Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第四十五話

 その日の晩、大広間三つをぶち抜いた大宴会場にて俺達第一学年の生徒、および学年団の先生たちは夕食を取っていた。

 海が近いということもあり、この旅館ではお昼は海鮮丼。夜は海鮮系お鍋と刺身という海鮮尽くしの超豪華メニューになっている。

 

「うん! 美味しい! 昼も夜も海鮮系とは豪華すぎるな」

「そうだね、本格的なお刺身料理は初めて」

 

 右隣に座っているシャルも使い慣れないお箸で奮闘しながら豪華な夕食に舌鼓を打つ。

 旅館ということもあって床は畳が一面に敷かれており、一人一人にお膳が並べられているがみな一様に夕食の豪華さと美味しさに興奮気味だ。

 

「刺身も上手いし、海鮮鍋も絶品。文句の付け所がないな!」

「まぁ、明日からが本番だしね」

「……それを言ってくれるな、シャル」

 

 そう。ここまで至れり尽くせりなのは今日が自由活動日だからであって明日からは臨海学校の本番が始まり、俺達は地獄を見ることになる。

 今頃、海の深い所を揚陸艇がISや武器をわんさかと運んでいることだろう。

 この臨海学校のために噂によれば護衛艦が各国から派遣されているとかいないとかで周辺海域の警備も行っており、クラゲ一匹いれないという。

 代表候補生にもなれば本国から送られてくる武器の試験という仕事が待っているので俺たち以上に地獄だ。

 

「ぅっ……くぅっ」

「だ、大丈夫か? セシリア」

 

 そんな中、俺の左隣に座っているセシリアはさっきから苦痛の表情を浮かべながら右に左にと体を動かし、呻き続けている。

 それもそうだろう。大宴会場は畳であるために座り方は正座。

 最近の日本人の若者ですら正座に慣れていないというのに海外出身ともなれば正座を長時間するなど地獄の所業に近いことだろう。

 一応、海外勢のためにテーブル席も用意されているんだが何故かセシリアは頑なに向こうに行かない。

 

「なあ、セシリア。そんなにつらいならテーブル席に」

「ぜっっっっったいに行きませんわ! この座席を勝ち取るためにどれほどの犠牲を払ったか」

 

 そう言いながらセシリアはお玉でだしを掬い、小皿にいれるとプルプルと手を震わせながら口元へと運ぶが相変わらず表情は苦しそうだ。

 

「仕方がないな。入れてやるよ、何が食べたい?」

「よ、よろしいのですか!?」

「お、おう」

「で、では一夏さんのおすすめを入れてくださいまし」

 

 そう言われたのでセシリアからお玉と小鉢を貰い、豆腐やえのき、海老やタイなどを入れて彼女の手元に置こうとした時、まるで鳥の雛のように目を閉じ、口を小さく開けて待っているセシリアが見えた。

 

(……入れるってまさか口の中に? んなまさか)

「じゃ、じゃあ……あーん」

「あーん」

 

 ここで頬につけたら、なんて邪推なことは考えずにタイを彼女の口に入れてあげると何とも幸せそうな表情を浮かべ、幸せそうに噛みしめる。

 すると後ろからチョンチョンと肩を叩かれ、振り返るとお箸を、それはそれは使いにくそうに見せびらかすようにして難儀な顔をしているシャルさんがいた。

 

「あ~、お箸が使いにくいな~。フランスにいた時はナイフとフォークだからお箸に慣れないな~」

 

 とてつもなく棒読みだ。

 とりあえずお鍋が冷めないうちにと一口食べるが右隣から凄まじい視線をぶつけられ、たまらずに彼女の箸を借り、マグロの刺身を一つまみ、シャルの口へと優しく放り込む。

 シャルもそれはそれは幸せそうな表情を浮かべてマグロを噛みしめる。

 そして今度は背中をチョンチョンされ、嫌な予感がしながらも振り返るとワクワク、ドキドキという表情を浮かべているラウラが目の前にお皿を一枚、そっと置いた。

 

(な、なぜに口を大きく開けているんだ)

「旦那様。私はあ~んとやらをされてみたい。年老いた時に必要だからな」

 

 皆の視線を一身に受けながらイカの刺身をラウラの口へと優しく放り込んでやるとそれはそれは幸せそうな表情を浮かべてイカを租借する。

 少しラウラのことを可愛いと思ったのは秘密だ。

 

「よいしょっと」

「鍋は違うだろ鍋は!」

 

 どこかからか借りてきたミトンを両手につけた鈴が小鍋をもって俺のもとへとやってくると口を開ける。

 口を開ければ自然と人の視界は狭まる―――そんな鈴の表情を見た瞬間、俺の心の奥底から沸々と悪戯心が湧き出てくる。

 

(ふふふっ……鈴よ。手加減はしてやるからな)

 

 エビの殻をむき、湾曲している形に添って刺身盛り合わせにと用意されていた本わさびを乗せてやると周囲から笑いをこらえる空気が漏れ始める。

 

「はい、鈴。あ~……」

「……」

 

 大量の本わさび盛り合わせエビを食わせてやろうとしたその時、俺達の間に影がかかったのでそちらの方を向くと腰に手を当て、鬼の形相でこちらを睨み付けている千冬姉がいた。

 まさに仁王立ちとはこのことだろう。

 いつの間にかラウラは元の方向を向き、シャルやセシリアも食事に戻っている。

 冷や汗をかいているのは俺と鈴だけ。

 

「織斑……美味しそうなエビだな」

「は、はははっ」

「そんな料理は私も食べたことがない……ぜひともお前が食べて感想を聞かせてくれ」

 

 チラッと鈴の方を向いて助けを求めるが鈴は諦めたのか正座を崩さず、目を閉じている―――その姿はまるで拳骨を待っているかのよう。

 

「さあ……さあ」

「い、いただきまーす!」

 

 パクン! と本わさ大漁盛り合わせのエビを口に含んだ瞬間、凄まじい速度で辛みの刺激が俺の口から通って鼻へと到達する。

 

「ほわぁぁぁぁつ! か、辛い! は、鼻が! 鼻がぁぁぁ!」

「ふん、バカ者が。食事くらいまともに食わんか」

「ず、ずびばぜんでじだ」

「それと、鳳」

「は、はい!」

「よほど体力が余っていると見える。砂浜を50キロほど走ってこい」

「……」

「それが嫌ならサッサと戻れ」

 

 脱兎のごとく鈴は自分の席へと戻り、それ以降一言も言葉を発さなかった。

 その後の食事の味はあまり覚えていない。

 

 

――――――☆――――――

「ふ~、良いお湯だ~」

 

 海を一望できる露天風呂にて俺は腕も足も全身も伸ばしに伸ばし切って堪能していた。

 少し前までは女子生徒、および女性教員の時間帯だったがこの時間から二時間は俺の時間、つまり俺だけが占有できる時間帯だ。

 

「学園じゃみんなの目もあってあれだけど……旅館さいこ~」

「良いお湯そうだな」

「そりゃもう海を一望……てうえぇぇぇぇぇ!?」

 

 声が聞こえ、慌てて振り返るとそこにはバスタオルで体を軽く隠している千冬姉が立っていた。

 あわあわとしている俺をよそ眼に千冬姉はかけ湯をするとそのまま湯船へと入り、俺の隣へと座る。

 

「何をそんなに慌てふためくことがある?」

「そりゃ慌てふためくだろ!」

「今はフリータイムだ。まあ、座れ」

 

 促され、俺は渋々千冬姉の隣に座るが一緒にお風呂に入るなど小学校以来、何年ぶりだろうか。

 昔はよく一緒にお風呂に入ってはその日の出来事や勉強のことなど様々なことを千冬姉に話したのを覚えているけど小学校六年生辺りでそれも無くなった。

 

「一夏」

「ん?」

「お前はいったいどの女が好みだ?」

「ぶふぉ!? い、いきなり何を」

「姉である以上、気にもするだろう。お前以外はみんな女という環境に身を置いているんだ。考えるなという方が難しかろう」

 

 千冬姉の言うように考えたことがないと言えばウソになる。

 特に箒や鈴、セシリア、ラウラ、シャルとは他の女の子達とは一線を画すほどの印象を抱いているということは間違いはない。

 

「言っておくが年上でも構わんが教員とは卒業後にしろよ」

「しないよ!」

「冗談だ……で、どうなんだ?」

「……そ、そりゃみんな魅力的だとは思うけど」

 

 まずは鈴。幼馴染だからと思っていたけど印象がガラッと変わったのは入院中だ。同じベッドの上で密着してでの教え合いから抱き合っていた。

 あの時の可愛さは昔とは違う。

 そしてセシリア。最初は感じが悪かったけどラウラとの模擬戦の際に抱きしめて守ったし、保健室では手を繋いだし、あの時の表情はドキドキした。

 シャルに関しては薬を盛られたとはいえ、襲いかけたし、その後の医務室で抱きしめたし、その前に大好きとまで言われている。

 意識しないようにしているけど。

 ラウラもラウラで俺の傍にいろ、とか言いながら抱きしめた。後から振り返るとかなり臭いセリフだ。

 彼女の笑顔にはドキッとするときもある。

 箒もそうだ。昔の印象とは全く違う。

 

「一夏。覚えているか? 幸せになれと」

「うん。覚えてるよ」

「あれは今でもウソ偽りない私の本音だ。お前はどんな形であれ幸せになれ」

「……」

「誰か一人を選べないのなら全員愛せばいい。それで幸せならば私は何も言うまい」

「……もちろん千冬姉も幸せになってくれよな」

「……そうだな。私もだな」

 

 

――――――☆――――――

「ふ~、さっぱりした」

 

 千冬姉との久しぶりの姉弟風呂から一足先に上がった俺は自室へと向かっていると砂浜が一望できる小さな広場に箒がいた。

 声をかけようとした時、彼女の横顔が見えたがどこか悲しそうだった。

 

「箒?」

「い、一夏っ……ど、どうしたのだ急に」

「いや、たまたま箒が見えたからさ……何かあったのか?」

「……何故、そう思う」

 

 正直に言えばここに到着してからというもの箒の表情に楽しさの色は見えず、見えているのは不安や悲しみといったマイナスの感情しか見えていない。

 放っておけと言われたらそれまでだけど幼馴染として放っておけなかった。

 

「ここ来てからずっとなんか思い詰めていたからさ。何かあったのかなって」

「……げてくれ」

「え?」

「一夏、今すぐ私と一緒にここから逃げてくれ!」

 

 そう叫ぶ箒の目には涙が溢れており、俺の手を強く握りしめる。

 

「ほ、箒?」

「姉さんが……姉さんがここに来ているんだ。きっとろくでもないことをしに」

「俺の命を狙ってるもんな」

「知っているのか!?」

「あぁ、前に千冬姉から聞いた」

 

 箒は驚いた表情を浮かべながら俺の顔を見る。

 恐らく、千冬姉からも言うなって言われていただろうし、箒自身も束さんが俺を殺そうとする行動をその目で見たことがある筈。

 

「逆に箒も知ってたんだな」

「……一度だけ見たことがある……姉さんがお前の写真を切り刻んでいるところを……その後、千冬さんとも話をしたんだ」

 

 箒は悔しそうに唇の端を噛みしめながら手を握りしめる。

 小学校低学年の時にそれを知ったとしても何もできない―――ずっと箒は悔しがっていたんだと思う。

 事実を知っておきながら、自分が真実に一番近い所にいながら何も出来ずに指をくわえて見ていることしかできない自分の情けなさに。

 

「姉さんは千冬さんとの約束でISとお前が関係している場所でしか行動が出来ない! だったら私と一緒にISなんて関係ない場所に逃げればお前は命を狙われずに済むんだ!」

「箒……」

「一夏……私は怖いんだ。この場所でお前がいなくなりそうな気がして……あの人はお前の命を奪う為ならなんだってする。昔からそうだ……だから」

「箒」

「っっ!」

 

 俺は箒の頭に優しく手を置く。

 

「箒が抱いている不安は当たると思う。俺もこの場所に来てからたまらなく不安なんだ……でも俺はあの人から逃げたりなんかしない」

「どう……して」

「皆を……箒も含めてみんなを守りたいんだ。なのに逃げたりなんかしたら誰も護れないだろ?」

「一夏……」

「それに俺は死なない」

「どこから……そんな自信が出てくるんだ」

「一回、経験済みだからな」

 

 そう言うと箒は小さく笑みを浮かべる。

 ようやく笑ってくれたことに俺はホッと一安心する。

 

「やっぱりお前は笑顔の方が良いよ」

「バカ者……ならば私もお前を守るために戦う」

「え?」

「守られっぱなしでは性に合わない」

「なんだよそれ……みんなで一緒に学園に帰ろう」

「あぁ……そうだな」

「そろそろ寝ようぜ。明日も早い」

「あぁ……私はもう少しここにいる」

「そうか? じゃ、お休み」

 

――――――☆――――――

(一夏……私はお前を守りたい……その為ならば私は悪魔とも契約してみせる……絶対にお前を死なせたりなんかしない)

 

 一人になった箒はスマホを取り出すとある人物のもとへと電話をかける。

 

「……姉さん」

『やあやあ、かけてくれると思っていたよ。準備は出来ているよ』

「姉さんの人形に成り下がる気はありません……一夏を守るための力が欲しいだけです」

『その愛をお姉ちゃんに向けてほしいぞ♪。ま、明日を楽しみにしててよ』

 

――――――☆――――――

 通話を終えたスマホを用済みと言わんばかりにポケットに投げ入れる束は旅館から少し離れた位置で闇夜に浮かぶ美しい月を眺めていた。

 

「箒ちゃん……お姉ちゃんがあいつの支配から解き放ってあげるからね」

 

 束はニヤリと笑みを浮かべると手元の空間の一枚のウィンドウを投影させ、画面を見ずに指をスムーズには知らせていき、何かの指示を飛ばす。

 

「あいつの洗脳から解放されたらまずは旅行に行こう。そうだな~……まずスタート地点はお家にしようか。久しぶりに家に帰って~、箒ちゃんとお風呂に入って~……うん。楽しみだな~……箒ちゃんもち~ちゃんも愛して良いのは私だけ。私だけが二人を愛して二人の愛を受け取る権利がある……まずは箒ちゃんを取り戻す」

 

 言葉だけを聞いていれば攫われたお姫様を救いに行く勇者にも聞こえるが現実は真逆。

 

「醜い肉塊には今度こそ退場してもらうから。私が作る世界にお前の椅子はない」

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