午前十一時、容赦のない太陽光が砂浜にいる俺達に降り注ぐ。
作戦開始時刻までもう少しとなり、あとは調整が完了する箒が到着すれば作戦開始となる。
そんなことを考えていると後ろから砂を踏みしめる足音が聞こえ、振り返ろうとするがそれよりも早くに後ろから抱き付かれる。
「ラ、ラウラ?」
「ふむ。やはり旦那様は緊張しているようだな。旦那様の緊張をほぐすのも妻の仕事だ」
いつもならラウラにツッコミを入れるところだが今の緊張状態にある俺にとってはこのくらいがちょうどよく、思わず笑みをこぼしてしまう。
俺はみんなに支えられているんだと改めて実感する。
そして同時に支えてくれる皆を守るためにもこの作戦は絶対に成功させてみせる。
「よし」
「頼むぞ、旦那様」
そう言い、俺からラウラが離れると今度は入れ替わりで箒が俺の隣へとやってくる。
「待たせてすまない」
「大丈夫だ」
「一夏。お前は私が守る」
そう言う箒の拳に力が入る。
先程以上に気合が入っている姿を見て束さんがまた何か発破をかけたなと思う反面、どんな言葉をかけて冷まさせたらいいかと迷う。
「……一緒にここに戻ってこようぜ、箒」
「あぁ!」
「両名、ISを展開!」
「来い、白式!」
「いくぞ、紅椿!」
共に愛機の名を呼び、それぞれのISを展開し、纏う。
一瞬で装備を終えた俺は箒の背中へと乗り、彼女の肩に手を置く。
「一夏。ヤバいと思ったらお前だけでも離脱するんだ」
「何言ってんだよ。それじゃお前が無事で済まないぞ」
「大丈夫だ。紅椿をもってすればお前を守りながら撤退くらい造作もない」
正直、今の箒も不安だ。
多分、紅椿の性能の高さ、専用機を持てた喜びなんかに吞み込まれてはいないと思うが別の考えに呑み込まれているような気がしてならない。
さっきから続いている俺を守る宣言もその一つだ。
「箒、無茶はしないでおこう。無理だと思ったら一緒に撤退するんだ」
「心配はいらない……お前だけは何が何でも守ってみせる。この力で」
聞こえないようにつぶやいたつもりなんだろうが丸聞こえだ。
『織斑、篠ノ乃。聞こえるか』
オープン・チャネルを通して聞こえてきた千冬姉の声に俺達は頷いて反応を示す。
『ではこれより作戦開始とする。本作戦の要は一撃必殺だ。短時間で決着をつけろ』
「了解」
『篠ノ乃。お前は専用機を手にして日が浅いうえに機体性能はオーバースペックだ。過信するな』
「はい。私の役目は一夏の補助と護衛、ですよね」
『そうだ』
「必ず一夏を守ってみせます」
『……織斑』
回線が切り替わり、プライベート・チャネルから千冬姉の声が俺の耳に響く。
『分かっていると思うが篠ノ乃はお前を守ることに固執している……それにあのバカが作った機体だ。何かが仕込まれている可能性もある。一撃で決めろ』
俺は首を小さく縦に振る。
ほんの僅かばかりに千冬姉の声音に不安を感じた。
『作戦、開始!』
「行ってきます!」
直後、千冬姉の号令がかかると同時に視界が一瞬だけグニャリと歪んだ―――そして気付けば地上から300メートルほどの上空まで飛翔していた。
紅椿の性能で言えばただの飛翔に過ぎないんだろうが一般的な感覚で言えば瞬時加速だ。
俺というお荷物を背中に抱えた状態でこの加速を実現できるということは何も制限のない状態での加速が凄まじいことは明白だ。
そしてものの数秒で地上500メートル上空へと到達する。
「暫時衛星リンクを確立……情報照合……敵機の位置を確認した。一夏、同時に行くぞ」
「おう!」
紅椿の背部・脚部装甲が展開装甲の名の通りに開き、そこから強力なエネルギーが放出されるとともに加速が始まり、同時に俺のスラスター全基も吹かす。
同時に推進力を得たことで紅椿は異常なまでの高速に入る。
ここから超高速に入り、接敵と同時に零落白夜で斬る。
俺のスラスターから噴き出す炎が徐々に蒼炎色を帯び始めるとともに速度がグングン上がってくるが紅椿は遅れることなくピタリと並走する。
(蒼炎時の加速と同じ速度を出せるって……展開装甲もそうだけどどこからそんなエネルギーを)
白式であれば
となれば紅椿の内側にそれを実現できるほどの何かがあるという事。
天才の所業と言えばそれまでだが。
「見えたぞ!」
「っっ!」
前方へ意識をやると白式から情報が提示され、銀の福音の名が表示される。
装甲はその何相応しい銀色に輝いており、頭部から一対の巨大な翼が生えており、資料によれば大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新システムだそうだ。
敵を正面に捉えたことで雪片弐型を握る手にも力が入る。
そしてスラスターから吹き出る炎が赤炎色から蒼炎色へと完全に変わり、加速度が一気に跳ね上がり、紅椿を足場にして俺は一気に前方へと飛び込む。
(一瞬で落とす!)
周囲の雲はあまりの速度の前に止まっているように見え、前方に見える銀の福音でさえスローモーションで動いているかのような遅さだ。
しかし、余りの重圧に雪片弐型を自由に振り回すことはできない―――つまり一方向だけの斬撃。
相手はようやく気付く―――しかし、それは紅椿であって俺ではない。
「うぉぉぉっ!」
雪片弐型の刀身が輝き、光の刃と化した剣を強く握りしめ、接敵に備える。
―――五,四,三,二、、一
ギィィンツ! という凄まじい斬撃音と共に剣から衝撃が全身に伝わり、銀の福音の姿勢が大きく崩れ、超音速飛行が解除されてゆっくりとその速度を落としていく。
俺のスラスターも通常速度へと落ちていき、くるりと身を翻し、銀の福音の背中を捉える。
挟み込むようにして二人で敵機の様子を確認する。
「「……」」
物音一つせず、銀の福音は脇腹から電流を迸らせながらギギッと俺の方を振り返り、手を伸ばそうとするがエネルギーが尽きたのか腕から力が抜け、ダランと落ちる。
頭もガクッと落ち、輝いているのは頭部の一対の翼だけとなった。
『銀の福音のエネルギー残量0確認……作戦成功だ』
オープン・チャネルから箒の声が聞こえ、ふっと俺達の間に安堵の空気が流れ込む。
今頃、旅館の大広間でもみんなが作戦成功を喜びあっているだろう。
「帰ろう、一夏」
「そう……」
俺の傍へとやってきた箒に返答しようとするが目の前に突如として流れ始めた光景に言葉が詰まり、その光景に釘付けになってしまう。
箒も同様だ。
頭部から生えている一対の巨大な翼の内の一枚の羽根がポロポロと抜け落ち始め、銀の福音の装甲に触れるや否や溶け込むようにして消えていく。
一枚一枚の羽根が太陽の光を浴びて銀色に輝いており、その光景はまさに神の降臨。
「な、なんだ……いったい何が」
「……良いことが起きる気はしないな」
互いに得物を握りしめ、銀の福音の次なる行動に備える。
一枚の羽の全てが抜け落ち、その全てが銀の福音に溶け込んだかと思えば徐々に全身の装甲が銀色に輝き始め、白式のハイパーセンサーから最悪の事態を告げる通知が届く。
『敵エネルギー健在。敵性行動を確認』
「La――――――♪」
甲高いマシンボイスを高らかに上げ、再臨を果たした銀の福音は俺達を敵として認識し、頭部の一対の巨大な羽を左右に広げ、翼に多数の穴が姿を現す。
その数は三六、そしてその穴が何なのかは瞬間的に把握した。
―――砲門だ
「避けろ!」
「っっ!」
三六もの砲門から一斉射撃が始まり、俺達は左右に展開して羽根の形にも似た光弾を回避していく。
広域殲滅と銘打っているだけあって精密性は欠けているが隙間を塗り潰すほどの光弾の雨霰による面制圧は驚異の一言だ。
俺はスラスターを細かく調整し、飛行を続けながら光弾を回避していき、箒も背部・脚部のそれぞれの展開装甲を開き、光弾を避けていく。
『一夏! 状況報告!』
「銀の福音のエネルギー残量が回復して戦闘続行中!」
オープン・チャネルから飛んできた千冬姉の怒声に身を翻して光弾を避けながら答え、光弾の一つ一つを目で追いかけていく。
しかし、面制圧のような弾幕である以上、その隙間は限りなく小さく、上下左右の基本四方向だけの動きでは隙間を縫って突撃は難しいだろう。
『一夏! 私が空裂で道を開ける! 飛び込め!』
「了解!」
箒がそう叫んだ直後、一回転する勢いで空我を振るい、帯状に赤いレーザーが展開されて突き進んでいくと銀の福音の光弾を複数個、掻き消す。
そして上空で爆煙が視界を遮る―――風によって爆煙が晴れた瞬間、見えた。
(勝利の軌跡!)
「ここだぁぁぁ!」
箒の一撃により開いた弾幕の穴にスラスターを全開に吹かして飛び込み、雪片弐型を握りしめて突撃する。
俺を捉えている銀の福音は砲撃を一部修正し、俺めがけて多数の弾幕を張り巡らせるが一度、飛び込んでしまえばあとは進んでいくだけ。
右に左にと体を回転させ、光弾を回避しながら奴との距離を縮めていく。
(瞬時加速!)
スラスター全開に加え、瞬時加速を重ね合わせて一気に超加速し、銀の福音の索敵範囲から一瞬だけ抜けるほどの突撃をかます。
徐々に剣の切っ先が銀の福音の胸部へと近づいていく―――ここまでの距離であれば相手が動き出すよりも前に俺の斬撃があたる。
(いける!)
剣の切っ先から輝きが放たれ、再び零落白夜が発動し、胸部へと切っ先が近づいていく―――しかし、次の瞬間、銀の福音の体がバチィッ! と電流でも受けたかのようにビクつく。
直後、ぐりんと、いきなり銀の福音の体勢が入れ替わる
(いくらISでもあの距離でいきなり回転回避に移るのは無理がある! 直撃を回避して掠りで済ませたならまだ分かるけど完全回避なんてあの距離じゃ無理だ!)
「これが軍用ISの性能なのか!?」
「La♪」
銀の福音が翼を折りたたみ、両手を広げながらこちらへと向かってくる―――しかし、それを遮るように赤いレーザーが奴に向かって放たれ、箒が切りかかる。
「私もいることを忘れるな!」
二刀流の流れるような剣劇を前に銀の福音は両腕で弾いていくが腕部の展開装甲も開いている紅椿の速さを前に少しずつ斬撃が装甲を切り裂いていく。
俺のエネルギー残量は4割である以上、瞬時加速と零落白夜の併用が出来るのはラスト一回。
どんな理由で復活したのか分からない以上、次の一撃で仕留める。
腰を低く落とし、その一瞬の隙を見つめる―――そして
(そこだ!)
銀の福音が箒の交差する二刀流の斬撃を後方へ大きく飛び退いた瞬間、瞬時加速とスラスターを全開に重ね合わせて相手との距離を一気に詰める。
箒も俺の行動を悟らせまいと赤いレーザー光を多数放ち、銀の福音をその場に留める。
「止めだっ!」
「a」
そんな短いマシンボイスが響いた瞬間、二度目の斬撃が火花を散らせた。