突然、姿勢が崩れたかと思えば打鉄弐式が凄まじい速度で動き回り始める。
急降下したかと思えば地面すれすれで急停止、そして一気に急上昇をはじめ、解放されている上空へと駆け上がっていき、再び急停止すると今度は背中を向けたままフィールドめがけて落ち始める。
「簪さん!」
彼女の手を取ろうと平行に飛行しながら腕を伸ばすと彼女と目が合う―――その表情は恐怖の色に染まっており、必死に俺の手をつかもうと手を伸ばしている。
もう少しで届きそうなところで今度は機体がぐりんっ、と勢いよく半回転し、そのまま回転しながら急降下を続けていく。
(あんな急加速のまま回転したら体にかかる重圧で骨折する!)
いくらIS側で重圧をある程度、抑えてくれると言ってもあれだけアクロバットな動きをしていればISの抑えなんか一瞬で突破してしまう。
俺は大型ウイングスラスターを全開に吹かして彼女を通過し、前方に立ちはだかって彼女を受け止めようと両手を大きく広げる。
「くぅっ!?」
彼女が俺にぶつかった瞬間、受け止めようとするが接触と同時に離脱し、再びアリーナ内を縦横無尽に高速で飛び回り始める。
このままじゃ中央アリーナに直撃するのも時間の問題だ。
ただ、暴走ともいえる今の打鉄弐式を止めるには機体を破壊するか、零落白夜でエネルギー切れの状態まで崩すしか方法はない。
(せっかくここまで機体を作り上げたんだ! なんとしても零落白夜で!)
「待っててくれ簪さん!」
【Boost・Time】
推進機構が構成されると同時に一気に超音速飛行へと移行し、動き回る彼女の背後へと回り込んで後ろから羽交い絞めにすると凄まじい勢いで暴れ始める。
「ぅぉぉっ!?」
俺に羽交い絞めにされたまま打鉄弐式は勢いよく高速で回転し始め、遠心力に負けてしまって彼女から手が離れてしまい、軽く吹き飛ばされてしまう。
姿勢を立て直し、彼女のほうを見た瞬間、打鉄弐式のスラスターが全開で吹き、まっすぐ中央タワーめがけて突撃し始める。
「やめろぉぉぉぉっ!」
その動きを見て確信した―――打鉄弐式は今、誰かの手によって意図的に暴走状態にされている。
ギュゥォンッ! と甲高いエンジン音を吹かしながらタワーと簪さんの間に入り込むと同時に推進機構が粒子となって消え去ってしまう。
(それでもいい! 彼女の機体を傷つけずに止められるなら!)
体勢を迫りくる簪さんを受け止めるために立て直そうとしたその時、打鉄弐式の速度が残像が残るほどの速度へと変化した。
瞬時加速を発動したのだと理解した瞬間、俺の腹部に簪さんが砲弾のように突き刺さるとともに体勢を立て直し切れていなかったせいで後ろへと大きく押し込まれる。
(まずい! このままじゃ!)
迫りくる背後のタワーを視界に収めるとともに手中に雪片弐型を収め、スラスターに切っ先を向けるがそのまま突き刺すことができなかった。
こなまま剣を突き刺せばスラスターは破壊され、推進力を失った打鉄弐式の速度は落ちる。
そうすれば彼女を止めることは容易くなる―――ただそうなればこれまで積み上げてきた彼女の想いと努力のすべてを俺が無に帰してしまうことになる。
簪さんの専用機を未完成にしたのも、そして破壊したのも俺になってしまう。
『織斑くん!』
「っっ!」
その時、オープン・チャネルを通してのほほんさんの普段とは違う声が響く。
『かんちゃんを助けて!』
「っっ! くそぉぉぉぉぉっ!」
のほほんさんの想いの叫びを聞いた俺は咆哮を上げながら雪片弐型を勢いよく打鉄弐式の大型ウイングスラスターへと突き刺した瞬間、今までの結晶が砕けるようにスラスターの破片が俺の目の前ではじけ飛ぶ。
次の瞬間、大きな爆発とともに打鉄弐式の速度がガクンと落ちる―――しかし、ウイングスラスターに搭載されていた二基の補佐ジェットスラスターが悪あがきのように勢いを作り出そうとする。
「……」
その二基の補佐ジェットスラスターに雪片弐型を突き刺し、破壊すると完全に勢いを失った打鉄弐式の装甲に零落白夜の刃を軽く沿わせ、エネルギーを完全に切り崩す。
動力源のすべてを失った彼女の機体は光の粒子となって彼女の右手中指へと集まっていき、クリスタルの指輪となった。
「……ごめん、簪さん」
『おりむ~……』
「医務室に連れて行こう」
『……うん』
――――――☆――――――
簪さんが医務室に運ばれてから一時間ほどが経過したけどまだ眠ったまま。
一応、医務室の先生の診断では特に目立った外傷はなく、気絶した原因も急激にかかった重圧によるものだということなのでとりあえずは大丈夫、とのことだった。
「……なんであんなことに」
のほほんさんと一緒に調整していた時には異常らしい異常は見つかっていないし、簪さんが操作を誤ったとも思えない。
簪さんやのほほんさんの調整は何の問題もなかったとなれば考えられるのは俺が彼女に渡した白式の稼働データが打鉄弐式に何らかの影響を及ぼした。
「……いや、ないか」
もしそれが原因だとしたら稼働データを打鉄弐式に搭載した時点で何らかのエラーが出るはず。
暴走した原因を調べるために打鉄弐式は整備室へと運び込まれており、のほほんさんも手伝うために整備室のほうへと出向いている。
その時、扉の外からパタパタと慌てたような足音が聞こえ、扉のほうを振り向くや否や勢い良く開かれ、息を乱した楯無さんが入ってきた。
「か、簪ちゃんは」
「今はまだ眠ってます」
「そう……ふぅ」
簪さんのもとへと近寄り、顔を一目見ると眠った様子の簪さんを確認出来て一安心したのか楯無さんは一息つき、乱れた呼吸を落ち着かせていく。
この慌てっぷり、生徒会の業務を全部かなぐり捨ててきたんだろう。
「本音から聞いたわ……突然、暴走を始めたって」
「はい……止めようとしたんですけど……」
「良いのよ……簪ちゃんが無事であればそれで」
「でも機体は」
「そうね……」
お互いに黙っているとドアがノックされ、小さく扉が開くとのほほんさんが少しだけ顔をのぞかせて俺と楯無さんを手招きする。
手招きに応じて医務室を出るとその手にはタブレット端末が抱えられている。
「どうだった? のほほんさん」
「うん……」
その表情はひどく落ち込んでおり、答えを聞かなくてもあまりいい内容ではないことは確かだった。
のほほんさんはタブレット端末に指を走らせて俺たちに画面を見せてくる。
「打鉄弐式の損傷は……ダメージレベルC」
「特にスラスター回りの破損が激しいみたいね。で、暴走した原因は?」
「打鉄弐式のデータ全てを確認したわけじゃないですけど……一つだけ原因らしきものが……」
ただそれ以降の話を続けようとしないのほほんさんはさっきから俺と目を合わせようとしない。
正直、のほほんさんのその仕草だけで今回の暴走の原因が分かった気がする。
「打鉄弐式のログを見ると悪さをしているデータの痕跡があったって」
「……」
「お、おりむ~のせいじゃ」
その時、後ろからものすごい勢いでドアが壁に打ち付けられる音が響き渡り、三人とも肩をびくつかせて後ろを振り返るとそこには顔をうつ向かせている簪さんがいた。
「…本音……今の話は……ほんとう?」
「う、うん……で、でも白式のデータってわけじゃないよ~」
「打鉄弐式に使った外部データは……白式の稼働データだけ……あとは全部……私が一から作り上げた」
ふらふらとおぼつかない足取りでゆっくりと俺に近づいてくる簪さん。
俺は彼女が言いたいことを理解し、その場から動かずに彼女を待つ。
「……あなたがデータに…細工をしたから……」
次の瞬間、頬に強く彼女の平手打ちが叩き込まれ、廊下に音が響き渡る。
ジンジンと痛む頬を抑えながら簪さんのほうを見ると彼女の瞳には大粒の涙が今にもあふれ出ようとしていて憎しみの炎が見えた。
「簪ちゃん!」
「黙ってっっ…この人のせいでっ…この人のせいで私の人生はめちゃくちゃになった!」
今まで抑え込んでいた感情が一気に爆発したのか両眼から涙があふれ出て彼女の口からは俺を糾弾する強い言葉があふれ出てくる。
楯無さんが必死に抑えようとするがそれをものともせずに簪さんは叫び散らす。
「あなたのせい…全部あなたのせい! 私の専用機が完成しないのもっ…私の専用機が壊されたのも全部あなたのせい……返してよ……私の時間も! 何もかも返してよ!」
楯無さんを突き飛ばし、俺の胸ぐらをつかんで何度も俺の胸を叩いてくる。
「私に近づいたのだってどうせ姉さんに言われたからでしょっっ……私を手伝うふりをして専用機もない代表候補生って……嘲笑っていたんでしょ」
「そ、それは……」
「……あなたを信じようとした……私が馬鹿だった……全部……全部、私を騙すための芝居……私を信じ込ませて白式のデータにウイルスか何かを……紛れ込ました……どうせ……最初だって姉さんの指示で私に近づいてきた……あの焼きそばパンをくれた時から」
ダメだ―――今の簪さんはすべての物事を自分に都合が悪いようにしか解釈していない。
「打鉄弐式に稼働データをくれたのも……私の組み方が最悪だったから……一から作り直させるために……すべてを破壊するために……ウイルスデータを私に渡したっ!」
「違う! そんなことは絶対にしない! 俺はただ……君の専用機のために」
「どうせ……その優しさも……」
簪さんはそう言いながら楯無さんのほうをにらみつける。
楯無さんはすぐさま否定しようと一歩近づくが来るな、と言わんばかりに距離を取られてしまい、思わず楯無さんの歩みが止まる。
「全部、姉さんの……指示でしょ」
「違うの……確かに一夏君にはお願いしたわ……でもそんな目的は」
「うるさい!」
「「「っっ!」」」
突然の彼女の怒声に俺たちは驚きを露わにする。
普段から声が小さく、物静かな彼女がこれほどに大きな声を出したことが意外だった。
「うるさいうるさいうるさい……誰も信じない……あなたも……姉さんも……本音も……」
簪さんはそう言い放つとふらふらと覚束ない足取りのまま医務室へと戻り、扉を閉めた。
「……ごめんなさい、一夏君」
「いいえ……楯無さんは別に何も」
「私が……喧嘩覚悟であの子と向き合うべきだった……」
「かいちょ~……」
「今日は戻りましょう」
――――――☆――――――
医務室で簪は一人、布団にくるまり、枕に顔をうずめて泣きじゃくっていた。
好きになりかけていた―――いや、もう好きになっていたのかもしれない。
そんな人に騙され、嘲笑われ、挙句の果てに完成が見えていた専用機を大破させられてしまい、彼を信じた自分を恥じると同時に彼がひどく憎く思った。
(どうしてっ……どうして……どうして)
今までにも助力を申し出て近づいてきた人たちはいっぱいいたがそのたびに追い返していた。
追い返すことに何の感情も持たなかった簪だったが今回はひどく心が痛い。
そして最後まで姉の影は自分を覆っていることに今一度気づかされ、自分はこの人生を終えるまでこの影からは逃れられないとハッキリと自覚した。
もう自分以外は信じられない―――信じられるのは己の力のみ。
―――キュイッ
その時、鳴き声のような音が聞こえ、布団から顔だけ出してみるとベッドのすぐ下に一匹のウサギがちょこんと座っていた。
その薄く赤い両目にまるで吸い込まれるかのように簪はベッドから降り、そのウサギのもとへとしゃがみこむとウサギは彼女の胸元へと飛び込んでくる。
「……どうしたの? 逸れちゃったの?」
正直、IS学園にウサギがいること自体、異常事態なのだが精神的に疲弊している今の彼女にとってはそんなことどうでもよく、自分を癒してくれる存在が欲しかった。
「一緒だね……私も……一人」
簪はウサギを優しく抱きしめながらそうつぶやく。
「……信じたかったのに……結局……誰も信じちゃいけなかった」