後ろにいたのはスーツ姿にロングヘア―の女性で俺が振り返るのを見るや否や即座に名刺を取り出し、俺に手渡してくる。
あまりに自然な流れに俺はその人の名刺を受け取ってしまう。
その名刺にはIS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当、巻紙礼子と書かれており、それを見て俺は思わず身を引いてしまう。
「ぜひ織斑様に我が社開発の装備を使っていただきたいと思っておりまして」
世界で唯一の男性操縦者に使ってもらえば凄まじい宣伝効果を生みだすらしく、度々面談希望が千冬姉のもとに来ると聞いたことがある。
ただ、そういったものは全て千冬姉の方で弾いてもらっている状況。
なんせ俺の白式は後付装備を持たせるほどの寛容さは持ち合わせていないし、そもそも論として雪片弐型を持っている時点で拡張領域がカツカツなのだ。
(というか千冬姉を通してないのかな)
「あの、申し訳ないですけど織斑先生を通されましたか?」
「いえ! 我が社の熱意を伝えるために飛び込み営業をしております!」
そもそもIS学園はそう言った飛び込み営業を禁止しているし、第一そんなことを目的に今日の学園祭に入場出来ている方が怪しい。
考えれば考えるほど怪しい部分が見えてきてしまう。
「すみませんが織斑先生を通してください。それと営業はお断りします」
「そこを! そこをなんとか!」
「っっ!」
女性が俺の手を掴んだ瞬間、嫌な生暖かさを感じてしまい、思わず手を勢いよく引っ込めてしまう。
慌てて手を見てみるが何かで汚れているということはなく、相手の手も綺麗なはずなんだが未だに何か不快なものを触れた感覚がして仕方がない。
(な、なんだ今の感覚……)
「そ、そういうことなんで!」
相手が驚いている隙に全力ダッシュして女性から離れる。
曲がり際にチラッと後ろを振り返るが女性は追いかけるそぶりを見せず、何やらどこかに連絡をしているようで手にスマホを持っている。
ある程度離れたところで呼吸を整えながら手をもう一度見てみる。
「……何もないよな」
思い出したくはないがもう一度、あの時の感覚を思い出す。
女性に触れられた瞬間、感じたあの感触は何か少しぬめりがある液体を触っているような感触に似ていて嫌悪感が未だにぬぐえない。
「ねえねえ! もうすぐスペシャルイベントの時間だよ!」
「楽しみだよね!」
その時、俺のすぐそばを通り過ぎた参加者の女子中学生たちがそんなことを話しながら近くの教室へと駆けこんでいくのが見えた。
配られているスケジュール表ではそんなスペシャルイベントなんて予定されていない。
「おーい、一夏!」
後ろを振り返るとそこにいたのは俺の友人である五反田弾がいた。
生徒一人につき一枚配布できる招待状で俺が招待したのはもちろん弾。
「お、来てたのか」
「いや~、女の園は良いなぁ……というかお前のその格好なんだよ」
「言うなそれを……で、変なことしてないよな」
「当たり前だろ! お前の顔に泥を塗る奴がどこに居るよ!」
「ならいいけど」
しかし、先程からキョロキョロと目を輝かせて周囲の学園生徒を眺める様子は不審者にしか見えず、正直距離を置きたい気分である。
ただ、中学時代は女の話など全くなかったこいつにとってみれば女子しかいないここは楽園なんだろう。
なんせ招待券を渡すや否や涙を流しながら俺に土下座の勢いでお礼を叫んだくらいだ。
「誰か可愛い女性を俺に紹介してくれ」
「いや、可愛いって言っても……なぁ」
そんなことを考えていると前方からファイルを片手に巡回にあたっている虚先輩がやってくる。
その時、隣から何かを撃ち抜くような変な音が聞こえた気がして横を見ると弾が両目を大きく開き、完全に固まってしまっている。
「弾? おーい、弾さ~ん。お~い」
顔の前で手を振ったり、腰まである長い髪の毛をグイグイと引っ張ってみるが何の反応も示さない。
「へ?」
その時、ガチャンと何かを落とした音が聞こえ、音のする方向を向くと虚さんの手からファイルが落ちており、彼女の顔を見ると弾と全く同じ顔をしていた。
目を開き、完全に停止してしまっている。
「虚さん? 虚さ~ん」
落ちたファイルを彼女の手に渡そうとするが手に力が入っていない。
そして気のせいだろうか、弾と虚さんの間を何か桃色の空気が漂っているような気がしなくもなく、試しに弾の手を取って距離を近づけてみると途端に二人は顔を逸らす。
「「お、お名前は」」
なんと最初の一言目が全く同じであり、二人とも恥ずかしそうに顔を赤くする。
「お、俺は五反田弾といいます……一夏の友達やらせてもらってます」
(友達やってるってなんだよ)
「わ、私は布仏虚と申します……織斑君の先輩をさせていただいております」
(先輩ってさせてもらえるものなのか?)
「「……」」
(え? 何、この沈黙)
「きょ、今日は良い天気ですね」
「そ、そうですね……お、お日柄も良く」
さてどうしたものかと悩んでいるその時、先輩は自分の仕事を思い出したのか慌てたように去ろうとする―――しかし、何と弾が虚さんの手を取った。
その瞬間、俺の脳内に大分前にはやったラブソングが響き始める。
「あ、あの! 連絡先を交換しませんか!」
「……は、はい」
虚さんは押しに弱いらしく、弾が少しだけ歩み寄っただけでスマホを取り出して連絡先を交換してしまい、その交換作業も緊張しているからか二人とも手が震えている。
「じゃ、じゃあまた送ります!」
弾が手を振ると虚さんはファイルで顔を隠しながらパタパタとどこかへと走り去ってしまった。
スマホをギュッと握りしめたままの弾は虚さんの背中が見えなくなるまでずっと目で追いかけており、試しにお尻を蹴ってみるが何の反応も示さない。
「か、可愛いな~」
「……お、おう」
「俺、もう満足だ」
「え、えぇ!? この後周るんじゃないのか?」
「いいや……俺はもう満たされたよ……一夏、お前のお陰だ」
そう言い、俺の手を握って深々と頭を下げると弾はそのままゆるふわな空気を醸し出したまま出口に向かって歩いていく。
何が起きているのか理解できていないのは俺だけのようだ。
「だ、大丈夫かあいつ」
そんなことを呟いたその時、放送を告げるアナウンスが学園に鳴り響く。
『ご来場の皆様、長らくお待たせいたしました』
「……生徒会長」
放送から聞こえてきた声はあの生徒会長のものでその声を聞いた瞬間から嫌な予感がする。
『ただ今よりIS学園文化祭スペシャルイベントを開催いたします。なお、ただいまより廊下は戦場となりますので一般来場者は生徒の案内に従い、教室に入室ください』
その案内の直後、参加者たちは近くの教室へと入っていき、オロオロとしている人には優しく上級生が寄り添い、近くの教室へと入れていく。
そんなことよりも生徒会長の言葉に不穏な内容が入り混じっていた。
「廊下が戦場……」
思い出すのは学園祭特別ルール。
俺に一撃を入れたクラブに強制入部させるルールは学園祭当日である今日も有効ではあるが一般参加者の目もある前なので流石に無いだろうと踏んでいた。
実際に現時点で襲撃は一度もない。
『それではただいまよりスペシャルイベント、各部活代表VS織斑一夏を開催いたします!』
その瞬間、あちこちの教室から大歓声が響き渡る。
『なお、護衛担当の生徒会長はただ今手が離せないため、護衛はありません。来年受験を希望する中学生の方、そして企業の方々。IS学園の存在目的をご覧ください。では……始め!』
「覚悟ォォォッ!」
「っっ!」
曲がり角から突然現れた防具に竹刀と完全剣道部スタイルの女子が咆哮をげながら突きを繰り出してくる。
突きを体を捩って回避した瞬間、階段の上に袴に弓を構えた上級生の姿が見え、その場から飛び退くと勢いよく矢が放たれてポップまみれの看板を貫通する。
「邪魔するんじゃないわよ弓道部!」
「そっちこそ邪魔しなかったら私たちの矢があたってたのに!」
(今のうちに)
「っっ!」
その時、空気を裂く音が聞こえたので反射的に屈んで姿勢を低くした瞬間、俺の頭上をさすまたが通過していき、そのまま剣道部と衝突する。
「くっ! もう少しで防犯部のものになったのに!」
防犯部などという訳の分からない部活があったことにも驚きだがそれよりも敵となる人数が増えてしまい、内心焦り始めている。
俺の脳内にはさっきから生徒会長の声が反復している。
(俺にはできない)
「ていやぁぁ!」
再びさすまたが突き出されるがそれを片手でつかみ取り、こちらへと勢い良く引っ張ると防犯部の上級生が前につんのめる。
そこに強烈な足払いをかけ、相手を床に倒れさせると同時にさすまたを持ち、相手が竹刀を振り上げた瞬間に喉元目がけて輪っかの部分を叩きつける。
「ぐぇ!」
「受けてみなさい!」
その人声で矢が飛んでくるのを察知し、前方に飛び込むと同時に竹刀を握りしめ、階段から俺を見下ろしてくる弓道部の先輩と対峙する。
相手は既に矢の準備を終えており、俺に矢先を向けている。
「矢の速さ……舐めないで!」
その瞬間、矢が放たれる―――俺からすれば鈴の衝撃砲と比べれば目に見える矢の進む方向がはっきりと分かるので避けやすい。
立ち位置を少し、矢の方向から逸らすとスレスレのところを通過していく。
同時に竹刀を全力で相手の腹部目がけて投げつけると竹刀の先端が相手の腹部に鈍い音を立てながら直撃し、上級生の口から空気が漏れる音がする。
「これで終わ―――」
後ろから殺気を感じた俺は振り返りつつも体をくの字に曲げるとスタンガンがギリギリのところでバチバチッ! と電流を迸らせる。
「ちょっと大人しくしてたらいい気になってさぁ」
突然の豹変ぶりに俺は驚きを隠せないでいた。
防犯部の上級生はスタンガンから電流を迸らせながら心底、鬱陶しそうな表情を浮かべ、そして見覚えのある芽で俺を見てくる。
その目は幾度となく見てきた―――男を下に見ている目だ。
クラスメイトが優しい子ばかりだから忘れていたが今のご時世、風潮的には男は使えない役立たずだ。
IS学園はそんな風潮を作った原因であるIS操縦者を育成する場所であり、そんな風潮をもろに受けている女性が集まる場所だ。
風潮に染まりきっている女子がいてもおかしくない。
「あんた男の癖になに張り切ってんの? 男は女の言う子と聞いてればそれでいいのよ!」
スタンガンが勢いよく突き出され、俺は上級生の手をいなすことでスタンガンの軌道を逸らす。
もう防犯部どころか喧嘩部と改名した方がいいんじゃないかと思うほどの殺意だ。
そしてそんな殺意を受けていると俺の脳裏に再び生徒会長の言葉が木霊する。
(あの二人は負けを認めてくれた……でもこの人は)
スタンガンを突き出す腕をひたすらいなし続けるが相手は諦めるそぶりを見せないし、何より男性憎しの姿勢を変えない。
久しぶりにまともな侮蔑や差別といった負の感情を感じ、徐々に生徒会長の言葉が大きくなっていく。
(この人は……とどめを刺さないと止まらないのか)
そんな考えが頭に浮かびがるがすぐさまそれを押し込む。
その時、上級生の手が制服のポケットへと伸び、少しだけ姿を見せる―――それはナイフの持ち手にも似た形状をしていた。
「っっ!」
「ぇ」
スタンガンの突き出しを体を後ろへと半回転させることで回避し、その勢いのまま相手の背中へと回りこみ、膝裏を蹴り崩すことで膝を突かせ、後頭部に膝蹴りを加える。
ゴンッ! という鈍い音とともに上級生は後頭部を抑えて廊下に倒れ込む。
「しまっ―――」
ナイフを見て反射的に体が動いてしまい、キャンプで学んだ制圧術をしてしまった。
痛みに悶えている彼女のもとに近寄ろうとしたその時、床に転がっているものが目に入る。
「っっ……ナイフじゃ……ない」
俺がナイフだと勘違いしたものは警棒のような対暴漢用の警棒だった。
未だに痛みに悶えている相手を見て俺の頭には俺の行動を肯定する考えと行動を糾弾する二つの考えが出てきて頭がぐちゃぐちゃになる。
「いたわ! 織斑君よ!」
そんな声が聞こえ、震える手を押さえつけながら俺はその場から立ち去った。
――――――☆――――――
「いいじゃない……そうよ、織斑君。自分の命を守るにはそうするしかないの……そうすれば遠回しにお姉さんを守り、そしてあなた自身を守るのよ」
生徒会室で監視カメラの様子を見ながら楯無はそう呟く。
「これで過激派も当分、行動を控えるでしょう……あとは」
楯無がもう一つの監視カメラの映像に視線を移すと走り去る一夏の後を物陰に隠れながら気づかれないように追いかけるスーツ姿の女性が映っていた。