Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第四十四話

「海だー!」

 

 長いトンネルを超え、車窓いっぱいに広がる海の美しい景色に一人が声をあげると皆が窓の外へと注目し、それぞれに歓声を上げる。

 臨海学校初日の今日は天気にも恵まれ、雲一つない快晴だ。

 そんな中、クラスでただ一人だけ海には目もくれず、手元ばかり見ている女子がいる。

 

「シャル、海だぜ海」

「え、あ、うん。そうだね……ふへへっ」

「そんなに気に入ったのか? それ」

「うん! 一夏が買ってくれたからね」

 

 シャルはそう言うとニコニコ満面の笑顔を浮かべて俺がプレゼントしたブレスレットを眺める。

 あの時、店で助けてくれたお礼にとプレゼントをしたのがよほど気に入ったらしい。

 

「シャルさんだけずるいですわー」

「旦那様、私は本気じゃなければ浮気は構わないが構ってくれぬとハチの巣にしてしまうぞ」

「お、恐ろしいこと言うなよ。ちゃんと皆にも日頃の感謝をこめてするから」

 

 後ろから顔だけ出してジトーッと見てくる二人を眺めているとふと、箒の顔が視界に入る。

 しかし、その表情はどこか暗く、落ち込んでいる様子。

 

「箒、どうした?」

「……い、いやなんでもない」

「ならいいけど」

 

 箒はバス酔いするほど弱くはないので心配はしていないんだがやはり暗い表情で考え事をしていれば幼馴染としてもクラスメイトとしても気になるところ。

 本人が大丈夫というのであれば深追いは禁物。

 その時、千冬姉は最前列の座席から顔をヒョコッと出すと一瞬にしてそれが伝わり、全員が口を閉じ、座席に座って前を向く。

 千冬姉はその光景に小さく笑う。

 

「分かっているじゃないか。もうすぐ着く。荷物を準備しろ」

 

 俺達はその指示に従い、いつでも荷物を降ろせるように準備を始めた。

 

 

――――――☆――――――

「……姉さん」

 

 周囲が荷物を整えていく中、箒だけは動かず、ただぽつりとその一言を呟く。

 そしてスマホを取り出してもう何度目かも分からないメッセージを表示すると少し前に送られてきたメッセージが表示され、余計に箒の不安を増大させる。

 

『大好きな箒ちゃんへ。もうすぐ臨海学校だね! おねーちゃんも久しぶりに箒ちゃんに会いに遊びに行こうと思うからよろしくね~! あと、プレゼントもあるから楽しみにしておいて!』

 

 メッセージの文面だけを見れば妹大好きシスコンの姉からのメッセージだが送られてきたのが何をしでかすか分からないISの生みの親ともなれば話は別。

 思い出されるのはクラス対抗戦で乱入者が一夏を殺しかけたこと。

 

「何もしないでくれ……姉さん」

 

 箒は祈るように言葉を絞り出すと荷物を手に持ち、バスを降りた。

――――――☆――――――

 

 IS学園のバス四台から全生徒が降り、旅館の前で整列すると千冬姉が全体を見渡す。

 

「今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないよう注意しろ」

『よろしくお願いします!』

「はい、よろしくお願いします。今年の一年生も元気があっていいですね」

 

 全員であいさつをすると女将さんらしき着物姿の女性が笑みを浮かべながら丁寧にお辞儀を返してくれる。

 この旅館には毎年、IS学園の臨海学校の宿泊先としてお世話になっているらしい。

 その時、ふと女将さんと目が合う。

 

「あら、こちらが噂の」

「今年は男子が一人いて浴場分けでご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

「あらあら、しっかりされているじゃないですか」

「感じがしているだけです」

 

 千冬姉からの重圧を感じる前に挨拶が出来たのはある意味セーフ、と言いたいところだがどうやら挨拶の仕方に問題があったようで軽く睨まれる。

 ビジネスマナーって難しいぜ。

 

「お部屋の方は準備が出来ておりますのでいつでもお使いください。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっておりますのでそちらをお使いになってください。分からなければいつでも従業員にお声掛けしていただければと思います」

 

 全員が返事をしながら大きな荷物を持って旅館へと入っていく。

 しおりを開いて部屋番号を確認するが俺の番号は載っていない―――が、なんとなく俺の部屋はどこなのかはうっすらと理解しているつもりだ。

 

「おりむ~」

 

 後ろからゆっくりな声をかけられ、振り返ると大きな荷物を持っているせいかいつも以上にゆっくりとした動きを見せるのほほんさんがこちらへと向かってくる。

 砂の上を歩いたらもっと遅くなるんだろうか。

 

「ね、ね、ね、おりむ~の部屋はどこなの~? しおりにもなかったから~」

「そりゃもう……あの部屋に決まってる」

「あ~、おっけ~。また海で~」

 

 のほほんさんは動きはゆっくりだが理解の速度は速い。

 俺も部屋に向かいたいのだが部屋の同室者であろう千冬姉は旅館の女将さんと会話をしているので少しばかり待たなければいけない。

 海も綺麗だし、潮風も気持ちいい。

 そんな絶好の臨海学校日和だっていうのに俺には少しだけ不安がある。

 それは束さんの存在。

 今まではIS学園という周囲を囲んでくれる壁や千冬姉の手があったから平和に過ごすことが出来ていたけど今日から3日間はその壁がない。

 千冬姉は傍にいる―――でも今回の行事の運営や統括は千冬姉だ。おいそれと俺のもとに来ることなんて出来るはずもない。

 

「一夏」

「千冬姉」

「……不安か?」

 

 そう聞かれ、頷く。

 束さんが俺の命を狙っているということを知った以上、俺も意識をしないといけない。

 束さんが直接、手を下すことは千冬姉との約束で防がれているとしても相手はISを生みだした天才。ISのことに関して言えば彼女しか知らないことだってある。

 

「皆を巻き込むかもしれないだろ?」

「……少しは自分の心配をしろ」

「そうだけどさ……」

 

 これは俺達と束さんの問題。だからみんなは関係ない。でも多分だけどあの人にとってそんなことは関係なくてただ俺を殺せたら満足なんだろう。

 だからクラス対抗戦というみんなが集まっている時を狙った。

 

「それでもやっぱり俺はみんなを巻き込みたくない」

「……束のことは私が監視する。何があってもお前の命だけは守ってみせるさ」

 

 千冬姉はそう言いながら俺の頭を優しく撫でて荷物を持ち、旅館の方へと向かっていく。

 この3日間、何も起きないことを祈りながら俺は千冬姉の後ろを追いかけ、旅館へと向かった。

 

 

――――――☆――――――

 部屋の確認を済ませ、水着セットを持った俺は別館へと繋がる渡り廊下のところで足を止めている。

 渡り廊下には庭があるんだがその庭に―――ウサギがいる。

 俺はそのウサギに見覚えがあった。

 あれはセシリアとクラス代表をかけた模擬戦の日、ビット内で俺達の前に現れたウサギだ。

 

「……」

 

 ウサギはただジッと俺のことを見つめているだけなんだが俺はそのウサギに心をガシッと掴まれたように不安でいっぱいになった。

 前までの俺ならばただ単にウサギがいる、としか思わなかっただろうが今は違う。

 どこか俺達のすぐ近くにあの人がいる。

 ウサギはジッと俺のことを見続けていたが両耳をピンッと伸ばすと鼻をクンクンと鳴らし、何かを追いかけるかのように走り去っていった。

 

「大丈夫……だよな」

 

 俺は一抹の不安を抱えながらも男子更衣室へと向かう。

 不安を掻き消すように女子のキャピキャピとしたにぎやかな声が聞こえてくる。

 

「ミカってばまた胸大きくなった?」

「ティナったら水着だいた~ん」

「そう? アメリカじゃ普通だけど」

 

 皆の楽しそうな声を聞いているとある不安が過ぎる―――束さんに命を狙われている俺がIS学園にいることでみんなを巻き込むんじゃないかと。

 楽しそうな声が俺のせいで悲鳴に変わるのはもう嫌だ。

 

「強くなる。強くなって俺がみんなを守るんだ」

 

 女子更衣室の前を抜け、男子更衣室でいそいそと着替えてそのまま海へと出る。

 眩しい太陽の光が煌々と輝いており、ビーチで遊んでいる子や海ではしゃいでいる子、肌を焼いていることもいるし、何より多種多様な水着が輝いている。

 

「んじゃ、準備運動をッと」

 

 腕を伸ばし、屈伸を行い、アキレス腱を伸ばしたり、背中を伸ばしたりしていると後方からものすごい勢いで砂を踏み抜く足音が聞こえ、俺は呆れながらも腰を低く落とし、手を空へと伸ばす。

 するとタタッ! とリズムよく俺の背中を足が踏みしめていき、俺の手の平にスタッと着地すると決め顔でしっかりとポーズを決める。

 それを見ていた周りの女子たちからは拍手喝采だ。

 

「すごーい!」

「息ピッタリだ~」

「久しぶりにやったけど出来るものね」

「それもそうだな」

 

 こいつは水着になると絶対にこれをやりに来る。

 最初は小学校の頃に鈴家族とプールに行ったときにやったら何故か出来てしまい、そこから海やプールでは確認なしで出来るようになってしまった。

 

「降ろすぞ」

「あ、ちょっと待っ」

 

 いつものように腕のばねを使い、鈴を軽く放り投げると落ちてくる彼女を姫抱きの要領でキャッチすると周囲から再び拍手喝采が送られる。

 どうもどうも、と周りに答えていると鈴が静かなことが気になり、視線を落とすと顔を真っ赤にした鈴と上目遣いの形で目があってしまう。

 

(っっ……な、なんでこいつこんなに可愛らしいんだよ)

「だから待ってって言ったのに……バカ」

「お、おう」

 

 シャルやセシリアとは違う可愛らしさにタジタジになりながらもゆっくりと鈴を降ろす。

 

「一夏さ~ん」

 

 微妙な空気をぶった切るようにセシリアの声が聞こえ、そちらを振り向くと鮮やかな青色の水着を着て麦わら帽子、そして何故かサングラスをかけているお嬢様然としたセシリアがいた。

 

「せっし~、じょうひ~ん。お嬢様みた~い」

「ふふん。これでも社長令嬢ですわ……一夏さん、いかがかしら?」

「に、似合ってるぞ」

 

 鈴の凄まじいメラメラとした炎の死線を無視しながらセシリアにそういう。

 彼女の視線がある一点に集中していることは鈴の名誉のためにも言わないでおこう。

 

「一夏~」

「シャルっ……とラウラ?」

「う、うむ……ど、どうだ? 旦那様」

 

 伸ばしっぱなしの銀髪はシャルに結ってもらったのか左右で一対のアップテールになっており、水着もレースをふんだんにあしらった黒い水着だ。

 何を言われるか緊張しているのかラウラはモジモジと落ち着かない様子。

 

「おう、可愛いぞ。髪型もいいと思う」

「そ、そうか……う、うむ! うむうむ! やはり夫婦に刺激は必要だな!」

 

 なんの? と疑問を抱いたがそっと俺の胸にしまっておき、ラウラに微妙にずれている知識を吹き込んだ人を少しお説教をしたくなった。

 

「それじゃ、皆で今日一日はしゃぐか!」

『おー!』

 

 一斉に海へと駆けだすみんなの後を追いかけようとするが箒の姿が見当たらず、周囲を見渡すが箒の姿は見えない。恐らく着替え終わってはいると思うが。

 箒のことを気にしながらも俺は海へと入っていった。

 

 

――――――☆――――――

 皆が自由時間を満喫している中、一人箒は制服のまま少し離れた崖にいた。

 目の前には青と白のワンピースを纏い、頭にうさ耳を装着し、ウサギを抱きかかえた女性―――篠ノ乃束がいた。

 

「姉さんっ」

「ひさしぶり~! 箒ちゃん! 会いたかったよー! さあ、姉妹のぎゅーをしよ! ぎゅー!」

「何をしに来たんですか」

 

 束は一瞬動きを止めるが再び笑顔を浮かべる。

 

「大丈夫。余計なことはしないよ……これからの箒ちゃんに必要なことをしてあげる」

「必要な……こと?」

「そ。お姉ちゃんは分かってるぞ♪箒ちゃんが求めているものが」

「な、何を言って」

「欲しいんでしょ……専用機」

「っっ!」

 

 箒の耳元でそう囁く。

 一瞬、箒は肩をビクつかせるがすぐに距離を離す―――一度は振り切り、心の奥底へとしまい込んだはずの願望を言い当てられてしまい、箒の心臓は鼓動を速める。

 

「そ、そんなこと」

「のんのん。箒ちゃん、正直にならないと駄目だよん。あいつの傍にいたいんだよね? 大好きで大好きでたまらないあいつの傍に……他の子たちはみ~んな専用機を持ってるんだもん。箒ちゃんだけないのは不公平」

「そんなことはない! 専用機が無くても一夏の傍に」

「ほんとうかな?」

 

 箒の顔を覗き込むようにして束は箒との距離を一気に詰める。

 今の束の表情は笑顔ではあるが何かが入り混じった笑顔。

 

「果たしてそれは箒ちゃんの本音? 思い出してみて。あいつの傍にいるのはいつもどいつだった?」

「っっ……それはっ」

 

 クラス対抗戦のときも、学年別トーナメントのときも思い返してみれば一夏のすぐ傍にいたのはいつだって専用機を持つ彼女達。

 自分も傍にはいてもその距離は遠い。

 そんなことを考えている箒を束は何も言わずに抱きしめ、耳元で囁く。

 

「箒ちゃんは幸せにならないといけないの……その為ならお姉ちゃんなんだってするよ」

「わ、私はっ」

「大丈夫。不安なことは何もないよ……お姉ちゃんに任せなさい♪」

 

 妹の幸せを望んでいるのは事実。

 しかし、その幸せが箒が思い描くものと束が描くものがイコールで結ばれているとは限らない。

 

 

 

(そして箒ちゃんをぜ~んぶ貰ってあげるからね♪)

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