合宿二日目の朝、俺達は太陽が煌々と照っている空の下、各クラス代表を先頭にして集まっていた。
今日一日をかけて各種IS装備の試験運用とデータ取に追われ、専用機持ちは本国から送られてきている大量の武器が待っている。
ちなみに今俺達がいるのはIS試験用の四方を切り立った崖に囲まれている秘密のビーチだ。
「今日一日をかけて行うのは各班に分かれての装備の試験運用とデータ取りだ。専用機持ちは専用パーツのテスト、一般生徒は打鉄、およびリヴァイヴを使用して迅速に行え。織斑は前に来い」
俺だけ呼ばれ、皆の間を通って前に行くと打鉄を纏った先生二人が傍に降り立つ。
一人は山田先生、もう一人は確か四組の担任の先生だったはず。
「篝火ヒカルノから伝言だ。
「はぁ……で、俺は何をすれば」
「手っ取り早く済ませるならば鬼ごっこだ。二人の先生が逃げるのを全力で追いかけ、触れろ。時間は5分、インターバルは30秒で行く」
「え、ちょっ」
「よーい、ドン」
千冬姉の合図の直後、先生二人がスラスターを吹かせてこの場から離脱したので慌てて白式を展開し、追いかけていくが細かく方向転換を繰り返され、中々目標が定まらない。
ただ今の俺の実力では上下左右の4方向というシンプルな方向にしか動けない。
だから実力者からすれば俺の動きは単調的。学年別トーナメントでも箒に突きの一撃を受けた原因だ。
「待てー!」
「そんな簡単な動き方じゃ捕まらないわよ! 織斑君!」
4組の担任の先生は巧みにスラスターを使い、ジグザグに方向転換を行うのと同時にフェイントを交えながら俺を翻弄する。
右に移動していたかと思うと突然右斜めの動きが入り、それを追いかけると今度はまっすぐ上空へと上がる。
『言っておくが
「織斑君、こっちにもいますよ~」
山田先生へとターゲットを変え、必死に追いかけるが背中に目でもついているのかと思いたくなるほど山田先生は後ろを向かず、俺だけを見て移動する。
「捉えた!」
「ふふっ」
「っ! うわわわわっ!」
壁ギリギリまで追い込んだ瞬間、スラスターを全基一斉に同方向に吹かせるが山田先生が壁衝突の寸でのところで急停止、壁に沿って急上昇を行ったことで顔面から壁に激突する。
絶対防御があるので肉体にダメージはないがそれでも痛いものは痛い。
『第1セット終了。インターバル30秒』
「ハァッ……ハァッ……な、難易度高すぎるだろ…ハァッ……この鬼ごっこ」
「織斑君。各スラスターをそれぞれ力の合成を意識して動かさないと。上下左右に動かす以外にもそれらを組み合わせることで斜め方向の力を生みだすの」
「ふぅっ……頭では理解してても中々それを実践に移すのが」
つまり右方向と上方向にスラスターを各基、稼働させることが出来れば新たな方向の移動が出来るんだけどそれを実践に移すのがなかなか難しい。
どうしても基本四方向の移動が簡単だからどうしてもそっちを多用してしまう。
『インターバル終了。2セット目開始!』
「行きますよ、織斑君!」
「今度こそは絶対に触れる!」
先生たちと同時に上空へと飛び上がり、
先生たちの方向転換は非常にスムーズで
『残り3分』
(ダメだっ! 周りの音を全て遮断しろ! 全部目の前に集中するんだ! 先生たちのさっきまでの動きを全て組み合わせて予測しろ!)
全ての音を意識から切り落とし、先生たちの姿を捉えながら追いかけていると徐々に先生たちが通った道にまるで色が付くように道筋が見えてくる。
この感覚は久しぶりだ。今までは感覚だけに頼って戦い続けてきた。それじゃダメだ。
あらゆる手を尽くして、今までの知識を出し尽したうえでISを動かすんだ。
そうすれば自ずと見えてくる。
(見えた! 勝利への軌跡!)
二人が交差する点を見つけた俺はそこ目がけてスラスターを全開に吹かし、一気にそこへと飛び込んでいく。
あと少しで二人に触れる―――そう思った瞬間、突然二人が動きを0にし、二人の間を俺が過ぎ去っていき、山田先生と目が合う。
恐らく山田先生たちはこれを見越していたんだ。だから推測が付きやすい動きをした。
「まだだぁぁ!」
「「っっ!」」
背部スラスター全基を斜めへと稼働させ、一気に吹かせると凄まじいGが体に押しかかるとともに俺の体が斜め後ろへと動いていく。
背中越しに山田先生へと体当たりをかますと同時に山田先生を足場にして四組の先生へと飛び込む。
「届けぇぇぇぇ!」
『そこまで!』
もう少しのところで四組の先生の髪の毛に触れようというところで千冬姉の声が響いてしまう。
「もうちょっとだったのに!」
「織斑君前前!」
「へぶぉぉっ!?」
通り過ぎる四組の先生ばかりを見ていたために壁に気付かずに凄まじい勢いで壁に衝突し、エネルギーバリアを通して衝撃が顔全体に走るとともに崖に亀裂が入る。
「きゅ、きゅ~ん」
「織斑くーん!」
薄れゆく意識の中、山田先生の叫びが最後に聞こえた声だった。
――――――☆――――――
壁に激突した一夏を真耶が地面に横にし、必死に声をかけるなか千冬は先程の映像を眺めていた。
(あの速度を維持したまま方向転換……無茶しおって)
「お疲れ様でした、織斑先生」
「いえ、先生こそ……いかがでしたか」
「正直、最後の飛び込みはヒヤリとしましたよ……まさか私と山田先生の動きを同時に予測して交点を導きだしてそこに飛び込むだなんて」
「たまたまでしょう」
「たまたまでドンピシャの予測は難しいでしょう……まぁ、たまたまかもしれませんが」
そう言いながら額から流れ落ちる汗をぬぐい、生徒のもとへと戻っていく。
千冬は最後のシーンをもう一度、見返す。
(一夏は一度失敗したことは二度失敗しない……その経験をあの戦いの中で組み上げたのか)
少しだけ―――ほんの少しだけ千冬は笑顔を見せると近くにあったバケツに海水を汲み、未だに目を回して気絶している一夏のもとへと向かう。
「もしもーし! 織斑くーん!」
「山田先生、最強の目覚ましだ」
――――――☆――――――
「あぶぶぶぶぶぶぶっぶ!?」
突然、冷たい何かをかけられた感覚が俺を襲い、体が条件反射でビクつき、一気に覚醒へと至って周囲を見渡すとバケツを持った千冬姉とオロオロしている山田先生の姿があった。
「時間はないぞ。次だ」
「ちぃぃぃぃぃぃちゃぁぁぁぁぁぁぁん!」
どこからともなく声が聞こえ、全員が作業を中断して声のする方向を探しているとある方向から凄まじい砂煙を巻きあげながら一つの人影がこちらへと迫ってくる。
臨海学校周辺は地・空・海において一般人の立ち入りを禁止しているので関係者以外は入ってこないが世界で唯一、そんなことなど無関係な人がいる。
それこそ今こちらへと向かってきている女性―――篠ノ乃束さんだ。
千冬姉はこちらへと迫ってくるモンスターの姿を捉えると頭を抱えてため息をつく。
「とう!」
部外者を止めようとした教員の頭上を飛び越えるほどの跳躍を見せて束さんは千冬姉の目の前へと華麗な着地を決めると両の手を大きく広げ、満面の笑みを浮かべる。
「ちーちゃん大好き! ぎゅーしよぎゅー!」
「黙れ」
「あいだだだだだ!」
千冬姉の容赦ない―――それこそ殺す勢いのアイアンクローが束さんの両方のこめかみに突き刺さるとそのまま力を籠め、指を食いこませる。
しかし、どうやったのか束さんはするりと拘束を抜ける。
「もうっ! ひどいなぁ、愛する束さんの登場なのにどうしてそんなにいけずなの?」
「黙れ」
「あぁん! ちーちゃんのゴミを見るような目! 罵倒! その全てが私の栄養だよ!」
さあもっと! と言わんばかりに手をクイクイっと動かす束さんを見て諦めたのか千冬姉は他の先生方に指示を飛ばして作業を再開させる。
束さんはさっきから千冬姉の方向を見ている―――なのになぜだか恐ろしい。
目は千冬姉を向いていても殺意や憎しみなんかは全て俺に向いているからだろうか。
そんなことを考えていた矢先、グリン! と首がこちらの方に向き、バチッと束さんと目が合うとまるで金縛りにあったように体が固まってしまう。
「で、君はいつ死んでくれるのかな?」
「……っっ」
「束、止めろ」
「大丈夫大丈夫。手は出さないよ……手はね」
千冬姉の制止を振り切り、束さんは俺の方を見る―――でも今いる場所から近づこうとはせず、ハッキリとした殺意を向けてくるだけ。
「早く君が死んでくれないと私の理想世界が作れないんだよ……お前のせいでちーちゃんは私を愛してくれないし、箒ちゃんは私を敵視する……本当なら今すぐこの場でぐちゃぐちゃにしたいんだけどね」
「そ、そん」
「え? 喋るの許したっけ?」
「っっ!」
まるで声に加工が入ったかのように声音が変わり、背筋を冷たい何かが走る―――理解した。この人は俺のことを本当に心の底から殺したいんだ。
だからゴミを見るような目で見るし、一定の距離以上に近づこうとしない。
もし、千冬姉との約束が無ければこの人は俺を殺しているだろう。
「白式を君を殺しやすくするために完成させたけど……それは失敗だったかな。ねえ、なんで君は生きてるの? あの時君は死ぬはずだったんだよ? 毒でね。君の白式は本当に白式なのかな?」
束さんの言っていることが理解できない。
俺の手首についているISは白式であってそれ以外ではない。俺を何度も助けてくれる最高の相棒。
「君がISを動かした理由なんてどうでもいいけど白式を渡したのは最悪。だからさ」
束さんの後ろに粒子が集まっていき、まるでISが展開されるかのように独立アームが現れるとその手にはチェーンソーが装備されている。
「その手首から先、切り落として返してよ」
異様な雰囲気を感じ、物音ひとつ立たない試験場にチェーンソーが音を立てる―――その時、束さんの肩に一つの手が置かれる。
「おい」
「やや?」
「1mmでも近づいてみろ……私が肩から先を切り落とすぞ」
隠す気もない殺意を発しながら千冬姉は束さんの肩に置いた手に力を入れていくと鳴ってはいけない音が束さんの肩から鳴り響く。
しかし、そんな状況でも束さんは笑顔を―――いや、まるで恍惚とした表情にも似た快感に支配されているような顔をし、千冬姉の方を見る。
気のせいか足も震えている気がする。
「い、いいよぉ~……その隠す気のない殺意、憎しみ……私にもっと向けてよ。ち~ちゃんの感情は全て束さんのもの。ち~ちゃんの心が私の麻薬だからさ」
恐怖で震えてるんじゃない―――快感に悶えているから震えているんだと理解した時には腹の底から何ともいえない不快感が込み上げてきて吐きそうになる。
「もっと……もっとちょうだい。今、束さんはち~ちゃん成分不足中なんだ~。なんせ達成したと思ったら未達成だったから生殺し状態なの。ねね? もっとちょうだい」
伸びてくる手を容赦なく叩き落とす千冬姉。
明らかにその叩き方は友人関係のじゃれ合いなどではなく喧嘩の領域だ。
少しひりひりするのか叩かれた手の甲を摩りながら束さんは独立アームを粒子化して収納し、手を後ろに持っていきながら千冬姉を見る。
「ははっ、冗談だよ~。私がち~ちゃんとの約束を破る訳ないじゃん! ぷんぷん!」
頭につけているうさ耳をぴょこぴょこと動かしながら明るい声でそう言うと千冬姉は殺意を奥底に戻し、呆れた表情で束さんを見る。
「で、今日は何をしに来た。邪魔しに来ただけなら帰れ」
「今日はね! ちーちゃんに会いに来たのと箒ちゃんにも会いに来たんだ! 箒ちゃーん!」
バカみたいにデカい声をあげながら箒を呼びつける束さん。
全員の視線が箒に注がれ、箒は滅茶苦茶嫌そうな顔をしながらも班メンバーに断りを入れて束さんのもとへとやってくる。
「……姉さん。タイミングを」
「のんのん! 束さんにタイミングなどという言葉は無いのだ! 箒ちゃん! 求めていたものだよ」
束さんがリモコンをポチッと押した瞬間、上空より黒い何かが俺達がいる地上に向かって飛来し、ずどーん!というすさまじい爆音を立てながら地上へと降り立つ。
それは黒いコンテナ。コンテナはゆっくりと扉を開いていく。
コンテナの中に入っているものに全員の視線が注がれる。
コンテナの中に入っているもの―――それは真紅の装甲に身を包んだISだった。