簪さんに手を引かれてやってきたのは第一アリーナに隣接されている整備室。
そこには彼女の専用機である打鉄弐式が鎮座しており、よく見ると機体の後ろ側に足台替わりの小箱がいくつか設置されている。
「……届かなくて……お願いしたい」
「あー! そういうことか、オッケー。任せろ!」
整備室の備品にキチンとした足台はあるんだけどおそらくほかの人が作業で使用しているから小箱を使ったが簪さんの背丈では届かないのだろう。
その小箱に乗り、背部の装甲を開くがこれがなかなかに重労働でマシンアームを使えるとはいえ、女の子一人ではかなり難しい。
「よし、開けたぞ」
「……あ、ありがとう」
「どういたしまして……何かほかに手伝えることあるか?」
「……か、荷電粒子砲の稼働データ……まだもらっていないから」
「あ~、そうだったっけ。オッケー!」
簪さんからケーブルを受け取り、それを白式のガントレットへと差し込むとデータの転送が始まり、進捗状況を表示するステータスバーが表示される。
「機体の進捗状況はどんな感じなんだ?」
「……あとは武装回りだけ。荷電粒子砲と…マルチ・ロックオン・システムによる…高性能誘導ミサイル」
「荷電粒子砲は俺のデータがあればいけるけどミサイルのほうはどこかにあてでもあるのか?」
俺の質問に簪さんは黙りこくってしまう。
多分、食堂にいる俺に声をかけに来たことだけでも彼女からしたら大きな一歩だったはず。
「……とりあえず、今は通常のロックオン・システムを搭載している……」
「じゃあとりあえず」
「かんちゃ~ん、お~り~む~」
そんなほんわかとした声が聞こえたかと思うと整備室の扉が開き、パタパタと足音を立て、垂れた袖を振り回しながら整備室へと入ってきた。
突然ののほほんさんの登場に簪さんはぎょっとした表情を浮かべてしまう。
それもそうだろう―――簪さんからすればのほほんさんがこのタイミングでやってきたことは楯無さんの指示かもしれないという疑念がある。
「……本音」
「えへへ~。お手伝いに来たよ~」
「……今日はここにいること、誰にも知らせていないのに」
「さっき食堂からおりむ~と出ていったのを見ちゃったの~」
多分、いつもの簪さんならそのことも考慮に入れていたんだろうけど俺を呼びに来るというイベントを成功させることに必死でのほほんさんに気付かなかったんだろう。
「…どうせまた姉さんに言われて……きたんでしょ」
「え~? そんなことないよ~。私はっ、かんちゃんの専属メイドだからー、お手伝いをするのはオフコースに当たり前なのだ~」
そう言いながらぶんぶんと垂れた袖を振り回し続けるさまはまさに風車。
「どこからやっちゃう~? 火器管制システムのサポ~? それとも機体のシステム最適化~?」
「火器は私じゃないと……システムも……本音はっ」
「シールドエネルギーの調整だね~」
「…ち、違う。装甲のチェックして」
「わかりました~」
どうやら簪さんはのほほんさんが少し苦手らしく、すっかり毒気を抜かれてしまい、はぁっとため息をついて肩を落としてしまう。
ただその表情は面倒くさそうなものではあるけど嫌な気は感じられない。
「……何見てるの」
「あ、ごめん」
「…じろじろ見られるのは……いや」
「わるい」
二人が打鉄弐式の調整作業に入ったので俺も分厚いマニュアルを参考にしながら白式のエネルギー調整をし始めるがこれまた難しい。
CFSからRFSに変えることは並大抵の技術では無理らしく、IS学園の整備マニュアルにも整備科しかしてはならないと注意書きまでされている。
とりあえずCFSの状態で時折、簪さんにアドバイスを受けながら調整作業を行う。
マニュアル曰く、エネルギー効率を向上させる際に考えるポイントはどの機能にどの程度、エネルギーを供給し続けるか、を見直せばいいとのこと。
今の初期設定では雪羅が一、零落白夜が五、Boost・Timeが二、蒼炎瞬時加速が二とかなり零落白夜に偏ってしまっている。
「確かにエネルギーを切り裂くんだからこれくらいの割合だよな」
「……」
「うぉ、簪さん」
「……RFSに変えないの?」
「そうしたいのは山々なんだけどみんなから止められちゃってさ」
「……私なら……割合をこうする」
そう言いながら慣れた手つきで簪さんがコンソールを弄っていき、割合を変えていく。
簪さんが変更した割合は雪羅が三、零落白夜が三、そしてBoost・Timeに一、蒼炎瞬時加速に三という割合だった。
「へぇ……これまたどうして」
「…あなたの主要な攻撃は……超音速飛行による格闘術と……蒼炎瞬時加速による一撃必殺……零落白夜の発動時間は少しだけ……伸びる……でも、零落白夜も…蒼炎瞬時加速も一撃必殺……伸びた時間は格闘技術で十分にカバーできる」
「なるほど」
一撃必殺となる二つにエネルギーを集中させておけば相手に止めを刺す際にもスムーズに移行でき、仲間に隙を作ってもらう必要も少なくなるということか。
雪羅と零落白夜が同じ割合なのは二つは同時に使用する前提だからだろう。
「でも、Boost・Timeはなんで一なんだ?」
「そこはお好み……でいいと思う。私は……必殺技が……好き」
「必殺技が?」
「っっ! そ、それよりもっ」
「ん?」
質問するや否や恥ずかしそうに顔を赤くして話を切り替える簪、そしてその後ろには作業をしながらも傍目で見守るのほほんさんの姿があった。
「え、えっと……ひ、飛行テストに付き合って……ほしい」
「おう、いいぞ」
「…え」
俺が二つ返事で了承したせいか簪さんは呆気にとられたような表情を浮かべて俺のことを見ており、目をきょろきょろと動かす。
俺としては特段、特別な返事をしたつもりはないし、普段からみんなと調整の依頼はしあっているので別に面倒などという気持ちもない。
「い、いいの?」
「おう。いいぞ。男に二言はない」
「よかったね~、かんちゃ~ん」
「…本音っ、抱きつかないで」
「え~、なんで~」
簪さんは後ろから抱きついてきたのほほんさんを離そうとするがするりと彼女の手をすり抜けたのほほんさんは前に移動し、抱きつき続ける。
多分、のほほんさんは本当にうれしいんだと思う。
簪さんのメイドとしてずっとそばで見続けてきただろうし、学園での生活も見てきただろうからこうやって俺みたいな他人にお願いできるようになったことはうれしいんだろう。
「よ~し、作業ピッチを上げるのだ~」
そう言いながらも垂れた裾を回転させるが確かに裾の回転率は上がっていた―――ような気がする。
「どこで飛行テストするんだ?」
「…だ、第六アリーナで行いたい……あそこなら……人も少ない」
確か第六アリーナはキャノンボール・ファストの飛行練習でも使用したアリーナだ。
ほかのアリーナと違って完全に空が解放されているから広範囲に飛び続けることができ、飛行テストを行うにはもってこいの環境だ。
「それじゃ、調整が終わったら行くか!」
「お~」
――――――☆――――――
「スラスター能力……チェック」
第六アリーナのピットにおいて簪は自身の専用機である打鉄弐式を纏った状態ですべての数値に目を通し、最終調整を行っていた。
本音が作業の手伝いに入ってくれたおかげで予定していた作業が大幅に進行させることができた。
彼女はおそらく二年生になれば姉のように整備科へと進み、そこでも高い整備技術を発揮して高評価を得て整備士への道を進むだろう。
それだけの高い技術力を彼女は有していた。
(それに……あの人のデータも)
一夏からもらった飛行データも大いに役立ち、今日の飛行テストまでこぎつけることができた。
彼からデータを貰っていなければ飛行テストに進めることはできず、計画は大幅に遅れていただろう。
「……お礼……しなくちゃ」
飛行データに加えて荷電粒子砲の稼働データももらい、さらには無理やり引っ張りまわしてお願いをしたにもかかわらず快く手伝ってくれた。
今回の件で確実に簪の中での一夏の評価は180度変わっていた。
「…何がいいかな……抹茶好きかな……それとも一緒に映画でも……」
その瞬間、簪は一夏と一緒に映画館デートをしている様子を思い浮かべてしまい、思わず顔を赤くして頭を左右に激しく振って邪な考えを吹き飛ばす。
「…な、何考えてるんだろ……私……」
ここはふつう、得意料理の抹茶のカップケーキだろう、と自分に突っ込みを入れていると一夏からのオープン・チャネル接続依頼の通知が送られてきて一瞬、ドキッとしてしまう。
『お~い、準備はどうだ?』
「…う、うん……も、もう少しでいける」
『オッケー。そうしたら先に俺、出てる』
「う、うん。わかった」
そう言い、チャネルを閉じてふぅっと息を吐く。
最終確認を終えて重力偏向カタパルトに腰を下ろして両足をセットすると目の前に『Ready』の文字が表示され、すぐに『GO』へと切り替わる。
その瞬間、簪は一気に機体を加速させて勢いよくピットから射出し、第六アリーナのフィールドへと飛び立ち、機体制御とハイパーセンサーの接続を行う。
(機体制御は……完了……ハイパーセンサー……接続)
ハイパーセンサーが接続されるとピピピッと一夏の顔がドアップで映し出され、思わずドキッとしてしまうが意識を集中させる。
各部のスラスターを少しずつ起動させながらゆったりとした速度で飛行し続け、打鉄弐式から送られてくるデータ全てに目を通す。
(姿勢制御スラスターは……大丈夫……加速時の……シールドバリアを試験展開……)
コンソールを開き、シールドバリアの試運転を開始すると途端にぐらっと機体が揺れて停止する。
待機していた一夏が慌ててこちらへ寄ろうとするが簪はそれを手で静止し、ディスプレイを複数個、周囲に開いて数値を確認していく。
(シールドバリアが……展開時に相互干渉……だからPICが反転してしまった……)
簪は一度、シールドバリアの展開を完全停止させて空中投影キーボードを片手で叩きながらゆっくりと機体を上昇させていく。
(展開区域を再設定……PIC干渉領域から少しずらして……展開角度をマイナス四にすれば……変更重力推進角錐を……機体前方…六センチに再設定……)
ぐにゃりとねじれた形をしている学園の中央タワーの周囲をゆっくりと旋回しつつ、データに目を通し、空間投影のキーボードを叩きながら微調整を行っていく。
そして徐々に加速していき、通常飛行へと入っていく。
『すごいな。そんな作業を同時並行でするなんて』
オープン・チャネルから一夏の声がすると同時にすぐそばに彼がやってくる。
視線と体の向きを完全にこちらに向けながら飛行している彼も十分すごい、と心の中で突っ込みながら簪はさらに速度を上昇させていく。
一気にタワーを駆けあがっていき、頂上が見えてくるが後ろから凄まじい速度で一夏が追い越していく。
(……あの高速度に瞬時に入れるなんて…怖くないのかな)
簪は素直に感心しながら速度を緩めていき、一夏のすぐ傍へと到達する。
「機体のほうはどうだ?」
「大丈夫……」
「そっか! よかったよかった」
ニッと一夏が笑顔を浮かべると簪はそれにつられて小さく笑みを浮かべるが途端に恥ずかしくなって視線を外し、背を向ける。
(つられて……笑っちゃった……きょ、今日はなんだか……変)
「簪さん? お~い、簪さん」
「っっ! べ、別に何でもない……そろそろ……戻る」
「お、おう」
簪は一夏から逃げるようにフィールドに向かって急降下をはじめ、その速度をグングンとあげていく―――その瞬間、一つの通知が目の前に表示される。
直後、夥しい数の通知が目の前を埋め尽くす勢いで表示されていき、同時に機体の姿勢制御が大きく乱れて彼女の制御下から外れたかのように勝手に動き始める。
(な、なに……なんで……私の指示がっっ……拒絶されてる)
何とかして姿勢を制御しようとするがその指示すらも上塗りされるかのように通知で溢れてしまい、打鉄弐式は完全に簪の制御を離れ、勝手に動き出してしまう。
右に左に、上に下にとコロコロと視界の向きが変わるとともにグングン速度が上がっていく。
『簪さん! どうした!』
(や、やだっ……怖いっ!)
体験したことのない突然の高速度での動きに簪は恐怖を抱き、目をぎゅっと閉じてしまう。
(助けてっ!)
地獄が始まろうとしていた。