「ISは宇宙での行動を想定して開発されているので全身をエネルギーバリアで守っています。生体機能の補助という役割もあり、心拍数、呼吸量、発汗量なども計測しています」
「はい、山田先生」
「なんでしょう、織斑君」
「そのエネルギーバリアと絶対防御って違うんですか?」
どうやらかなり基礎的な質問だったのか周りからはクスクスと笑い声が聞こえてくる。でも山田先生は質問されたことが嬉しいのかパァッという効果音が聞こえるくらいに明るい笑顔を浮かべ、俺の方を見つめる。
「はい! 良い質問です! エネルギーバリアは1次防御壁、絶対防御が2次防御壁と考えてください。あらかたの攻撃はエネルギーバリアが防いでくれますが時折、エネルギーバリアを貫通し、生体に深刻なダメージを与える攻撃が発生します。例えば装甲が破壊されて生身が見える部分に攻撃があたる場合ですね。そう言ったときには絶対防御が発動して生体を守ってくれるんです」
「ほうほう」
「ただし、絶対防御が発動するとISはエネルギーを多量に消費してしまいます。IS同士の戦闘ではいかに絶対防御を発動させてエネルギーを消費させるかが大事なんですね~」
流石は山田先生。知識皆無の俺でもかなり分かりやすく説明してくれた。山田先生も俺が頷きながら話を聞いているのを見てうれしいのか先程と比べてワントーン程、声が明るくなっている気がする。
と、山田先生のエンジンがかかってきたところで就業のチャイムが鳴り響いた。
「あら、鳴ってしまいましたね。ではこれでこの時間は終わります。次の時間は空中でのIS基本制動をやりますね」
次の内容の予告をした後、山田先生は出席簿をもって教室を去る―――それを合図に教室は一気に休み時間モードになり、話し声で満ち溢れる。
「いち」
「あなたにも学習能力があって安心しましたわ」
腰に手を当て、相変わらず尊大な立ち振る舞いと言葉遣いで俺に絡んで来るセシリア―――その後ろで何やら箒が恨めしそうに睨んでいるが気にしないでおこう。
「何の話だ?」
「未だに紙のノートで板書内容を書き取る旧時代の方ですから学習能力も数世代前のPC並みのスペックかと思っておりましたから」
「ふん……これでも俺はアップデートは得意な方なんだ。自慢じゃないが一度負けた相手に二度負けたことはないんだ。な、箒」
「な、なっ!? そ、そうだな……た、たしかに一夏は同じ相手に負けたことはない」
「へー! 織斑君って強いんだー!」
「ねえねえ、織斑君って部活とかしてたの?」
俺が箒を会話に巻き込んだ瞬間、負けじと他の女子たちも話に巻き込まれに来て三人で話していたのが十人近くまで膨れ上がってしまった。
まさに蜘蛛の巣状という表現がぴったりな状況だ。
「と、とにかく! 来週の模擬戦で無様な姿をさらさないように学習に取り組んでおくことをお勧めいたしますわ」
「そうだよね~、セシリアは代表候補生だもんね~」
「ふふん! そうですわ! 私はイギリス代表候補生のセシリア・オルコット。次のクラス代表決定戦では私の華麗なるISテクニックを……あら? 皆様どうされて」
「さっさと座れ、バカ者が」
「あうぅぅつ!?」
どうやら一度、自己承認欲が満たされるとセシリアはスイッチが入ってしまうらしく、周りが見えなくなるらしい―――そのせいでチャイムが鳴ったことにも気づかないし、後ろに般若のオーラを纏った千冬姉にも気づかない。
(千冬姉の出席簿アタック……痛いんだろうな~)
セシリアはひりひりと痛む頭頂部を抑え、半泣きになりながら席へと戻っていく。
「この時間は私が担当する……それと来週の模擬戦についてだが一つ、連絡事項がある」
千冬姉の授業だからか、それともいつもよりもトーンが低いからか誰一人として浮ついた声を出さず、千冬姉の声に意識を集中させている。
「模擬戦までにISの稼働はせずに当日を迎えること」
「え、えぇぇ!? いくらなんでもそれは不公平」
「"座れ"」
千冬姉にそう呟かれた瞬間、全身を冷たい何かが駆け抜け、力が抜けて椅子に座り込んでしまう。
相変わらず千冬姉の怒りが籠った声は体をこわばらせる。
「そもそもクラス代表は文字通りクラスの代表だ。知識・実力ともにクラスの代表でなければならない。そしてクラス代表に選出されればクラス対抗戦に出場するんだ。これはクラスの団結力を高めることを目的としている……そんな行事で自クラスの代表が即座に敗北する姿を見て団結力が高まるか?」
千冬姉の言葉に誰も言い返せないし、言い返すこともない。正論―――まさにその言葉がぴったりだ。今まで好奇心で動いていたのが一気に水をかけられて目を覚ました気分だ。
「だからこの模擬戦は現時点での実力で行うものとする。山田先生もそれでいいな?」
「はい! 一応、アリーナの使用時間を長めにしておきますね」
授業の準備を始めていた千冬姉が動きを止め、顔を上げて山田先生を見る。
「……何故、長くする必要がある」
「ふぇ? だって織斑君の専用機の調整もありますし……ぁ」
「……はぁ」
「???」
『えぇぇぇぇぇ!?』
千冬姉のため息、俺の疑問符、そしてクラスメイト達の驚きの大声が一瞬にして一組の教室を支配した。その声量は隣の先生が心配して様子を見に来るほどだ。
「一年生のこの時期に専用機……」
「っていうことは政府からの支援が出てるってことだよね?」
「いいないいな~。私も早く専用気持ち~い」
「……せ、専用機……俺に」
この世界にISは467機しかない。さらに言えばISを作る際に必要不可欠なコアの数も同じであり、ある時を境にその絶対数を変えていない。
その原因はISの生みの親であり、稀代の天才と呼ばれている篠ノ乃束博士にある。
篠ノ乃博士は今現在、世界の国家が血眼になって探し回っている世界共通の捜索人だ。俺も昔に会ったことがあるが千冬姉を戦闘の天才とするならばあの人は全ての天災だ。
そんな超貴重なコアを使って生徒個人に供与されるのが専用機だ。これは主に企業や国家に所属しているごく一部の人間にしか与えられない。
だが俺の場合は状況が状況だ。企業としてもデータが欲しいのだろう。
以上、ここまでの知識を昨日の晩に読んだ分厚い電話帳みたいな参考書から引用。
「それを聞いて安心しましたわ!」
一組の浮ついた空気を切り裂くようにセシリアが声を上げる。
「素人が訓練機で勝つなど逆立ちしてもあり得ないこと。専用機であれば多少の時間は動けるでしょう。ですがすぐに返却の要望が出るかもしれませんが悪しからず」
相も変わらずカチンとくるものいいだが今は何も言い返せない。
「いつまでバカ騒ぎをしている!」
千冬姉の怒号に一瞬にして教室の空気がピリつき、教室が緊張感に包まれる。
「……授業を始める」
その後、40分間の授業中、誰一人として声を発さず、誰もホワイトボードから視線を外すことはなかった。
――――――☆――――――
「はぁぁッッ!」
「ぅっぁ」
強烈な竹刀の振り下ろしを受け止めると道場内に竹刀同士が強くぶつかり合う音が木霊する。
時間は放課後、場所は剣道場。多くのギャラリーに見られながら俺は箒と共に実践の勘を取り戻すべく、試合を行っていた。
かれこれ30分は打ち合っているだろうか。
(やっぱり箒は強いな……責められっぱなしだ)
最初は俺も攻めていたが全て防がれ、決定打とならないまま体力不足が露呈し、徐々に箒に打ち込まれる回数が増えてきた。
「どうした一夏!? 先程までの攻めが見えないぞ!」
「気のせい、だ!」
「隙ありぃっ!」
箒に煽られ、思わず一歩大きく踏み込もうとした瞬間、その一瞬の隙を突かれて竹刀を叩き落とされる―――直後に大きく俺の範囲内に踏み込んできた箒の一撃が俺の腹部の防具を鈍く叩いた。
バシィィン! という小気味の良い音が道場内に響き渡り、それが試合終了の合図となった。
「織斑君てさぁ、実は弱い?」
「ISほんとに動かせるのかなぁ」
「これはオルコットさんの勝ちで決まりかな?」
聞こえてくるのは女子たちの落胆した声たち。何人かクラスメイトも見に来ていたので少し応える。
「あんな声は気にするな、一夏」
「お、おう」
どうやら俺の表情で何かを読み取った箒が汗をぬぐいながら俺に声をかけてくれる。
「だが千冬さんも酷なことを言うものだな。模擬戦までにISの稼働を禁止するなど」
「まぁ、昔から千冬姉は俺からISを遠ざけていたからな」
一度だけ黙って千冬姉の部屋に入ってあの人のパソコンで映像を見たことがある。その映像が何の時の映像かは分からなかったけどISを駆る千冬姉のかっこいい姿だったことだけは鮮明に覚えている。
でもその後、部屋に入ったうえに動画を見たことを烈火のごとく怒られたけど。
「少し休憩するとしよう」
「あぁ、そうする」
二人だけになった剣道場は嫌に静かだった―――でも今はこの静けさが心地いい。
オレな同情の壁にもたれ掛って座り込み、目を閉じると先程の箒との攻防が脳裏をよぎっていく―――不思議と昔からこういった振り返りの時間は好きだった。
(なんというか心が落ち着くんだよな……それに身体も楽になるというか)
先程の試合を全て見返し、ゆっくりと目を開けると視界が徐々にクリアになっていく―――そして理解する。打ち込まれ続けたあの瞬間瞬間にどう動けばいいのか。
(見えた……勝利の軌跡)
「待たせたな、一夏」
「おう、もう一戦と行こうか」
「うむ」
――――――☆――――――
「ええ……分かりました。では先程御社が提案されたスケジュールでISの搬入をお願いします」
リモート会議を終えた千冬はヘッドホンを外し、一息つくと傍にあったカップを持ち、既に冷めきっているコーヒーを一口で飲み干す。
テーブルには彼女のタブレット端末が置かれており、その画面にはカレンダーが表示されている。
よくみると赤文字で2か所の日付に〇がされている。
「……やれやれ……嬉しい悲鳴とでもいう忙しさだな」
ボソッと呟いた千冬はタブレット端末の画面に指を走らせると会議室のプロジェクターと接続され、壁にスライドショー形式で写真が映し出されていく。
彼女は決まって疲れた時にはこのスライドショーを眺めていた。
「……少し回り道をすることにはなるが……計画のゴールは変わらない」
そう呟く彼女の表情はほころんでおり、教師モード時の千冬ではなくプライベート時の千冬であった。
「なんと言われようが……私の教師としての評価が下がろうが……完遂してみせるさ」
千冬はリフレッシュを済ませ、いつもの教師モードに切り替えるとタブレット端末を操作した。