「ぐへぇ……死ぬ」
「だ、大丈夫……じゃないよね」
隣の列に座っているシャルが心配そうに俺の顔を覗き込んでくるがその応対すら出来ないほどに今の俺はひどく疲弊していた。
昨日、夜遅くまで箒と海で泳いでいたのはいいし、睡眠時間もちゃんと六時間取ったのも最良の選択肢だったんだがあの激しい戦闘の直後にしっかりと休まなかったのが悪いらしい。
目はグルグル回るし、吐き気は酷いし、この座席に到着するのでやっとだった。
「一夏、お茶飲むか」
「の、飲んだら吐く」
「二時間も耐えられるでしょうか」
「死亡判定されてから復活し、さらにはあの戦闘を経験したんだ。無理も無かろう」
「ぐひゅ~ん」
ぐでんぐでんの俺にみんな優しくしてくれるお陰で涙がちょちょぎれそうだ。
その時、ふわっとバスの車内に柑橘系のさわやかなにおいが立ち込め、女子たちが何やら騒ぎ始めたので顔だけ起こして前を向くと一人の女性がいた。
鮮やかな金髪にブルーのサマースーツといういで立ちはどこか大人の女性感を醸し出し、女子たちは口々に格好いいと呟いている。
「織斑一夏君はいるかしら」
「は、はい……うっぷ」
シャルから袋を渡され、口元を抑えながら何とか立ち上がるとその場で良いと手で止められる。
よく見るとビジネスモデルではなくカジュアルスーツで開いた胸元からは谷間も見えるがいやらしいという感情はわかず、それも格好良さの一部になっている。
女性はサングラスの胸の谷間に預ける。
「へぇ……あなたが」
女性は俺に興味関心だそうで色々なところを見ているが俺は正直、今にも吐きそうなのを何とか抑えるので精一杯なので出来れば早く座らせてほしい。
「かなり体調悪そうだけど」
「す、すみません……あ、あのどちらさまで」
「あら、ごめんなさい。私はナターシャ・ファイルス。銀の福音の操縦者よ」
その一言で一気に目が覚めた―――が、次の瞬間、女性が俺に一歩近づくとともにちゅっ、と頬に柔らかな感触が全体に伝わる。
「これは助けてくれたお礼よ。白いナイト」
「え、あ……はぁ」
「また会いましょう、バーイ」
女性は俺に手を振りながらバスを降りていった―――車内は静けさに包まれており、いくつかの死線を感じるが俺はとにかくみんなの方を向く。
「みんな……ごめうぉぁぇぇっ!」
袋の中に盛大に吐いたことでバス車内が阿鼻叫喚の騒ぎとなり、窓を開けろだの、換気扇を回せだの、貰いゲロしそうだのと声が聞こえてくるが今の俺には関係ない。
今は吐いて楽になりたいのだ。
――――――☆――――――
バスから阿鼻叫喚の雄叫びが聞こえ、バス全体が左右に大きく揺れる様をクスクスと笑っていたナターシャは立ち止まる。
目の前には余計なことをするなと言わんばかりに呆れた表情を浮かべる千冬がいた。
「思っていたよりも素敵な男性ですね。機会があれば食事にでも誘いたい気分です」
「止めておけ……あいつは高いぞ」
「冗談です」
「……昨日の今日で動いていいのか?」
「私は大丈夫です……あの子に護られていましたから」
あの子、とは今回暴走事件を引き起こした銀の福音のことを指していた。
「私を守るためにあの子は望まない戦いへと引きずり込まれた……強引なセカンド・シフト、無理やりの後付装備の具現化、そしてコア・ネットワークからの分断……何よりも空を飛ぶことが好きだったあの子は私を守るために世界を捨てた」
先程までの陽気な空気は消え去り、徐々に言葉尻や纏うオーラに刺々しいものが加えられていき、表情も険しさが見えてくる。
福音は一夏達専用機持ちによって装甲を破壊されはしたがコアは無事に回収されている。
しかし、そのコアも今日未明に暴走事態を引き起こした処分として凍結処分が決定された。
「私はあの子の世界を奪った奴を許さない……たとえどんな存在であろうと見つけ出して消し去る」
「うちの弟もそうだが命を投げうつほどの無茶はするなよ。この後も査問委員会が控えているだろ」
「それは忠告ですか? ブリュンヒルデ」
「どうとでも捉えてくれ」
「……ならば少しの間は大人しくしていましょう」
ナターシャは小さく笑みを浮かべるとその場を後にする―――お互いに一瞬の鋭い視線のぶつけあう。
―――いずれまた
そんな言葉が二人の背中にはあった。