第四十二話
「手伝ってもらってごめんね」
「気にするな。重いものを持つのはいつの時代も男だ」
鮮やかな夕日がIS学園の廊下を朱色に染め上げる。そんな中をシャルロットと一夏はそれぞれ段ボールを抱えて歩いていた。
その段ボールには次の合宿行事である臨海学校に関する書類が多量に入っている。
真耶から回数を分けて運んでほしいと依頼を受けた時に丁度、一夏が通り過ぎたことでこの状態が実現した。
「でもよかったの? 今日はセシリアや鈴さんたちと放課後訓練じゃなかったの?」
「最初は鈴とセシリアの模擬戦だから大丈夫だ。それよりもシャルと少しでも一緒にいたかったからな」
「え?」
思わず一夏の方を見ると夕日のせいだけではない顔の赤みが見えた。
それからというものお互いに言葉を発することは無くなったので自ずとシャルロットの胸の高鳴りは徐々に強くなっていく。
目的の教室へと到着し、教卓に箱を置いていく。
「これで任務完了だね。ありがと、一夏は二人のところに行ってあげて」
「……そんなに俺と一緒にいたくないのか?」
「っっ!」
気遣いのつもりで言ったつもりの言葉が彼には違う意味で届いたらしく、少しぶっきらぼうな言葉が聞こえた直後、壁にまで追い込まれ、すぐ傍に手を突かれる。
その距離はかなり近い―――それこそ一夏の情報を取ろうとしていたあの時以上だ。
(こ、これって壁ドン……だよね)
「い、一夏?」
「俺はこんなにもシャルと一緒にいたいのに……シャルは俺と一緒にいたくないのか?」
「う、ううん! ぼ、僕も……一夏と一緒にいたい」
「相思相愛……だな」
そう言い、一夏の手がシャルロットの顎に優しく触れると軽く上に向けられ、徐々に一夏の端正な顔が近づいてくる。
シャルロットの胸はまるで太鼓を叩いているかのように強く打ち始める。
「い、一夏」
「シャル」
お互いに目を閉じ、その距離がゼロに――――――
「―――? ぇ」
パチッと目が覚めてしまい、見慣れた自室の天井が視界に入る。
時計に目をやると時刻は六時半を指し示しており、いつもの起床時間よりも一時間以上も早く、同時に最高の夢が途切れてしまったことに彼女はマリアナ海溝並みに深いため息を吐く。
あれ以来、シャルロットは気が気でなかった。
『私を暗い闇から助けてくれたヒーロー……大好きだよ』
あれはまさに告白そのもの。あの時の空気感に全てを支配されていたシャルロットの口から自然と出た言葉は正真正銘、彼女の本音の言葉。
しかし、あれから一夏と話はするもののあの時の会話については何もない。むしろなかった方が彼女にとっては少しばかり安心する。
「夢の中の一夏も……格好良かったな~」
二へッと夢の中の一夏の表情に熱い溜息を吐きつつ、隣のベッドへと視線をやると明らかに使われていないであろう皺ひとつないベッドがあった。
再び部屋割りが変更され、現在のルームメイトはラウラ・ボーデヴィッヒ。
一夏との邂逅を経て一番変わった。まず感情を見せるようになったことと一夏にだけはしっかりと笑顔を見せるようになった。
「……もうちょっとだけ夢の続きを」
シャルは最高に格好いい一夏に再び会うために夢の中へと堕ちていく。
――――――☆――――――
朝の眩しい日差しがカーテンの隙間から室内に漏れ、明るく照らすが俺は全く起きる気がしない。
むしろもうちょっとだけ寝かせろと言わんばかりに枕を取って顔に被せようと引き寄せるが何故か枕がいつもよりも重い。
しかし、そんなことなど今にも眠れそうな俺には関係のない話。そう―――たとえ伸ばした右腕に暖かな感触があろうとも俺には関係ない。
(……なんか腕に乗ってる?)
そんな疑念を抱き、徐々に眠気が覚めていく―――目をぱちりと開けるとそこには
「おはよう、旦那様」
「……」
黒い眼帯に銀色の美しい髪の毛を持つ少女―――ラウラ・ボーデヴィッヒが何故か俺と同じベッドにいて俺と同じ枕を使っている。
いわゆる添い寝の形だな。
あの一件以来、ラウラは感情を表に出すようになり、徐々にクラスメイトにも受け入れられつつある。
しかし、どうも笑顔を出すのは俺だけらしい。
「旦那様、腕の調子はどうだ?」
「……ま、まぁ腕はもう大丈夫だ」
「そうか。私も脱臼した右腕は完治した。今すぐにでも旦那様と戦えるぞ」
「……うん。それは有難いんだけど……何で俺の横にいるんだ?」
そう尋ねるとラウラはキョトンとした表情を浮かべる。どうやら本気でこの状態がおかしなことであると気付いていないらしい。
「おかしなことを言うのだな。傍にいろと旦那様が言ったのではないか」
確かにそうだ。確かに言ったは言ったがあれはあくまで友人としていろという意味であってプロポーズをしたわけでもなく、ましてや添い寝をする関係としていろというわけではない。
隊の部下が、と言っていたので恐らくその部下とやらが間違った知識を吹き込んだんだろう。
(少女漫画の読みみ過ぎか?)
「あのな、ラウラ。俺が言った傍にいろというのは別に添い寝をしろというわけじゃ」
「嫌か?」
起きたてだからか目も少し潤んでおり、上目遣いで見ながらそう言われてはグラっと来るだろう。
ここで嫌だ、とはっきりと言える音がいれば俺の目の前に連れてきてほしいものだ。今すぐにでも白式を展開して思いっきりぶんなぐってやる。
「イ、イヤじゃないぞ? イヤじゃないんだけどいきなりはちょっとな」
「ふむ。では許可を取ればよいのだな?」
「許可……う、う~ん。まだ俺達は15歳だろ?」
「うむ」
「せめて18歳とか成人したらいいと思うぞ」
「添い寝は未成年でも良いはずだが」
日本語って難しい。
「とにかくだ! 物事には順番があるんだ!」
「そこに私の説教と拳骨の順番もいれろ」
室内にゴチィンッ! という凄まじい拳骨音が二つ、そして30分にも及ぶありがた~い説諭が行われた。
――――――☆――――――
「イツツ……何で俺までも」
「良いではないか。夫婦とは病める時も健やかなるときも共有する物だ」
そう言いながらラウラと俺は頭頂部を氷で冷やしながらパンを口に運ぶ―――どこかラウラの表情は嬉しそうなものであり、にこやかだ。
転入当初の冷たい表情から比べれば年相応の顔になったというべきか。
ただ、今の問題点はそこではない―――4つの死線をどうやって処理するかが一番の問題であって俺が五体満足に食堂を出れるかはそこにかかっている。
「一夏、説明してもらおうか。何故、ラウラと部屋から出てきたのか」
「事と次第によっちゃぁ……ねぇ」
「ほほほっ……チェルシーに馬を空輸してもらいませんと」
箒もセシリアも鈴も恐ろしい言葉を吐きながら笑顔を浮かべるがシャルだけは一歩距離を置いている。
それもそうだろう。シャルはラウラの添い寝など比較にならないほどのことをしているからだ。
「夫婦が同じベッドで眠るのは至極当然のことだ」
「民法上、男は15じゃ結婚できないわよ」
「ならばそれまで待とう。な、なんせ私は一夏のお、お嫁さん候補だからな」
頬を赤く染めながらモジモジとするラウラに皆は俺の方を見ながらメラメラと炎を燃やす。
(まぁ、ラウラも楽しそうだし……とりあえず少女漫画の知識を吹き込んだ人はちょっと殴りたい)
――――――☆――――――
(まずい……なぜ、付き合いの長い幼馴染であるこの私が一番出遅れているのだ!)
箒は味噌汁定食を食しながら自分が置かれている状況に焦っていた。
振り返ってみても一夏との距離を周りのライバルたちはどんどん縮めており、絆を育んでいるというのに箒だけは昔と何一つ変わらない。
それが無性にもどかしかった。
(落ち着け。落ち着くのだ私……今度の臨海学校。そこが私にとってチャンスだ)
今月の臨海学校の目的は解放された非限定空間におけるIS兵器の稼働試験にある。
鈴やセシリアなどのような専用機持ちかつ代表候補生はここぞとばかりに本国から稼働試験のための兵器がわんさかと送られてくる。
そのため、彼女たちは別メニューとなる。しかし、箒は専用機持ちでもなければ代表候補生でもない一般生徒だ。一般生徒はというと稼働試験はあるが代表候補生ほど過酷ではない。
そしてこの行事は2泊3日。初日は何と自由開放日となっているので海を堪能できる。
(待っていろ、一夏! 幼馴染という存在の大きさを再び思い知らせてくれよう!)
「あ」
気付かないうちに手に力が入ってしまった箒はバキィッと割り箸を折ってしまった。
――――――☆――――――
「今度の臨海学校の水着、どんなの買ったの?」
「私はね~」
1年生フロアは臨海学校の話で持ち上がり、特に一日目は自由日となっているためみんなどんな水着を買うだの何して遊ぶだのとわいわいと計画を立てている。
そんななかでシャルロットは色々な計画を張り巡らせていた―――それはもちろん隣を歩いている一夏との思い出作りだ。
(みんなも多分、一夏を買い物に誘うよね……だったら)
どうせ行列ができるのであれば行列ができていない今この瞬間に動くべきだと強く決心し、シャルロットは彼の方を向くがその顔が視界に入るだけで胸が音を立てる。
「い、一夏」
「ん?」
「い、一夏は臨海学校の準備、終わった?」
「いいや、まだ。シャルは終わったのか?」
「ぼ、僕もまだなんだ~。ほとんど着の身着のままの状態で日本に来たから足りないものだらけで」
これは嘘でもなく事実。
そもそも物小屋で過ごしていた彼女にとっていつでも出れるように荷物は最小限にとどめていたこともあって水着などというものは持ち合わせていない。
そしてそれこそが彼女にとっての最強レベルの武器だった。
水着がない。しかし、どのお店で買えばいいか分からない。つまり日本人の一夏を誘うことで情報を得よう、という壮大な作戦だった。
「も、もし一夏がよかったらなんだけど」
「ん?」
あまりの恥ずかしさに顔から火が噴き出る勢いで顔を赤くしながら続きを言おうとするが周囲の視線が気になり、シャルロットは一夏に顔を近づけ、耳打ちする。
「ぼ、僕の水着、一夏に選んでほしいかなって」
(い、言っちゃったー! あぁもう後に引けないよー!)
恐らく断られるだろうと思いながらもシャルロットは一夏の返答を待つ。
ハニートラップを仕掛けるほどの度量を持ってはいても15歳の恋多き乙女であることには変わらない。
「おう、いいぞ」
「そうだよね、だめ……え?」
「俺も水着を買わないと行けなくてさ~、ちょうどいいタイミングだった」
思わず喜びの咆哮をあげそうになるがシャルロットは必死に声が出るのを抑え、その代わりに小さくガッツポーズをすることで叫びたい欲望を発散する。
しかし、シャルロットは気付いていなかった―――彼女を睨み付ける闇夜に光る狩人のごとき3つの目に。
すみません。忙しすぎました。