ?」
「来ちゃった」
イタズラ子猫ちゃんが後ろにいた。