電話の向こうから聞こえてくる声音は怒っている様子でもあり、心配している様子でもあった。
『時間になっても集合場所には来ていないと聞いてな……妙なことに首を突っ込んでいるな?』
「……」
『一夏。私はISに関して以前のように縛るつもりはない。お前の考えのもと行動すればいい……だがそれ以外のことに関しては別だ……今すぐ戻ってこい』
その意味は今すぐ集合場所に戻って来いという意味と今すぐ日常の生活に戻ってこいの二つの意味が込められていることはすぐに分かった。
千冬姉はもう気付いているんだ―――俺が普通じゃないことに首を突っ込んでいることを。
「ごめん……千冬姉。でも俺……みんなを守りたいんだ。亡国機業なんかにみんなの努力を……この日のために費やしてきた時間を無駄にしたくないんだ」
『お前の頑張りはどうなる』
「……俺はみんなとは違って国の期待とか威信を背負ってないからさ」
『国ではなくともお前に期待を寄せている人間はいる。一夏、裏の仕事は裏の人間に任せるんだ。一度でも裏に関わればお前は……戻って来れなくなる』
「……」
『戻ってこい、一夏。まだ間に合う』
「ありがとう……あとでいっぱい怒られるから……ごめん」
その後も千冬姉の言葉が聞こえた気がしたけど俺はそれを無視して通話を切った。
人々の歓声のレベルが再び上がり、フィールドを見ると箒達専用機組の面々が誘導のもとスタートラインに向かっていた。
「急がないと」
俺は最後の爆弾を見つけるべく、走り始めた。
――――――☆――――――
「えっと……Fの45……Fの45」
一夏から貰った電子チケットをスマホと座席を交互に見ながら確認していた少女―――五反田蘭は凄まじい数の観客に若干、圧倒されていた。
今日のこの日のために全ての予定をキャンセルし、食堂の手伝いも無理を言って兄に交代してもらい、服装や髪形など完璧に準備してきた。
しかし、彼女にとって唯一の誤算は電車が大幅に遅延したこと。
「せっかく一夏さんがチケットをくれたのに電車が遅れるなんて……でも間に合った」
ようやく自分の座席を見つけ、そこに座って今一度周囲を見渡すと人、人、人と凄まじい数の人、そして大歓声に若干、押されつつあった。
流石はIS関連のイベントだと思うと同時に来年はこの大舞台に自分も立つのだと思うと入学前だというのに緊張してくる。
「凄い人よね」
「……」
「貴方もそう思わない?」
「え?」
隣の女性の独り言だと思っていたが自分に話しかけられているので隣を見ると胸元を大きく開いた豪華な赤いスーツを身に纏い、シャープなサングラスを付けた金髪の女性がいた。
年は二十代後半だろうか、若い女性はジッと蘭の方を見つめる。
(綺麗な人……)
「人いっぱいで息が詰まっちゃいそうだわ」
「そ、そうですね……」
「ところであなたは誰に注目しているの?」
「あ、えっと……織斑一夏さんを」
「そう……だ、そうよ」
金髪の女性の視線が蘭の後ろへと向けられると同時にこめかみにひんやりとした冷たい金属質が押し付けられ、蘭は言い表せない恐怖が込み上げてくる。
恐怖におびえ、動けないでいると腰回りに何かを装着される。
「やり過ぎはダメよ、オータム」
「良いんだよ……エムにはきつーくお灸を据えてやらないとな……人を馬鹿にしたら痛い目を見るってな」
「はぁ……」
(一夏さんっっ!)
「一緒に行こうぜぇ……織斑一夏のところによ」
無理やり立たされ、観客を押しのけながら階段を下りていくと目の前に名を呼んだ少年の姿があった。
「織斑一夏ぁ~!」
――――――☆――――――
「織斑一夏ぁ~!」
観客の大歓声の中でもしっかりと聞こえた俺を呼ぶ声に反応し、振り返り、その先にある光景に俺は言葉を失うとともに怒りを滲ませる。
目の前には亡国機業のオータムが立っており、その手には拳銃が握られている―――その銃口の先には一人の少女が人質として捕まっている。
「い、一夏さん」
「オータムッッ!」
「ハハハッ! その顔いいねぇ!」
オータムが人質としているのは俺が招待した五反田蘭だった。
最悪の展開に俺はすぐさま飛びかかろうとするが蘭の腰回りに着けられている機械とオータムの手に握られている小型の装置が目に入り、その場に立ち止まる。
周囲の観客も目の前の異常事態に戸惑いを見せてはいるが誰もとめず、叫びも上げないので一種のイベントだと片付けているのか誰も動かない。
「その子は関係ない! 今すぐ離せ!」
「関係ない? 関係あるねぇ! お前の関係者だろ? だからここにいるんだろぉ?」
こめかみに銃口を突きつけらている蘭は目の涙を浮かべ、恐怖に体を震わせている。
俺が彼女に招待チケットを渡したがためにこんな危険な目に合わせてしまった―――俺の関係者だから蘭を巻き込んでしまった。
「オータム! 絶対に許さねぇ!」
「アハハハハッ! 良いねその殺意! 憎しみ! 何も出来ないまま目の前でお友達がバラバラになって死ぬ様子を大人しく見とけ!」
「やめっ―――」
オータムが邪悪な笑みを浮かべながら小型装置のスイッチを押した―――同時に爆音のような大歓声とスタートを示すサウンドがアリーナ内に木霊する。
スイッチが押された瞬間、蘭の腰回りに装着されている爆弾の画面にタイマーが表示され、3分間の時間の流れが刻々と刻まれていく。
「アハハハハッ! いきなり爆発すると思ったか!? お前の顔滑稽だったぜ!」
「っっっ! オータムッッ!」
「あと165秒でドカン、だ」
「お前もただじゃすまないぞ」
「だろうな。でも……お前にも味あわせてやりたかったんだよ。大切な人に見せられないくらいにグチャグチャな傷を負う苦しさをよ!」
まるで見せつけるようにして痛々しい火傷の跡を俺に見せつけてくるオータム。
残りタイマーは100秒を切っており、俺の頭の中でグルグルと色んな手が浮かんでは無理だと結論付け、消えていくを繰り返している。
「もうすぐここは地獄と化す……その合図がこいつだ」
スコールは勝ち誇った顔をしながら拳銃のセーフティーを解除する。
拳銃さえ無力化することが出来れば白式を部分展開して一気に距離を詰めてオータム自身も無力化できるが拳銃が蘭に向けられている以上、動くことが出来ない。
「あと40秒……地獄はすぐそこだぜ」
(どうすれば……)
「あ?」
その時、俺達のすぐ傍に雫が一つ落ちる。
ここは屋内で雨が降ることなどあり得ない―――そんな表情でオータムは周囲を見渡しているが俺はすぐさまこの水の正体に気付く。
やがて雫は落ちる数を増やしながら俺達の間に降り注ぐ。
「ここは屋内だぞ……な、なんだあれは」
オータムが視線を上に上げるとそこには水の球体が一つ、フワフワと浮かんでいる―――直後、球体が弾けるや否や水の刃が放たれ、オータムの拳銃を真っ二つに切り裂いた。
「なっ!?」
「うぉぉっっ!」
「っっ!」
両足のみ白式を部分展開し、脚部スラスターを使用して一気に距離を詰めるとオータムの顔面めがけて拳を突き出す―――彼女は大袈裟なほどに顔を庇いながら蘭を突き飛ばす。
残りタイマーは15秒。
蘭の腰部から爆弾を取り外すや否や白式からIS反応が示されると同時に反応の主が表示される。
表示されたのは専用機を展開した楯無さん。
「お願いします!」
全力で爆弾を真上へと放り投げた瞬間、スラスターを使用して楯無さんが飛び上がり、マントのように構成されていた水のヴェールで爆弾を包み込むようにして覆い隠す。
直後、水のヴェールごとランスが爆弾を貫き、完全に爆弾を無力化した。
「一夏さん!」
「っと」
目に涙をためた蘭が俺に胸に飛び込んできたのでそれを優しく受け止める―――両肩を震わせ、俺の胸で泣き始める蘭の頭を優しく撫でてやる。
「ごめんな……俺のせいで怖い目に合わせて」
「怖かったです……でも一夏さんが助けてくれました」
「織斑一夏ぁぁ!」
蘭を後ろへと下げ、突き出されたオータムの拳を手で受け止める。
周囲の観客は変な人を見ているかのような目で俺達を見てくるがまだ動こうとしない。
「諦めろ……お前たちの計画は失敗したんだ」
「だったら今ここで殺してやるよ!」
オータムの蹴りが俺の顔面めがけて側面から放たれるがそれを片腕で受け止め、相手の胸部に掌打をぶつけるとくぐもったえずきをあげながらオータムが後ろへと下がる。
その隙に相手に足払いをかける―――しかし、相手は軽く跳躍し、俺の足払いをかわし、ニヤリと口角をあげるがすぐに表情を変える。
俺は一歩踏み出すと同時にまっすぐ蹴りを放つ。
「うぉ!?」
腕を交差させて蹴りを受け止めはするが空中のために姿勢を崩し、背中から落ちる。
その隙にオータムを組み敷き、拘束する。
「諦めろ、オータム……お前の負けだっ!」
「甘ぇんだよ……誰が爆弾はあれで最後だって言ったよ」
そう言いながらオータムは見せつけるように手に握った小型装置を俺の目の前で握りしめる。
「っっ!」
「地獄の始まりだぁぁ!」
オータムの邪悪な叫びと共に小型装置のスイッチが押される―――次の瞬間、アリーナの天井部分で断続的な爆発が発生し、アリーナの天井に大きな穴が開く。
直後、爆煙を切り裂くようにして青色のレーザーが幾本もフィールドに降り注ぐ。
「みんなっ! っおいっ!」
フィールドを駆け巡っていたであろうみんなの方へ視線を向けると同時に組み敷いていたはずのオータムがスルリと拘束から逃れ、悲鳴をあげながら逃げまどう観客の中へと消えていく。
突然の緊急事態に観客たちは大混乱に陥り、我先にと出口へと殺到する。
「あれが……セシリアの言っていたサイレント・ゼフィルス」
蝶に似たシルエットを持つISはセシリアを超える六基のビットを巧みに操作しながらアリーナの周囲にレーザーを放っていき、破壊活動を行う。
レーザー攻撃は一直線に進む物もあればシャルやラウラたちを阻むように進行方向を変えるものもる。
「俺もそっちに行く」
白式を完全展開し、雪片弐型をその手に収め、バリアを切り裂くと同時にフィールドへと降り立った。
――――――☆――――――
「ちょっと注目度合いは低くなっちゃったかしら」
直後、サングラスを投げ捨てたスコールは腕部装甲を部分展開し、放たれた蛇腹剣の一撃を受け止める。
「最悪の結末は防げたわ。被害者ゼロ……そして亡国機業が持つ全てのISの破壊よ」
「あら、そううまく行くかしら。私もエムもそこらの専用機持ちよりかは強いけど」
「一つ聞かせて……貴方たちはどうやってこの会場に入ったのかしら。貴方ならともかくオータムまで会場入りしているのは甚だ疑問だわ」
「あら、そう? 何もおかしいことはないわ……私たちは立派なお客さんだもの」
楯無が手を振るったと同時に水のヴェールが刃となってスコールに襲い掛かるがその身を翻し、まるでステップを刻むように軽やかに後ろへと下がりながら水の刃を避けていく。
同時にスコールも手を振るうと前方にいくつもの火球が生み出され、水の刃とぶつかり合うと周囲に水蒸気が発生し、二人を包み込む。
「
「それは前の名前。今はミステリアス・レイディよ」
「そう……生徒の身でありながら自由国籍権を持つ天才で今はロシア代表だって聞いたけど……そんなにね」
「あら、そう?」
「まぁ、あなたとここでドンパチするつもりはないの。後は若い人たちで楽しみなさい」
水蒸気に身を隠しながらスコールの言葉は徐々に遠ざかっていき、やがては完全に聞こえなくなり、周囲を探索するがISの反応は見られない。
「はぁ……生徒会長としては失格ね。でも内通者の尻尾は掴んだわ……あとは頼んだわよ、一夏君」
生徒会長としての責務を全うするべく、楯無はその場を後にした。