第六十五話
9月3日、無事に始業式を終えた一夏達は明日から始まる授業の準備のために午前中で―――帰れるはずもなく2時間目から普通に授業が開始された。
2~4時間目は実力テストが実施され、5時間目から2時間ぶっ続けての1組・2組合同での実技授業。
「そこまで!」
「ぜぇっ……ぜぇっ」
日差しが照り付ける中、体力不足に陥っていた生徒達は膝に手をついて肩で息をしているが一夏と鈴の二人だけがいつも通りで立っていた。
「ほぅ、夏休み明けの実技授業でも倒れない奴がいるか……よし、2学期初回の授業を耐えきったお前達には」
千冬の次の言葉に一夏と鈴は顔を見合わせ、少し笑みを浮かべ、ご褒美は実技授業の片づけ免除かとワクワクしていると二人に千冬からのありがたい言葉が放たれる。
「模擬戦をしてもらおう」
「「……」」
予想だにしていなかった言葉を前に一夏と鈴はお互いに「あり得ない」と言いたそうな表情を浮かべながら千冬の方を見るが千冬は一切動じない。
「体力が有り余っているんだろ? それに授業時間も中途半端に15分余っているんだ。やれ」
「「……はい」」
千冬の軽い圧に一夏達はその二文字しか言葉を発せないでいた。
気のせいだろう―――むしろ気のせいだと彼と彼女は思いたかった。
フィールドに寝そべっているラウラや箒、セシリア、シャルたちが大袈裟に呼吸をして疲れてますよアピールしているのは気のせいだろう。
一夏と鈴はアリーナ中央へと向かい、他の皆は観客席へと移動を開始する。
「……」
「なんだよ、鈴」
「べ、別に!」
この会話もいったい何回目だろうか、と一夏は呆れてしまう。
鈴だけではなく箒やセシリア、シャル、ラウラなどいつものメンバー以外にも他の女子たちから彼は授業時間の間、ずっと視線を感じていた。
彼がそっちの方を見ると決まって視線を外し、そしてどこか顔が赤い。
(みんなの顔が赤いのは気のせいか?)
「と、というかそのISスーツ、サイズヤバいんじゃないの?」
「ん? あぁ、そうなんだよ。もうピチピチで着づらいったらありゃしない」
「ふ、ふ~ん……」
鈴はチラチラと見るのを止めない。
彼女の視線は全身、というよりも特に彼の腕の辺りに注がれており、何が彼女の視線を引き付けるのか正直、一夏には理解が出来なかった。
『二人とも準備は良いな』
「いつでも」
「あたしも行けます」
『では両者、ISを展開!』
「来なさい、甲龍!」
「来い、白式」
互いに相棒の名を呼び、一瞬にしてISが展開されるが何故か鈴は驚いた表情を浮かべて一夏の方を見る。
「なんだよ」
「いや……別に……」
(前よりもISの展開が早くなってる……代表候補生のあたしよりも早かった)
鈴の煮え切らない態度に一夏はもやもやするが対照的に鈴は一夏が発する見えない圧に危機感を抱く。
彼女がやることは一つ。
(開始と同時に叩き潰す!)
『では……始め!』
「先手必勝!」
鈴の叫びと同時に空間に圧力をかけることで不可視の砲弾を生みだし、左右の翼から同時に衝撃砲が放たれ、一夏へとまっすぐ飛んでく。
その砲弾は不可視の一撃であり、一夏に直撃すれば大きく体勢を崩すことができ、そこに更なる追撃を加えることが出来る。
相手は
そのように一瞬で彼女の脳内で組み立てられた作戦―――次なる行動のために鈴が前へ動こうとしたその時、一夏の目線が衝撃砲と“同じ方向”に向き、身を軽く翻す。
「は?」
直後、一夏の背後で2発の衝撃砲がフィールドに着弾し、大きな爆発をあげる。
鈴は目の前で起きた光景が理解できずに頭は愚か体さえも動かなくなる―――そしてその様子を見ていた観客席の生徒達さえ同様に何の反応も出来ずにいた。
防いだのであれば分かる―――第二形態移行を果たした白式には
それで防いだのであれば百歩譲って分かる。しかし、彼は―――
(避けたっ……それも衝撃砲を目で見て……見えないはずなのに)
そして鈴は気付く―――一夏はまだその場から一歩も動いていない。
「俺は強くなったぞ、鈴」
「っっ!」
目の前から一夏が消えた―――そう錯覚するほどにまでスムーズな瞬時加速の発動。それを理解した時には既に彼女の目の前には光り輝くかぎ爪を展開した一夏がいる。
回避を頭では命令として体に飛ばすが本能で察してしまった。
――――――間に合わない
「その言葉、お前は信じるか?」
その言葉とほぼ同時に光り輝くかぎづめが勢いよく振り上げられた。
悲鳴を上げるよりも早くに鈴の全身をすさまじい衝撃が走ると同時に目の前にエネルギー残量が1割を示す通知が示されると同時に鈴は感覚を取り戻し、すぐさま後方へと大きく飛び退く。
(何されたの!? あたしは何されたの!? 斬られた? 斬られたの?)
今さっき起きた一瞬の出来事に錯乱に近い混乱を起こしながらも鈴は双天我月を呼び出し、両の手に収めるが高速で一夏が距離を詰めるのが見え、反射的に衝撃砲を起動してしまう。
(しまっ―――一夏に2回目はっ)
彼女が気付くと同時に衝撃砲が放たれるが一夏は外側へ大きく膨らむように回転回避を行うことで衝撃砲を回避すると同時に回転の勢いで雪片弐型が迫ってくる。
これもいつ展開したのか理解が追い付かない。
目の前にいる存在は織斑一夏という存在ではあるが一カ月前とは別の存在だ。
衝撃砲を放ったことでほんのわずかに行動が遅れる―――徐々に雪片弐型の刃が迫る。
鈴は最後のあがきと言わんばかりにスラスターを全開に吹かし、回避行動を取ろうとするが回避できるのは直撃だけ。
僅かに甲龍の装甲を雪片弐型の切っ先が切裂いた瞬間、試合は決した。
――――――☆――――――
「旦那様! 私とこの後、模擬戦をするぞ!」
「ラ、ラウラちょっと落ち着いて」
「あんな試合を見せられて落ち着けるものか! 旦那様!」
「お、おう。やろう……先にご飯食べようぜ」
興奮冷めやらぬ様子で鼻息を荒くしながらラウラは注文したステーキを豪快にもしゃもしゃと食べ始めるがその手は俺を逃すまいと鷲掴みだ。
今にも飛びかかりそうなラウラをシャルはどーどー、となだめるがあまり効果はない。
「ていうかあんたドーピングでもした? 神のウォーターでも飲んだ?」
「どこの超次元サッカーだよ……まぁ、短期キャンプのお陰だな」
「でもびっくりしちゃったよ。一か月前とは別人みたい」
「そ、そうか?」
「そうだぞ。まさか衝撃砲を避けるとは思ってもいなかったぞ」
皆にお褒めの言葉を預かり、恥ずかしく思っているとふとセシリアの思いつめたような表情に気付いた。
少しの間、彼女の顔を見続けてみるが俺の視線に気づくことはなく、ボーっとどこか一点のみを見続けていて心ここにあらずの状態だ。
「セシリア? お~い、セシリア~?」
「……え、ぁ……ど、どうかなさいましたか?」
「いや、それはこっちの台詞だぞ。何かあったのか? 思いつめた表情で」
「い、いえ……大丈夫ですわ」
そう言いながら笑みを浮かべて食後の紅茶に口をつけるがどこかその行動はぎこちなく、笑顔もいつもと比べると固さが目立つ。
この食堂に着いてからというもののセシリアは何か考え事をしているのか話も半分にしか聞いていない。
「ふしゅー!」
「どーどー、ラウラ。お茶のもう、はい」
俺と鈴と模擬戦を見て完全に戦闘スイッチが入ってしまったラウラのお世話をシャルに任せながらセシリアの様子を注意深く観察するが流石に心の中までは読めない。
「ふぅ……先に戻りますわ」
セシリアは気落ち気味にそう言うとそそくさと席を立ち、食堂から去って行ってしまった。
「お手」
「しゅー!」
「お肉だよ~」
「うがー……って私で遊ぶな!」
「ごめんごめん」
「ノリ良すぎるわよ、あんた……大丈夫よ」
「鈴……」
「セシリアはあんたが考えているよりもずっと強いわよ。ちゃんとケリつけて帰ってくるわよ」
「……そうだな」
俺は鈴の言う通りセシリアのタイミングを待つことにした。
――――――☆――――――
「はぁ……」
ブルーティアーズの機体データを前にセシリアは何度目かも分からない深いため息を吐く。
BT兵器稼働率三十七%という数字が彼女に重くのしかかると同時に1年生の中での実力ピラミッドの構図もまた彼女の悩みの種だった。
(この数値では……この待遇もいつまで続くか分かりませんわ)
セシリアのBT適正はAであり、これは代表候補生の中でも彼女の実が叩きだしている数値。
その数値があるからこそセシリアはブルーティアーズという専用機を与えられ、IS学園への入学という好待遇を受けることが出来ている。
彼女がここへ来た理由の一つにBT兵器のデータサンプリング。
(最大稼働時にはビームの軌道すらも変えられると言いますが……まだ一度も成功していませんわ)
BT兵器の到達点ともいえる射撃技術こそが
しかし、セシリアは適性Aを叩きだしているにも拘らずまだ一度も成し遂げていない。
(一夏さんに追いつくためにはこれが必須)
夏休みの一カ月で異常なまでの進化を遂げた彼に追いつきたい―――そんな想いを叶えるためにもなんとしてでも成功させる必要がある。
今の実力ではお荷物にしかならないという考えが彼女に暗雲を立ち込めさせている。
周りを見渡せば全員がオンリーワンの光る要素を持っている。
一夏は言わずもがな異常なまでの成長とエネルギーを切り裂く力、箒には第四世代型ISのスペック、鈴には燃費と安定性。
シャルロットは豊富な装備と高速切替による高度な戦闘技術、そしてラウラにはAICと軍の隊長を務めあげるほどの高い実力。
対して自分は、と考えた時に何も出てこなかった。
(私はただレーザーを撃っているだけ……)
このまま伸びしろなしと国に判断されれば今の待遇も無くなってしまう。そうなれば本国への帰還を命じられることになるかもしれない。
そうなれば彼の傍にいることが出来ない。
それだけは何としてでも避けたい―――どのような形であれ彼の傍には居続けたい。
(焦ってはいけませんわ……わたくしは誇り高きオルコット家の当主であり、イギリス代表候補生……必ずや手にしてみせますわ)
この土日でいっぱい書き溜めるぞー!