Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第六十二話

「……つ、遂にこの日が来てしまった」

 

 8月も末に差し掛かっており、徐々に電車には絶望しきった表情の学生が増え始めるこの時期に少女―――篠ノ乃箒は一世一代ともいえる大勝負を迎えようとしていた。

 今日は想い人である織斑一夏とともに彼女の実家でもある篠ノ乃神社の夏祭りを一緒に周る日である。

 この日を自分へのご褒美と設定し、箒はひたすら剣術の上達に努め、全ての外部との連絡を絶ち、それこそ血のにじむような鍛錬をしてきた。

 

「すー、はー……き、緊張してきた」

 

 既に時刻は一夏との待ち合わせの時間の一時間前を示しており、彼女の緊張度は上限を振り切っており、心臓が口から出てくるんじゃないかと思える程だった。

 今日のために神社の手伝いもし、巫女としても役割も全うし、叔母さんに無理を言って浴衣の準備をしてもらったりなど最大級の準備を行ってきた。

 

「い、一夏と夏祭り……」

 

 箒の脳内にぽわわーんとピンク色の煙が立ち込める。

 

 

『楽しいな、箒』

『う、うむ! 私も楽しいぞ!』

『綺麗な浴衣を俺に見せてくれて嬉しい』

『な、何を言っているのだ貴様は! ほ、他の女性にも目移りしているではないか』

『そんなことないよ……俺の視線は常にお前に釘付けだ』

『い、一夏……も、もうすぐ花火が』

『花火よりも今は箒を見ていたい』

『い、一夏』

 

 顎をくいっと上げられ、そのまま近づいてくる一夏の顔に興奮冷めやらぬ様子の箒は首を左右に強く振り、顔を真っ赤にしながら誰にも見られていないかと周囲を見渡す。

 そんな時に思い出すのは臨海学校の時に抱きしめられたあの光景。

 

(あ、あの時は……素直に言えた……そ、それにい、一夏も……抱きしめてくれて)

 

 ブシュー! という蒸気を吐き出す音が彼女の脳内に木霊すると同時に箒の顔が炎のようにさらに赤く染まり、オーバーヒート寸前まで駆け上がってしまう。

 

「きょ、今日は……も、もしかしたらその先のことも」

「その先って?」

「い、一夏にき、き、き、きぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 突然、響いた声に思わず答えようとしたときになってようやく気付いた箒はすさまじい奇声を発しながらその場から大きく飛び退く。

 いつの間にか箒の背後には彼女の叔母である女性がいた。

 

「ゆ、雪子叔母さん!? い、いつから」

「いつからって……箒ちゃんが妄想し始めた時から」

 

 いたずら心満載のニヤニヤ顔を浮かべながらそう言われ、箒は火山が噴火するレベルに顔を真っ赤どころか獄炎に染め上げ、顔を想わず隠してしまう。

 

「いいじゃないの。想い人を想って妄想にふける……若い証拠よ」

「も、妄想では」

「じゃあ、何を思い浮かんでいたの?」

「そ、それは……」

 

 一夏にキスをされるシーンだ、とは言えない彼女の胸の中でピンボールが壁にあたり、反射し続けるが出口が見当たらず無限のように思えるほど長く弾が動き回る。

 やがては弾の方が耐えられなくなり、破裂してしまった。

 プシューと頭から蒸気を放ちながら機能停止してしまった箒の肩を笑みを浮かべながら女性は軽く叩く。

 

「今日なんでしょ? 例の男の子とお祭りを回る日は」

「は、はい……」

「じゃあ、とびっきり可愛い箒ちゃんを見せないとね。でもどんな男の子なんだろう。箒ちゃんがここまで恋しちゃう男の子って」

 

 それはもう世界一格好いい男です、と度胸が据わっていれば宣言も出来ただろうがうら若き十代の乙女がそんな宣言も出来るはずもない。

 

「じゃあ、おめかししちゃおっか」

「は、はいぃ」

「とびっきり可愛い箒ちゃんにしてあげる♪」

 

 

――――――☆――――――

 おばさんによるおめかしも完了し、いざ出陣―――と息巻いた箒であったが目の前の光景に思わずうなだれそうになる。

 前を通っていく人々はパタパタと慌てた様子で屋根の下へと駆けていく。

 集合時間の10分前に訪れたのは突然の雨だった。

 天気予報では降水確率は0%だと有名なお天気キャスターは伝えていたがそれを裏切る強い雨を前に箒は絶望のあまり何かを生みだしそうだった。

 

「な、なぜこんな日に限って雨なのだ」

 

 雨がフルとは全く予想していなかった箒は傘など持ち合わせておらず、ひたすら屋根の下で雨が止むのを待つしかない状況だった。

 恐らくこの雨では一夏も足止めを喰らい、到着時間は大幅に遅れ、最悪の場合は来ることもできないだろう。

 それほどに強い雨は箒の心にも表情にも影を落とす。

 

「……仕方があるまい。一夏に連絡を……しまった」

 

 連絡を取ろうと巾着を開けてみるがそこには肝心のスマホは入っていなかった。

 

「……」

 

 連絡手段すらない状態で一夏はどこかで待ちぼうけを喰らっているか、あてもなくさまよっているかと思うと思わず箒は泣きたくなってきた。

 何故、楽しみにしていた日に限ってこんな不運が続くのかと。

 

「……取りに帰ろう」

 

 今いる場所から家まではそう遠くないので箒は雨に濡れて戻ろうと屋根から出ようとした時、彼女の頭上に傘が差し出される。

 ナンパ目的の男かと怒りが込み上げるのを我慢しながら振り返るとそこにいたのは―――

 

「この雨じゃせっかくの浴衣が台無しになるぞ」

「い、一夏!?」

 

 傘を差した一夏だった。

 いつの間に後ろにいたのかという驚きもさることながらこの雨の中、来てくれたという嬉しさが込み上げてくるが同時に一夏の顔が少し濡れているのに気付く。

 この雨の中、慌ててきてくれたのかと思い、箒は巾着の中からハンカチを取り出し、彼の顔についた雫を軽くふく。

 

「この雨の中、走ってきたな?」

「まあな。箒を待たせるのも悪いと思って」

「まったく……お前という奴は」

 

 二人は屋根の下で雨が止むのを待つ―――ある意味、誰にも邪魔されない空間となったこの屋根の下。

 こんな状況を生みだしてくれた雨に対して箒は熱い手の平返しをするように感謝する。

 

「い、いつ帰ってきたのだ」

「昨日」

「連絡してくれれば皆集まったろうに」

「まぁ、そうなんだけどさ……休みたかったってのもあるし……」

「?」

 

 突然、黙ってしまった一夏だが何やら表情が少し赤い。

 

「今日は箒と夏祭り、周る日だろ? 予定いれるのもなって」

「……う、うむ」

 

 二人して顔を赤くしてしまい、沈黙が流れてしまうが箒は意を決し、少しだけ―――ほんの少しだけ一夏の方に体を寄せ、彼の肩に軽くもたれ掛る。

 一瞬、驚く一夏だがそのまま雨が降りしきり夜空を見上げる。

 

「せっかくの祭りの日に雨なんてな」

「そうだな……だがこういう祭りも悪くない」

「そうなのか?」

「そうだ」

 

 こうして一夏と二人っきりになれた、とはまだ口が裂けても言えない箒。

 一カ月ぶりに感じる一夏はどこか一月前のものとは違い、少しだけ感じる一夏からの熱も以前とは段違いに強く感じる。

 それだけで彼がこの一カ月で生まれ変わったのだとはっきり感じ取れた。

 

「短期キャンプはどうだったのだ」

「キャンプは……地獄も地獄だったけどかなり良かったぞ」

「そうか……2学期が楽しみだな」

「おう。生まれ変わった俺を楽しみにしておいてくれ」

(……昔を思い出す)

 

 ISが生まれる前は同じ稽古場に通い、剣を振るい、それが終わればこうやって少しの間、話をしていた。

 稽古の時間も楽しみではあったが彼女にとってはこの自由な時間に自由に一夏と話す時間が何よりも楽しく、彼女の活力の源でもあった。

 ISが生まれてからは引っ越しに引っ越しを重ね、一夏と離れてしまったがまたこうして出会えた。

 

「お、止んできたな」

 

 一夏の言う通り、雨の勢い先程と比べてかなり弱くなっており、徐々に雨宿りをしていた参加者たちも傘を差しながらゆっくりと屋台を回り始める。

 

「じゃ、俺達も行くか」

「そ、そうだな」

 

 同じ傘に入り、密着した状態でゆっくりと歩き始める。

 箒の目に通り過ぎていくカップルたちの格好が入り、試してみようかとも思うが流石にまだ恥ずかしさが勝ってしまい、実行には移せない。

 

「そう言えば昔さ、金魚すくいで競ったよな」

「そうだな。確かあの時は私が勝った」

「いやいや、2匹差で俺が勝ったぞ」

 

 その瞬間、二人の視線が火花を散らしながらぶつかりあい、お互いに財布を出して屋台のおじさんへと手渡すと器とポイを受け取る。

 先手は箒。

 

「昔の私と見くびるでないぞ……」

 

 箒はふよふよと泳ぎ回る金魚たちを目で追いかけるのを止め、目を閉じ、精神を集中させて金魚が泳ぐ際の僅かな音に耳を澄ます。

 凄まじい集中力に屋台のおじさんも若干、気圧される。

 

「てぇぇぃ!」

 

 箒が気合の入った一撃を放った瞬間、ポイに3匹の金魚が掬われ、あっという間に器へとダイブしていく。

 

「おぉ! 嬢ちゃんやるねえ!」

「なんのこれしき!」

 

 箒は一回一回、集中し、3匹~5匹の金魚を一気にすくいあげていく。

 しかし、そう何度も数匹の金魚の重みに耐えられるほどポイの紙も丈夫ではなく、4回目の掬い上げをした段階で紙が破れてしまった。

 

「むっ。13匹か……まずまずだな」

「いやいや! うちの店の新記録だよ!」

「だそうだ」

 

 箒はおじさんの言葉を受け、ふふんと誇らしげに一夏を見下ろすが一夏も負けじと腕を肩のあたりまでまくり、金魚すくいセットを貰う。

 一夏は勝てるか否かでドキドキしているが箒は別の意味でドキドキしていた。

 

(う、腕の筋肉が……あ、あんなに逞しかったか?)

 

 腕まくりしたことで露わになった一夏の腕が何故か輝いて見え、箒は目が離せなかった。

 一カ月会わないだけでこうも劇的に変化する物かと思いながらも箒はジッと腕を見続ける。

 

「よし……いざ尋常に!」

 

 一夏は素早くサッと水にくぐらせるとまずは一匹、器へと入れる―――次も、その次も一夏は手堅く金魚を掬いあげていく。

 肝心の箒は一夏の筋肉にドキドキしているので正直、金魚の数は視界にすら入っていない。

 5匹、6匹と徐々に捕獲数を箒の記録へと近づけていく。

 3分も経過するころには金魚の捕獲数は12匹―――しかし、ポイの紙もかなりボロボロになっており、少しでも金魚が暴れれば確実に紙に穴が開く。

 

「あと一匹……あと一匹だ」

「ふ、ふん……その紙のボロさでは私の記録は破れまい」

「さ~て、それはどうかな……俺は同じ失敗はしない男だぜ?」

 

 一夏は自信満々にそう言うとポイを金魚へと近づけていき、一匹にロックオンするとそれを追いかけていき、水槽の角まで追い詰める。

 その姿はまるで変質者の様。

 

「さあ……お縄につきやがれ!」

「なっ!?」

 

 一夏がポイで掬い上げた瞬間、なんと枠の部分に金魚が綺麗に乗っかり、ビチビチと飛び跳ね、そのまま一夏の器へと飛び込むように入っていった。

 

「わ、枠取りだと」

「ふふっ……これを使えばいくらでも」

「ぶぶー。反則であんちゃんの負け」

「な、なんで!?」

 

 屋台のおじさんがある方向に指をさすので一夏も箒もその方向に視線を向けると注意事項の紙が貼られており、そこには枠で金魚を掬う絵が描かれ、大きく×をされていた。

 つまり、一夏は禁止行為をしたので失格なのだ。

 

「ま、マジか」

 

 がっくりと肩を落とし、後ろを振り返ると満面の笑みを浮かべ、勝ち誇った顔の箒がいた。

 

「一夏……私はお腹が空いた」

「……」

「お・な・かが空いたぞ♪」

「……分かったよ、何が食べたい?」

「やった♪」

「っっ!」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべ、はしゃぐ箒の姿を見て一夏は思わず顔を背ける。

 浴衣に薄い化粧、綺麗に結わえられた髪と普段以上のおめかしをした箒の喜び、笑みを浮かべるその姿は一夏にとって破壊力満点の一撃だった。

 

「ではまずは焼きそばを行こう!」

「お、おう」

「次は綿菓子だ」

 

 箒は楽しそうにしながら一夏とともに屋台をめぐり回っていく。

 一夏もやれやれと言いたげな表情を浮かべながらもどこかその表情は楽しそうな色だった。

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