Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第三十二話

 場所は保健室。アリーナでの一件から一時間ほどが経過し、ほとんどの生徒が週明けから始まる学年別トーナメントの最終調整を行っている。

 そんな中、俺は眠るセシリアの隣にいた。

 重症であれば医務室行きだけど骨折も見られず、保健室となった。とはいえ、全身を打撲しているので体のあちこちに包帯を巻いている。

 

「―――んっ」

「お、セシリア? 起きたか」

 

 彼女の反応が見え、声をかけるとゆっくりと目を開け、俺の方を見る―――すると途端に顔を赤くし、布団にがばっと被さってしまう。

 突然のことに戸惑っていると布団の端からチラッと顔を覗かせる。

 

「い、一夏さん」

「おう……どうだ? 調子は」

「え、ええ……痛みはしますがそこまでですわね……ところでブルー・ティアーズは?」

 

 ブルー・ティアーズの待機形態であるイヤーカフスがないことに気付き、尋ねてくるが俺は何と言っていいものかと表現に迷ってしまう。

 さっき、山田先生が来て教えてくれたんだがダメージレベルがCを超えており、整備行きが決定したという。

 ISは全ての経験を自己の進化に使用する。全てというのは本当にすべての状態を指しており、それはダメージを負っている状態もダメージを押して稼働させた場合も含まれている。

 つまり、ダメージがある状態の進化を遂げてしまうため平常時の稼働に影響を及ぼす。

 

「正直に言ってくださって構いませんわ。なんとなく分かっていますの」

「……ダメージレベルがCに到達しているから整備確定……だそうだ」

 

 分かってはいても現実を突きつけられ、セシリアは表情に影を落とす。

 週明けの学年別トーナメントは代表候補生としての実力を知らしめるだけではなく、己が国家の開発の進み具合を知らしめる場でもある。

 そんな舞台でトーナメントに参加できないのは彼女の立場を悪くする。

 

「……そうですか」

 

 気落ちするセシリアにどのような言葉をかければいいのか迷っていると彼女が布団に頭を隠す―――僅かに布団が震えているのを感じた。

 俺にはトーナメント寸前で参加辞退という重みがどれほどのものなのかは分からない。また来年―――ではなく、彼女たち代表候補生は一年一年に全てをかけているんだ。

 俺は言葉をかけるのではなく、布団から少し出ている彼女の手を優しく握る。

 

「セシリア……俺には今のお前の気持ちはわかってやれない……だからラウラは俺がブッ飛ばす」

 

 彼女の手を強く握りながら俺は宣言する。

 

「いちっ……かさん」

「お前の悔しい気持ちも悲しい気持ちも……今抱えている感情を全部、俺が貰ってラウラをブッ飛ばす……今の俺にはそれしかできないけどいまはそれで勘弁してくれ」

「……ふふっ」

 

 セシリアが小さく笑い声をあげると布団から顔を出す―――まだ目は少し赤いが既に涙は止まっており、透き通った碧眼が俺を覗く。

 

「一夏さんは本当に罪な殿方ですわ」

「え?」

「こうやってわたくしの想いを取っていく」

 

 セシリアはそう言いながら両手で俺の手を包み込み、まるで祈るような形を取る。

 彼女のぬくもりが手を伝って全身に流れていき、徐々に心臓が高鳴りを見せる。いくら俺でも綺麗な女子と手を繋げば緊張もする。

 

「あの時、一夏さんがわたくしを抱いて守ってくれたこと、覚えています……ラウラ・ボーデヴィッヒに襲われている中でも不思議と安心感を得ることが出来ましたわ」

「あの時は無我夢中だったからな」

「それでも……わたくしは嬉しかったですわ……わたくしは観客席で応援しております」

「あぁ。絶対に勝つ。一発この手でブッ飛ばしてやる」

 

 そう言うとセシリアはふっと笑顔を浮かべる。

 俺は学年最強に向けて決意を新たにした。

 

――――――☆――――――

 周りが寝静まった夜、寮の外で胴着姿に真剣を携えた箒の姿があった。

 彼女はカッと強く瞳を開けると鞘から目にも止まらぬ速さで刀を抜き、頭の中で仮想の敵を生みだしながら刀を振るっていく。

 

「……ふぅ……ついに明後日か」

 

 学年別トーナメント。それは学年最強を決める行事と言っても過言ではない、全校生徒が参加する学園随一の大型イベント。

 有望株を見つけようと企業のスカウトマンや国家の代表、果ては貴族・王族までお忍びで見に来ることもあるという噂が立つほどの規模。

 箒にとってはスカウトだの代表だのと言う俗物に興味はない。あるとすれば決勝の舞台で一夏と戦うこと。

 ここ最近、目まぐるしいという表現では生ぬるいほど異常な速度でメキメキと腕を上げる一夏を見て箒の闘争心にも火がついていた。

 彼の傍にいたい―――その一心で己の強さを見つめ、磨いてきた。

 半ば無理やり君に入れられたIS学園だったが今となっては感謝すらしている。

 一夏に会えたのだから。

 寮のどこかにいるであろう一夏に向けて真剣の切っ先を向ける。

 

「一夏……待っていろ。私は必ずそこへ行く」

 

――――――☆――――――

「はっ……はっ」

 

 ジャージに身を包むツインテールの少女―――鈴が夜の静かな寮周辺を走り込んでいる。

 しかし、その走りは自分を限界寸前まで追い込むかのように激しいものであり、彼女の表情はつらいという感情しか見えなかった。

 

「はっ―――きゃっ」

 

 段差に躓き、体勢を崩してこけてしまった鈴は肩で息をしながら空を見上げる。

 

「……大丈夫……絶対に大丈夫」

 

 今の鈴の表情はまさに不安、といったものだった。彼女の脳裏にはあの時の騒動の際の自身の体に起きた異変が流れていた。

 ある物を見た瞬間から締め付けられるかのように呼吸がし辛くなり、手が震え、視界がキューッと絞られるかのように狭まっていくのを感じた。

 気付いた時はベンチに座っており、隣には心配そうな表情を浮かべる箒がいた。

 正直、箒に介抱されていたという記憶は一切なかった―――途中から彼女の記憶からあの騒動は抜け落ちていたのだ。

 しかし、時間が経てばその症状は消えた。

 大丈夫―――何もない。

 自分にそう言い聞かせるように彼女は地面に大の字になる。

 

「大丈夫……あたしならやれる」

 

――――――☆――――――

「39個目!」

 

 パリィンッ! と電子音声による破砕音が夜の静かなアリーナに響き渡る―――そんなアリーナで俺は白式のスラスターを吹かし、高速移動による戦闘の最終調整をしていた。

 アリーナには競技モードというものがあり、ISのスラスターによる移動や飛翔技術を鍛えることを目的としている。

 複数個、ランダムに生成される的をスラスターを小刻みに吹かして位置を調整しながら拳で叩き割っていくがいくつか曲がり切れなかったり、圧し掛かるGに耐え切れなかったりと逃しているものもある。

 

「40個目っ」

 

 40個目の的を叩き割ろうとした瞬間、終了を告げるブザーが鳴り響き、拳があたる寸前で的が消失してしまい、空中にリザルトが表示されるが俺はそれを視界にもいれない。

 

「っハァッ……ハァッ……」

 

 スラスターによる高速戦闘は放課後の訓練も相まってかなり扱いには慣れてきている。

 ただ問題は高速移動中の軌道変更をかける際に圧し掛かるGの対処。まだ体が鍛え上がっていない未熟な俺の体では耐え切れずに減速せざるを得ない。

 それに今はおでこを怪我していることもあり、それが無意識のブレーキになってしまっている。

 

「ハァッ……ふぅっ」

 

 俺は目を閉じ、あれを呼び出すと粒子が集まっていき、持ち手が構成されるとそこから剣が構成されていき、完了すると同時に地面に突き刺さる。

 雪片弐型―――あの時、三途の川手前で出会った柔らかな灰色の騎士の剣。あの騎士はまだ俺のことを認めていないから剣を使わせてくれないんだろうか。

 試しに持ち手を握りしめるが強制的に零落白夜が発動し、凄まじい勢いでエネルギーが消費され、思わず手を離すと輝きが失せる。

 

「……あんたが俺を認める認めないのはどうだっていい……俺が弱いから信じられないっていうなら見せてやるよ。俺が学年最強になるところを」

 

 別に言われたわけではない―――でもなんとなく、あの柔らかな灰色の騎士はそのような理由で俺を認めていないんだろう。だからあの時返還を求めた。

 どことなく―――どことなくそんな状況が今の俺と千冬姉を取り巻く状況と似ている。

 

「雪片弐型……お前はどこに戻りたいんだ」

 

 傍から見れば剣に喋りかけているヤバい奴だろう。

 

「当分の間は俺が使わせてもらう……全て終わったら帰ろう。元の鞘に」

 

 俺が白式を収納した瞬間、持ち手の部分から光の粒子となって消え去っていく。

 

「……絶対に勝つ」

「そこの一年生~」

 

 突然、話し掛けられ、後ろを振り返るとそこには不屈不撓の四文字が書かれた扇子を広げ、口元を隠している青い髪の女子が立っていた。

 リボンの色からして年上だ。

 

「あ、はい」

「もうそろそろアリーナの閉館時間よ。戻る準備をしてちょうだい」

「分かりました」

 

 俺は先輩の指示に従いアリーナを後にした。

 

――――☆――――――

「あれが織斑一夏君……」

 

 青い髪の少女はそう呟くとタブレット端末を取り出す―――しかし、その端末の背面には学園のロゴが施されており、明らかに一般生徒のものとはレベルが違う。

 少女が画面を何度か触れると上空に先程のリザルトが表示される。

 

「……破壊した数は39個、学園新記録……でもまだまだ粗削りだし、ムラがある……面白くなりそう」

 

 少女は扇子を元に戻し、静かなアリーナを後にした。

 

――――――☆――――――

 夜もどっぷりとふけ、真夜中と言われる時間帯。自室でラウラ・ボーデヴィッヒは一人、鏡の前に立っていたがその目はどこか虚ろなものであり、瞬きがゆっくりと深いものになっている。

 そして徐々に左手が顔の方へと伸びていき、眼帯を外そうとする―――が、それを阻止せんとばかりに右腕が左腕を掴み、動きを止める。

 まるでラウラの意思ではないかのように左腕は少し抵抗するように震えるがやがては止まる。

 

「……いつもよりも長い……」

 

 これが高揚感というものか、とひとり呟くと窓の外へと視線を向ける。

 織斑一夏の攻撃を受けた―――明らかに自分よりも実力が下であるはずの存在に攻撃をあてられ、さらにはフィールドへと叩き付けられた。

 ISからの通知はあった―――しかし、頭が理解して体へ指示を飛ばすころには意識が刈り取られていた。

 つまり、反応できなかった。

 

「織斑一夏……貴様がそうなのか」

 

 高揚感を得る相手と言っていた千冬の言葉が彼女の脳裏に反響する。

 意識を刈り取られたのは事実―――しかし、高揚感があったのかという質問をされればそれは聊か疑問があり、未だ織斑一夏が件の人物であるとは断定できない。

 残る専用機持ちはシャルロット・デュノアを除いて二人。週明けから始まるトーナメントで相まみえるだろう予測からラウラは探すのを止めていた。

 

「"お前”の出番はない」

 

 先程まで震えていた左手を見ながらラウラはそう呟いた。

 

 

 

 

 

――――――それぞれの思いを胸にトーナメントが幕を開けようとしている。




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