「どういう意味だよ」
「それを話すには……僕の生い立ちから話さないといけないんだ……僕の父はアルベール・デュノア。デュノア社の社長……でもお母さんは社長夫人じゃないんだ」
シャルロットの話す内容が理解できないほど無知な俺ではない。社長夫人ではないということは正妻ではなく、愛人の類であるという事。
愛人との子供など公表するわけもない。隠された子と言うのはそういうことなんだろう。
「だから僕も母さんもデュノアとは関係のない所で暮らしてたんだ。でも二年前にお母さんが亡くなってね……そのころにようやくデュノアに引き取られたんだ。これでやっと父と暮らせる。お母さんにも陽の光を浴びさせてあげれるって期待してた……でもそんなことはなかったよ。愛人の子はどこまで行っても愛人の子。本邸で暮らせるわけもなく、離れた小屋に暮らしてたよ
「小屋って……別宅だよな?」
シャルロットは自嘲気味に笑いながら首を左右に振る。
「本当に小屋だったよ。今はここしかないって言ってたけど適当な話だと思うよ……面白いのがね、本邸に呼ばれた時にたまたま正妻の人に会ったんだ……なんて言われたと思う?」
「……」
「この泥棒猫の娘が!って言われて叩かれたよ」
シャルロットはあはは、と乾いた笑みを浮かべるが俺はそれに対して何も反応できなかった。
少しでも反応すればそれに同調する形になってシャルロットをバカにしてしまうから。
「でもね、状況が変わったんだ……一夏がこの世界に現れて」
「お、俺が?」
「うん。もともと僕のIS適性は高かったんだ。だからデュノア社のテストパイロットをすることになってね。でも、すぐにデュノア社は経営危機に陥った」
「第三世代型ISの開発に着手できなくて……だよな?」
「そう。援助も大幅カット。今度のトライアルで選ばれなければISの製造権を剥奪。そんなときに世界で唯一の男性IS操縦者である一夏が現れた。すぐに僕に白羽の矢が建てられた」
もうそれ以上は言わなくても分かった。
今まで隠されていたのに状況が変わってコロッとみんな手の平返し。そして今に至る。
「IS学園に来るのが遅くなったのも父から密命を受けてね。男性操縦者のデータを取って来いって……だから僕は男性がドキッとするようなしぐさや服装、話し方、スキンシップの取り方を独学で学んだ」
「それは父親の命令で」
「二回くらいしか会ったことがないからね……でも大体、言葉数は少なかったから自分で解釈して進めていくしかなかった」
俺はシャルロットの父親がしたことに対して沸々と怒りが込み上げてくる。
愛人の子とはいえ、自分が愛した女性が産んだ子供をどうしてここまで道具として使うことが出来るのか。俺には全く理解できなかった。
「……これからシャルロットはどうなるんだ」
「さあね……一般的に言えば本国に連絡が入って強制送還。代表候補生の地位と専用機は剥奪。デュノア社は倒産して僕は借金の肩代わりに売り飛ばされるかもね」
「それでいいのかよ」
「……今となってはいいかな」
彼女の返答に俺は何も言い返せなくなってしまう―――その表情は無理に言っているのではなく、本当にそう思っているような表情だったから。
「なんでだよ」
「僕はね、一夏……本来は表に出てこない存在なんだよ。小屋で一生を過ごして誰にも気づかれないまま死んでいく。そんな人生だったんだ……でも変わった」
シャルロットは顔をあげ、瞳からポロポロと大粒の涙を流しながら小さく笑みを浮かべ、俺の顔を包み込むようにその綺麗な手を伸ばす。
「一夏が……あなたがこの世界に生まれて来てくれたおかげで僕は陽の目を見ることが出来たんだ。ずっと見たかった陽の目をあなたが見せてくれた。こんなに幸せなことはないよ」
「……」
「一夏と過ごした日々は楽しかった。たった数日だけど……これは嘘なんかじゃない。自習室で一緒に勉強したり、一緒にISの訓練したり……僕はね、ずっとあなたにお礼が言いたかったんだ」
「シャルロット……」
「ありがとう……あなたのおかげで私は少しの間だけ幸せな日々を送ることが出来ました。私を暗い闇から助けてくれたヒーロー……大好きだよ」
シャルロットの顔が俺に近づいてきて頬のあたりに何かが触れる。
転入初日から好意全開で接してくれた理由がようやくわかった―――徐々に彼女の手が俺から離れていき、薄暗い闇の中へと消えていく。
それはまるで底が見えない真っ暗な海の中に落ちていくように見えた。
俺は迷うことなく消えようとしていた彼女の手を掴み、その手を勢い良く引くとともに強く抱きしめた。
「い、いち」
「ここにいろ」
「―――っっ!」
「シャルロット……もう陰に隠れちゃダメだ。二度と出てこれなくなる」
「でもっっ……僕は一夏にひどいことを」
「シャルロットは悪くない。悪いのはお前にそんなことをやらせた父親だ……俺には親がいないからよく分かんねえけど……そんな俺でもムカついてるんだ。一回、会社に乗り込んでぶん殴ってやりたい」
「……ここにいていいの?」
シャルロットは不安げにそう呟くと俺の胸の中で顔を上げて俺を見る。
俺は言葉で返す代わりに彼女を強く抱きしめた―――シャルロットは肩を小さく震わせながら顔を隠すように俺の胸に顔を埋める。
俺が黙っていればシャルロットがやろうとしたことが広がることは無いし、IS学園の特記事項の中にいかなる外部組織の干渉も許さない、とある。
つまりは三年間は誰にも手出しはさせない―――それが大企業の社長でもだ。
その三年間の間に俺は最強になって一回、シャルロットの父親をぶんなぐってやる。
俺は強くなる覚悟を新たに胸に秘め、彼女の頭を優しく撫で続けた。
――――――☆――――――
「いいんですか? 織斑先生」
二人に気付かれないように医務室の外で話を聞いていた真耶は隣にいる千冬に問いかけるが千冬は腕を組んだまま何も言わない。
「デュノアさんのしたことは重大な違反です。現状、織斑君の所属はどこにも決まっていない中、彼女がルールを破って手を出した……周りの国が黙っていませんよ」
「そうだな。教師としては明るみにしてデュノアを退学処分にし、フランスへ強制送還……だがそれが本当に我々がやるべき生徒指導だろうか」
「デュノアさんの今後の人生を考えた生徒指導……それが私たちがするべき指導……ですよね」
「むろん、デュノアには指導は入れる……それで終わりにしようと思う。山田先生はどう考える」
「私も……デュノアさんの今後の人生を考えた時、明るみにすることが良いとは思えません。今は彼の傍にいることが彼女にとって人生の糧となると考えます」
「決まりだな」
千冬は小さく笑みを浮かべると真耶と共に薄暗い医務室の廊下へと消えていった。
――――――☆――――――
少女は何もない所をじっと眺めていた。
夜は音が少なく、少しの気配で感情を昂らせてしまうので彼女は夜が苦手だった。
だから彼女は夜になると無になるために何もない所をじっと眺め、何も感じず、何も考えないことで無を作り出して“あいつ”を奥底へと沈みこめる。
(教官は言った……私が高揚感を持つ者が会わせたい人物だと)
それは弟君の事かと思い、ついこの間、会いに行ったが高揚感などえられなかった。
高揚感を得るということは感情が高ぶるということであり、感情が高ぶれば“あいつ”が出てくることとなり、とりかえしがつかないことになるかもしれない。
(教官は何故、あのようなことを……だが教官に誤りなどあるはずがない)
彼女の中で織斑千冬という存在は言い表せない程のものであり、一種の神格化に近い。
一年間という短い間ではあるがドイツ軍で師事してもらったことをきっかけにラウラは隊での居場所を再び得ることが出来た。
そして教わった。居場所を作るためには最強でなくてはならないと。
(私はただ最強であるのみ……居場所のために)