その日の放課後、俺とシャルロットは早速自習室にてその日の授業の復習、および予習をしていた。
座学演習が終わり、もうすぐ学年別トーナメントが行われるこの時期に座学の予復習をする生徒は俺くらいなもので自習室は俺だけだ。今日はシャルロットもいるけど。
「そうそう。あとは積の形の微分のやり方に気を付けて微分すれば完了だ」
「なるほど~。一夏は一般教科は得意なんだね」
「そりゃ、受験の時は死に物狂いで評定平均上げたし、検定もいっぱい取ったからな」
「流石だね。僕なんか普通の成績だったな~」
「そうなのか?」
「うん。学校の授業でしか勉強してなかったからね。それ以外はお母さんと一緒に色々してたから」
「そっか~。家事とかか?」
「……うん、そうだね」
一瞬、シャルロットの表情が暗くなったのを見た俺は地雷を踏んでしまったことに気付いた。
家のことに関しては俺も複雑だからなるべく他の人の家の話にも踏み込まないようにしているんだがやっぱり加減が難しい。
「と、ところでシャルロットさん」
「ん? どうしたの? さん付けなんかで呼んで」
「いやさ……距離が近いような」
まだ席が隣同士なのは理解できるがその距離はかなり近く、少し足を動かせば彼女の足に触れてしまったり、消しゴムを取ろうとすると手に触れてしまったりともうさっきからドキドキの連続関数だ。
シャルロットは平気なのか平常心を保っている。
「そう? フランスじゃこの距離はいつも通りだよ?」
「そ、そうか」
とりあえずシャルロットにはそれ以上追求せずに問題演習に戻る。
IS学園に在籍している子は色々な国の出身だ。文化も違うし、人との距離感の取り方も違う。
どちらかというと日本人は奥ゆかしいって言われてるしな。
「……分からん」
「どんな問題?」
「っっ!」
シャルロットが俺のIS講義のノートをのぞき込んでくるといい香りがふわっと漂ってきて俺の鼻孔を優しく撫で、密着したことで女性特有の柔らかさが肌を通して感じ、視界には豊満な谷間がチラリと入る。
もうどこをとっても男のポイントを突くしぐさでしかない。
「あ、これはねアラスカ条約の各項を参考にすると分かりやすいよ」
「お、おう……ありがとう」
(い、いかんいかん! 集中集中!)
「あ、織斑君ここにいましたか」
「あれ、山田先生?」
パタパタと小走りで近寄ってきた山田先生は俺達の雰囲気を見て少しぎょっとした表情を浮かべる。
その視線は俺達に注がれており、明らかに俺達の距離の近さに対して。
「ちょ~っと近すぎますね。離れましょうか」
「あ、ごめんなさい」
シャルロットは素直に謝罪し、距離を開ける―――でも山田先生に見えないところで俺の指に触れている。
「織斑君も鼻の下伸ばしていると色々と指導対象ですからね」
「す、すみません……ところでどんな用事で?」
「あ、そうそう。ようやく部屋の調整がつきましたので今日にお引越しして欲しいんです」
「おぉ! 遂に俺も個人部屋!」
「はい。ですので今からでもお引越しできますか?」
「もちろんです!」
「じゃあ僕もお手伝いするよ」
「おう、ありがとな! シャルロット!」
「では早速行きましょうか」
――――☆――――――
「ねー」
「なんですのー」
自習室の本棚の陰から身を隠していたセシリアと鈴がひょこっと頭だけを出し、自習室を後にする一夏とシャルロットの後ろ姿をジト目で追いかける。
「あのシャルロットって転入生、距離近くない?」
「そうですわね」
「怪しいわね」
「奇遇ですわね。わたくしも同感ですわ」
「……真面目な話、ちょっとヤバくない?」
真面目なトーンの鈴の声にセシリアもジト目を戻す。
「スキンシップ……というにはいささか距離を詰めすぎな気もしますわね」
「……もしかしてハニートラップとか」
「まさか……と言いたいところですが一夏さんは世界で唯一の男性操縦者。その遺伝子をどの研究機関も欲しているわけですし、国絡みで……ですがフランスの様な先進国がするでしょうか」
「そりゃ考えにくいんだけど……そう言えば最近、デュノア社が経営危機になってるってニュースなってなかった?」
「そういえば……未だ第三世代ISの開発に着手できないとか」
「もしかして会社からの指示でハニートラップとか?」
「まさか」
「でもそんなことしたら代表候補生、降ろされるわよね?」
「まぁ、普通に考えれば国に泥を塗りますから代表候補と専用機の剥奪、最悪牢獄行きもあり得ますわ」
「ねえ、あんた同じクラスだしちょっと気にしててよ」
「承りましたわ。なんせわたくしは一夏さんと同じクラスメイトですもの」
「……豚みたいに鼻鳴らさないでよ」
「なあっ!? 誰が豚ですか!? そう言う鈴さんだって最近、やけに辛い匂いがしますわ!」
「は、はぁ!? あたしの体臭が臭いっていう訳!?」
「おい」
直後、彼女たちの頭頂部に鋼の様な拳骨が振り下ろされたのは言うまでもない。
――――――☆――――――
シャルロットも手伝ってくれたおかげで部屋の引っ越し作業はものの15分で終わってしまい、今はお疲れ様会と称してティータイムとしゃれこんでいる。
「わざわざ用意してくれてありがと、一夏」
「引っ越しを手伝ってくれたお礼だ」
ティータイムと言っても購買で売っていた紅茶のティーバッグとお菓子だけとちょっと安上がりなものだがそれでもシャルロットは笑顔で楽しんでくれている。
「ちょっとトイレに行くわ。ゆっくり休んでてくれ」
「うん、お言葉に甘えて」
トイレに入り、用を足しながらこれまでのシャルロットとの行動を振り返ると皆には礼儀正しく、俺には優しいと来ればもう好印象でしかない。
「お待たせ~ってどうした?」
「う、ううん! な、なんでもないよ!」
トイレから出て来るや否やかなり焦った様子のシャルロットが見えた。この学園でまだ見たことがない焦り顔に俺は少し違和感を感じた。
そんなことを考えているとふと部屋に良い香りが漂っていることに気付く。
「なんかいいにおいするな」
「あ、気づいた? 実はアロマ置いてみたんだ。もし匂いが気になるなら取ってくれてもいいよ」
「へ~。アロマか~、俺そう言う系はあまり知らなくてさ」
「僕もアロマは使ってるけど落ち着けるよ」
最近、色々と精神面の弱さだったり、肉体的な疲れからか眠りが浅かったり、夜中に何回も目を覚ますこともあったりするからアロマのような方向性のアプローチは盲点だった。
アロマセラピーとかいう単語もあるくらいだからやってみる価値はある。
「ありがとな。ちょっと試してみる」
「うん。また感想教えてね……そういえば噂に聞いたんだけど一夏、模擬戦をしたいの?」
「ん? あぁ、この前まで整備されてたからさ、本格的な戦闘を全然出来てないんだ。だから久しぶりに動かしたいんだけど中々相手が掴まらなくてさ~」
「そうなんだ~……僕がその相手、努めてあげようか?」
「え? 良いのか!?」
「うん。僕も専用機持ちだからね」
そう言って制服をチラッとはだけさせるとペンダント状の待機形態が現れるがそれと同時にその大きく深い谷間も同時に見えてしまい、思わず視線を逸らす。
それにシャルロットは気付いたのかずずっと、距離を詰めてピタッと俺にくっつく。
「一夏~。今、何を見て目を逸らしたの~?」
「い、いや……別にそんなことはないぞ?」
「ほんと~? 顔、真っ赤だよ?」
「き、気のせいだ」
「じゃあそういうことにしておこうっかな~」
やっぱりシャルロットにはかなわない。初めて会う女子のタイプっていうこともあるんだろうけど俺にとっては刺激が強すぎる。
「そう言えば一夏の白式って単一仕様能力が使えるんだよね?」
「そうだけど……なんで知ってるんだ?」
「ほら、学園内での公式模擬戦は全部学園のホームページに挙げられてるでしょ? オルコットさんとの模擬戦も実は上がってるんだよ」
「あ、なるほど」
確かにあの映像を見る人が見ればそれに気づくし、何より世界でただ一人の操縦者のレベルも知りたかっただろうから今頃再生数凄まじいことになってるんだろうな。
「白式の単一仕様能力ってどんな能力なの?」
「ん~、俺もまだ実戦で使ったことはないんだけどさ。多分。零落白夜だと思うんだ」
「それって初代ブリュンヒルデが使っていた物と同じだよね?」
「そうそう。でもまだ使えてなくてさ」
「そうなの?」
「俺が剣に触れたら強制発動してエネルギーしか消費しないんだ」
「そうなんだ……じゃあその調整も含めて今度の土曜日に模擬戦、しようよ」
「おう。よろしく頼む」
「うん。じゃあまた明日ね」
そう言ってシャルロットは俺に笑顔を振りまきながら自室へと戻っていった。
――――――☆――――――
「きゃぁっ!」
アリーナの最終使用時刻は19時と定められている。現時刻18時45分。太陽も完全に姿を消し、ナイターモードの第三アリーナでたった今、一つの模擬戦が幕を閉じた。
一人は訓練機の打鉄を装備しているがその装甲は至る所が破損しており、明らかに整備行きなのは確実。
そしてもう一人は黒色のISを身に纏っており、全くの無傷。
「つ、強すぎる」
「……」
黒色のISを解除し、フィールドに降り立ったのは銀色の髪を持ち、黒の眼帯を装着しているドイツ代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒ。
彼女は学園に転入して以来、片っ端から生徒に模擬戦を挑み続けている。
それはある人物を探すため。
ラウラは膝をついている相手をゴミでも見るかのような目で見降ろしながら言葉一つなく立ち去る。
「相変わらず感情を押し殺して戦うな、ラウラ」
「教官」
「教官は止めろ」
更衣室へ繋がる通路で千冬に呼び止められ、ラウラは軍隊式の敬礼を千冬に向ける。
「一つよろしいでしょうか」
「なんだ」
「教官が仰っていた会わせたい人物とは誰なのでしょうか」
ラウラは尋ねるが千冬はふっと笑みを浮かべるだけで答えを言わない。
「本当は黙っていたいところだがそう訓練機を整備行きにされるのも教師として困るのでな。一つだけヒントをくれてやろう。よく聞いておけ」
「はい」
「お前がISを纏って対峙した際に高揚感を得る人物。それが会わせたい奴だ」
「……分かりました」
そう言ってラウラは深々と頭を下げると更衣室へとまっすぐ向かっていく。
「待つことも大事……か」
ぽつりとつぶやく千冬の言葉は闇夜へと消えていく。
織斑千冬という壁が無くなった途端に厄介ごとがすぐに舞い込んでくるかと思い、考え直そうとも思ったが真耶の言葉を思い出し、今は距離を少し開けたところで静観を決めていた。
無論、姉としても教師としても一夏の行動から目を離すつもりはないが千冬にとってはもどかしすぎた。
「私には難しすぎる課題だ」
一体いつまで毎日更新が出来るか分かりませんが頑張ります!