Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第4巻
第五十六話


 臨海学校から早五日ほどが経過しようとしているある日、俺――織斑一夏は人もまばらな放課後の1年1組教室にて白式のスペックデータと睨めっこしていた。

 第二形態へと進化を遂げた白式は左手に雪羅という新たな武装が追加されたことで更なる火力アップを実現したがその分、問題点も増えた。

 

「クローモードもブレードモードもエネルギーの大喰らい……あと荷電粒子砲もあるんだった」

 

 雪羅だけに頼っていてはエネルギーを消費しすぎて戦闘の後半にはガス欠に陥ってしまうのでそれを補うためにも俺自身のスペックも上げないといけない。

 あと荷電粒子砲に関してはまだ一度も使っていない。福音の時は使う暇がなかった。

 最大の課題は圧し掛かるGの処理と俺自身の基本IS操縦技術だ。

 

「……みんなほとんど国に帰ってるしな」

 

 一応、今日も登校日ではあるんだが代表候補生のほとんどが母国に帰国しており、これまでの成果報告やISの調整、データ取りなど様々な仕事がある。

 だから今残っているのは一般生徒くらいだ。

 

「おりむ~、何か悩んでる~?」

「のほほんさん……まあ、ちょっと」

「お悩みなら聞くよ~」

「いやさ、もうすぐ夏休みだろ? その期間中にちょっとでも強くなりたいと思うんだけど……一般生徒の俺じゃ頼れる伝手が全然なくてさ」

「それだったらあるよ~」

「……どこに?」

 

 のほほんさんに手を取られ、教室を飛び出るとそのまま2組、3組の教室を通り過ぎ、4組の教室の前で立ち止まり、窓の隙間から中を覗きこむ。

 あまり他クラスに来る用事がないので少し新鮮な気分だ。

 

「あの子あの子~」

 

 のほほんさんが指さす方を見るとそこには教室の端を陣取り、誰とも喋らず、近づかないでオーラを醸し出しながらスペックデータと睨めっこしている女の子がいた。

 その子は四角眼鏡をかけ、青色のセミロングの内巻きの癖毛、そしてどこかそのオーラは影を纏っている。

 

(……なんか似たような人と会ったことあるぞ)

 

 それは学年別クラストーナメントの前夜、俺がアリーナで最後まで残っている時に声をかけに来た上級生の女性に似ている。

 でも雰囲気が違うし、眼鏡もかけていなかったはず。

 

「あの子は?」

「あの子はね~、日本代表候補生の簪ちゃん。私の幼馴染だよ~」

「日本の代表候補生か……」

 

 代表候補生であれば国とも繋がっているし、自衛隊のIS部隊とのつながりもあるだろう。

 二人で顔を見合わせ、頷きあうと4組の教室にお邪魔する。すると珍しい来客にあちこちから声が上がるが簪さんは見向きもせず、データと睨めっこしている。

 

「かんちゃ~ん」

「……今は待って」

「かんちゃんって自衛隊と連絡とれたよね~」

「……そうだけど」

 

 簪さんはのほほんさんと会話を交わしながらキーボードを正確無比に叩いていき、無数の数値に羅列を両目で追いかけていく。

 箒やセシリアとは違うタイプの女の子だ。

 

「おりむ~に繋げてほしいんだ~」

「……おりむ……っっ!」

 

 聞きなれない言葉に視線をのほほんさんの方へ向けた瞬間、ようやく俺の存在に気付いた簪さんは驚きのあまり目を見開き、勢い良く立ち上がる。

 自己紹介をと思っていたが徐々に彼女のオーラが変わっていくのを感じるとともに手に力が入り、震えだす。

 

「あ、あり? かんちゃん?」

 

 簪さんの感情はまさに―――そう、まさに怒りだ。

 俺を睨み付けるその目は怒りの炎が灯っており、少しでも近づこうものなら怒りの鉄拳が飛んで来そうなくらいの激しい怒りだ。

 

「え、えっと……俺は」

「……あなたのせい」

「へ?」

「あなたのせいで……私は……専用機持ちのプライドを傷つけられた」

「え? え?」

「だから私は」

 

 静かな怒りの言葉を吐き出しながら簪さんは自席の椅子をゆっくりと持ち上げるとプルプルと両腕を震わしながら天井高く持ち上げる。

 

「な、殴る……権利が……ぁ」

「危ない!」

 

 持ち上げきれなかったのか後ろに椅子が倒れていき、その重みに引っ張られて簪さんも後ろへと倒れ込んでいく―――俺は彼女を抱きとめると同時に椅子の背もたれを掴み、何とか受け止める。

 周囲からおぉ~という言葉と共に拍手が送られる。

 

「ども、ども……簪さん、だいじょ……」

「……ぁ」

 

 簪さんは俺と至近距離で抱き合っているような格好になっており、その光景があまりにも恥ずかしいのか顔を真っ赤にしながら目を右往左往に動かす。

 

「……ヒーローだ……」

「へ?」

「な、なんでもないっ」

 

 プイッと顔を背けるや否やするりと俺の腕から脱出し、再びデータと睨めっこを始め、何度のほほんさんが声をかけても一ミリたりとも反応を返すことはなかった。

 どうやら心を閉店ガラガラと言わんばかりにシャッターを下ろしたようで俺は諦めて4組の教室を出ると遅れてのほほんさんも出てくる。

 

「おりむ~、ごめんね~」

「いいってことよ……いきなり見ず知らずの男から話し掛けられたらな」

「かんちゃんもおりむ~の傍にいればって思ったんだけどな~」

「とにかく、これで振り出しか~」

 

 上級生とかかわりなど微塵もない以上、頼れるのは同学年しかいないがその同学年の頼れるポイントも失った今、俺が取りうる選択肢は少ない。

 一つは自分で自主練に励む―――ただこれはなるべく避けたい。筋トレがそうであるように間違った知識や半端な知識によるトレーニングなど無意味だ。

 二つは千冬姉に頼ることだがこれも絶対にありえない。千冬姉が身内だけに特別特訓を課すなどこの世界が滅んでしまう様な事態でもなければあり得ない。

 三つは今からでもみんなに連絡を取って各国の軍部に掛け合ってもらうかだけど正直、それは千冬姉が許さないと思う。

 主に安全面で。

 

「「むむむむ~」」

「あれ? 織斑君に布仏さん」

 

 二人して唸っているところにタブレット端末を抱えている山田先生が通りかかる。

 その時、あることをふと思い出した俺は山田先生の両肩をガシッと掴む―――突然のことに驚く山田先生の表情はどこか赤い。

 

「あ、あの織斑君?」

「先生……お願いがあります」

 

 

 

――――――☆――――――

(……ヒーローみたい)

 

 ポツンと4組の教室で一人寂しくサンドイッチを食べながら簪は数分前の出来事を思い出していた。

 重いものを持つのは苦手だと分かっていたはずなのに彼を前にしたとき、これまでの出来事を思い出してしまい、怒りに囚われてしまった。

 そして彼に助けられた。

 

(……違う……彼はヒーローなんかじゃない)

 

 簪は右手中指に嵌めているクリスタルの指輪を優しく撫でながら頭の中に広がっていた景色を掻き消す。

 

(……あの人のせいで……あの人のせいで私は……)

 

――――――☆――――――

 場所は変わって職員室にほど近い場所にある面談室で俺と、何故かのほほんさんまでも山田先生と対面して面談をしていた。

 

「もうびっくりしましたよ~。突然、肩を掴まれたから私も織斑君に攻略されるのかと」

「へ? 攻略?」

「い、いえいえ……それで自衛隊IS部隊と連絡が取りたいという事ですよね?」

「はい、ぜひとも」

「で、部隊の訓練に参加したいと」

 

 俺は山田先生の質問に頷く。

 自衛隊のIS部隊はIS関係者向けに短期集中キャンプというものを開催していることは既にのほほんさんに調べてもらっている。

 内容を見るとISの演習はもちろん、基礎筋力トレーニングや基礎体力など俺が求めているトレーニングの数々を専門知識を持った上官がしてくれるという。

 

「取れなくはないですが……1カ月は戻って来れませんよ? 短期集中キャンプは1か月間、外部との連絡は全て禁止されますから」

「全然かまいません! 俺、もっと強くなりたいんです!」

 

 仮に1か月間、拘束されたとしても帰ってくるのは8月末、IS学園の始業式は9月4日からだから休みを取ることはできる。

 俺は強くならなくちゃいけない。それなのに悠々自適に夏休みを過ごしている暇はない。

 

「分かりました。そこまで言うのであれば……ただ、織斑先生にはちゃんと報告、してくださいね」

「もちろんです」

 

 じゃないと殺される、とは口が裂けても言えない。

 

「では一度、連絡を取ってみます。まぁ、織斑君なら向こうもすぐに許可は出してくれるでしょう」

「ありがとうございます!」

「頑張ってくださいね……あと上官、滅茶苦茶怖いので」

「が、頑張ります」

 

 山田先生との面談を終え、のほほんさんとも別れた俺はすぐさま職員室に向かい、千冬姉を探す。

 やっぱり終業式前は成績処理なんかで忙しいのか大半の先生がタブレット端末を片手に職員室内を右往左往しており、その中に千冬姉もいた。

 

「……あとにするか」

 

 忙しそうな千冬姉に声をかけるのも悪いと思い、俺は職員室を後にした。

 

 

 

――――――☆――――――

「かいちょ~、みっしょんこんぷり~と~」

「よしよし、よくできたわね」

「えへへ~」

「あの子にはもっと強くなってもらわないと……まずはキッカケづくりは成功ね」

 

――――――☆――――――

 

 夜も更けたある日、職員室では学期末の成績処理が終わったことでホッと安堵の表情を浮かべている教員たちが明日に控えた終業式の準備をしていた。

 そんな中に千冬も当然おり、全ての準備が終わった彼女は優雅にコーヒーブレイクと銘打っていた。

 

「あ、織斑先生。こちら1組生徒の外出願いです」

「ありがとうございます」

 

 この時期、生徒たちは自宅へ戻る生徒が多く、このように事務職員から生徒の外出許可願いがどっさりと置かれるのが風物詩だった。

 千冬はコーヒーを片手にペラペラと許可願いを捲っていくと一夏の二文字が見え、外出期間が1か月となっていたがこの時期には当たり前なので特に気にせず先へ進める。

 最後まで確認したのち、千冬は引き出しから印鑑を取り出し、押していく。

 

「あ、織斑先生。お疲れ様です」

「あぁ、山田先生。教室整備、助かる」

「いえいえ。これも副担任の仕事ですから……それにしても凄い数ですね」

「毎年の風物詩だ」

 

 そう言いながら慣れた手つきで印鑑を推し進めていき、最後の生徒に押印したのち、事務職員へと手渡した。

 

(キチンと織斑君、許可を取ったんですね)

 

 一夏の外出許可願いにも押印されたことを確認した真耶はうんうんと心の中で喜びながら自分の机の上に溜まっている書類を片付けていく。

 

「今年は色々なことがあった一学期でしたね」

「そうだな」

「専用機持ちはいっぱい入ってくるし、男性IS操縦者は生まれるしでイベント尽くしでしたね」

「2学期は今まで以上のイベントがある。この夏休み期間にリフレッシュしておくように、山田先生」

「もちろんです」

「ではお先に」

「お疲れ様です」

 

 千冬はコーヒーを飲み干すと手荷物を持ち、職員室を後にする。

 彼女は気付いていなかった―――弟の外出理由にとんでもないことが書いてあることに。

 

――――――☆――――――

 時が流れ、IS学園は終業式を迎える。

 終業式自体は粛々と進められたので短時間で終わり、俺は荷物を綺麗に纏めて学園の校門前で待っていた。

 山田先生から連絡を受けた自衛隊IS部隊は快く俺の参加を許可してくれたことにより、短期間キャンプに参加が決まったわけだが終業式当日からだという。

 準備は早い段階からしており、自宅から荷物を取りに行ったりもしていたので準備に困ることはなかった。

 

「ここに戻ってくるのは1カ月後か」

「長いようで短い夏休みになりそうだな」

 

 ちなみにみんなに短期間キャンプ参加のことを伝えたが皆、代表候補生の仕事が忙しいのかあまり面と向かって話せておらず、今日も式が終われば蜘蛛の子を散らすようにみんな母国へと戻っていった。

 唯一、箒だけがあいており、今日もこうして来てくれた。

 

「箒も家に戻るんだろ?」

「うむ。おばさんにも顔を見せないとな。それに剣の鍛錬も積むつもりだ」

「そっか……俺はこの一カ月でIS技術を成長させてくる……いきなり強くなった俺にビックリするなよ?」

「それはこちらの台詞だ……い、いつ戻ってくるのだ?」

「ん~、大体お盆の終わりか8月末くらいだな」

「そ、そうか……そ、その帰ってきたら……その」

 

 途端に恥ずかしそうに顔を俯かせながらブツブツ言う箒に不思議がっているところへ一台の車が止まり、そこから自衛隊の隊服に身を包んだ女性が降りてきた。

 

「織斑一夏さんですね?」

「はい」

「わたくし、自衛隊IS部隊所属3等曹の八神と申します」

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

「ではお荷物をお預かりします」

 

 八神さんに荷物を預け、箒の方へ向き直ると何やら決心がついたかのような表情を浮かべ、俺の顔をじっと見て手に力を入れる。

 

「わ、私と神社の夏祭りを周ってくれないか!」

 

 そう言われ、ふと篠ノ乃神社の夏祭りシーズンが近づいてきていることを思い出す。

 小学生の頃はよく祭りの時期になると稽古が終わったあと、千冬姉にお小遣いをせびり、箒と一緒に色々な屋台を回った物だ。

 彼女が転校してからは俺も自然と祭りからは離れていった。

 

「おう。一緒に周ろう」

「ほ、本当か!?」

「あぁ、俺も久しぶりに箒と祭り、周りたいしな」

「そ、そうか……うむ! そうか!」

 

 箒は心底嬉しそうな表情を浮かべ、手に小さくガッツポーズを作って喜びをあらわにするのでそれを見ていた俺も少し恥ずかしくなってしまう。

 

「じゃあ、俺そろそろ行くわ」

「あぁ、怪我だけはするなよ」

「おう。箒も体調には気を付けてな」

「誰に言っているのだ? 風邪など何年と引いていない」

「それもそうだ」

 

 お互いに笑顔を浮かべながら冗談を言い合い、俺は車に乗りこむ―――そして車は走り出し、最後まで見送ってくれた箒の姿が徐々に小さくなり、やがては見えなくなった。

 

「良い彼女さんじゃないですか」

「ぶふぅっ! か、彼女!? 違いますよ! ただの幼馴染です」

「本当ですか~? 幼馴染っていう様な雰囲気じゃなかったですよ~?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら弄り倒してくる八神さんにタジタジになりながらも俺は強くなることを再び心に誓う。

 強くなって俺の命を狙う奴らを俺の手で追い払えるように、そして俺のことを慕って周りにいてくれる皆を守れるくらいに俺は強く成ってみせる。

 その思いを胸に秘めた俺を乗せた車は静かに走っていく。

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