第八十八話
「織斑君、篠乃ノさん。こんにちわ~」
ある日の休み時間、俺たちの教室に珍しい上級生のお客さんがやってきた。
その人は新聞部の黛薫子先輩でどうやら今日は取材や撮影などの用事ではないらしく、その手にはカメラやメモ帳などの道具がない。
「どうしたんですか?」
「二人にお願いがあってね~」
「私たちにですか?」
「うん。実はね、私の姉が出版社で働いているんだけど専用機持ちとしての二人を独占取材させてほしいって言ってるの。あ、取材雑誌はこういう雑誌なの」
そういわれて俺たちの前に置かれたのはティーンエイジャー向けのモデル雑誌だが俺も箒もいまいちに合点がいかずに疑問符が浮かぶ。
専用機持ちとして取材をするのにこういうモデル雑誌での取材なんだろうか。
「あれ? その感じ、もしかしてこういうお仕事初めて?」
「ま、まぁ」
「そっか~。ごめんごめん。実はね、代表候補生って国の代表だからこういったアイドル的側面のお仕事もしたりすることがあるのよ」
基本、専用機持ちは代表候補生しかいないので大体の専用機持ちの生徒には取材が終わっており、完全にイレギュラーな俺たちに仕事が回ってきたということか。
そういえば前にセシリアもこんな仕事をしていると聞いたことがあって写真を見せてもらったことがある。
奇麗なドレスを着こなしていたと思う。
そしてセシリアのことを考えるとこの前の告白を思い出してしまい、妙に恥ずかしくなる。
あれ以降、セシリアは至極普通に接してくれているが俺のほうは若干、いつも通りとは行けていない。
「なになに? 取材の話?」
「鈴……お前もしたことあるのか?」
「もちろんあるわよ! 見てみる?」
「いや、いい」
「なんでよ! そう言わずに見なさいよ!」
と首根っこをつかまれながらスマホを見せつけられるとそこにはスーツを格好よく着こなし、決めポーズをとっている鈴が写っていた。
確かにこんな雰囲気の彼女を見るのはなかなかないのでかなり新鮮だ。
「どう!?」
「いつもと違う雰囲気だ……格好いい」
「でしょでしょ!? ちなみにこの前はね、こんなかわいい衣装着たのよ!」
そういいながら至近距離まで顔を近づけてくる鈴にドキドキしながら再び画面に視線をやると先ほどとは打って変わってひらひらのスカートを履き、オフショルダーの洋服を着た可愛い路線の鈴が写っている。
これはこれであり―――というかかなりかわいい。
「箒はどう…箒?」
箒に確認をと思いながらそちらを見ると何やら黛先輩に耳打ちされながらタブレット端末の画面を見せられており、画面が切り替わるたびに箒の顔がころころ変わる。
いったい何を吹き込まれているのかと不安に思っているとドスドス! と凄い足音を立てながら箒が俺のもとへとやってきて手を取ると無理やり立たせる。
「お、おう?」
「一緒に取材を受けよう!」
「は、はい?」
「これからのIS学園を担う代表として!」
「は、はぁ」
やけに箒の両目がどこかのアイドル張りにお星さまが刻まれて輝いている。
「決まりだね。姉には伝えておくからまた日にちと場所を連絡するね。じゃまたね~」
そういいながらひらひらと手を振り、黛さんは颯爽と一組を去っていった。
――――――☆――――――
『そう……雑誌の取材を』
「は~い。さっき新聞部の先輩が言っていました~」
『……本音ちゃん。気づかれないように二人の警護、お願いできる?』
「りょーかいで~す」
――――――☆――――――
「……」
「じー」
その日の放課後、俺は自習室で予復習を行っていたんだが俺の隣にはのほほんさんが居座っており、本を広げてはいるものの視線は俺に注がれている。
ちらっと視線をのほほんさんに向けるがいつのまにか彼女の視線は本へと落とされており、再び予復習に俺の意識を戻すとまたのほほんさんの視線を感じる。
(確かにこの前の襲撃から学園内でも警備を、っていう話をしていたけど……これは警備なのか?)
「なあ……のほほんさん」
「な~に~?」
「さっきから俺のこと、見てない?」
「うん~。見てるよ~」
だぼだぼの裾をものともせずに両手で大きな丸を作り、へへへっと笑顔を浮かべる。
そもそも学園外で警備をつけるのはわかるけど学園内で生徒会長直属の、しかも本職ともいえる家系の警備の人間をつける意味があるのだろうか?
文化祭のときに女尊男卑の思想に染まっている過激派がいるのは確認しているけどあれから何か動きを見せているかと言われたらNOだ。
「おりむ~、取材受けるんだってね~。頑張ってね~」
「お、おう……のほほんさんも来るんだよな?」
「え~? 私は行かないよ~」
嘘つけ、と言いたいところだがのほほんさんを突き詰めても真相を吐かせる自信はない。
その時、のほほんさんの視線が逸れ、ある方向をジーっと見ているので気になって俺もそちらへ視線を向けると青髪で眼鏡をかけた女の子が自習室に入室し、俺から離れた場所に座った。
(確か4組の……簪さんだったか?)
「かんちゃ~ん」
気の抜けそうなゆっくりとした声とともにだぼだぼの制服を揺らしながらのほほんさんが簪さんのもとへと向かっていった。
声を聴き、簪さんは視線を上げると俺とぱちりと目が合ってしまう。
とりあえず会釈だけでもと思ったがそれをするよりも早くに簪さんの視線が鋭くなり、俺へと突き刺す。
(あの視線の鋭さ……)
簪さんの視線の鋭さには覚えがあったし、彼女の目にあった感情の色にも見覚えがあった。
間違いなく彼女は俺に憎しみに近い感情を抱いているし、俺を完全に敵としてみなしている。
「かんちゃんも勉強~?」
「……いろいろ」
「そうなんだ~。かんちゃん、最近体調大丈夫~?」
「…大丈夫。本音に心配されるほど悪くはない」
のほほんさんと話している間だけ簪さんから先ほど感じた負の感情は見えない。
簪さんはのほほんさんのマシンガンのような質問をそこそこに返答しながら空中投影ディスプレイを起動し、データの羅列に視線を向ける。
(そういえば前に4組に行った時も……何か作ってるのか)
「それでね~、どか~んって爆発したの」
「そう……」
ただ作業をしながらのほほんさんの対応をしているためか徐々に返答も簡素なものになってきていて終いには一言だけの返答になってしまった。
のほほんさんを止めるべきか否かを悩んでいた時、自習室の扉が開いてもう一人、誰かが入ってきた。
「こんにちわ~」
「楯無さ―――」
楯無さんの名前を言った瞬間、ガタガタッ! と物音がしたかと思えば簪さんが急に立ち上がって荷物を全て片付けて足早に去ろうとする。
が、それを楯無さんが遮る。
「…退いて」
「簪ちゃん。少しだけ話を」
「…あなたと話すことなんて何もない」
「待って、簪ちゃん」
「離してっ!」
簪さんは大きな声を上げながら掴んできた楯無さんの手を強く叩き、弾くと自習室の扉を開け、そのまま扉を強く閉めると足早に自習室を後にした。
楯無さんは気づかないレベルで小さくため息をつくがそのまま俺のもとへと向かってくる。
「変なところ見られちゃったわね」
「そうですか? もしかして簪さんって」
「うん……あの子は更識簪……私の妹よ」
それを聞いて何となく簪さんが抱いている気持ちが分かった気がする。
姉の楯無さんは生徒会長を務め、IS学園最強の座を手に入れた学園屈指の実力者だし、学力でも学園トップと言っても過言ではない成績保持者だ。
簪さんはそんな楯無さんと自分を比較して自分の出来なさを呪ってるんだと思う。
俺もブリュンヒルデと呼ばれる千冬姉を姉にもっていろいろなことを言われてきたから簪さんの気持ちは十分にわかる。
「お察しの通り……姉妹関係は上手くいってないの。話しかけに行くと冷たくあしらわれちゃって」
「まあ、なんとなく気持ちはわかります……俺も盛大に喧嘩したことありますから」
「……そこで一つ、あなたにお願いがあるの」
「お願い、ですか」
「そう……簪ちゃんが日本代表候補生なのは知ってる?」
その問いに俺は首を縦に振る。
「実は……簪ちゃんにも専用機があるの……今はないけど」
「それってどういう」
「簪ちゃんの専用機の受け持ちは倉持技研」
「もしかして」
「一夏君が現れたから技術者が全部そっちに行っちゃて簪ちゃんの専用機は後回しになってるの。で、そんなときに私が自分で専用機を完成させちゃったから……余計に」
話をまとめると俺がISを動かしてしまったことで俺の専用機開発のほうに技術者が送られ、簪さんの専用機が未完成のまま放置状態。
それに加えて楯無さんが自分で専用機を完成―――
「専用機を自分で完成させたんですか!?」
「うん。出来ちゃった♪」
今まで脳内にまとめていた話が一気にはじけ飛んでしまった。
専用機を自分で完成させたなんて話、聞いたことがない。
(自分の姉がこんなに優秀ならそりゃ否が応でも比較されたりするよな)
「で、お願いっていうのは」
「簪ちゃんの専用機の完成をうまい具合に手伝ってほしいの。じゃないと……あの子、代表候補生の地位をはく奪されちゃうの」
「……は、はく奪?」
「今、あの子は自分で専用機を完成させようとしてるんだけど……倉持技研の協力も断ってるから企業の評価も低いし、これまでの行事もほとんど欠席してるから国からの評価が……ね」
代表候補生はいずれ国の顔としてIS操縦者になる選ばれた存在だ。
ただそんな代表候補生とて成績が芳しくなければ援助だって打ち切られるし、最悪の場合は代表候補生の話が白紙になることだってある。
代表候補生の地位を欲している人はたくさんいるわけだし。
「でも学年別トーナメントには参加してませんでしたか?」
「うん。あれも半ば無理やり私が参加させたの……ただ、それが気に食わなかったのか……あれっきりほとんど会話もできていない状態なの」
専用機持ちなのに専用機が完成していないという状況に加えて専用機持ちが汎用機を使ってトーナメントに参加しているとなれば周りからどんなことを言われるかなんて想像はたやすい。
それに簪さん本人のプライドもあるだろう。
「でも、俺で大丈夫ですか? 多分…というか確実に嫌われてますよ?」
「わかってる……でもこんなことを頼めるのはあなたしかいないの」
「お、俺しかいない?」
「そうよ。あなたは今まで色々な人と向き合って救って仲間にしてきた……都合のいい話かもしれないけど簪ちゃんのヒーローになってほしいの」
そういうと楯無さんは深々と俺に頭を下げる。
楯無さんが簪さんを心配する想いは本物だ。
だから年下の俺にこうやって頭まで下げている。
(ここまで言ってくれて頭まで下げられちゃ断るわけにはいかねえよな……楯無さんにはお世話にもなってるし)
「分かりました」
「ありがとう、一夏君」
「私もお手伝いするよ~」
「よーし。じゃあまずは簪さんの情報収集から行こう!」
「お~」
こうして簪さんの専用機を完成させるべく俺の戦いが始まった。