Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第五十一話

「お~い、男女。今日は木刀持ってないのかよ」

「……竹刀だ」

「女なのに男みたいな喋り方だし、武器持ってるとか怖いわ~」

 

 家が道場兼神社ということもあり、幼いころから厳しく躾けられてきた箒の喋り方は少し古風さが混じっており、それが小学生男子には絶好のネタだった。

 毎日のように絡んでくる男子を無視しているが今日は特にしつこかった。

 

「退いてくれ。これから稽古だ」

「稽古だってよ。どうせまた織斑とイチャイチャするんだろ」

 

 方向を変えても追いかけてくる男どもに嫌気がさし、少し竹刀で脅かしてやろうとも思ったその時、纏めていた髪の毛がバサッと広がる。

 慌てて髪の毛を見るがつけていたはずのリボンが見当たらず、まさかと思って男子の方を見るとひとりの男子の手につけていたはずのリボンが握られていた。

 

「見ろよこれ! 男女がリボン付けてるぞ!」

「か、返せ!」

 

 取り返そうと追いかけるが三人の男子の巧みなパスワークでリボンが舞い、中々箒の手に収まらない。

 あのリボンは誕生日の時に両親から送られた大事なプレゼントであり、箒のお気に入りのリボン。それを遊びで使われているのが何より腹立たしかった。

 

「このっ」

「あでっ!?」

 

 我慢の限界が来た箒が竹刀を手に取ろうとした時、勢いよく塵取りがどこからともなく飛んできて一人の男子の頭に直撃する。

 全員が飛んできた方向を見るとそこには教室の掃除をしていたであろう一人の男子がイライラしている様子を露わにしながら立っている。

 

「お前ら、多人数で女子に絡むとか恥ずかしくないのかよ」

「げ、げぇ!? 織斑!」

「お前掃除するとか真面目ちゃんかよ!」

「もの投げたらダメなんだぞ! 先生に言ってやる!」

 

 一人が先生のもとへ行こうとしたその時、塵取りを投げた男子生徒―――織斑が走り去ろうとしている男子の足を引っかけて転ばす。

 こけた男子生徒は膝を抑えながら半泣きで振り返る。

 

「だったら先生に言う前に俺がボコボコにしてやるよ」

「お、お前男女のことすきだろ! だから守るんだろ!」

「こいつら朝から道場でイチャイチャしてるもんな! 夫婦だ夫婦!」

「うっせえから早くリボンを返せ」

「パ、パス!」

「あ!」

 

 織斑が凄んだ瞬間、男子生徒が近くの友人へリボンを投げるが慌てて投げたことと体勢が崩れていたことからあろうことか窓の外からリボンが落ちていってしまった。

 ヤバイと思ったのか男子生徒たちはそそくさとその場を後にする。

 

「リ、リボンが……」

 

 慌てて箒は窓からリボンを探すがここは四階。風も吹いているためにリボンを見つけたはいいものの風に運ばれており、途方に暮れていると隣に織斑がやってくる。

 

「……篠ノ乃、この後時間あるか」

「……十五分なら」

「よし。だったら十五分で探す!」

 

 そう言うと織斑は勢いよく駆け出して行ったので箒も慌ててその後を追いかけていく。

 リボンが飛んでいった位置をある程度、把握しているのかグラウンドへと出るとまっすぐ進んでいき、キョロキョロと周囲を見渡す。

 

「あった……けど」

 

 リボンが引っ掛かっていたのはグラウンドからボールが出ないように全体を囲っているネットの柱の頂上付近であり、とても小学生が取りに行けるような高さではない。

 例え先生に相談しても今日中には無理だろう。

 

「高いな~」

「……もういい」

「なんでだよ。あれ、お気に入りなんだろ」

「……なんで知ってるんだ」

「毎日、道場に着けてきてるし、学校でも着けてるだろ」

「だ、だがあそこまで高いところに引っかかっては……お、おい」

 

 織斑は何も言わずにネットに足をかけるとスルスルとネットをよじ登っていき、校舎二階ほどの高さにまですぐに上がってしまった。

 声をかけようにもかければ意識がそがれ、落ちてしまうかもしれないという恐怖が彼女の口を閉ざし、徐々に小さくなっていく彼の影を見守るしかなかった。

 

「な、なぜそこまでして」

 

 あの男とは剣道の道場で一緒に稽古をしているというだけの関係であり、それ以上のことはない。

 強いて言えばお互いに姉がいて姉同士が交流があるということくらいであり、あんな危険を冒してまで物を取りに行くほど仲良くもない。

 もし、自分が同じ立場なら先生に相談するだけして諦めさせているだろう。

 でもあの男はそうはしなかった。

 

「……」

 

 順調に登っていく彼の姿から目を離せないでいた―――そして柱の頂上付近に到達するとリボンを無事に回収し、またネットに足をかけながらゆっくりと降りてくる。

 まるで映画でも見ているかのようにドキドキとしながら彼の一挙手一投足を追いかけていると徐々にその影が大きくなっていく。

 

「よっと」

 

 物の五分ほどで降りてきた彼はポケットに入れていたリボンを取り出し、箒に差し出してくる。

 

「悪い。ちょっと汚れたけど洗濯したらちゃんと落ちると思う」

「……なぜ、ここまでするんだ」

「なんでって……そりゃ、道場仲間が苛められているのを見たら助けるし、困っていたら助けるだろ」

「あんな高いところまで登るなんて危険だ! もし落ちたらどうするのだ!」

「ん~、まぁ落ちたら落ちたかな。それに」

「?」

「お前が助けてって顔してたから」

 

 少し恥ずかしそうに笑みを浮かべながらそういう彼の言葉に箒は少し胸を高鳴らせる。

 今まで男子というものはすべからず、先程の連中のように馬鹿ばかりだと思っていたが目の前の男は違った。

 剣の腕前は自分の方が上だが心の強さは圧倒的に彼の方が上だった。

 

「じゃ、俺掃除あるから戻るわ」

 

 そう言いながら教室へと戻ろうとする織斑へ箒は慌てて声をかける。

 

「ま、また!」

「ん?」

「またあいつらが絡んできたときは……助けてくれるのか」

「当たり前だろ」

「そ、そうか……」

「あ、そう言えば時間大丈夫なのか? 篠ノ乃」

「―――だ」

「へ?」

「箒だ。苗字じゃなくて名前で呼べ」

「お、おう。俺は一夏、よろしく」

 

 

――――――☆――――――

「……」

 

 夢を見ていた気がした―――彼と初めてしっかりと会話を交わし、彼に初めて助けてもらい、そして彼を好きになったキッカケのあの日を。

 あの日から少なくとも彼女の中では稽古場が少し明るくなったような気がした。

 毎日、同じ場所・同じ時間に通っていた道場が一夏と仲良くなってからはというもの、全く違う場所に様変わりをし、彼女の生活に彩りを加えた。

 しかし、今の彼女を取り巻く空気は何も見えない暗闇。

 真っ暗な旅館の一室の端に箒は座っていた―――辛うじて呼吸をするために体を動かしているがそれ以外の部分は一切力が入っておらず、虚空を見つめるだけ。

 虚空を見つめている瞳からは絶え間なく涙が零れ落ちているがそれを拭うこともしない。

 傍から見ればその姿はもう廃人そのもの。

 

「……一夏……一夏……」

 

 もう何度目か分からない想い人の名前を力なく呼ぶ。

 あれだけ護ると豪語し、嫌いな姉に取り繕ってまでして手に入れた力で箒は一夏に傷を与えてしまい、彼が死を迎える道へと押し出してしまった。

 つい先ほど、全員が集められ、千冬から一夏の状況を聞かされた際には人目もはばからず叫び、誰かに止められた気がしたが記憶が飛んでいるのか曖昧だ。

 叫んで叫んで―――もしかしたらその時に何かを壊したかもしれない。でももう覚えていない。

 泣いて泣いて―――もしかしたらその時に誰かが慰めてくれたかもしれない。でももう覚えていない。

 傍にいてくれた友人たちも今はおらず、余りの醜態に幻滅したのだろう。

 気付いた時にはこの真っ暗な部屋にいた。

 

「いやだ……一夏……一夏ぁ」

 

 長くはない―――それを千冬から聞いた時に箒は今すぐにでも死にたかった。

 もしあの時、一夏の言うとおりに回避に専念し、増援が来るのを待っていればこんなことにはならなかった。

 

「可愛そうな箒ちゃん」

「……」

 

 声が聞こえたがそちらを見ることもせず箒はただどこでもない場所を見つめ、死にゆく想い人の名前を呼びながらただ涙を流すだけ。

 その時、顔いっぱいに柔らかな感触と温もりを感じた。

 

「悲しいよね、苦しいよね……箒ちゃんの想いは私が一番理解しているよ」

「……姉さんっ」

「うんうん。箒ちゃんは一生懸命頑張ったよ」

 

 抱きしめられながら頭を優しく撫でられ、優しい言葉をかけられて慰められる箒は徐々に束の胸へと身を任せていく。

 そして箒は気付かない―――醜悪な笑みを浮かべている束の顔に。

 

「悪いのは"あいつ”。箒ちゃんは何も悪くない……"あいつ”が何もしなかったらこんな悲しいことは起きなかった。"あいつ”が箒ちゃんを狂わせたんだよ」

 

 箒の脳裏に思い浮かぶは銀色の翼を羽ばたかせているあの憎きIS。

 あのISが暴走など起こさなければ一夏が戦いに駆り出されることも無く、あのISが生まれなければ一夏が傷つくことも無かった。

 

「お姉ちゃんの傍にいなよ……お姉ちゃんが愛してあげる。寂しくないように……辛くないように」

 

 そう言うと束は箒から離れ、襖を開ける。

 箒は突然、離れた温もりを追いかけるように手を伸ばそうとするが束はそれを制止する。

 

「十分後、部屋の前で待ってるよ。一緒に"あいつ”を消そう」

 

 束はそう言い残し、箒を部屋に残してどこかへと去っていった。

 再び一人となった箒を孤独感が襲い、それから逃れるように箒は顔を隠して俯く。

 

「あいつが悪い……そうだ、あいつが悪い……あいつさえいなければ……一夏はこんな目に合うことはなかった……壊してやる」

 

 徐々に彼女を怒りという表現では生ぬるいほどの殺意が包み込んでいき、手に力が入っていく。

 

「壊して……原型がなくなるほどに壊してやる。あのISを壊す。次は搭乗者だ……次はあいつを作った奴を壊す……作った奴の国を壊す……紅椿ならばできる。あの力さえあればなんだって」

「力に溺れたか」

 

 新たな声が聞こえ、顔をあげるとそこには呆れたような表情を浮かべているラウラがいた。

 

「何の用だ」

「貴様の様子を見に来たんだ……だがその様子では無理だな」

「何の話だ」

「十分後、我々は銀の福音殲滅作戦を行う」

「っっ! なん……だと……」

 

 箒は驚き、ラウラの顔を見るがその表情に嘘をついているような色は見えない。

 恐らくラウラの独断専行ではなく、専用機持ち全員が共同して行う作戦―――同時に教師にも伝えていない命令違反の作戦だろう。

 

「既にやつの位置は衛星による目視で発見してある」

 

 そう言うラウラの手には小型端末が握られており、画面には銀の福音の座標位置らしきものが表示されているが箒には関係なかろう、と言わんばかりにそれをポケットに隠す。

 

「だが今の貴様は連れていけない」

「ふ、ふざけるなっ! 私も! 私も連れていけ! あいつを壊す!」

「断る」

 

 怒りのままに箒はラウラに飛びかかる―――しかし、体勢をひょいッと変えられたことで何もない場所へと飛び込む格好になり、そのまま足を払われて畳に落ちる。

 そのままの体勢で足を振り抜き、ラウラに足払いをかけるが容易く回避され、余計に怒りが増す。

 

「連れていけぬ理由すら分からないお前はお荷物になるだけだ」

「ラウラァァァ!」

 

 右腕部だけ部分展開し、刀も持たずに拳をラウラ目がけて振り抜く。

 しかし、単純な一撃は容易くラウラに回避され、そのまま間合いへと入られると足払いを受け、背中から畳に倒れると同時に胸に圧し掛かられ、顔に銃が付きつけられる。

 

「昔の私を見ているようだ」

「っっ!」

「私もかつてお前のように憎しみを晴らすために力を振るった……居場所を失い、友を失い、残ったのは殺戮と恐怖による支配だけだ」

「……」

「今のお前は殺意や憎しみだけでISの力を振るおうとしている」

「だったらなんだ! それの何が悪い! 一夏を殺されたんだ! 愛する人を殺された憎しみを晴らすために力を振るうことの何が悪い! これは列記とした復讐だ!」

「一夏はまだ死んでいない!」

「っっ!」

 

 銃の安全装置を外す音が聞こえるとともにラウラの怒声が箒に降りかかる。

 

「一夏の心臓はまだ動いている! 教官から一夏が死んだと報告があったか!? 違う! 教官が伝えられたのは一夏が瀕死の重傷を負っているという情報だけだ!」

「黙れ黙れ!」

「一夏を傷つけられて悲しんでいるのが自分だけだと思うな!」

「んぐぅぅつ!?」

 

 それ以上叫ぶなと言わんばかりに銃口を口の中へと突っ込まれ、退かそうとしたその時、箒の視界にラウラの顔が映りこむ。

 そこにあったのは目にいっぱいの涙をためているラウラの表情。

 

「私だけじゃない! セシリアも鈴もシャルも皆が悲しんでいる! だが我々はこの殲滅作戦を憎しみや殺意だけで行うんじゃない! これ以上の犠牲を出さないために行うんだ!」

「っっ!」

「今、銀の福音はステルスモードに入り、休眠状態にある。だが再び暴走すればその絶大な力を今度は無力な一般生徒に向けるだろう。ならばどうなる」

「……」

「残るのは殺戮と血生臭さだけだ……それにここには一夏も休んでいる。我々はここを死守する。その為に殲滅作戦を行う」

「……」

「貴様がここを……一夏の休息を守りたいのであれば十分後、砂浜に来い」

 

 箒の口から銃を抜いたラウラは最後にそう言い残すと倒れ伏す箒を置いて部屋から去っていった。

 

「一夏……私はっ……私はっ……」

 

 どちらを選ぶべきか―――箒は顔を隠し、ぐちゃぐちゃになっている自分の心を吐露するかのように叫び声をあげた。

 

 

 

――――――☆――――――

 

 全身に包帯を巻き、腕から点滴の管を伸ばしているだけという最低限度の治療を受け、眠りについている一夏の傍に千冬は佇んでいた。

 海から引き揚げられ、治療のためにこの部屋へと運ばれた一夏だったが彼の容態を見た医者たちは手の施しようがないと首を横に振った。

 最低限の道具しかないこの環境で一夏は死を待つだけ。

 

「……」

 

 力なく座り込み、一夏の左手に触れ、軽く握りしめるが握り返されることはない―――千冬の脳裏にあの時の奇跡が再生されるがすぐに振り払う。

 千冬はあの光景に見覚えはあるがそう何度も起きたことはなかった。

 

「……一夏」

 

 その時、ふすまが勢いよく開けられる音が響き渡るが千冬は振り返ることすらしない。

 畳を踏む音はどこか軽やかなステップを刻んでおり、それが千冬をイラつかせていた。

 

「おい、静かに入れ……そして何も喋るな、音を立てるな」

「ハハッ♪、ごめんごめん♪。嬉しくってつい」

 

 場違いに明るい声を出す女性―――束は覗きこむようにして眠りについている一夏の顔を見るとさらに笑顔を浮かべてその場でスキップを交えながら部屋を回りだす。

 

「今、一夏は寝ているんだ……邪魔をするな」

「あと十分もすれば死ぬかな?」

 

 その瞬間、千冬は勢い良く立ち上がると軽やかに踊っていた束の胸倉をつかみ、引きずると壁に強く打ち付け、涙をいっぱいに溜めた目で必死に殺意をぶつける。

 しかし、束は殺意を向けられていることに恍惚とした表情を浮かべ、何かに足を震わせるだけ。

 

「あぁ~、良いよ……その殺意、憎しみ! もっと! もっと私にぶつけてよ!」

「黙れ……その汚い口を動かすな。ここは一夏が休んでいる場所だ。そのお前の汚い口で一夏の眠りを妨げるな! 一夏の空間を汚すな! 呼吸だけをしろ。この部屋で貴様が喋ることは許さん」

「その怒り……イッちゃいそう」

 

 その言葉に強烈な不愉快さを抱き、表情を歪める千冬だが束はそんなことなど気にも留めずにただひたすら自分にぶつけられる殺意や憎しみに悶える。

 

「自分の妹を崩壊に追い込んでまで手に入れたいか」

「箒ちゃんを? 崩壊? 違う違う……その醜い肉塊がつけた汚れを落としたんだよ。ち~ちゃんだって分かってるでしょ? それがもう持たないってこと」

「貴様……それ以上喋るな」

「これで箒ちゃんはもう私に堕ちた……あとはち~ちゃんだけ。約束……覚えてるでしょ?」

 

 もしここに武器があればすぐにでも千冬はそれを使って目の前の人間を肉の塊に変えていただろう。

 その時、廊下を勢いよく走り抜ける足音が室内にまで響き渡り、少ししたのちに勢いよく襖が開かれ、肩で息をしている真耶が部屋に飛び込んでくる。

 

「た、大変です織斑先生! 生徒たちがっ!」

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