Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第九十四話

 第一アリーナに隣接している第一整備室へと入室した俺を待っていたのはズガガガッ! というけたたましいドリル音と妙に甘ったるい匂いだった。

 話を聞くところによると整備室は本来、完全防音の施設らしいのだがどこもかしこも防音扉を開けっぱなしで作業をしているから音が駄々洩れだ。

 整備室のつくりは大広間のように広大な空間がある大整備室、そしてその近くに個別の小整備室がいくつも設置されている。

 大体の人が小整備室でしているらしいけど行事前などの共通な整備目的がある場合は大整備室を使うことが多くなるとのこと。

 

「えぇ!? なんて!? 聞こえないんだけど!」

「だーかーらー! 昨日取ったデータ共有してって言ってるの!」

「ぬがぁぁぁっ! ハイパーセンサーの基準値がずれてる! 最後に触ったのどこのどいつよ!」

「……」

 

 怒号が飛び交う整備室はまさに現場職人の集まりだった。

 どの人も普段のおしとやかな様子はどこへ捨てたのか制服をまくり上げ、首にタオルを巻いて作業を進めており、中にはスカートを履いていない人も見えた。

 さすがに上の服で隠れてはいたが少しドキッとした。

 

「あ、あの~」

「なに……お、織斑君!?」

 

 凄まじい形相でこちらを振り返ったかと思えばそこにいたのは新聞部の黛先輩で俺と目が合うや否や一瞬で表情がいつものお淑やかなものへと変わり、慌てて服装をなおしていく。

 いや、目の前でなおす意味はないと思うんだけど。

 

「ど、どうしたの? 織斑君が来るなんて珍しいね」

「ま、まあちょっと整備科を見学したいなっていうのと俺の白式も見てほしいなって」

「……い、いいの!?」

 

 その瞬間、先ほどのお淑やかな表情はどこへ消えたのか一瞬で職人の顔へと変わり、目の奥にめらめらと炎が燃え盛り始める。

 おそらく押してはいけないスイッチを押したような気がしたがまあいいだろう。

 

「は、はい。エネルギー効率を見直してほしくて」

「うんうん! 見る見る! というか見させて! 第二形態移行したISを見れるなんて最高っっ! ちょっとこの課題を終わらせてから見るから待ってて!」

「は、はい」

 

 そういうと黛さんは首に巻いていたタオルを鉢巻のようにして髪の毛を全てくるんでしまい、制服を肩のあたりまで捲し上げると再び作業に没頭する。

 そこらに転がっているエナジードリンクの空き缶を見て見ぬふりをしながら黛さんの作業場をいったん離れてほかの作業場を見ていく。

 どの人も真剣なまなざしでISを整備していてまっすぐに向き合っている。

 

「これが整備科の雰囲気か……ぉ?」

 

 その時、青髪が一瞬だけ見えたような気がして近くの小整備室を覗き込んでみるとそこには予想通り、簪さんが一機のISを目の前に作業をしている真っ最中だった。

 簪さんはタブレット端末を片手にいくつもの空間投影ディスプレイを展開しており、並行して様々な処理を進めているようだった。

 おそらく目の前に鎮座している機体が簪さんの専用機なんだろう。

 機動性を重視したウイングスカート、大型ウイングスラスターが一つと小型のジェットブースターが前後で二基搭載されている。

 素人目から見ればもう完成しているようにも見えるが簪さんの様子を見る限り未完成のようだ。

 

「……稼働データが圧倒的に……足りない……武器も……」

 

 簪さんはぶつぶつと呟きながら空間投影ディスプレイをタッチするがそこに表示されている情報を見るや否や顔をうつ向かせ、こぶしを握り締めて肩を小さく震わせる。

 

「……データは……ダメ…フリーのデータじゃ……意味がない」

 

 簪さんはタブレット端末に指を走らせるが納得のいくものがなかったのかタブレット端末をなおして小さくため息をついてわかりやすく肩を落とす。

 

(自分の専用機に一般の稼働データなんか使いたくないよな)

「……このままじゃ……ダメなのに……」

 

 自分の思うように作業が進まないことにイライラしているのかすぐそこに転がっていたエナジードリンクの空き缶を軽く蹴り飛ばす。

 壁に当たった空き缶はそのまま行き先を変え、俺の足元へと転がってくる。

 

「…ぁ」

「よっ……大変そうだな」

「……あなたには関係ない」

 

 簪さんは俺を無視して再び画面に向き合う。

 俺はとりあえずそこら辺に転がっている空き缶を拾い、設置されているがゴミがあふれてゴミ箱の体をなしていないゴミ箱らしきものを片付けていく。

 

「窓も開けようぜ」

「ぁ……だ、だめっ」

「なんで?」

「……理由は……ない」

「んじゃ、決まりだな」

 

 閉め切られていた窓を全開にし、入り口も全開に開けると気持ちのいい風が籠っていた整備室の空気を押し出してくれて新鮮な空気が入ってくる。

 詰まった作業をするときはこうやって空気の通り道を作ったほうが絶対に良い。

 

「エナジードリンクの飲み過ぎもダメだぞ? よかったら俺がお茶でも持ってこようか?」

「……いらない」

「ありゃりゃ……作業、行き詰ってるのか?」

「……あなたには関係ない」

「まぁそうなんだけどさ……そんな思いつめてる顔されたら無視もできなくってさ。さっき稼働データがどうとかって言ってたけど何の稼働データが足りないんだ?」

「…それを聞いて……何になるの?」

 

 とても辛らつな言葉に思わず乾いた笑みが出てしまうがここで退いては楯無さんとの約束を果たせないし、簪さんとの関係も構築できない。

 

「目の前で困っている人がいるのに無視できない性分だからな」

「……飛行データ……それと荷電粒子砲も……武装も」

「荷電粒子砲なら俺の白式のデータ使ってくれよ。あと飛行データもよかったら」

 

 白式のコンソールを開き、データを引っ張り出すために色々と探っていくがこれがまたなかなか見つからないし、最近ほとんど触っていなかったからぐちゃぐちゃだ。

 その時、俺が困っていることを察したのか簪さんが一本のケーブルを差し出してくれた。

 それを白式のガントレットに差し込むと空間投影ディスプレイを通して白式のスペックデータのすべてが投影されて表示される。

 しかし、それを見た簪さんは小さくため息をつく。

 

「汚い……データに目を通していないが丸見え……」

「はははっ……戦う専門みたいなものだからさ」

「戦ってばかりじゃダメ……ISはデータもちゃんと整理してあげないと……成長しない」

 

 もう我慢ならないと言わんばかりに簪さんがディスプレイに指を走らせてパッパッと慣れた手つきでデータを整理していく。

 この速度で整理しながらデータに目を通していると思うと凄まじいスキルだ。

 

「パソコンの一時ファイルを消せば……多少軽くなるように……ISも一時ファイルを消してあげないとダメ」

「一時ファイル? それを消せば白式も早く動けるのか?」

 

 俺のおバカ発言にジトーっと簪さんが見てくる。

 

「処理速度が向上する……人間の感覚じゃ微々たる差だけど……ISの世界じゃ全然違うから」

「へぇ~」

 

 ささっと簪さんが整理していくと二枚のウインドウを残してそれ以外を消してしまった。

 よく見るとそのウインドウには雪羅の荷電粒子砲と白式の飛行データのすべてが表示されており、簪さんはそれを真剣なまなざしで見つめる。

 そして時折、驚いたように目を見開く。

 

「……飛行データ……こんな数値見たことない」

「? そんなにすごいのか?」

「……あなたは飛行タイプを戦闘の最中に瞬時に切り替えてる……通常飛行、超音速飛行、あと亜光速飛行の3つのタイプがある……どうやって切り替えてるの?」

「どうやってって……」

 

 通常飛行はともかく、超音速飛行はたぶんBoost・Timeのことだろうし、亜光速飛行は蒼炎瞬時加速のことだろうけど切りけるのに意識したことはない。

 強いて言えば白式との阿吽の呼吸、といったところだろうか。

 

「強いて言えば白式が教えてくれる……かな?」

「ISが教えてくれる……非科学的すぎる」

「はははっ……で、使えそうか?」

「……」

 

 簪さんは俺の顔から眼をそらすが明らかにその顔は悩んでいる表情だ。

 おそらく誰の手も借りずに完成させる予定だったのに人の手を借りていいのか。

 

「俺は使ってほしい」

「……どうして」

「簪さんの専用機が未完成なのは俺にも原因があるわけだし……贖罪じゃないけど迷惑をかけてしまったことはちゃんと返したいんだ。だから使ってほしい」

 

 簪さんは俺の顔をじっと見て最後の最後まで俺に疑いの目を向けてくるが専用機の完成という大きな計画のためにはどうやら猫の手も借りたい様子。

 最終的には小さく頷いた。

 

「……使わせてもらう」

「よっしゃ。じゃあまあず……どうやってデータ送るんだ?」

「…大丈夫……このままダウンロードするから」

「了解。じゃ、よろしく」

 

 簪さんは小さく頷くと画面に触れていくつか操作をするとバーが表示されて徐々に進み始める。

 これで少しでも簪さんの作業が前に進むことができれば専用機の完成も近づくだろうし、何より彼女の精神的な安定も図れるだろう。

 俺はそんなことを思いながらバーが徐々に進んでいくのをぼーっと眺めていた。

 

「……あ、あと」

「ん?」

 

 簪さんが俺に話しかけてくれたかと思えば目の前にある画面が表示される。

 それは雪羅の荷電粒子砲の稼働データであり、様々な数値が多数並んでいるが正直、俺にはどの数値が何を示しているのかあまり理解できない。

 唯一、理解できるのはエネルギーを多量に食らうということ。

 

「出力が高すぎる……燃費が悪い」

「だよな~。俺も思ってたんだ」

「……でも、そんなに使用実績は多くない……どうやって運用してるの?」

「ん~。俺あまり射撃の技術がないからボコスカ撃つよりかは近づいて近距離で当てる、感じかな」

「そう……だとしてもエネルギーの集約処理に時間がかかりすぎている……これじゃ余分に消費してしまう」

「……集まればいいんじゃないのか?」

 

 俺はずっとそう考えていたんだけど簪さんの驚きようを察するにどうやらそういうわけではないらしい。

 

「エネルギーの集約処理に時間がかかるということは……それだけエネルギーを留めておかないといけない……留めることにもエネルギーを使ってしまう」

「あー! なるほど! だから無駄遣いが多いのか」

 

 俺の言葉に簪さんはコクリとうなづく。

 でも白式のスペックデータを短時間しか見ていない、かつそれを知識不足の俺にも一瞬で理解できるようにまとめる情報処理能力は学年でも一、二を争うんじゃないだろうか。

 前に一瞬だけ見せてもらった作品の紹介スライドの出来を見てもそう思う。

 

「じゃあどうしたら燃費の悪さを改善できる?」

「……もっとデータを見ないとわからないけれど……例えば……エネルギーの伝達方法を……見直せば」

「ほぅ。エネルギーの伝達方法とな」

「うん……飛行データを見る限り、あなたの戦闘における瞬時の判断能力は高い……だから伝達方法をCFSからRFSに変えてあげれば……聞いてる?」

「お、おう! ちゃ、ちゃんと聞いてるぞ!」

 

 親指を立ててなるべく満面の笑みを浮かべて簪さんに返事をするが俺は彼女が言っていることを後半からは何一つ理解できていない。

 CFSだのRFSだのいったい何の略称なんだろうかと考えるが全く候補が思い浮かばない。

 

「……」

「き、聞いてるって」

「……」

「ちゃ、ちゃんと聞いてるって! あ、あれだろ! MFCを変えるんだよな!?」

「……MFCは…くふっ……モンタナフライドチキンの略称……ぷふっ」

「あ!? 今笑ったな!? 笑っただろ!?」

「…別に……くくっ」

「笑った! 今完全に笑った!」

 

 簪さんは必死に笑うのをこらえるが肩がプルプルと小刻みに震えており、口角もぴくぴくと震えているし、何yろいさっきから俺から眼をそらしている。

 どうやら完全にツボに入ったらしい。

 

「と、とにかく……ふふっ……きょ、今日はこれでおしまいっっ!」

 

 簪さんは顔を伏せながら俺の体を整備室の外へと押し込んでいき、そのまま扉を閉めてしまった。

 

「……これでちょっとは距離も詰められたかな」

「お、おまたせー」

「……だ、大丈夫ですか?」

 

 後ろを振り返るとまるでゾンビのような背格好をしている黛さんの姿があり、その表情はかなりげっそりとしていてとてつもない集中力で課題を終わらせたことがうかがえる。

 

「う、うん……なんとか」

「べ、別に次の日でも」

「ううん。明日は明日で別の課題の締め切りがあるからぜひ今日、見たいの」

(整備科って大変なんだな」

「じゃ、じゃよろしくお願いします」

「レッツゴ~」

「あ、ちなみに」

「んん?」

「RFSとCFSってなんですか?」

「リアクティブフローシステムとコンスタントフローシステムの略称だけど」

「へぇ~」

(あとで調べよう)

 

――――――☆――――――

「ふぅっ……ふふっ」

 

 誰もいない整備室で簪は一人、笑うのを我慢しながらキーボードをたたいていた。

 白式の飛行データを打鉄弐式へダウンロードしている間、簪は椅子をくるくると回し、天井を眺めるが思い浮かぶのは一夏の顔。

 

「……」

 

 正直なところ白式の稼働データを貰えたのは簪にとっては予想外だった。

 ほとんど見ず知らずの人間に対して自分の手の内をさらすようなことをいとも簡単にするとは思ってもいなかったし、そもそも彼女にとっての一夏の発言からして予想外だった。

 

「……あの人は悪くないのに……贖罪だなんて……」

 

 よくよく考えれば彼に対して恨みを持つなど八つ当たりも甚だしい行為。

 彼もある種の被害者でもある。

 それなのに彼は一言も文句を言わず、自分の恨みつらみを受け止め、さらには自分の稼働データをも贖罪と称して譲ってくれた。

 

「……お姉ちゃんに言われて来てないのかな」

 

 姉の楯無に言われて近づいてきた人とはまた違う彼のことを悶々と考え続けながら簪は少しの間、天井を眺めながらくるくると回り続けた。

 

「……?」

 

 椅子でくるくる回っているとき、一瞬だけ打鉄弐式から通知が表示されているのが見え、傍へと寄ってみるがどこにも通知は表示されておらず、ログを確認してもそれらしき履歴は残っていなかった。

 

「…気のせい……かな」

 

 簪はそう結論付け、再び作業へ戻った―――打鉄弐式の陰に一匹のウサギが隠れているのにも気づかずに。

 

――――――☆――――――

 

「第一段階終了~。いや~、ち~ちゃんはさすがだね。もううさちゃんロボマークⅣの妹まで破壊されちゃった~。そんな破壊神なちーちゃんも大好きだよ……さ~てと、バカはバカらしく束さんの手となり足となって馬車馬のように働くといいよ。やっぱりIS学園はいい狩場だよ」

 

――――――☆――――――

 

 夜も遅い時間帯、明かりもほとんどついていない職員室で千冬は一人、机の上に無造作に置かれた何かの残骸を前にしていた。

 最近、まことしやかに囁かれていたウサギの目撃談。

 まさかと思い、目撃情報が多く集まっていた場所を捜索していると実際に見つけてしまった。

 

「……私の覗き目的だろうと思っていたが……そうではなさそうだな」

 

 IS学園にウサギはいない。

 そもそも生徒が私的な理由で小動物を含めた生き物の飼育することは許されていない。

 

「……束。お前は何をしようとしているんだ」




土日で合計十六話分もストックを作ってしまいました。
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