「むぎぃぃぃっ!」
「この程度のGで何みっともない声をあげているんだ! ほらもっといくぞ!」
「うぎぃぃぃっ!」
その宣言の直後、戦闘機がアクロバット飛行をし始め、グルグルと回転すると全身に凄まじいGがかかり、全身が悲鳴を上げる。
既に全身はこれまでの基礎筋力トレーニングという名の拷問で苛め抜かれているのにさらにそこに凄まじいGが襲い掛かればもうヤバイを通り越してえぐい。
今、俺―――織斑一夏は自衛隊IS部隊の短期集中キャンプに参加している。
キャンプの折り返し地点を迎えた今日も今日とて朝の6時にラッパで起床し、点呼を受けて朝食。
その後は地獄の基礎筋力トレーニングだ。
そして今は戦闘機に乗せられ、俺の課題でもあるGに耐えうる体を作るためにこうして飛んでいる。
「ぐぎぎぎぎっ!」
「そうら、ラスト!」
凄まじいまでの回転を加えられ、本日最高のGが体に加わる―――初日はものの数分で意識を飛ばしたが折り返し地点まで頑張った今の俺ならばなんとか耐えられる。
アクロバット飛行を終了し、通常飛行へと戻り、ようやくGから解放される。
「ふぅっ……はっっ」
「よく耐えたな。戦闘機のアクロバット飛行に耐えきれればISのGなど容易に耐えられるだろう」
「あ、ありがとうございます」
ISは様々な補助機能によって成り立っており、瞬時加速などの高速飛行ともなればGはかかる。
なのでGを和らげる機能も存在しているが戦闘機にはそんなものあるはずもなくすべてのGが俺の全身にかかるというわけだ。
ただ先輩が言ったようにISのGと比べると遥かに戦闘機の方が重い。
(この後は……あ、そうだ……地獄の連続組手だった)
戦闘機が無事に着陸したかと思えば今度は上官に連れられて道場へと入り、男性・女性関係なく自衛隊隊員たちとルール無用の組み手を行う。
この道場には部隊関係なく集結しているため、汗のにおいが凄まじい。
急いで道義に着替えた俺はすぐさま畳へと上がる。
「はじめ!」
筋骨隆々の男性隊員が俺の胸倉をつかもうと手を伸ばしてくるがそれを両手で払いつつ、足払いを放つ―――しかし男性隊員は軽く飛び上がると同時に蹴りを放って来る。
それを片腕で防ぎながら間合いへと踏み込み、膝蹴りを相手の腹部へと叩きこむ。
「ぐふっ!」
「ありがとうございました!」
「次!」
次の相手は女性―――しかし、女性だからと言ってなめてはいけない。
目の前にいる女性はIS部隊所属であり、学生の頃は代表候補生として活動していた実績もあり、部隊の中では随一の実力者だ。
「行くわよ!」
先程の男性とは違い、素早い動きで俺へと詰め寄ると間髪入れずに掌底を放って来る―――肩や胸部に掌底を喰らい、筋肉痛も相まって激痛を感じるが動きを止めれば死に直結する。
「はぁっ!」
相手の脇腹に向けて足を上げる―――相手はそれを防ごうと手で壁を作るがそれはフェイント。すぐさま軌道を変えて相手の顔側面へと足を振り抜く。
パシィィッ! と言う子気味の良い音が道場内に響き渡り、女性はよろめく―――しかし、それで倒れないのがIS部隊の隊員だ。
よろめている隙に相手に向かって飛びあがり、空中で二度蹴りを放つが二撃とも手でいなされる。
「やるじゃない!」
「それほどでも!」
「じゃあこっちも本気で行くわよ!」
一段とギアが入り、先程とは比べ物にならない速度で掌底が繰り出され、いなすだけで精一杯になってしまう―――余裕が徐々になくなってきた俺の体に掌底が掠っていく。
「やぁっ!」
「くっ!」
突然の足払いに思わず両足を上げて飛び上がってしまう―――空中に上がるということはそれだけ相手に隙を晒すということである。
女性はすぐさま体勢を立て直し、空中で身動きを取れない俺めがけてまっすぐ蹴りを放つ。
「たぁぁっ!」
「ぐぇ!」
腹部に蹴りがクリーンヒットした俺の口からみっともない声が漏れ、背中から畳に落ちる―――とどめと言わんばかりに女性が俺に向かって拳を叩き下ろす。
頭を横に逸らした直後、顔がさっきまであった場所に拳が叩き付けられる―――その隙に相手の脇腹に膝蹴りを入れ、退かしながら距離を取る。
「両足あげてのジャンプは殺してくださいって言ってるのと同じよ!」
「すみません!」
「そこまで!」
上官の声が道場内に響き渡り、しばしの休息時間が訪れる。
壁際に置かれているタオルを取り、流れる汗を拭くが胴着もあの一瞬で汗でボトボトになっており、正直絞ったら出るんじゃないかと思うほど。
道場内はエアコンなどあるはずもなく、唯一の救いは窓が空いていることだけ。
「く、組手の後なんだっけ……あ、模擬戦だ……射撃訓練もあるし、その後にレンジャー訓練だ」
IS学園のISを除いて日本に配備されているISの数は僅か3機であり、この配備数は世界を見渡しても先進国の中では類を見ない程に数が少ない。
その分、純国産ISの打鉄を生産できるという点やIS学園という最強のカードが国内にあるので実はいうと日本という国のパワーは世界で見てもトップクラスだ。
この知識もキャンプの集中講座で習った。
「し、死ぬ……この後に模擬戦は死ぬ」
しかもその模擬戦は特別ルールであり、様々な制限をかけた状態で行うのでこれまた疲労がたまる。
これまでにやった制限はたとえばスラスター無しで地上戦のみを想定した戦いであったり、武器がアクシデントにより使えず、素手のみで戦ったりと色々だ。
「休憩止め!」
地獄の合図とともに俺は道場へと舞い戻るのであった。
――――――☆――――――
「ぜぇ……ぜぇ」
模擬戦を終え、辺りも薄暗くなっている時間帯だが俺は今、どこぞの山とも知れぬ山の頂上で汗を垂れ流しながら一時の休息を取っていた。
今日のラストメニューは演習場の近くにある山を夕食の時間である18時までに2往復して帰って来いというものであり、あとは下山すればいい―――いいんだが。
「な、なんで装備をもって往復弾丸登山なんだよ」
そう、今俺は迷彩服に身を包み、89式5.56mm小銃―――いわゆるアサルトライフルに加えて防弾チョッキ、ヘルメット、さらにはバックパックを背負っている。
この一式がこれまた重い。
「で、でもこのメニューが終われば夕食と座学、その後は自由時間だ……よし!」
気合を入れ直し、下山を始めるや否や前方に座り込んでしまって動けないでいる女性の姿が見え、思わず立ち止まるとその人は泣きじゃくっていた。
短期集中キャンプに参加している人は俺だけではなく、多数参加しているが俺以外が女性だ。
なのであまりに厳しい訓練内容にこのように泣きじゃくる人が多い。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「もう無理! 動きたくない! 帰りたい!」
どうやらこの人もあまりに厳しさに心が折れてしまったようだ。
この人がどんな理由でこのキャンプに参加しているかは知らないけどこのまま放置して俺だけ降りるほど俺は人間腐ってはいない。
「よっと」
「え? ちょっ!」
「んじゃ、降りますよ!」
俺は女性の装備から万歩計を取り、左足に装着するとそのまま女性を肩に担ぎ上げ、下山ルートを猛ダッシュで降りていく。
俺の足には万歩計が装着されており、走っているのか否かなどを計測し、リアルタイムで本部へと送信されているのだ。
この弾丸往復登山の条件はひたすら走ることであり、登るのも降りるのも走らないといけない。
これを守らなければもう一度という絶望だ。
「男の癖に……そうやって恩を売ってあとで脅すんでしょ!」
「そんなことしませんよ。とにかく今は黙っててください。もう一回、登りますか?」
女性にそう尋ねると女性は黙りこくってしまう。
学園の皆は差別意識が無くなってきているのでこのキャンプに来て久しぶりの男性蔑視の感覚を味わっているがやっぱりいいものではない。
学園の皆が優しいのか、それとも俺が世間知らずなだけか。
「……」
下山ルートを走っていると前方に蹲っている女性の姿が見え、よく見てみると足が震えており、その表情は痛みに歪んでいる。
恐らく両足が限界を迎えて攣ったんだろう。
「あーもう!」
俺はもう一人からも万歩計を受け取り、右足にもう一つ装着して女性を抱きかかえると両肩に女性を乗せるという類を見ない格好で下山ルートを駆け下りていく。
噂ではレンジャー部隊所属の隊員は山で遭難した遭難者二人を担いでおり切ったとか言う都市伝説を聞いたことがあるが恐らくあれは事実だろう。
(自衛隊の皆さん、お国のためにありがとうございます!)
俺は改めて自衛隊の皆さんに心の中で感謝を述べるのであった。
――――――☆――――――
「あー、死ぬ……死ぬ」
夕食・座学を終えた俺はようやく訪れた自由時間をベッドの上で満喫―――というよりもベッドの上で死に体を晒していた。
二人を担いでおり切った瞬間は凄まじい達成感を得たものだがその後に来た筋肉痛は史上最大だった。
「明日のメニューは……実弾射撃の演習にIS実技か」
折り返し地点を迎え、思うのは俺がどれだけ井の中の蛙だったのかという事だった。
数々の場数を踏んだことで多少なりとも強くなっているつもりだったけどそれは俺の思い過ごしであるということに初日から気付かされた。
「俺もまだまだだな」
俺は白式のスペックデータを表示し、第二形態の情報を端から端まで目を通す。
最近のルーティンにしていることであり、細かいことは分からずとも白式に一体どんな機能があるのか、それをどのように扱えばいいのかを脳内でシミュレーションしている。
それをIS実技で実践するという流れだ。
「明日は荷電粒子砲を使ってみるか」
ハッキリ言って俺に射撃の腕は全くと言っていいほどない―――もちろんないからと言って使わないということはないが俺だけの使い方を知る必要がある。
実弾射撃も結構難しい。
そんなことを考えていると扉がノックされる音が響く。
「はーい」
「織斑、お前に来客だ」
「……へ?」
質問も許されない雰囲気だったので上官の後ろをついていく。
確か短期集中キャンプに参加している間は一切に外部との連絡は禁止されているはずだから面会も禁止だし、スマホに至っては預けている。
にも拘らず来客として通されるということはよっぽど高位の人かそれに近い特別な人かだ。
「あそこにいる……くれぐれも粗相のないようにな」
「はい……」
誰も居ない食堂に案内され、中を覗きこむとそこには青髪の女性が座っており、俺と目が合うと小さく微笑みながら手招きする。
俺はそれに従い、その女性の前に座ると女性はしゃっと勢いよく扇子を広げる。
扇子には久別重逢と書かれていた。
(この人確かトーナメントの時にも)
目の前の女性は雰囲気が冷たいというよりかはクールであり、その鋭い目つきはどこか俺の真実を見透かされるような感じを抱いてしまう。
「お久しぶり、織斑君」
「は、はい……あの、どちら様で?」
「名を名乗るほどのものではありません……なんちゃって」
「……」
クールな表情のまま冗談じみた発言をされるがあまりに表情と内容が乖離しているので冗談に聞こえないのがちょっと傷だ。
「キャンプは順調かしら」
「え、ええ……まあ順調です」
「そう。ならよろしい。今日あなたに会いに来た理由は言伝があるの」
「……」
「内容は……キャンプが終われば覚えていろ」
「へ?」
何故だか知らないが伝言の送り主がどう考えても一人しか選択肢がない。
でも事前に外出許可願いは出しているからルール違反をした覚えは一切ない。
「言伝は以上よ」
「……は、はぁ」
「ねえ、織斑君」
「はい?」
「貴方は白馬の王子様、信じる?」
「……」
さっきからこの人が全く理解できなさすぎて大混乱中だ。
何故、いきなりおとぎ話の話をしだすのだろうかと思っていると青髪の女性はふふっと小さく笑みを浮かべ、扇子を閉じると静かに立ち上がる。
「じゃ、キャンプ残り半分、頑張ってちょうだいね」
そう言い、女性は食堂を去っていった―――何一つ理解できていない俺を残して。
――――――☆――――――
「もしもし、嘘ちゃん。そっちはどう?」
『異常ありません。現在、道場にこもり、素振りをしています』
「そう……こっちも問題はないわ。じゃあそっちも接触、お願いできるかしら」
『畏まりました。手筈通りに……それと一点報告なのですが』
「なーに?」
『簪様ですが一週間、部屋から出られていません』
「……そう。分かったわ」
そう言いながら青髪の女性は通話を切り、スマホをポケットへとなおす。
「白馬の王子様……彼じゃなさそうね」
そう呟いた女性の声音はどこか残念そうな色をしていた。