次の日から早速俺は行動を開始した。
いきなり話しかけに行けば夏休み前のときのように反発を受けることは必至なのでまずは情報収集から行うことにした。
そんなわけでお昼休みに俺は4組へと向かっていた。
むろん、普段であればみんなと一緒に食堂で食べているのだがのほほんさんに協力を仰ぎ、箒たちのひきつけをお願いしている。
今頃のほほんさんの独特な空気感に成すすべもなく、やられているだろう。
(ふむふむ……あれが簪さん)
4組の窓の端からこそっと中の様子をうかがうと相変わらず空間投影のディスプレイにデータを羅列している。
正直、俺にはのデータの羅列が何を意味しているのかは分からない。
多分、ISのスペックなんだろうけど。
(というかお昼ご飯食べないのかな)
机の上にはお昼ご飯らしきものは見当たらず、時折お腹を抑えては動きが止まっている。
俺はのほほんさんからもらったマル秘ノートをぺらぺらとめくると3ページ目に好きなものリストが書かれていたのでそれに目を通す。
ちなみにタイトルは『かんちゃんのウフフなノート』だ。
(ふむふむ。いつもは購買の焼きそばパンを食べているのか)
IS学園の焼きそばパンは中々に人気メニューだ。
特に食堂の混雑を嫌う人たちからすれば購買という存在は非常に大きく、ある程度の列が形成されているので売り切れが発生することも十分にあり得る。
今日はたまたまそれにあたってしまったのだろう。
(一応、購買の売り切れに備えて俺も用意してきたけど……腹が減っては戦はできぬ、だ)
「失礼します」
「あ、あれ!? 織斑君だー」
「一学期ぶりだね! どんなご用事?」
「あ、えっと……更識さんに」
そういうと全員がぎょっとしたような表情を浮かべ、顔を見合わせる。
もうクラスメイトのその様子だけで彼女がクラスでどのような立ち位置になっているのか把握できたし、クラスメイト達がどんな感情を抱いているのかも理解した。
「あの子に用なんてあるの?」
「ある。少なくとも俺には」
「でもあの子、喋らないし……」
「お姉さんが優秀だから私も優秀って鼻にかけてるんじゃない?」
それ以上の会話はごめんだと言わんばかりに彼女たちの間をすり抜け、簪さんのもとへ行こうとしたその時、机の上に積み上げていた参考書たちが雪崩のように床へと落ちていく。
ただそれを見て周りの子たちは拾いに行くどころかくすくすと笑い始める。
俺はそんな嫌な空気を無視して床に散らばった参考書を拾い上げ、簪さんの机の上に置く。
「こんにちわ、一学期ぶりだな」
「……ありがとう」
簪さんは一言そういうとタブレット端末に視線を戻す。
俺も気になりちらっと画面を見てみると再生されている動画は俺も昔見ていたヒーローもののアニメだった。
「あ、懐かしい」
「っっ!」
その瞬間、すごい勢いで俺のほうへと向く簪さん。
その目力はすごく、若干気押しされそうだ。
「あぁ、ごめん。邪魔する気はなかったんだ」
「……」
「簪さんはお昼ご飯は食べないの?」
「……」
うん、やっぱり俺は嫌われている。
そりゃ特に用事もないのに嫌いな人間に話しかけられてニコニコしながら応対できる完璧な性格の持ち主なんてそうそういないよな。
その時、校内放送を告げる音が鳴り響き、教室が静かになる。
『1年1組、織斑。職員室まで』
「……俺、何かしたかな。あ、よかったらこれ食べてくれよ。また感想聞かせてほしいな。じゃ、また!」
簪さんの机にお手製の焼きそばパンを置き、4組の教室を出て職員室へと向かいながらマル秘ノートを開いてそこに今日の収穫を書き入れていく。
「簪さんはヒーローもののアニメが好きっと……書いてないよな?」
一応、ノートの他のページを見てみるが簪さんの趣味に関して書かれているページは見当たらない。
のほほんさんのマル秘ノート、いっぱい書かれているんだけど痒いところに手が届かない情報しか書かれていないから活用が難しい。
かと思えば何やら3つの数字が書かれているページもあるし。
「とりあえず千冬姉のところ行くか」
――――――☆――――――
端末で再生していた動画が終わり、一息ついた瞬間、空腹のあまりお腹の音が鳴ってしまい、簪は顔を赤くしながら机に突っ伏そうとするが焼きそばパンが目に入った。
「……あの人のパン」
今日は不運にも購買の焼きそばパンが売り切れていたために空腹を覚悟していた簪だったが目の前に置かれている焼きそばパンがあまりにもおいしそうに見えて目が離せない。
そして再び腹の虫が空腹を知らせる泣き声を発したので簪はそれを手に取り、サランラップをはがして一口を食べてみる。
「……おいしい」
簪にとって手作りであろうが購買で売られているものであろうが腹に入れば同じ、という感覚だったが明らかに彼が作ったパンと購買のパンは違うと断言できる。
ソースも濃すぎず、食欲をそそるほど良い味をしており、麺の長さもパンとともに一口で食べられるサイズに調整されているのでスカートに落ちる心配がない。
パクパクと食が進んでいき、あっという間に食べきってしまった。
「……おいしかった」
織斑一夏に対する簪の評価は敵そのもの。
彼が現れたことで自分の専用機である『打鉄弐式』は開発を後回しにされ、未だに完成の目途が立たず、代表候補生としてのプライドを傷つけられた。
彼さえいなければ今頃は―――と何度考えたことかわからない。
「……それはそれ、これはこれ」
敵であろうが何であろうが受けた恩はきちんと返さなければならない。
簪はそう心に決めながら再びディスプレイへと視線を戻した。
――――――☆――――――
「お前、取材を受けるそうだな」
「……はい」
「なぜ、相談に来ない」
「え、えっと……」
俺は今、絶賛職員室内にて千冬姉の尋問を受けており、周囲の先生はそこへ1ミリも近づこうとはせず、一定の距離を保っている。
「自分が今、置かれている状況を理解しているのか?」
置かれている状況―――まず一つは篠乃ノ束さんに命を狙われていること。
最近はめっきり活動を見せなくなっているが何かしらの準備期間に入っているのだろうというのが千冬姉の見解だった。
そしてもう一つは亡国機業からも命を狙われていること。
特にオータムや仮面の女からは執拗に狙われており、その目的ははっきりとはしていないけど前者は俺の命と白式の奪取、後者はわからないが殺意を持っているのは確かだ。
二つの勢力から命を狙われている俺はもっと意識を持たないといけない。
珍しく千冬姉が怒りをにじませているのはそういうことだからだろう。
「すみません」
「お前は自分の実力を過信しているところがある。確かに戦績だけを見れば自信を持つのも無理はない……だが相手がどんな連中なのか、お前は理解しているはずだ」
「はい……」
「一度、約束してしまった以上、企業に迷惑をかけるわけにもいかん。更識に護衛を依頼する。それで今回は手を打ってやる」
「い、いいんですか?」
「ただし、今回だけだ。今後、今回のように外部組織と接触する機会があればすべて私を通すように」
「も、もちろんです。肝に銘じておきます」
「ならばいい。教室に戻れ」
失礼しますと呟きながら職員室を後にするとあてられていた圧が一気に解放されて体が軽くなり、大きく深呼吸をしてしまう。
相変わらず仕事モードの千冬姉から受ける尋問は恐ろしい。
「俺も軽率な行動は控えよう」
「むっ、旦那様ではないか」
「お、ラウラ」
「今から教室に戻るのか?」
「あぁ、そうだけど」
「ならばいっしょに行くぞ」
「お、おう」
そういいながら俺の隣に立ったラウラだがぴたりと俺の真横につくと腕に抱きついてくる。
その瞬間、ドキッとしてしまうと同時に変な意識をしてしまう。
セシリアの告白を受けて以降、普段と同じことをしているはずなのになぜか変な意識をしてしまう自分が出てくるようになってしまった。
「ラ、ラウラ?」
「む? どうした」
「い、いや……なんで抱き着いてるのかなって」
「それは……お前のいないランチだったからな。お前の成分を補充しているのだ」
「っっ!」
満面の笑みを浮かべながらそういうラウラを見て俺の胸は高鳴る。
いつものことなのに―――いつもの風景なのにどこか今日は違ったもののように見えてしまう。
確実に俺の中で何かに対する意識が変わっているのは間違いなかった。
――――――☆――――――
放課後、人気の少ないある一室にてキーボードを素早く叩いてデータを入力している簪の姿があった。
この部屋は本来、2年生から始まる整備課の実習などを行うIS学園整備室。
IS学園に入学してからというもの簪はこの整備室に入り浸り、ひたすらある作業を行っていた。
「……各駆動部の動きが悪い。行動数値は合っているはずなのに……」
難しい顔をしながら再びキーボードを素早く叩いていく。
彼女の目的―――それは未完成である自身の専用機『打鉄弐式』を誰の手も借りず、自分の手で自分の専用機を完成させることだった。
それは以前、楯無が行ったことと同じこと。
姉ができたのだから妹の自分もできるとは思っていないがそれでも幼いころから比較され続け、同じ度合いの期待をされてきた影響からか姉がやったことを自分もやらなければ気がすまなくなってしまった。
「そもそもコアの適正値も上がらない……全距離対応型の数値じゃダメなの?」
そもそも根底から違うのかと頭を抱える簪の脳裏にこうなってしまった原因である男の顔が浮かび、思わず大きくため息をついてしまう。
あの男が現れたから自分の専用機は後回しになり、あの男が現れたから自分は言われもないことを言われ、肩身の狭い思いをしている。
「……ずるい」
そしてあの男は代表候補生でもないのに専用機を与えられ、あまつさえその周囲に多数の仲間を引き連れ、毎日の学園生活を楽しく送っている。
そして輝かしい成績も残しているのがさらに腹立たしかった。
クラス別トーナメントではアクシデントがあったとはいえ、代表候補生と渡り合った。
学年別トーナメントでは軍の隊長を務める学年屈指の実力者を倒し、学年最強の座を手に入れた。
噂レベルの話でもその活躍は群を抜いており、臨海学校ではアクシデントを解決し、つい先日行われたキャノンボール・ファストではテロリストの爆破テロを未然に防いだという。
「……ずるいずるい」
仮に自分が専用機を持っていたとしても彼と同じことをできるかと言われれば答えはNOだがそれでもあの男がいなければすべての行事に代表候補生として参加し、上位の成績を得ることができていたはず。
そして姉の煩わしい介入もなかったはず。
学年別トーナメントにも姉によって無理やり汎用機での参加を命じられ、しぶしぶ参加したものの簪にかけられた言葉は専用機持ちのくせに汎用機を使って手を抜いた、だった。
「私だって……私だって代表候補生だもん」
簪はあふれ出てくる涙を隠すように椅子の上で膝を抱きかかえ、顔をうずめて肩を震わせる。
その姿を知るのは目の前に鎮座している何も言わない未完成の『打鉄弐式』―――そして
――――――一匹のウサギだった。