待ち合わせの場所である駅前のベンチで俺は座ってシャルロットを待っていた。
同じ場所から出発するんだから一緒に行こうと提案したんだが固くシャルロットは俺の申し出を断り、最初に言っといてくれと強く言われてしまった。
「まぁ、俺は良いんだけど……」
「い~ちか」
「シャ……」
後ろから彼女の声が聞こえ、振り返ると俺はその先から声を出せなかった。
いつもは纏められている金髪の髪はまっすぐに下ろされており、真っ白なブラウスとライトグレーのタンクトップ、そしてティアードスカートという私服姿はまさに絶世の美女。
通り過ぎる男たちはもちろん女性たちまでも彼女に目を引かれている。
「ど、どうかな?」
「……あ、あぁ……良いと思う」
「可愛い?」
「う、うん……可愛いぞ」
そう言うとシャルロットは嬉しそうに表情を緩め、笑顔を浮かべる。
嘘でもお世辞でもなく本当に可愛い。
「良かった……じゃあ、行こっか。エスコートよろしくね」
「おう、任せろ」
――――☆――――――
「…………」
「…………」
仲良さげに複数の商業施設が入っているビルへと入る一夏たちを物陰から監視するように見ているのは躍動的なツインテールの鈴と美しいブロンドヘアーのセシリアだった。
二人はたまたま学園で一夏に買い物を誘おうとしている時に遭遇し、威嚇し合っていたがそれをシャルロットにかすめ取られてしまったのだ。
「仲良さそうね」
「そうですわね」
「……羨ましい」
「……同感ですわ」
彼女達も一夏に好意を抱く乙女たち。そんな想いを寄せる男の子が別の少女と仲良さげに歩いている姿を見ると嫉妬の炎がメラメラと燃え上がってしまう。
もし、ここにハンカチがあればセシリアはハンカチを噛みしめ、鈴は引きちぎっているだろう。
「人の旦那様をストーキングとはいい度胸だな」
「なぁ!? あ、あんたいつの間に!?」
背後から突然声をかけられ、二人は慌てて振り返る。そこにはIS学園の制服に身を包んでいるラウラ・ボーデヴィッヒが立っていた。
二人ともラウラに敗北を喫し、因縁があったがそれも一夏のおかげで多少は解消されている―――もののやはり鈴はトラウマを刺激され、セシリアは自機を損傷されたという苦い記憶は残る。
「何をそこまで警戒するのだ」
「そ、そりゃするでしょ! だ、だって……ねぇ」
「そ、そうですわ! わたくしたちの間には少なからず因縁があります故」
「そのことだが……すまない」
二人に向けてラウラは謝罪の言葉と共に頭を深々と下げる。
その姿にセシリアも鈴も何とも言えない表情を浮かべる。
「軍人として恥ずべき戦い方をした。二人が望む賠償をさせてほしい」
「いやいや、そこまでしなくてもいいわよ」
鈴がセシリアに目配せをするとセシリアもため息を小さく突きながら表情を緩める。
「確かにあなたには蹂躙されましたが……私たちの想いは一夏さんが晴らしてくれました。それにあなたも色々と抱えていらっしゃったみたいですし」
「……いいのか?」
「良いも何もこれ以上、ネチネチしたって前に進まないじゃない。あたしはネチネチするのは嫌いなの。一夏があんたをブッ飛ばしてくれたから……あ、あたしもスッキリしたし」
「そうか……ありがとう。流石は私の旦那さまだ」
「とりあえずその旦那さまっていうのは止めなさい」
「? 何故だ? 私は一夏に抱きしめられたぞ? 傍にいろと」
真面目な顔をして一夏の言葉を言われ、鈴もセシリアもどこか気恥ずかしくなってどぎまぎしてしまう。
ある意味、ラウラの正直さは羨ましい一方、刺激が強すぎるほどにドストレートな発言は彼女たちにとって眩しすぎるものだった。
「あ、あたしだって一夏に抱き付いたことあるわよ!」
「そ、そうですわ! わ、わたくしだって一夏さんに抱きしめられましたわ!」
「む? 旦那様とシャルロットがいないぞ!」
「あ! あたしはこっちにいくわ! セシリアは左!」
「もちろんですわ!」
「ラウラはまっすぐに行った店を頼むわ!」
「任された」
いつの間にか同盟を組んだ三人は瞬時に自身の役割を思い出し、役割分担を一瞬で済ませると各々の方向へと散っていくのであった。
――――――☆――――――
複数の商業施設が入ったこのビルはレストラン、雑貨などを始め、季節ものの服など女性の需要をこのビル一棟すべてで満たしている理想のビル、という触れ込みだった。
オープン当初から女性人気は爆発し、口コミが口コミを呼んで今や女性が買い物をする場所の代表として君臨している。
「……それにしても社会の縮図だよな」
着替えているシャルを待ちながら目の前に広がる光景に俺は思わずため息を吐く。
日曜日ということもあって男性を連れた女性客が非常に多いんだがどの男性も荷物を大量に持っており、対照的に女性は何も持っていない。
ISが生まれてからというもの女性は優れているという思想がはびこり、男性はISを使えない劣等性別だと蔑まれることとなった。
俺はそんな風潮が嫌いだ。ISから切り離されていた時からだけどISを深く知った今はもっと今の風潮が嫌いになった。
「はぁ」
何気なくため息をつく―――同時に一人の女性が俺の目の前を通り過ぎようとするが急に立ち止まり、俺の方を睨み付けてくる。
睨まれるような理由が分からず、相手の女性を見ているとバッとスカートを抑える。
「変態! 今私に息吹きかけたでしょ!」
「……へ?」
確かに俺がため息をついたのと女性が目の前を通り過ぎたのは同じタイミングだがそんな意図はない。
といよりも異常に短いスカート、大きく胸が開いた服を履いている時点で自己顕示欲丸出しで男の死線をわざと集めるような格好だ。
「いや、そんなことしてません。ため息をついた時あなたがたまたま通っただけです」
「口答えする気!? 男の癖に!」
女性の金切り声を聞いて周囲の買い物客がなんだなんだと騒ぎ立て始め、徐々に野次馬が集まる。
正直この状況は男性にとって不味い。
「変態変態! 警備員を」
「私の彼が何かしましたか?」
女性の声を遮るように後ろからシャルの声が聞こえる―――自然な形で俺の腕に抱き付くと突然現れた味方があまりに自分よりも上の存在だと察したのか女性が急に黙る。
「い、いやこいつが」
「彼が、何かしましたか?」
「こ、こいつが私に息を吹きかけてスカートを捲ろうとしたのよ!」
「彼がそんなことするとは思いませんし、まず貴方のその格好もおかしくないですか? まるでわざと男性の視線を集めようとしているみたいですよ」
「なっ!?」
「わざと視線を集めて騒ぎ立てて警備員を呼ぶ……無実の人の人生をゲーム感覚で潰すみたいに卑劣です」
シャルの一撃一撃が重く、いつもとは打って変わって冷たい物言いの前に目の前の女性は口をパクパク動かし、言葉にならない捨て台詞を吐きながらどこかへと走り去っていく。
女性が消えたとなれば集まる理由も無くなった周囲の買い物客たちは元の場所へと戻っていく。
「ありがとな、シャ……ル」
「……あ、あんまりじろじろ見ないで」
「ご、ごめん!」
シャルの一言に思わず目線を逸らす―――目の前のシャルは鮮やかなイエローの水着を纏っており、谷間を大きく強調するデザインはかなり刺激的だ。
「ど、どう……かな?」
「お、おう……きれ―――」
「こんな道のど真ん中で何をやっている」
後ろから聞き慣れた声が聞こえ、振り返ると仕事終わりなのか千冬姉と山田先生の姿があり、どこか山田先生は顔を赤くしてキャーキャーと自分の世界に没入している。
そして気付いた―――シャルは水着姿で道のど真ん中に立っていた。
「―――っっっっっっっ!?」
シャルは言葉になっていない謎の言葉を発しながら火山が噴火する勢いで顔を真っ赤に染め上げ、猛ダッシュで試着室へと帰っていった。
「いいないいな~! 私もこんな青春がしたかったですぅ~」
「山田先生……で、お前はなにをしている」
「あ、いや……水着を買いに来たんだ」
「で、道のど真ん中で品評会か?」
「うぅ、すみません」
「まったく……お前達も出てきたらどうだ」
千冬姉がある方向を見ながらそう言うと柱の陰から鈴とセシリアが気まずそうな表情を浮かべながら出てくる。その手には買い物袋がいくつも握られている。
「鈴、セシリア。いたなら声かけてくれればよかったのに」
「ま、まぁ買い物で忙しいのよ!」
「そ、そうですわ! レディーは準備物が多いですの!」
確かに二人が持っている袋には大量の商品が詰められており、とてもじゃないが男性が買う量とは比較にならないほどの量だ。
いったい何をそんなに買ったんだ、と聞くと千冬姉からも二人からも鉄拳制裁が飛んで来そうなので黙っておくことにしよう。
「じゃあ、鳳さん、オルコットさん。一緒にデュノアさんの様子を見に行きましょうか」
そう言いながら山田先生は有無を言わさずに二人を引き連れていくとなかなか出てこないシャルのもとへと向かっていった。
千冬姉はそんな光景に思わずため息をつく。
「まったく山田先生は……一夏、少し付き合え」
「え? あ、はい」
「今は姉弟でいい」
「あ、うん」
千冬姉は手当たりしだに水着を探り出す。
正直、千冬姉が水着を着ているところなんてあまり見たことが無いし、想像もつかない。
どんな水着を選ぶんだと思っていると千冬姉は白と黒のビキニスタイルの水着を手に取ると二つを俺の前に並べてくる。
「どっちがいい」
「……」
パッと見た時に瞬時に似合うと思ったのは黒のビキニスタイルの水着だが千冬姉にそれを悟られると少し尺なので逆の方で答えてみようと思う。
「黒だな」
「まだ何も言ってないし!」
「いいや、黒だ。お前は昔から気に入った物はじっと見る癖がある。だからこっちだ」
一生かかってもこの人には勝てないと思った瞬間だった。
「一夏」
「ん? なに?」
「……次の臨海学校だが……気をつけろ」
「……それって前教えてくれた話の続き?」
そう言うと千冬姉は首を縦に振る。
この前、千冬姉はこれまでの行動の真意を教えてくれた。そして同時に束さんが俺の命を狙っているということも教えてくれた。
「今まではIS学園という守る術を張り巡らすことが出来る場所だった。だが今回は外だ。お前を守る術を私は持たない状況だ。約束上、直接手をだすことはできない……正直に言えばお前には休んでほしいくらいだ」
「千冬姉……」
「だがそんなことはもう言わない。だから気をつけろ。外はあいつがどこから来るか分からない」
IS学園という場所であれば入れる場所も限られているし、監視の目がある。だから少しでも監視にかかればすべて千冬姉のもとに届く。
でも外となれば監視の目も学園ほどじゃないし、全ての情報が千冬姉のもとに届くわけじゃない。
「分かった……いつも以上に気を付けるよ」
「そうしてくれ……」
そう言う千冬姉の表情はいつもよりも不安の色が強く見えた。
「で、お前はこれからどうするんだ? 学園に戻るなら一緒に行くが」
「そうだな~……あ、シャルたちは」
「山田先生が回収済みだ」
「そっか……あ、ちょっと待ってて」
水着も見回ってみたがあんまりピンとくるようなものが無かったので家にある物でも、と思ったその時、ふとある物が目に入る。
(さっきシャルに助けてもらったし……)
ある物の清算だけを済ませ、俺は久しぶりに千冬姉と二人っきりで並び歩いて学園へと向かった。
――――――☆――――――
(ふむ……旦那様は織斑教官といるのか……姉弟の憩いの時間を潰す訳にもいかない)
周辺の捜索を行っていたラウラは二人の様子をある程度見届けた後、その場を離れて多種多様な水着が並べられている売り場へと来ていた。
正直、ラウラにとって目の前のただの布に興味は一切なく、何のために存在しているのかすら理解できない。
「しかし、旦那様も喜ぶのだろうか」
思い浮かぶは一夏の顔。シャルロットの水着姿にどぎまぎしていた様子を見ると水着というものは男性には多大な影響を与えることが出来るらしい。
しかし何分、このような俗物の知識が皆無なラウラにとって判断材料が少なすぎる。
「仕方があるまい」
ラウラはISの機能をこっそりと使用し、ある人物のもとへとプライベート・チャネルを開く。
平時におけるISの機能使用には多大な量の報告書と事情聴取が待っているのだが代表候補生ともなればある程度の自由は効く。
スマホを使ってもいいのだがISの機能が一番手っ取り早い。
『受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です』
「ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ」
連絡に出た相手はラウラが隊長を務めるIS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の副隊長を務めるクラリッサ・ハルフォーフ。
心を縛り付けている時から傍に居続け、共に戦ってきた信頼できる相手。
そんな彼女は日本文化に精通しており、ラウラもその知見の広さには驚かされている。
『如何なさいましたか、隊長』
「うむ。対処しきれない問題があってな」
『部隊を向かわせますか?』
「いや、軍事的ではない。日本文化に詳しいお前の見解を求めたい」
『いくらでも……どのような問題が?』
「ふむ。もうすぐ臨海学校があるのだが水着、とやらはいるのか」
『なるほど……ちなみに隊長はどのような水着をお使いになられるつもりですか?』
「学園指定の」
『なりません!』
「っっ!?」
突然、向こう側から凄まじい怒声が響き渡り、フーッ! という荒い鼻息が聞こえてくる。
あまりの変貌に一瞬ラウラは戸惑う。
『良いですか? 隊長。夫婦たるもの結ばれた時は熱い愛で包まれているもの。しかし! やがて時が経つにつれてその愛は家族愛へと変化していき、やがては異性としての愛は消えてしまうのです!』
「う、うむ」
『その結果、セックスレスになり、魅力を感じなくなってしまった夫婦は離婚してしまうのです!』
「そうか」
『ゆえに! 常日頃からご主人の気を引き、性的魅力を与え続けなければ夫婦生活は終焉を迎えるのです!』
「な、なんと!」
部下からの熱いプレゼンを受け、ラウラの脳天に落雷が何度も直撃し、衝撃を受けてしまう。
今でこそ熱々ラブラブ(?)の一夏とラウラだがこのままそれにかまけていればやがては愛を失い、別の女を求めるようになるという。
抱きしめられ、愛を囁かれた身としてはやはり一生、愛を囁いてほしい。
無論、強い雄に多数の雌が引き寄せられるのは当然であるため浮気は範囲内。
『それを防ぐためにも水着選びは慎重に行わなければなりません!』
「そうか……私が間違っていたようだ。危うく旦那様の愛を失う所だった」
『分かっていただければ何より。いくつか隊長に合う、かつ旦那様の目を引く水着の候補をいくつか隊長の端末に送信しておきます。それをご参考までに』
「分かった。礼を言うぞ、クラリッサ。やはりお前は頼れる部下だ」
『有難き幸せ。ご健闘を祈ります』
そうしてプライベート・チャネルは閉じ、ラウラは早速端末に送られてきた複数の水着候補に目を通しながら水着の売り場を彷徨い始めた。
――――――☆――――――
ところ変わってドイツ国内軍施設では副隊長、クラリッサ・ハルフォーフが通話を終え、その結果を周囲に居る隊員たちが今か今かと待ち侘びていた。
彼女たちは全員が同じように黒い眼帯で移植されたヴォーダン・オージェを隠している。
「ふ、副隊長……結果は」
クラリッサは何も言わず高らかに腕を上げると親指を突き立てる。
すると隊員たちが全員、まるで長きに渡る苛烈な戦争がようやく終わった時の様な祝福の声を上げ、抱き合いながら喜びを分かち合っていた。
クラリッサはそんな光景に表情を緩ませる。
(少し前まではあれ程委縮し、恐怖に包まれていた隊がこうも変わるとは)
軍にとってはそっちの方が雰囲気的にもいついかなる有事にも対応できるのであろうが彼女たちにとってはそのようなピリついた空気を毎日吸うのは重過ぎる。
心を縛り、冷たい仮面を常につけていたラウラに声をかける者などはおらず、誰もがIS訓練ともなれば恐怖の表情を浮かべていたあの頃が嘘のようだ。
無論、隊にいる歴が短いものの反応であって上層部や隊にいる歴が長い隊員の反応は芳しくない。
しかし、それも時間の問題だろう。
(織斑一夏……一度会ってみたいものだ。隊長の心を溶かし、救った男……そして間接的に我が隊をも救ったヒーローはどのような男なのだろうか)
「休憩はお終いだ! 訓練に戻るぞ!」