「作戦完了―――と言いたいところだがお前たちは重大な違反を犯した。罰として帰ってからすぐに反省文の提出と特別トレーニングを課してやる」
「「「「「「……」」」」」」
「……よく無事に帰ってきた」
旅館の大広間にてそう告げられるや否や山田先生や他の先生方がせっせと救急セットやドリンクを持ってきてくれ、すぐに診察と治療が始まった。
最後にボソッとだけ聞こえた千冬姉の言葉にようやくみんなの表情が緩む。
俺はドリンクだけを貰って一旦、外に出てから医者に診察を受けているんだがさっきから先生は目を点にしながらあり得ない、と呟くだけ。
先生が言うには背中と全身に大やけどがあって物の数分で死ぬ、とまで判断していたらしいんだがそう言った傷の類が全く見えないらしい。
ちなみに手首と肩も粉砕骨折していたけど完治している。
「……白騎士……なのかな」
思い当たる節はそれしか残っていないが確定できるほどの要素がないので推測の域を出ないし、あの二人の名前を知ったところであの少女は誰なんだという疑問も出てくる。
もし、仮にあの子を白式だとすればなんで白式の中に二人がいるのかということになる。
「おい」
「っっ……ひゃ、ひゃい」
後ろから声をかけられ、振り返るとそこには鬼の形相をしている千冬姉が立っており、怒りのオーラの前に俺は思わず立ち上がってしまう。
しかし、次の瞬間に訪れたのは拳骨制裁ではなく、千冬姉のぬくもりだった。
声をかけようとするが俺の耳元で千冬姉の小さな嗚咽が聞こえ、俺は何も言わずにそのまま千冬姉の抱擁を受け止めることにした。
「無茶をしおって……バカ者がっ」
「……ごめん」
「二度も死亡判定を受ける奴がどこに居る……私の気持ちにもなってみろ」
大事な家族が一度、死亡判定を下されただけでも精神的に多大なダメージを負うのにそれを一度ならず二度までも千冬姉に聞かせた俺は親不孝者ならぬ姉不幸者だ。
「金輪際、命を投げうつほどの無茶はするな……私の寿命が縮む」
「うん……ごめん」
「姉を泣かせた罰で戻ったら特別の特別トレーニングだ」
「が、頑張ります」
――――――☆――――――
「ふぅ……海とも当分お別れか~」
夜も更けた頃、俺はなかなか寝付けなかったこともあり、水着に着替えて一人で泳いでいた。
バレたら大目玉ものだろうけどみんな今日の戦いで疲れ果てているだろうし、千冬姉も珍しくすぐに寝たから当分はバレないだろう。
「それにしても……あの子は一体」
三途の川で出会った白いワンピースに麦わら帽子といういでたちの少女のことを俺はずっと考えていた。
白騎士と暮桜は分かったけどあの子の名前だけが分からない―――消去法で行けば白式になるんだろうけど果たしてISにあんなハッキリとした意識がある物だろうか。
あの子に手を握られた直後に雪羅が目覚めたわけなので白式ではあるんだろうが正直、確証はない。
「いつ渡すっかな……」
もしかしたらと思い、海まで持ってきた小箱を見ながらそう呟く。
シャルのブレスレットを購入した際にふと臨海学校の日付とある人の誕生日を思い出した俺は一応、購入はしていたんだけど渡す機会が見つからなかった。
「い、一夏?」
振り返るとそこには水着姿の箒が立っており、月光に照らされる彼女の姿に俺は目が離せなかった。
箒の雰囲気からは想像もつかない白いビキニスタイルの水着を着ており、かなり肌の露出面積が広くてかなりセクシーだ。
「そ、そんなに見るな」
「ご、ごめん!」
恥ずかしそうに言われ、俺は慌てて顔を背けると少ししてから隣に箒が座り込む―――ただ、隣にいることで大きな谷間が丸見えで思わず目を逸らす。
普段の箒からは感じられない雰囲気に俺はどぎまぎしてしまう。
「そ、そうだ……箒、ちょっと待ってろ」
「え?」
沈黙に耐えられる気がせず、その場を離れて置いてあった小箱から物を取り出すと箒に差し出す。
「これは……」
「前のリボン、燃えちゃっただろ……それに誕生日だしさ」
「お、覚えていたのか」
「もちろん」
箒は俺からリボンを貰うと髪の毛を一つにまとめて慣れた手つきでリボンを結ぶといつものポニーテールの箒が完成する。
髪の毛を伸ばした箒もいいがやっぱり幼馴染としてはポニーテールの彼女の方がいい。
「……私はお前に与えられてばかりだな」
「箒?」
突然、そんなことを呟きだしたかと思うと立ち上がり、少し歩きだす。
「お前を守ると豪語しながらお前に守られ……こうしてプレゼントまでもらって」
「なあ、箒」
「ぅっぁ!?」
振り返りざまに箒の顔目がけて海水をかけてやると一瞬驚いた表情を浮かべた箒だったがすぐに小さく笑顔を浮かべると足で水を弾き、俺の顔にかける。
それを合図に水の掛け合いが始まる―――その時の箒の顔はとても楽しそうで俺もそれにつられて笑顔になる。
思いっきり箒に海水をかけられ、そのまま海中に潜って少し潜水していると箒の心配そうな声が聞こえ、バシャバシャとこちらに近づいてくる。
「ばーん!」
「きゃっ!」
水しぶきをあげながら箒の目の前で海中から出てやると一瞬、目が合ったかと思いきや顔を俯かせて肩を小さく震わせ始める。
その少し後に小さく嗚咽が漏れ始める。
「ほ、箒?」
「……怖かった」
「え?」
「お前がもうもたないと聞いた時は……お前がいなくなることが怖かった。あの時、無理やりにでもお前を連れ出していればよかったと酷く後悔したんだ」
「箒……」
「お前が死んでしまったら……私は何を心の支えにして生きていけばいいんだ……」
涙をぬぐいながら顔をあげる箒―――彼女と目が合った瞬間、月光が彼女の顔を美しく照らし、そのあまりの美しさに俺の胸は高鳴る。
猛烈に彼女を抱きしめたい欲望に駆られた俺は強く抱きしめる。
「ごめん……心配ばかりかけて」
「本当だぞ……お前はいつだって心配をかける……そしていつだって私の……私たちの心を奪うんだ」
「……」
「もう私から離れないでくれ……私を……お前で満たしてほしい」
「箒……」
ギュッと俺のことを抱きしめる箒の力はどんどん強くなり、俺もそれにこたえるように彼女を抱きしめる。
守りたい―――俺の心はただその言葉だけを繰り返していた。
――――――☆――――――
「あ~あ、箒ちゃんはあっちを選んだか~」
旅館からほどなく離れた場所にある岬の柵に腰を掛けている束は綺麗に輝いている月を眺めながら手元に投影してある紅椿の各種パロメーターを見ていた。
そしてもう一つ―――隣には白式第二形態の戦闘映像が流れている―――しかし、そのウィンドウを束は忌々しさを顔いっぱいに広げながら踏み潰す。
「どうしてこうもあの醜い肉塊は私の大事なものを奪うかなぁ……このっ! このこのこのっ!」
もうそこにある訳も無い物をただひたすら憎しみを込めながら束は踏み続ける。
何度踏んでもマシにならない不快感と忌々しさをどうにかできないものかと悩み、もう一度画面を呼び出しては踏み潰した。
「あ~あ……でも収穫はあったよ。あれは間違いなく白騎士だ。生体再生能力……だから一回目の毒物でも殺し切れなかったんだ……じゃあ零落白夜はどこから? 雪片のパチモンはいったいどこから? そもそもあれは本当に白式なのかな?」
「お前でも分からんよ」
森の中より漆黒のスーツに身を包んだ千冬が現れる―――束は笑顔でそれを迎え入れるが対する千冬の表情に笑顔などありはしない。
「ち~ちゃんは何が何でも隠したかったんだね……白騎士が生きていることを」
「コアナンバー001にしてお前が心血を注いで開発した最初の実戦投入機……それがお前を裏切ったと知ればお前は箍が外れるだろ」
「うん! もう外れちゃった!」
「束……戻ってこい」
千冬の突然の言葉に束は一瞬、表情を変えるがすぐにいつもの笑顔に塗り替える。
「居場所は誰もが作れる。例え力なんて無くても……らしい。束、これ以上」
「私が欲しい世界にあいつの椅子はない」
普段のおちゃらけた雰囲気は消え去り、目の前にあるのは殺意や憎しみに支配された声だけ。
最初から諦めていたがそれでも諦めきれなかった千冬は最後にもう一度だけ、世界でただ一人の存在に手を差し伸べるがそれすらも届かない。
「あいつはさ……束さんから全部奪ったんだよ……ち~ちゃんの愛も、箒ちゃんの愛も、子供達も……何もかもあいつは私から奪っていった」
「だからといってあいつを殺すのか? 殺して私たちがお前を愛すると思うのか?」
「少なくともあいつに向けられているいくつかは私に向くでしょ?」
もう届かない、それは深い闇の中にいるようで千冬は一歩後ろへと下がる―――その歩みこそこれからの彼女たちの関係性を示すもの。
「束……お前にあいつは殺せない」
「それはどうかな~? 束さんは天才だからね~」
「ふん……ところでお前に聞きたいことがある」
「な~に~?」
「お前……あの日、ISに何か細工したな?」
「……正直、なんであの醜い肉塊がIS使えるかは束さんにも分からないんだよね~。思い当たる節はあるんだけどさ……たとえば夏に生まれた1001番目……の話とかさ」
「……」
「ま、どうせ殺すからそんなの調べる意味ないんだけど……ねえ、ち~ちゃん。私も聞いていい?」
「なんだ」
「暮桜はどこにあるの?」
千冬はその質問には答えないし、反応も示さない。
モンドグロッソを勝ち抜き、世界最強の座を手にした愛機の居場所を知るのは主である千冬だけであり、生みの親である束すら知らない。
「コア・ネットワークからも分断されているみたいだし……欲しいんだよね」
「……」
「いつか見つけてみせるから良いよ……束さんは少しの間、隠れることにするよ。ねえ、ち~ちゃんは今のこの世界、楽しい?」
「手の焼く弟がいればどんな世界でも最高に楽しいさ」
「そっか……私はね――――――」
うなりをあげて岬から吹き上げる夜風が束の声を掻き消すとともにその場から忽然と姿を消す。
千冬は探す訳でも追いかける訳でもなくただ彼女がさっきまでいた場所を見続けるだけ。