Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

7 / 198
第五話

 週が明けた月曜日のお昼、1時。俺は第三アリーナのAピットにいた。

 今日からクラス対抗戦1週間前ということで授業は午前中までとなり、午後からは対抗戦の準備ということになっている。

 とはいっても準備をするのはクラス代表くらいであり、他の生徒達、特に上級生たちは山積みの課題や代表候補としての仕事をこなすらしい。

 対して一年生はまだ実演授業も始まっていないのでクラス総出で代表のお手伝い、もしくは自主学習らしい。

 そんな日であるにもかかわらず観客席を映すモニターは超満員の様子を映し出していた。

 

「凄い注目度ですね~。2組や3組はもちろん、上級生も見に来てますよ~」

「男性操縦者の実力を見に来た2割、残りはお祭り騒ぎの気分に酔っているだけだろう」

 

 千冬姉の言う通り大概の生徒は友人とくっちゃべりながらまるで映画が始まるのを今か今かと待ち侘びる幼い子供のようにはしゃいでいる。

 

「一夏」

「ん?」

「噂によると生徒会長も視察に来ているらしいぞ」

「……なんでまた」

「知らないのか……IS学園の生徒会長は学園最強を意味しているんだ」

 

 要するにそれだけ俺は注目を浴びているという事か。

 

「じゃあ、余計に無様な戦いは出来ないな……よし!」

「気合十分ですね織斑君!」

「もちろん! やってやるぞー」

「気合十分なのは良いがいつまで制服のままでいるつもりだ?」

「へ?」

 

 千冬姉にそんなことを聞かれ、俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。

 千冬姉は瞬時に理解したのか呆れを通り越して眉間にしわを寄せて怒りをあらわにし、山田先生と箒は互いに目を合わせて「まさか……ねぇ?」みたいな雰囲気を出している。

 

「制服のまま……じゃないんですぐぼぇぁ!?」

 

 俺が言い切るよりも前に握りこぶしが俺の頭頂部に叩き落され、頭の先から足の先まで一瞬にして衝撃が二往復もした―――二往復など初めての経験。

 

「バカ者が」

「え、え、え、えー!? 織斑君まさかISスーツに着替えていないんですか!?」

「バカ者! あれ程準備をしろといったではないか!」

「そ、そんな怒るなよ……俺、初めて動かした時も制服だったからてっきり服のままかと」

「バ、バカ者―!」

 

 激高した箒が俺の両肩を掴んで前後左右に大きく揺らす。お蔭で視界が今まで見たことがないくらいにありとあらゆる方向に揺れ動く。

 まるでジェットコースターに乗っている気分だ。

 

「ISを動かす際は専用のISスーツを着るのが常識なのだ!」

「ほ、箒さーん! ゆ、揺らしすぎ」

「ISスーツを着なければ筋肉の電気信号の伝達が僅かに遅れるのだ! ISの戦闘ではこの僅かな遅れが命取りになるというのに貴様という男はー!」

「ご、ごめんって! ごめんってば箒!」

「ま、まぁスーツじゃないとISが動かせないわけじゃありませんし」

 

 山田先生になだめられ、ようやく両肩を離してくれた箒だがふしゅー、と蒸気機関のような音を出す。

 

「スーツもスーツだが専用機はいったいどこにあるのだ」

「さ、さあ? それは俺に聞かれても」

「大丈夫ですよ! 織斑君の専用機は既に手配済みです! ではオープン!」

 

 山田先生がカチリとボタンを押した瞬間、ゴゴン! と重音が鳴り響き、防壁扉がゆっくりと左右に開き始める―――開かれた先には俺の専用機が

 

「な、ない!? あ、あれ!? あれあれあれ!?」

 

 なかった。扉を間違えたのかとも思ったが山田先生のあの慌てようから察するに扉はあっており、予定ではそこに俺の専用機となるISがあるはずだった。

 

「もしもーし! 専用機さーん! どこですかー!」

 

 しかし、無い物はない。

 山田先生は慌てふためきオロオロとしており、防壁扉の中に入ってISを探すほど取り乱しているが千冬姉は驚くほど冷静だ。眉一つ動かしていない。

 どうやらあの人にとってはこんな不測の事態も想定内、らしい。

 

「ど、どうしましょー! 先輩!」

 

 いつもの先生呼びが崩れるほど慌てふためいている山田先生は半泣きになりながら千冬姉に縋りつく。

 

「慌てるな、山田先生……まずは倉持技研からの搬入スケジュールを確認するんだ」

「は、はい!」

 

 指示通りに山田先生はタブレットにビックリするくらいの速度で指を走らせる。

 

「あ、合ってます! 時間も届け日もちゃんと合ってますぅ~! 事務からの受領も確認できました!」

「ふむ……織斑、非常事態だ。訓練機で模擬戦を」

 

 その時、千冬姉の言葉が止まった―――そして何故か視線は俺の足元へと注がれている。

 俺も箒も山田先生も千冬姉の視線の先へと目を動かす。

 

「「「う、うさぎ?」」」

 

 何と俺の足元にどこから入り込んできたのか一匹の真っ白なウサギがいたのだ。ウサギは耳をひょこひょこと動かし、周囲を見渡している。

 刹那、俺の足の間を凄まじい勢いのヒールが踏み抜いていく。

 

「うぉぁ!?」

「お、織斑先生!?」

 

 突然のことに山田先生は驚きを隠せないでいたが種類が違う。軽快なフットワークでウサギは千冬姉のヒールの一撃を回避するとタタタッ! と音が聞こえるような軽快なステップで床を走る。

 俺達の足元を駆け抜けていくや否や千冬姉もそれを追いかける―――しかし、あまりのすばしっこさに千冬姉の一撃はウサギを捉えない。

 やがてウサギはアリーナの制御パネルにピョンと飛び乗るとその短い手を素早く動かし、操作を行う。

 

「そうはさせん」

 

 冷たくて低い声音の声が響くとともにウサギ目がけて腕が伸ばされるがぴょんと飛び跳ね、千冬姉の頭を踏み台にして飛び越えると今度はもう一つの防壁扉へ向かう。

 そして扉の前で止まると自慢のジャンプ力で飛び上がり、開閉スイッチを押した。

 再び、ゴゴン! という重い音とともに扉が左右に開かれていく。

 

「なっ」

「あー! ありましたよ! ありましたよ、織斑君の専用機! 『白式』です!」

「こ、これが俺の」

 

 開かれた扉の先には俺の専用機となるISが鎮座していた。

 その身は白く、飾り気のない無の色。だが眩しいほどの純白を纏ったISが、その装甲を解放して主人たる俺を待ち続けていた。

 その時、視界の端にキョロキョロと辺りを見渡す箒と千冬姉の姿が見えた。

 

「どうしたんだ? 二人とも」

「あ、い、いや……ウサギの姿が見えなくてな……ほ、ほら。もしかしたら誰かが黙って飼っていたペットかもしれない。それにウサギ特有の病気を持っているかもしれないし」

「篠ノ乃の言うとおりだ……まったく、学園内はペット禁止のはずだ……一度、抜き打ち検査をしなければいけないようだな」

 

 極めて冷静に落ち着いて喋っている二人だがその表情は焦りと驚きを隠しきれていない。

 

「とにかく時間がないので織斑君! ちゃちゃっと白式を装備してください!」

「あ、はい!」

「ま、待つのだ一夏!」

「ん?」

 

 白式に乗り込もうとする俺の肩を箒がガシッとビックリするほどの力で掴み、俺の身体を後ろへクルリと向ける。

 

「う、ウサギがいるというアクシデントがあった以上、模擬戦は止めておいた方がいい……かもしれない」

「ど、どうしたんだよ箒……何をそんなに焦ってるんだ?」

「い、いや……そのだな……その……えっと」

 

 箒らしからずその目は泳ぎまくっており、平常心などどこにもない。

 

「篠ノ乃のいうように模擬戦は中止、もしくは延期だ」

「お、織斑先生まで……どうかされたんですか?」

「別にどうもない……どうもしていない」

「延期にすると……もうクラス対抗戦までアリーナは予約でいっぱいですねー」

「二人とも大丈夫だって。ウサギが一匹出たくらい」

「そのウサギが大変なのだぞ、一夏。とにかくここは先生……織斑先生の指示を仰ごう」

 

 箒のこの慌てようも気になるけど今の言い直しも違和感がある。『先生に聞こう』ならわかるが何故、わざわざ千冬姉に指示を仰ぐようにって言い直したのか―――裏に何か隠していることがある様にしか思えない。

 

『こちら第三アリーナBピットです』

 

 その時、Aピット内に向こうからの内線による音声が響き渡る。よく見ると既に開始時刻の5分前となっており、未だに相手が出てこないセシリアのイラついた顔。

 そして観客の不思議そうな表情がモニターでよく見えた。

 

『開始時刻5分前ですがそちらの準備は如何ですか?』

「こちらAピットの山田です! すぐに織斑君を出しますー」

 

 千冬姉が動き出すよりも前に近くにいた山田先生が相手に返答した。

 

「さ、織斑君急いで急いで」

「え、あ、はい」

「ま、待て一夏! ここは様子を」

「箒!」

「っっ!」

「行ってくる!」

「ッッ! ……あぁ、行って来い!」

 

 さっきまで不安の色で染まっていた箒の顔が一気に明るいものに変わり、いつもの箒の笑顔が見えた。

 その表情に一安心した俺は装甲を開いて待っているISに背中を預けると受け止められるような感覚の後、俺の体に合わせて装甲が閉じていく。

 かしゅっ、かしゅっという空気を抜く音が聞こえる。

 ハイパーセンサが起動し、知覚範囲が拡大され、外でイライラ待ち続けているセシリアの姿を感知する。

 ――――――戦闘IS確認。機体名『ブルー・ティアーズ』。戦闘型は中距離射撃型。特殊兵装あり。

 

「よし……」

 

 俺はピット・ゲートへと向かう。かすかに体を傾けることで白式がふわりと浮き、前へと進む。

 

「ふぅー……」

「織斑」

「はい」

「フィッティングとフォーマットは実戦で済ませろ」

 

 聞き覚えのある単語が並べられるがそれよりも千冬姉の表情、そして声色が気になった。

 表情はどこか暗い―――ピット内が暗いだけじゃなくて千冬姉の表情は落ち込んでいるというか絶望一歩手前ともいえるくらいに暗い。

 声もいつもよりも小さい。白式のセンサーが無ければ聞き逃すんじゃないかというくらいに小さい。

 

「……千冬姉」

「先生だ……」

 

 気のせいだろうか―――白式が俺に伝えてくる千冬姉の状態を見て俺は何ともいえない感情になる。

 視線を落とし、髪の毛が目にかかっていることで表情全体は見えないがその表情は―――

 

「行ってきます」

「……あぁ」

 

 そう、短く答える千冬姉を背に俺は開かれたピット・ゲートを飛び出していった。

 

――――――☆――――――

「……織斑先生」

「……お前は良かったのか、篠ノ乃」

 

 真耶がせっせとアリーナの設定を模擬戦用に変更している後ろで箒と千冬は小さく呟く。

 

「この一件には確実にあいつが関わっている」

 

 きっと二人の脳裏には先程のウサギが過ぎるとともに一人の人物の顔が浮かんでいるだろう。

 

「何が起きるか分からんぞ。この先……お前ならばわかるだろう」

「……正直に言えば止めたかったです……でも一夏なら……なんとかする……そう思いました」

「……私のやるべきことは何も変わらない」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。