「暑い……暑い」
「暑い暑いうるさいんだけど」
夏も真っ盛りな八月、代表候補生としての仕事を終えた少女―――鳳鈴音はエアコンが点いていない学園寮の自室で横になっていた。
ルームメイトのティナ・ハミルトンも最初は我慢していたがあまりにも長く続く小さな言葉にいら立ちの限界を超えて、鈴に物申す。
しかし、そんなことなどなんのその今の鈴にそのような矮小なクレームは効かない。
「この国の八月は暑すぎるのよ!」
「アメリカ人の私に言わないでよ。愛しの織斑君がいないからって私にあたらないで」
そう言いながらティナはポテトチップを手に取り、雑誌を読みながら食べるという自堕落な生活スタイルに戻るが本心を言い当てられた鈴は顔を赤くしてゴロゴロと転がる。
そう、愛しの愛してやまない想い人は今、IS部隊の短期キャンプに参加しているため、一か月間は絶対に帰ってくることがない。
代表候補生としての仕事が忙しすぎて適当に返信を返していたがそれが今となっては彼女を苦しめていた。
(あーもう! あたしのバカ! なんであの時、見送りぐらいしなかったのよ!)
後悔しても時間は撒き戻らない―――たとえ今、国に帰ったとしても面倒くさい軍部の訓練を受けなければいけないだろうし、親とも今は会う気にはならない。
「あーもう! 終業式の日に戻りたい!」
「いくらISでも時間逆行は無理なんじゃない?」
「うぅ……はぁ」
もう何度目かも分からないため息をつきながらベッドを右に左にと転がり回るが状況は好転しないし、動いているために汗をかいてくる。
「というかエアコン点けなくて平気なわけ?」
「私は別に。というかそんなに寂しいなら連絡とれば?」
「べ、別に寂しくなんかないわよ! ま、まぁ! あいつも訓練で疲れているだろうし! 癒しのひと時のために連絡を取ってあげてもいいけど!?」
「ま、訓練中は外部との連絡は禁止だけどね」
「うぅぅぅぅぅぅぅっ!」
自堕落スタイルのルームメイトに上を取られて掌の上で転がされているのがたまらなく腹立たしい鈴は枕に拳を何度も叩き付け、タコ殴りにし始める。
転校してからというもの、全ては彼のためにという想いで訓練に励んできた―――その時は訓練が発散のはけ口になっていたが今ははけ口となる場所がない。
「そんなに織斑君に会いたいの?」
「会いたいというか……その……声が聞きたいっていうか……」
その瞬間、ティナの口角があがったことに鈴は気付かない。
「ふ~ん……そんなに好きなんだ」
「……うん」
「たとえばどんなところが?」
「……困ってるときにいつの間にか傍にいてくれたりとか」
「ふんふん」
「どんなことでも受け止めてくれたりとか」
「うんうん」
「料理が上手なところとか……何より」
「なにより?」
「あたしを助けてくれるところとか」
そこまで言ったところで全てを出し切ったのか鈴はこれまでにないくらいに顔を真っ赤にしながら枕に顔を埋め、足をバタバタとばたつかせる。
そんな鈴の姿をニヤニヤと見ながらティナはさらに畳みかける。
「で、そんな彼がいないと」
「寂しい……って何言わせんのよ!」
恥ずかしさを隠すためか枕を全速力でティナ目がけて放り投げるが恥ずかしさからかあらぬ方向へと枕が飛んでいき、壁にあたってぼてっと力なく落ちる。
「そんなに心底愛せる男に出会えてあんたは幸せもんね~」
「うぅぅっ」
再びポテトチップへ手を伸ばしながら雑誌を読み始めるティナに対し、鈴は顔から火を出せるんじゃないかと思うほどに顔を赤くし、シーツに顔を埋めた。
「じゃあ、そんなあなたにこれ」
「何よこれ」
ティナから渡されたのは一枚のチケット。
それは今月、出来たばかりの世界的に超有名なカフェのオープン記念チケットであり、余りの人気ぶりから抽選倍率は500倍を超えたとか言う根も葉もないうわさが立つほど。
「友達と行く予定だったんだけどその子、行けなくなっちゃって。だからあんたにあげる。それで愛しい織斑君に会えない寂しさを誰かと晴らしてきなさいよ」
「あ、ありがと……」
――――――☆――――――
夏の厳しい日差しが照り付ける中、IS学園の正面ゲート前で白のロールスロイスから降りた少女―――セシリア・オルコットは久方ぶりの学園校舎を眺めていた。
国家代表候補生としての仕事やオルコット家の溜まった職務、バイオリンのコンサート参加、そして両親の墓参りと多数の仕事を片付け、ようやく帰ってきた。
しかし、彼女の表情はあまり芳しくない。
「一夏さんは一カ月間いらっしゃいませんし……」
普段の生活に彩りを与えてくれる彼は今、一か月間の短期集中キャンプに参加しているために一切の連絡を取り合うことが出来ない。
だからゆっくりとイギリスで仕事をと思っていたが思いのほかスムーズに終わってしまい、計画していた日数よりも遥かに早くに帰ってきてしまった。
「お嬢様」
「あら、チェルシー」
後ろを振り返るとメイド服に身を包んでいる彼女の幼馴染でもある専属メイド、チェルシーが立っていた。
年上の幼馴染である彼女は昔から身の回りのお世話を行ってくれ、その仕事ぶりに日ごろからセシリアは感謝するとともに憧れに似た感情も抱いていた。
セシリアがやろうと決めた時には既に彼女が済ましていたということもざらにある。
「お荷物の方はわたくしどもで運んでおきます」
「いつもありがとう」
「いえ、これもわたくし共の仕事ですので……ところでお嬢様」
「なんですの?」
「白のレースは勝負下着ですか?」
「もちろ――――――」
チェルシーがいつも通りに聞いてくるのでいつも通りの返事をしかけたとき、セシリアは慌てて口を押えるが時すでに遅し。
イギリスに帰った際に通販で購入し、スーツケースの一番奥底、さらには他の通常の下着に紛れ込ませるように二重の防護策を施したはずなのになぜ、バレているのだろうか。
「ただ、派手過ぎる下着は逆効果かと」
「な……ぁっ……」
「出過ぎた真似かと思いますがお嬢様はありのままで織斑様と向かわれた方がよろしいかと」
「……ありのままで」
「では、わたくしはこれで」
チェルシーは深々とセシリアへお辞儀をすると数人のメイドを連れて大きな荷物を持ち、学園の事務局へと向かっていった。
最後に残ったのは強い日差しのせいではない理由で顔を赤くしているセシリアだけだった。
「なに照れてんのよ」
「っっ!? り、鈴さん!? い、いつからそこに」
後ろから突然お声に驚きながら振り返ると呆れ気味のジト目で見ている鈴の姿があった。
「勝負下着とかいつみせる訳?」
「うぅっ……こ、これも淑女の嗜みですわ!」
「まぁ、別にいいけど……セシリアさぁ、この後暇?」
「ええ、暇ですが」
「じゃあ、ちょっと付き合ってよ」
――――――☆――――――
「ふぅ……誰も居ない職員室でエアコンをガンガンに効かせて飲む熱いお茶は幸せです~」
8月の職員室は閑散としており、ほとんどの教師が有休をとって実家に帰省しており、現場で働く教師で残っているのは数名ほど。
そんな今日はたまたま真耶しかいない職員室になっていた。
「要録の生徒所見も織斑先生にチェック貰えば終了。成績処理も完璧……あとはこの山積みの書類のみ」
最後に残るは前の教員の顔が見えなくなるほどに高く積まれた書類の束を綺麗に整理整頓、もしくはシュレッダーにかける仕事。
電子化が進んでいる学校現場でもペーパーが消えることは恐らくないのでこの仕事も消えることはない。
「それにしても……織斑君、上官にどやされてるんだろうなぁ」
「では昔を思い出させてやろう」
後ろから声が聞こえると同時に椅子がクルリと勝手に回転し、後ろへと回ると視界に鬼の上官ならぬ鬼の千冬が立っており、逃れるべくもう九十度、椅子を回転させるが再び同じ場所へと回される。
同じことをしないようになのかすでに両肩は掴まれている。
「お、織斑先生~……きょ、今日はお休みだったのでは~」
震える声で千冬に問いかけるが千冬の表情は変わらない。
「あぁ、その予定だった……だが愚弟の姿が見当たらなくてな……山田先生、知らないか?」
質問されているはずなのにゴリゴリに詰められている感覚を抱いた真耶は原因を色々と探るが正直、一つの答えにしか辿り着かない。
その答えとは織斑一夏は織斑千冬に何も言わずにキャンプに参加した。
「え、えっと~……お、弟さんから聞いていませんか?」
「あぁ、聞いてない……この外出許可願いには短期集中キャンプに参加すると書いてあるんだが……さて、どこの山にキャンプしに行ったのだろうな」
「あ、あはははは~……もう先生ったら~」
「で、どこに行った」
「私の紹介で自衛隊IS部隊の短期集中キャンプに参加しています」
真耶は隠すことも弁明することも無く一瞬にして真実を吐き出した。
真実を聞いた千冬は小さくため息をつきながら掴んでいた両肩を離すと近くに椅子を引き寄せ、座る。
「あらかた、忙しい私を見て報告を後回しにしていたんだろう……副担任としてきちんと報告するように」
「す、すみません」
「愚弟は帰ってから制裁を科すとして」
(南無阿弥陀仏)
「山田先生には……少し付き合ってもらおうか」
「い、一体何に~」
「安心しろ。取って食ったりはせん」
安心できるようなできないような慰めを貰いながらも真耶はすぐさま荷物を片付け、千冬と共に職員室を後にするのであった。
――――――☆――――――
「「じゅー」」
互いにストローの音を立てながら鈴とセシリアはエアコンが効いた涼しい店内でデザートセットを食しており、周囲には抽選に当たった客でごった返している。
「ふ~ん、前評判通りに中々美味しいじゃない」
「ええ、確かに。パフェに使われているフルーツも一級品ですわ」
「デザートセットで2500円も取る価値はあるわね」
鈴はチョコレートパフェを、セシリアはイチゴパフェを頬張りつつ、メニュー表を眺めている。
セットのどれもが1500円を超えるというカフェではなかなか設定されない強気な値段設定ではあるが使われている材料はどれも一級品。
コーヒー豆もマスターが自分の足と舌で厳選したものだという。
「ところでセシリア」
「なんですの?」
「あんた、一夏好きでしょ」
「ぶふぁっ!」
コーヒーを含んだ瞬間に言われ、セシリアはテーブルの上に盛大に噴き出してしまう。
「と、と、突然なんですの!?」
「だってあんた、学年別トーナメントから一夏に対して好意全開じゃない」
「そ、それは……その……」
「ま、まぁあたしも……一夏のことは好きだし……」
お互いに顔を赤くしながら恥ずかしさを隠すためにパフェをがっつく。
「一夏さんは昔から今のように女性には人気だったのですか?」
「ん~、千冬さん絡みで付きまとう奴は一定数いたけどあいつを男としてって付きまとう奴は中学時代はそんなにいなかったような気がするけど」
「今でさえ箒さん、鈴さん、わたくし、シャルロットさん、ラウラさんとライバルが多いものですから昔のライバルも多数いるのかと」
ちなみにそこにもう一人、いるわよとは口が裂けても鈴は言わなかった―――恐らく、来年にもなればその新たなライバルも学園に来ることになるだろう。
「あたしの勘だけど……これからまだまだ増えそうな気がする」
「……これ以上増えるともう重婚を認めるレベルですわね」
「なんかありそうね……近親婚を避けるために子供は一人まで、とか条件つけて」
「あり得ますね……ですが」
「「子供かぁ~」」
セシリアも鈴も頭の中で一夏との新婚生活、そして子育て生活を想像、もとい妄想し始め、ふにゃりとだらしのない笑顔を浮かべる。
男だろうが女だろうが幸せなことには違いない。
「ま、世界で唯一の男性操縦者ならあり得ないことはないんじゃない?」
「そうですわね……上がどう決めるかは分かりませんが今はこの状況を楽しむ以外に」
「ないわね」
そう言いながら二人は小さく笑顔を浮かべながらあいさつ代わりにパフェのグラスを軽くぶつけるのだった。