何も見えない真っ暗な道を俺はただひたすら歩いていた。
そして何も見えないところに二つの影が突然現れ、歩みを止める。
一つはラウラ、そしてもう一つは全身が黒い何かで包まれ、全てが何も見えない影のようなものだがその姿形はラウラに瓜二つだった。
傍に駆け寄ろうとした時、ラウラに手で静止される。
『お前は最強を捨てるのか!? 居場所を捨てるのか!? またあの地獄に戻るのか!?』
何もないはずの黒い影は怒りに任せて怒声をラウラにぶつける。
ラウラはそれを甘んじて受け入れており、何も言い返す気配は見えない―――その時、黒い影が俺を見つけるや否やその場から駆け出そうとする。
しかし、それをラウラが抱きしめて止める。
『離せ! そいつさえ! そいつさえ殺せば私たちは』
「もういい……もういいんだ」
ラウラは影を抱きしめながら肩を震わせる―――もう彼女の言葉に冷たさを感じることはない。
「私が間違っていた……お前を否定し、縛り付けてお前を隠した……お前は周りのせいだと言ってその怒りを周囲へ振りまいてしまった……すまない。真っ暗なところにお前を押し込んで」
『……』
「お前は私だ。殺戮を楽しむ心も全て私だ……それを受け入れよう」
『受け入れてどうなる。最強でなければ居場所はないんだぞ』
「奴の傍にいればいい……らしい。本当にそれでいいのか私にも分からない……だから一緒に確かめに行こう。もうお前を縛り付けたりなどしない」
『……』
「私はお前であり、お前は私だ」
直後、黒い影が真っ白な光の粒子となってその姿を崩していき、やがてラウラのもとへと帰っていく。
全ての光がラウラのもとへと帰った時、ラウラは振り返り、俺の方を向く。
「……教官の言っていた意味が理解できた気がする」
「……?」
「私をお前に会わせたかったのもそうなのだろう」
そう言うラウラは小さく笑みを浮かべている。
少し前のラウラには見られなかったものがさも当たり前のように目の前にあった。
「織斑一夏、礼を言う。お前のお陰で私は本当の自分を取り戻すことが出来た」
そう言いながらラウラは俺に近づき、ギュッと抱き付いてくる―――俺はそれを受け入れ、彼女の頭を優しく撫でながら抱きしめた。
「良いのだな、傍にいて」
「あぁ、男に二言はない。俺の傍にいろ、ラウラ」
「あぁ……そうする」
俺はようやく彼女の本当の表情を見ることが出来た―――満面の笑みを浮かべるラウラの表情はそれはとてもきれいで美しいものだった。
――――――☆――――――
「ぅっ……?」
うっすらと淡い光が注がれているのを感じたラウラが目を開けると真っ白な天井に軽い消毒液の匂いが彼女の感覚に刺激を与え、覚醒を促す。
まずは体を動かそうとするが右肩の辺りに痛みが走り、思わず小さく呻く。
「起きたか」
聞き覚えのある声が聞こえ、そちらの方向を向くとベッドの隣に千冬が座っていた。
「私……は?」
「右肩の脱臼と全身打撲。特に背中が酷い」
そう言われて思い出すのはアリーナのフィールドに背中から叩き付けられた光景―――まさか全ての補助を切って命を捨てる覚悟で攻撃を受けるとは思っていなかった。
むしろあの攻撃で骨折の一つも無いのは流石はISの絶対防御というべきか。
「一体何が起きたのですか」
「機密事項だ……と言ってもお前のことだ。納得はせんだろう……VTシステムは分かるか?」
その言葉に聞き覚えがあった―――正式名称はヴァルキリー・トレースシステム。
過去のモンドグロッソにおいて
しかし、そのシステムには大きな欠陥があった。
「一度起動すれば操縦者の命の危機もあり得る代物……条約で禁止されていたはずでは」
「その通りだ。高等技術はそれを扱うに相応しい器に入ってこそ輝くもの……不相応な器に入れればそれはたちまち使用者を死に至らしめる毒となる」
「それが私のシュバルツェア・レーゲンに」
「巧妙に隠されていたみたいだがな。機体のダメージレベルや搭乗者のメンタル……これらをトリガーとするように奥深くにな。近々、委員会の調査が入るだろう」
恐らくトカゲの尻尾きりのように軍の関係者や国の人間が首を斬られるだろうが今のラウラにはどうでもいい話であり、今はあの男のことしか頭にはない。
「教官……あなたが会わせたがっていたのは……織斑一夏、ですね」
「その通りだ……ようやくあの時のお前に戻ったな」
「……何故、分かったのですか?」
「何がだ」
「あの男が私を……本当に私を取り戻すきっかけになると」
ラウラの質問に千冬は腕を組み、少し考え始めるが考えがまとまらないのかふっ、と小さく笑みを浮かべる。
彼女は一度、ドイツでその表情を見たことがある―――訓練の休憩中、いつも一人になっていた千冬をラウラは追いかけたことがある。
そこで見てしまった―――大事そうに一枚の写真を眺め、笑みを浮かべている千冬の姿を。
その時はその表情が何だったのかは分からなかったが今なら分かる気がする―――千冬もまたあの男が心の居場所なのだと。
「あいつは知らず知らずのうちに人を救う……お前もデュノアも……一夏の傍にいる奴は全員そうだろう。そしてこれから先、集まってくる連中も皆一様にして救うだろう」
「何故、英雄のようなことを奴は出来るのですか」
「英雄なんてもんじゃない……英雄じゃないから誰かを救えるんだ」
「……」
「今日、この日をもってお前はラウラ・ボーデヴィッヒになった。これからいろいろなことをすればいい。あいつの傍にいてな。だがあいつに夢中になり過ぎて勉学をおろそかにするなよ?」
ニヤつきながら千冬がそう言うとラウラは顔を真っ赤にして片腕で布団を顔を隠すように引き上げる―――千冬はそんな姿を笑みを浮かべながらもどこか安心した表情を浮かべ、眺める。
「きょ、教官」
「先生だ」
「……そ、その……日本では男が女を抱きしめるのは……どのような意味があるのでしょうか」
「……そうだな……それも探してみるといい」
「はいっ」
そう返事をするラウラの声音はどこか明るいものだった。
――――☆――――――
『学年別トーナメント1年生の部はアクシデントにより中止が決定しました。これにより評価は全て下位リーグのデータを用いることとします』
「……1位……約束」
「「「「……」」」」
俺は食堂にて絶賛、どんより雰囲気を醸し出しながら箒、セシリア、シャルロット、鈴と一緒にご飯会という名の慰め会をしていた。
俺を気遣ってか誰かが食堂のテレビを地上波デジタル放送に切り替えてくれるとお笑い番組が映るがそれも雰囲気気に悪いということで誰かが変える。
すると今度はニュース番組となるが超有名なお笑い芸人の訃報のニュースが映り、さらに変えられるが今度は凄惨な殺人事件を伝える中継が映り、最終的にはテレビの電源が落された。
「ま、まぁ一夏さんのおかげでわたくしの想いも発散してくれましたし」
「そ、そうそう! あたしとセシリアの分までぶん殴ってくれたからオッケーよ!」
「う、うむ! 終わり良ければ総……せ、千里の道も一歩からだ!」
「う、うんうん!」
鈴とセシリアは必死に俺を慰め、箒はほとんど言い切りかけていた熟語を無理やり変えたことで繋がりがおかしくなり、シャルロットに至っては逃げ場が無くなり、笑顔で頷くだけだった。
フィールドに叩き付けた一撃でラウラのISが解除されていれば俺の勝ちと判定しても良かったんだがあの段階ではまだ二人ともISは生きていた。
何なら最初に解除したのは俺だ。
「でもあんたも無茶な戦い方したわね」
「鈴さんの言うとおりですわ。まさか補助機能を全て切るだなんて」
「その状態でスラスターで加速してフィールドに叩き付ける。よく両腕打撲で済んだものだ」
箒の言うように俺の両腕は現在、コルセットでガチガチに固められて三角巾で吊るされている状態。
折れているわけではないんだけど両腕をあり得ないくらいに強く打ち付けて真っ赤に腕が腫れ上がり、医者でも顔を真っ青にしたほど。
とりあえず今は両腕は絶対安静だとくぎを刺されてしまった。
今はジュースをストローでチューチュー吸っている。
「まぁ、あの時は無我夢中だったというか」
「まったく……ま、まぁ、ありがと……大分すっきりした」
「私からも。ありがとうございました」
「おう……ラウラともまた話したいな。あいつも悪い奴じゃないんだ」
「また? 一夏、ラウラといつ話したのだ」
箒にそう言われてふと思い返すが確かにラウラとそこまでしっかりと話した記憶はない―――でも、あいつと二人でしっかりと話した感覚と記憶がある。
あいつがああなった理由も、変われたこともこの目で見た。
「いや……なんか二人だけの空間で話したっていうか」
「それってもしかして相互意識干渉じゃないかな。操縦者同士の波長が合ったときに起こるっていう」
「波長……波長か~」
「あんた絶対に分かってないでしょ」
鈴に突っ込まれ、一瞬ドキッとしてしまう。どうやら箒もセシリアも勘付いていたらしく、ジト~っという目で俺を見てくる。
「ま、今日はもう遅いし、解散としますか」
「うむ。一夏、もういいな?」
「あぁ、ありがと」
箒は俺の飲み終えたコップを片付け、シャルロットはテーブルを拭き、鈴が椅子を戻してセシリアがドアを開けてくれるなど凄まじい高等コンビネーションを披露してくれた。
いつの間にかみんな、仲良くなってしまった。転入したばかりのシャルロットでさえ、既にみんなのことを名前で呼んでいるくらいだ。
女子の関係構築力の高さには感服するばかりだ。
部屋へ向かう途中で箒、セシリア、鈴と分かれ、最後はシャルロットとなるが俺達の間にはあの一件があり、どうも変な空気が流れてしまう。
「ねえ、一夏」
「ん? どうした?」
「……一夏はニックネームで女の子を呼ぶのは……特別な人だけ?」
「へ?」
藪から棒にどうしたものかと考えるがまさか、最近の教育界で騒がれているニックネームはイジメに繋がるからさん付けで統一しようということへの問題提起をするわけでもあるまい。
となればなぜ? ―――と一周考えるがよく分からないのでシャルロットに聞いてみることにした、
「突然どうしたんだ? 藪から棒に」
「う、うん……一夏はさ、鈴のこと鈴って呼ぶでしょ? 僕もそれに習ってそう呼んでるんだけど本名は鈴音って名前だよね?」
「そうだな」
「それを鈴って縮めて呼んでるから鈴は特別なのかなって」
そう聞く彼女の表情はどこか不安の色が見え隠れするのは気のせいだろうか。
ただ確かに鈴のことを鈴音ではなく鈴、と呼ぶのはいつの間にか気づいたらこう呼んでいた、という言葉以外に理由がない。
二人目の幼馴染というある意味特別な間柄ではあるが幼馴染がそんなに特別かと言われると正直微妙だ。
「まぁ、幼馴染だから呼びやすくっていうのもあるけど……どっちかと言えば仲が良いから、かな」
「そ、そっか……うん、そっか」
と、何故かシャルロットは満面の笑みを浮かべて一安心したような表情を浮かべる。
「じゃ、じゃあさ……僕もニックネーム、つけてほしいな」
「シャルロットに?」
「うん……ダメ?」
目を潤わせ、上目遣いで見てくるシャルロットの姿にドキッとしてしまう。やはりシャルロットは情報を調べ上げただけあって俺の胸キュンポイントを把握している。
(となるとどんなニックネームが良いのやら……鈴は勢いで鈴だしな)
「じゃあ、シャルってどうだ?」
「シャル……シャルかぁ」
シャルロットはブツブツ呟きながら顔を俯かせてしまう―――流石に安直すぎたか、と思い声をかけようとしたその時、凄い勢いで彼女が顔を上げ、満面の笑みを浮かべる。
「うん! 良い! 凄く良いよ! えへへ、シャルかぁ~」
「喜んでもらって何より」
「うん! じゃあ一夏、また明日ね!」
「おう、おやすみ」
そう言い、シャルはルンルンスキップで自室へと入ろうとする―――しかし、あることを思い出した俺はシャルを呼び戻そうとするも既に自室に入ってしまった後だった。
「……しまった、俺今両腕使えない」
鍵はズボンのポケットに入っているために寮での使えない俺では取れない。やばいやばいとあたふたしているとスッとズボンから鍵が抜き取られ、後ろを振り返る。
「何をしているんだお前は」
「ち、千冬姉」
「先生だ……今日は私の部屋に泊まれ。その両腕では何も出来まい」
千冬姉の言う通り両腕が使えない以上、誰かが傍にいてくれないと日常生活を送ることすらままならない。
なので俺は千冬姉の提案に甘えて千冬姉の部屋に泊まることにし、ついていく。
ドアを開けられ、部屋に入ると千冬姉らしくない綺麗な部屋が広がっていた。
「珍しく綺麗だ」
「一言余計だ」
俺はベッドに座り込む―――すると何故か千冬姉も俺の隣に座った。
「千冬姉?」
「……まずは……学年1位、おめでとう」
そう言いながら千冬姉は俺の頭を優しく撫でてくれる―――優しい撫で方に心地よさを感じるがラウラの件があったことを思い出し、千冬姉を見る。
「トーナメントは中止になったんじゃ」
「そうだな。だがお前はボーデヴィッヒを追い詰めた。あの一件が無ければお前の勝ちだっただろう。教師として一人の生徒に肩入れするのはご法度だが……今の私は姉だ」
そう言われて途端に恥ずかしくなってしまう。
ここまでストレートに千冬姉に褒められるのは久しぶりだし、やはり千冬姉に褒められるとうれしくなる。
「ありがと、千冬姉」
「……お前は約束を守った。ならば私も約束を守ろう」
千冬姉の約束―――それは俺が学年別トーナメントで優勝した際には今までの行動の真意を話してくれるというもの。何故、俺からISを徹底的に排除し、離したがっていたのか。
とてつもなく大きな真実を感じ、俺はつばを飲み込む。
「何故、私がお前をISから徹底的に離そうとしたのか……それを伝えようと思う」
さ~て、明日から仕事で東京だぞ~……いやだな~