「……どういう意味なんだろ」
自室で一人、シャルロットは送られてきたメールの内容に首を傾げていた。
そのメールの送り主はデュノア社の社長であり、彼女の父親であるがその内容は『まだ帰ってくるな』という短い一文だけだった。
一度、代表候補生として本国へ帰った時もデータ取りと武器の点検・確認などの作業だけであり、そこに父親の姿はなかった。
そして代表候補生の仕事が終わり、今度はデュノア社へ帰ろうとした際にこのメールが返ってきた。
「帰ってくるな、だったら作戦失敗したから帰るな……でも“まだ”ってなんだろ」
臨海学校の際にもキチンと武器を送ってきているので最低限の交流は続けるのだと判断はしていたがこの一文だけはどうにも彼女の中では消化しきれなかった。
別に今の段階で何が何でも帰らなければいけない理由は彼女には無い。
「じゃあお言葉に甘えて……でも一夏もいないしな~」
シャルロットの人生に光を当ててくれた大好きなヒーローである一夏は現在、一か月間の短期集中キャンプに参加しているために会うことはできない。
「む、起きていたのか、シャルロット」
「あ、ラウラ。お帰り」
野暮用と言って出かけていたルームメイトであるラウラが帰ってくるがシャルロットの目にラウラが着ている服装に目が行ってしまう。
今、ラウラが着ているのはIS学園の制服であり、部屋の中で着ている分には問題ないが正直に言うとラウラの私服姿をシャルロットは見たことが無かった。
「ねえ、ラウラ」
「なんだ?」
「ラウラは私服はあるの?」
「私服ならあるぞ」
そう言いながら自信満々に取り出したのはドイツ軍の軍服。
それを見たシャルロットは思わず頭を抱えてしまう。
うら若き十五歳の乙女が軍服などという一部のミリタリーオタクにしか引っかからない服装を私服としていては今後の生活に支障が出てしまう。
「ラウラ、それは私服とは言わないんじゃないかな? ほら、スカートとかシャツとか」
「そんなものはいらん。この服は私の誇りでもある」
「うん、それは分かるよ。分かるんだけど……女の子としてはどうかなって」
「女の子……だが旦那様は何も言わないぞ?」
そりゃ学校の中じゃ制服だからね、と心の中でツッコミを入れながら学園近辺の洋服を取り扱っている店を端末で探すと以前、水着を購入した店舗からサマーセールクーポンのメールが届いていた。
全品25パーセント引き(女性限定)と大々的に広告を打っており、シャルロットはそれをダウンロードし、保存するとラウラの方へと向き直る。
「ねえ、ラウラ。一緒に服を買いに行こうよ」
「服? 困っていないぞ」
「本当かな~? いざというときに一夏にアピールできないと思うけどな~」
「ふふん。私は旦那様の嫁だぞ? アピールなど」
「代わり映えのしない制服」
シャルロットの言葉にピクッと小さく反応を見せるラウラだがすぐさま自分は嫁、というアドバンテージを思い出し、復調する。
「重圧感を感じる軍服」
「っっ」
今度は強烈なボディブローが炸裂し、ラウラは膝をついてしまう。
そしてとどめと言わんばかりにシャルロットからの大砲が響く。
「それに対してヒラヒラがいっぱいついてて肩が見えてるちょっとセクシーでスカートもひざ丈よりも短いフリフリのスカート。そしてちょっと高めの香水……を付けた女の子だとどっちに目が行くかな~」
「……だ、だが私は女の子らしいことは全く分からん」
「大丈夫。僕も一緒だよ」
「シャルロットは十分、女の子だ」
「それを言うならラウラもだよ。ほら、制服に着替えて買い物、行こ」
「う、うむ」
シャルロットに若干、押され気味のラウラはいそいそと制服に着替えを済まし、シャルロットに手を引かれるまま外出許可願いを提出し、駅前へと向かうバスへ乗り込む。
夏休み期間中ということもあってか車内は若い女性が多く乗っており、そのほとんどの視線がラウラのIS学園の制服に注がれている。
IS学園に入学できるのはほんの一握りのエリートであり、その制服はうら若き乙女たちの憧れでもあり、ステータスでもある。
「ラウラは一夏がいなくて寂しい?」
「旦那さまとは心が繋がっている……と思っているが正直に言えば寂しい」
「僕も。なんだか一夏がいないと薄暗く感じちゃう」
「私はいつも通りに旦那様の部屋に行ってしまったほどだ」
「織斑先生に怒られるよ~」
冗談のつもりでそう言ったシャルロットだったがラウラの表情が一変し、どこか遠くを眺めだす。
その姿はまるで過去の大きな大戦を生き残った伝説の兵士が若く戦争を知らない兵士たちにその悲惨さを語るために回想にふけている、そんな姿だった。
「シャルロット……私は学んだぞ……夫婦だからこそ意思疎通はしっかりとするべきだと」
「……な、なにがあったの?」
「ふふっ……な~に……ちょっと死を覚悟しただけさ」
(あ、大分怒られたんだね……というかなんで織斑先生も一夏の部屋に?)
そこはあまり触れてはならない領域なのか、とシャルロットは自己完結させる。
そんな二人を乗せたバスはやがて目的のバス停へ到着し、二人は底でバスを降りるとまっすぐテナントビルへと向かい、そのまま入店する。
「む。何故、上から見るのだ?」
エレベーターで上へと向かおうとするシャルロットにラウラは問いかける。
下にいるのだから下から行けばいい、という女の子の思考一切なしの質問にシャルロットは苦笑いを浮かべながらも説明するのも時間がかかると思い、何も言わずにラウラの手を取り、エレベーターへと乗り込む。
「下はもう秋物が展開されてるから上から見るの」
「? 秋の服は秋に出るのではないのか? まだ夏だぞ?」
「女の子は先取りで準備する物なの。僕も後で秋物の服、買おうと思ってて」
「なるほど。備えあれば患いなし。戦争はいつでも開戦できるように常日頃から訓練を積んでおけということだな?」
「……う、うん。そんな感じかな」
1から100までの説明を諦めたシャルロットは乾いた笑みを浮かべながらラウラにそう返すと開かれた扉を抜け、まずは七階フロアへと降り立つ。
サマーセール中とあって学生を中心とした若者で多く賑わっており、店員の対応も方々へ分散しているため二人には目もくれない―――はずだった。
――――――☆――――――
「
日本人ではまず見られない染髪ではなく、純粋なる金と銀の髪色を持つ二人に店員の視線が全て注がれ、誰が行くのかと目くばせを行う。
そんな死線を掻い潜って出てきたのはこのフロアで最強と呼び声高く、フロアマスターと呼び声高い店長の女性がゆっくりと歩を進める。
しかし、そんなフロアマスターでも二人の様な素体からして最高傑作のお客を対応するのは初めてらしくその表情には緊張が走っている。
(落ち着きなさい……落ち着くのよ、服売佳代。私はこの店でいったい何年フロアマスターをやってきた? そう二十年よ。その経験を生かせばどんなお客様でも最高のコーディネイトを提案できるわ)
客・店員含めた全員が金髪・銀髪美女に息を呑んでいる中、フロアマスターは緊張から額を流れ落ちていく汗をぬぐい、二人へと声をかける。
「どのようなお洋服をお探しですか?」
まずファーストステップである元気よくはつらつな声を出すことは―――
「―――――――――!」
彼女たちが振り返った瞬間、そのあまりにも完成された美しさに凄まじい衝撃波がフロアマスターの全身を殴打し、思わず体が震えてしまう。
金髪の女性は透き通った瞳を持ち、ファッションからして日ごろから研鑽を積んでいることはハッキリと分かるし、何より美しい。
これはまさに恋をしている女性特有の美しさだ。
そして銀髪の女性。眼帯をしており、制服というお堅い格好をしているがそんな薄い壁など意味をなさないほどの素材力の高さを醸し出している。
特に銀髪の女性を逃がしてはならないとフロアマスターはロックオン対象を決めた。
「あ、今日はこの子の服を探しに来たんです」
「ぎ、銀髪の肩ですね。そうしましたら」
フロアマスターは周囲の状況を瞬時に視界に収め、そしてパターンをいくつか生みだすと即座にセールス対象外のマネキンに着せていた服を一式手に取る。
売れる、という確信があるからこそフロアマスターは彼女たちに提案した。
しかし、二人の表情は芳しくない。
「どうだ? シャルロット」
「ん~……ラウラはどんな服が来たいの?」
「なん―――」
「なんでもはなしね」
「むぅ……」
「じゃあ、一夏にどんな格好を見せたい?」
と、二人の女性はフレンドトークを始めるがフロアマスターは後悔の念を抱き、ワナワナと全身を震わせる。
(わ、私はなんてことを! フロアマスターと持て囃され、何十年連続と売り上げナンバーワンを勝ち続けたがゆえに私は商売第一の服をプレゼンしてしまった! このお二方に必要なのは純粋なるファッション! そこにお金云々などという俗物は存在してはならない! 新人を思い出すのよ服売佳代!)
採用面接の際、担当官に高らかにお客様が喜んで下さるようなファッションを提供するためにこの業界で働きたいと宣言したはず。
しかし、今やフロアマスターと呼ばれ、売り上げを上げ続けてきた彼女はそんな基礎基本の想いすらも忘れるほどにお金に蝕まれていた。
「うむ。旦那さまにはやはり可愛く見られたい」
それを聞いた瞬間、服売佳代は頭に叩き込んでいる店内全ての商品の組み合わせを瞬時に並べ、銀髪女子に最も合うカスタムを想像する。
そして結論付けると慣れた手つきで商品を手に取っていくがそこに買わせようなどという邪な想いは無くただ純粋に銀髪女子を可愛く見せたいという純粋な想いのみ。
「こちらのセットは如何でしょうか」
「かわいい! ラウラ! 試着室で着てみてよ!」
「いや、私はお前が選んでくれれば」
「良いから良いから!」
金髪女子が強引気味に銀髪女子を試着室へと引っ張り、服を持たせてカーテンを閉める。
どのような変身を遂げるのかと服売佳代だけではなく、このフロアにいるすべての人間が楽しみにしており、全員が試着室に視線を注いでいる。
そしてに十分ほどが経過した時、カーテンが開かれる―――そしてフロア全員が息を呑んだ。
「ど、どうだろうか」
肩が露出した黒のワンピースにブレスレットといういで立ちだが銀髪女子の素材の高さにより飛躍的に輝きが向上し、魅力にあふれている。
「か、可愛いよ! 可愛いよラウラ!」
「しゃ、写真撮らせてください!」
「握手してください!」
店内にいたすべての人間が銀髪女子の魅力にあてられ、スマホを手に持って雪崩れ込んでくる。
そんな光景を服売佳代は額から下たる汗をぬぐいながら息を吐く。
「私としたことが忘れていたわ……売り上げだけが全てではなく、お客様の笑顔が全てということに」
――――――☆――――――
「楽しかったね、ラウラ」
「私は少し疲れたぞ」
少々、ふくれっ面のラウラは日替わりパスタをちゅるちゅると吸いながらシャルロットにジト目をぶつけるが肝心のシャルロットはラザニアを頬張りつつ、華麗にスルーする。
「でも本当に可愛かったよ、あの時のラウラ」
「そ、そうか?」
「うん! きっと一夏も褒めてくれるよ」
「そ、そうか……そうかそうか!」
先程までのふくれっ面が嘘のように晴れ、明るい笑顔に変わる。
そんな光景にホッと一安心のシャルロットだがふと、ラウラの後ろに座席に座っている女性の姿が目に入る。
その女性は頭を抱え、今にも絶望して何かを生みだしそうなほどに暗いオーラを放っており、注文したランチセットにも全く手を付けていない。
ラウラもシャルロットの視線が気になったのか後ろを振り返り、小さくため息をつく。
「お前はいつだってお節介やきだな」
「誰に似たんだろうね」
シャルロットは笑みを浮かべながら絶望一歩手前の女性のもとへと向かう。
「あの、どうかされましたか?」
「……いたわ」
女性は二人を見るなりがたんっ! と椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がるとシャルロットの手を取り、ラウラの方も見ながら高らかに叫んだ。
「貴方達バイトしない!?」