サ道 in キヴォトス    作:ジョン

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サウナーのエデンにてととのう

 

 サウナにおいて最も重要な要素は何か。それはやはり体を温めるサウナ室なのかというと、必ずしもそうではない。むしろサウナの真骨頂はサウナではなく、サウナで熱した体を冷ます水風呂だという意見がかなり根強い。中には水風呂に入るためサウナに入っているという人もいるくらい、水風呂はサウナにおいて重要な指標なのだ。つまり最高の水風呂があるサウナは最高のサウナと言えるのかもしれない。

 

「サウナと水風呂、切っても切り離せないですよねぇ」

 

「世の中には水風呂のないサウナなんてのもあるけど、私はそんなの絶対に御免よ」

 

「まったくだ。水風呂はサウナの本質と言っても過言ではない重要な要素だよ」

 

 今日も今日とてS.D.Uに集まったスイ、アル、ウタハの3人はいつものようにサウナ談義に花を咲かせていた。話の内容は水風呂についてだ。

 

「やっぱり温度は重要ですよね」

 

「ああ、冷たければ冷たいほど良いという訳でもないが、ある程度温度は低くないとダメだね」

 

「私なんてもう19℃くらいじゃ温く感じちゃうわよ」

 

「分かります、私もです。やっぱり16℃くらいはないとダメですよね」

 

 サウナーにとって水風呂の温度はかなり重要な指数である。そして3人が言うように水風呂の温度はある程度低い方が良いとされている。それは単に個人の好みの話ではなくきちんとしたエビデンスがある。というのも温度が高い方が体への負担も少ないように思えるが、その分水風呂に長く入れてしまうため、水風呂に長く入りすぎて体を冷やしすぎてしまうリスクがあるのだ。だからサウナにおける水風呂はしっかり冷たく感じる温度の方がむしろ負担を減らせるのである。

 

「最近は10℃未満のグルシンなんてのも流行ってますよね」

 

「あれぐらいだと私たちでもわりと冷たく感じるわよね」

 

「レッドウィンターではクールダウンで氷点下の気温の中凍った湖に飛び込むなんて話も聞いたことがあるね」

 

「ええっ、氷点下で凍った湖だなんてそんなの凍死しちゃうじゃない!」

 

「でもこれがまた普通のサウナでは味わえない良さがあると言われているんだ。というか、あれはスイが手掛けたんだろう?」

 

「な、なんですってー!? 」

 

「いやぁ、レッドウィンターの工務部の方々と協力して、ちょっと……」

 

 スイはサウナ道好会という部活の会長であり、キヴォトスにサウナの魅力を広げるために様々な活動をしている。実はその一環で道好会お抱えの建設係と各自治区の建設系サウナーらが協力し、新しいサウナ施設を作るという活動もしていたりするのだ。

 

「しかし水風呂ひとつとっても奥深いですねぇ」

 

「あと、水風呂で重要なのは温度だけじゃないのは知っているかい?」

 

「温度以外に何か重要な要素があるんですか?」

 

 ウタハの言葉にスイが首を傾げる。スイは生粋のサウナーではあるが、サウナ歴はあまり長くない。サウナについての知識量はより長いサウナ歴を持つアルやウタハほど豊富ではないので、こうして先輩サウナー2人の話を聞いたり自分で調べたりして日々サウナーとして精進しているのだ。

 

「ああ、それは水質だよ」

 

「水質?」

 

「たしかに水質は重要ね。ミレニアムの東アルプス温泉センターの水風呂なんて最高だったわぁ」

 

「聖地と呼ばれる温泉センターもいいが、トリニティの湖のほとりにある楽園(エデン)と称されるサウナもおすすめだな」

 

「なるほど水質…… それは盲点でした」

 

「水質に拘った水風呂に一度入れば水風呂の概念が変わるはずだ」

 

 

 

 それから一週間後……

 

 

「ってこないだ話したじゃないですか? 行ってきましたよ、『トリニティ・レイクサイドスパ』」

 

 

 

 

 

 

 トリニティ総合学園。キヴォトス三大校のひとつであり、お金持ちのお嬢様が多く通ういわゆるお嬢様学校。学園の資金も潤沢でその分自治区の景観も整っており、古い聖堂など歴史ある荘厳な建築様式の建物が多く建ち並び、石畳の綺麗な街中を歩くだけでもなんだか華やかな気分になってしまう場所。そんなトリニティの学園にほど近い湖のほとりにそれはある。

 

 『トリニティ・レイクサイドスパ』キヴォトスでも有数の水質を誇る湖のほとりに造られたスパ施設で、近代的な施設ながら湖の自然と調和するデザインの建物になっており、施設内には様々なリラクゼーション設備のほか、宿泊施設まである完全予約制のスパリゾートである。

 

(ゲヘナ生だからトリニティに来るのは少し憚られたけどやっぱり来てよかった。これは期待できそう)

 

 古くから犬猿の仲で知られるトリニティとゲヘナ。長きにわたる対立の歴史、ましてや元風紀委員であるスイの立場もあって、トリニティのサウナを訪れることに抵抗があったのだが、完璧なロケーションに佇む施設を一目見ただけでそんな思いは消し飛びスイは大いに期待を膨らませた。

 

 施設に入り宿泊プランを予約していたスイはチェックインを済ませるとスタッフに部屋に案内された。シックで温かみのある内装の施設内を進んでいき、部屋のドアを開けるとそこは得も言われぬ空間が広がっていた。

 

「すごい……」

 

 白を基調とした室内は広々としており、大きな窓からは湖を一望でき、まるで絵画を切り取ったような景色が広がっている。ベッドやソファを始めとした家具や内装はとにかく清潔感があり、立っているだけで居心地の良さを感じるほどだった。そして……

 

「おぉ、本当にサウナがある!」

 

 バスルームのドアを開けると、そこに現れたのはサウナだった。なんとこの個室にはサウナがついているのだ。そんな部屋に来てサウナーのスイがじっとしていられるはずもなく、早速服を脱いでサウナに入る。サウナストーブに火を入れ、水をかけるためのひしゃく、ラドルでアロマ水をすくってサウナストーンにそっと回しかけると、ジュワーっという音と共にサウナストーンから水蒸気が上がりアロマの香りと蒸気の熱気が立ち上った。

 

(これこれ! このロウリュの音、本当に癒される……)

 

 熱したサウナストーンに水をかけ、湿度と体感温度を上げる『ロウリュ』。スイはこの世のどんな音よりもこの音が好きといえるレベルでロウリュの音を愛しており、自分で水をかけるセルフロウリュのサービスがあるだけでそのサウナの点数を大幅に上げるほど、更に言うとロウリュの音のCDがあれば間違いなく買ってしまうと断言できるレベルなのだ。

 

(誰の目も気にせず楽しむサウナ…… あぁ~もう最高すぎる)

 

 備え付けの水風呂に入った後、窓際で湖畔の景色を見ながら休憩する。他の利用客を気にすることなく一人でのびのびと味わう贅沢なサウナ体験に、すでにスイはととのいまくっていた。

 

「個室にサウナだなんて羨ましいわね、最高の贅沢じゃない」

 

「そうなんですアルさん。いやぁ、一番ランクの高い部屋だったんですが奮発して正解でした」

 

「あれは本当に素晴らしいものだよ。いちホテルの個室としてのクオリティもさることながら、しっかりとサウナーの気持ちが分かっている造りなのがニクいところだね」

 

「本当にもうずっとあの部屋にいたい気分でした」

 

 ひとしきり個室サウナを堪能したスイは部屋のベッドで暫し仮眠をとった。そして午後になって目覚めるとまず向かったのは勿論サウナだ。個室サウナの次は共用の入浴施設のサウナを楽しむことにしたのだ。

 

(流石トリニティ、造りに妥協がない)

 

 まず3階の温泉エリアに入ると優雅でありながら落ち着きのある空間がスイを迎え入れる。内風呂、露天風呂共にバリエーションに富んだ広い風呂、大きな窓の外に広がる雄大な景色。温泉の醍醐味をしっかりと押さえた造りにまだサウナに入った訳でもないのにスイのテンションは上がっていた。ワクワクしながらいつものごとく体を清め、色々な種類の温泉をゆっくりと楽しんだ。

 

(温泉だけでも満足できちゃいそうだ。こんな良い温泉なら、カスミのお眼鏡にもかないそうだな……)

 

 温泉に浸かっていたスイは、ふととあるゲヘナ生のことを思い出していた。ゲヘナのテロリスト集団、温泉開発部部長、鬼怒川カスミ。実はサウナ道好会会長であるスイとは浅からぬ縁があるのだがそれはまた別のお話。

 

(けど、まだサウナがあるんだよな)

 

 この施設は3階の男女別の温泉エリアと2階の男女共用の水着エリアがあり、サウナは水着エリアに備えられている。すでに温泉のクオリティに感心していたスイは、これから行く水着エリアのサウナを想像し、期待に胸を膨らませていた。

 

 ひとしきり温泉を楽しんだスイは、水着に着替えてその上から館内着のガウンを羽織ると2階の水着エリアへと向かった。水着エリアに着くとこれまたお洒落で優雅な雰囲気の空間が広がっていた。サウナは何種類か備え付けられており、バリエーション豊富でそれぞれ自分にあったサウナで蒸されることができる。どのサウナから入るか迷うところだが、スイはまず基本のスタンダードサウナへと入っていった。

 

(うん、スタンダードだけあって温度も90℃と平均的。でも普通な感じはしない。基本を押さえつつ、ハイレベルなサウナだ)

 

 まずサウナ室が広く、清潔。部屋全面が木で作られ、照明は絶妙な加減で木の温かみを醸し出している。そしてスイの目を引いたのは部屋の壁に吊るされたヴィヒタだった。ヴィヒタとは白樺の若い枝葉を束ねもので、清涼感のある香りがリラックス効果を高め、またヴィヒタで肌を叩くことによって血行促進や殺菌、保湿作用、肌のハリを保つ作用もある重要なサウナアイテムだ。

 

(ヴィヒタがあるなんて気が利いてる。好きなんだよなぁ、ヴィヒタ)

 

 スイは慣れた様子で入口にのバケツに置いてあるヴィヒタを一束掴むと、椅子に座り蒸されながらヴィヒタで体を叩いた。

 

(いい香り…… 気持ちいい…… やっぱりヴィヒタは最高だぁ)

 

 ヴィヒタで肌を叩く度に爽やかな葉の香りが広がり、心地よい刺激が肌を打つ。サウナで蒸されながらこれをするのはとにかく気持ちがよく、ヴィヒタがあるとスイはうっかりサウナ室に長居してしまうことがあるほどこれが好きなのだった。

 

(いけないいけない。調子に乗って入りすぎたら駄目だ。本番はこれからなんだから)

 

 そう、このサウナの特徴はなんといっても水風呂なのだ。ここの水風呂は天然地下水が使われており、水道水の水風呂とはまるで入り心地が違うのだという。そして極めつけは浴室の端の出入り口から伸びる階段。なんとサウナ後にこの階段から直接浜辺に降りてそのまま湖に入ることができるのである。

 

(今すぐ湖にダイブしたいところだけど、それは3セット目にしてまずは水風呂から…… 天然水の水風呂、普通の水風呂と何が違うんだろう?)

 

 そう思いながら水風呂に入ろうとしたスイだったが、水風呂に入る前に汗を流そうと桶を探すが見当たらない。辺りを見渡すと、すぐそばにシャワーを見つけた。なるほどこれで汗を流すのかと早速そのシャワーを浴びるが、シャワーから出てくる水を浴びた瞬間スイはあることに気が付いた。

 

(なんだこのシャワー、いい匂いがする! あ、これアロマの香りだ!)

 

 なんと汗を流すシャワーはアロマシャワーだったのだ。これは流石のスイも初体験だったようで、ただシャワーを浴びているだけなのに優雅で心地よい気分になってしまっていた。

 

(油断してた、シャワーひとつにこんな工夫がされているなんて流石トリニティ…… さぁ、気を取り直して水風呂だ)

 

 シャワーで汗を流したスイは改めて水風呂に入る。

 

(なんだこれ、私の知ってる水風呂と全然違う! 水が優しく包み込んでくる! なんだこの柔らかさ!?)

 

 これぞ天然水の威力。普通の水道水の水とは違い、天然水はとにかく優しく柔らかい。例えるなら羊水で満たされた母の中にいるような全身を優しく包み込む心地よさを味わうことができるのだ。水質が違うだけでそこまで違うものなのかと半信半疑だったスイはこの水風呂に衝撃を受けていた。

 

(温度はそこまで低くないのに、なんだこの心地よさ……! しかも水風呂が深い! サウナーのことよくわかってる)

 

 初めての水風呂体験を存分に楽しむスイ。そして。

 

(そういえば、ウタハさんがここの水風呂の水、天然水だから飲めるって言ってたな)

 

 周りを確認してみると、水風呂の壁に『この水風呂の水はそのままお飲みいただくことができます』と書かれた張り紙がされているのを見つけた。ウタハの言っていたことを思い出したスイは、吹き出し口から流れる水を手ですくって口に運んでみた。

 

(超美味い……!)

 

 喉を通った清らかな水がサウナで熱された体に染み渡っていく。スイは水風呂で大事なのは水温だけではないということをこれでもかと思い知らされたのだった。

 

「羨ましい…… 話を聞いてるだけで行きたくなってくるわね。でも私はゲヘナの生徒だからトリニティはちょっと行きづらいし……」

 

「そんなアルさんに…… はいこれお土産です」

 

 話を聞いて羨ましがるアルを見たスイはおもむろに水の入ったペットボトルを取り出してみせた。

 

「何このペットボトル? はっ!?まさかこれって……!?」

 

「はい、ウタハさんにも」

 

「このどこまでも透き通っていくような透明感…… んっ…… このまろやかで清らかな味と体の中に染み渡る感じはまさか……!」

 

「はい、レイクサイドスパの水風呂の水です」

 

「あぁっ、私も飲むわ!」

 

 スイから貰ったペットボトルの水の正体を知った2人は人目も憚らずに、2ℓのペットボトルでがぶがぶとラッパ飲みを始めた。あまりにも美人が台無しな行為ではあるが、生粋のサウナーならばこうなってしまうのも無理はないといえるほど、この水はサウナーにとっては素晴らしいものなのだ。

 

 

 水風呂から出たスイは休憩を挟んだのち2セット目に入った。2セット目に選んだのは。

 

(『Tea Sauna』? ティーってなんだ? お茶のことかな?)

 

 いかにも紅茶が有名なトリニティらしい名前が入口のプレートに書かれている。しかし一体どのようなサウナなのかその詳細はよく分からない。気になったスイはとりあえずそのサウナに入ってみることにした。

 

(見た目はあまり違いはないな。特に紅茶要素は見当たらないし…… あ、こっちはヴィヒタがない)

 

 サウナ室に足を踏み入れたものの、一見して紅茶要素は見当たらない。疑問に思いながらもスイは椅子に腰掛けると、セルフロウリュ用の道具を見つけ、慣れた手つきでラドルで桶の中の液体をサウナストーンへとかけた。

 

(ん? アロマの匂いじゃない……? この優雅でフルーティーな香り…… これ紅茶だ!)

 

 ティーサウナの正体は紅茶のロウリュができるサウナだったのだ。ロウリュすると水蒸気と共に紅茶の香りが立ち上り、サウナにいるのにまるで優雅にティータイムを楽しんでいるかのような気分だった。なんともトリニティらしい嗜好である。

 

「紅茶のロウリュだなんて、そんなの聞いたこともないわ。トリニティだしかなりこだわってそうね」

 

「あの紅茶はロウリュするためだけに特別に発酵抽出された茶葉を使っているんだ」

 

「あんな優雅な気分で蒸されたのなんて初めてでした。でもそれだけじゃなくて、ちょっとした出会いもあったんです」

 

スイがティーサウナを楽しんでいると、サウナ室のドアが開き他の客が1人入ってきた。サウナハットを被った大人顔負けの抜群のプロポーションの生徒だが、何故かその生徒はトリニティの学校指定のものと思われるスクール水着を着ていた。

 

(学園と関係ない施設でスクール水着……? よほど自分の恰好に無頓着な人か変人かのどちらかに違いない。どっちにしろ関わり合いにならない方が良さそう……)

 

 そう考えて関わり合いにならないようあまりその生徒を見ないようにしていたスイだったのだが、不運なことに相手の方が何かに気づいたのか声をかけてきた。

 

「あら、もしかしてゲヘナ学園の生徒さんですか? 珍しいですねぇ」

 

(しまった! ここじゃ私の方が目立ってる……!)

 

 こんなところでスクール水着を着る生徒は確かに目立つが、それ以上にトリニティで角を生やした生徒がいれば目立つに決まっている。スイは自分の外見が分かりやすくゲヘナ生であることを失念していた。

 

「あぁ、はい、どうも……」

 

「失礼しました。ここでは珍しかったのでつい気になってしまって」

 

「いえ、まあ確かにここじゃ目立ちますよね…… すいませんゲヘナ生なのにこんなとこに来ちゃって……」

 

「いえいえ、そんなことはお気になさらず。トリニティであろうとゲヘナの方であろうと、ここではみんな平等に裸のお付き合いをするだけの関係なのですから♡」

 

「えっと、ここは水着エリアですが……?」

 

「ふふっ、こんな布一枚ならほとんど裸のようなもの、いえ、むしろ大事な場所を布一枚で隠すことに意味があるとすれば、であればそれは大きな違いかもしれませんね」

 

「……」

 

 案の定その生徒は変人、いや変態だった。まさかおしとやかで清楚そうなトリニティの生徒が、初対面でここまで下な会話をしてくるなんてスイにとっては全くの予想外だった。

 

「失礼します♡」

 

「ああ、はい……」

 

 何とも落ち着かないスイとは対照的に、その生徒は笑顔で余裕たっぷりに落ち着き払っている。とりあえず早めに出てしまおうかと考えていたスイだったが、またもやその生徒はスイに話しかけてきた。

 

「その、突然で失礼ですが…… あなたはもしかして、ゲヘナ風紀委員の副委員長さんだった方ではないですか?」

 

「……っ! どうしてそれを……」

 

「いえ、たまたま知っていただけです。そんな方がこんな場所にいるのがどうしても気になってしまって」

 

「大した理由なんてありません。私はただ、サウナが好きなだけです」

 

「サウナ道好会の会長さんですもんね」

 

「そんなことまで知ってるんですね……」

 

 この目の前の生徒はかなりの情報通らしい。トリニティのスパイだとかなにか重要なポジションにいる人物なのかと元風紀委員のスイは一瞬疑ったが、その生徒は変人ではあるものの悪意は感じなかったのであまり気にしないことにした。

 

「よければ、副委員長であった貴方がそうなった理由をお聞きしてもいいですか? 勿論お嫌なら構いませんが……」

 

「いえ…… 元々風紀委員になったのも大した理由じゃなかったんです。副委員長だったのもちょっと要領が良かっただけで、結局私は駄目で仕事に耐え切れなくて…… そんな時です、私がサウナに出会ったのは」

 

「サウナはいいです。嫌なことか全部忘れてただひたすらに自分と向き合えて。サウナに出会ってから本当に毎日楽しくなって、それで自分が本当にやりたいことはこれだって気づいたんです。はは、たかがサウナで変ですよね……」

 

「いえ、その気持ちなんとなくわかります」

 

 スイの話を静かに聞いていたその生徒は、先ほどのにこやかな表情とは違う、どこか憂いのある表情で自分のことを語りだした。

 

「私も色んなしがらみを忘れたくてサウナに来てたんです。裸になって開放的な気分でサウナに入れば、その時は何もかも忘れることができて……」

 

「トリニティの生徒さんも色々大変なんですね」

 

「いえ、今は大丈夫になったのですが。それでもやっぱりサウナはいいもので、最初は嫌なことを忘れるために来ていただけだったのに、いつの間にかサウナが好きになってたんです」

 

「いいですよね、サウナって」

 

「はい、本当に……」

 

 そのまま2人はなんとなく同じタイミングでサウナを出て一緒に水風呂に入った。

 

「はぁぁー、ここの水風呂本当に気持ちいいですね」

 

「うふふ、そうですね。そういえば、湖にはもう入りましたか?」

 

「ああ、次のセットで入ろうと思って」

 

「最高に気持ちいので是非入ってください。裸で入れればもっと良いのですが……」

 

「それはやめて下さい」

 

 その生徒はそれが最後のセットだったようで、水風呂から出て休憩すると気持ちよさそうにととのった後、浴場を後にしていった。

 

「ハダカさん、変な人だったけどあの人も色々大変だったんだろうなぁ」

 

「「ハダカさん?」」

 

「あっ、名前聞きそびれちゃって……」

 

「にしても、ハダカさんってどうなのよ…… てかサウナじゃ大体裸だし」

 

「いやでも、あの人のインパクトが強烈すぎて、裸さん以外思いつきませんでした」

 

 

 名も知らぬ裸さんと別れた後、スイは次なるサウナへと向かった。次に選んだのは入口に『PANORAMA』と書かれたサウナだった。

 

(このサウナは一体どんな…… わぁ……)

 

 サウナ室に入るとそこに現れたのは絶景だった。サウナ室の壁面には湖の景色を一望できる大きな窓が備えられており、視覚でも楽しめる贅沢なサウナ空間が作り上げられていた。

 

(サウナでこんな絶景、初めてだ)

 

 世界中探してもこんなサウナはなかなかないだろうとスイは思っていた。至高のサウナ体験ができる造り。サウナの温度が50℃と低めな設定なのも、この景色をゆっくりと楽しめるようにという配慮なのだろう。

 

「いい景色だなぁ」

 

「ああ、本当にいい景色だ」

 

「えっ?」

 

 景色に夢中でいつの間にか自分以外に誰かが入ってきていたのに気が付かなかったスイは、唐突に自分の独り言に答える存在に気が付き驚いて声の主を見やった。そこにいたのは金色の尾を生やした小柄な生徒で、大きな獣耳用イヤーカバーのついたサウナハットを被り静かに佇んでいた。水着にサウナハットという姿ながら、どこか気品と高貴さを感じさせるその生徒はスイの方を向くとそのまま話を続けた。

 

「ああすまない、私もこのサウナから見る景色が好きでね。君がとても楽しんでいるように見えたから、なんだか嬉しくてつい声をかけてしまった」

 

「ああいえ、いやぁこんな景色が見れるサウナは初めてでして、ちょっと感動していました」

 

「それは良かった。話は変わるが、君はゲヘナの生徒だろう? なぜまたトリニティのサウナに?」

 

「私はただサウナが好きなだけです。確かにちょっと躊躇いはありましたけど、それでもどうしてもここに来てみたくて」

 

「それは正解だな。ここはトリニティでも指折りのサウナだしね。それにサウナでは学園も立場も関係ない。皆等しく平等にただサウナを楽しむ場所なのだから」

 

「はい、本当に来てよかったです」

 

 そうやって2人は少しの間他愛もない世間話をしていたのだが、その流れでふとその生徒は自分のサウナとの出会いについて語りだした。

 

「こう見えて私も前は色々と悩みがあった時期があってね。そればかりが頭の中にあるせいで、他の大事なものも何も見えなくなってしまっていた」

 

「ああ、ありますよねそういうこと」

 

「そんな折に私はサウナを知った。サウナに行けば煩わしい悩みも忘れられる。それと私は元々体が弱かったのだが、サウナに通うようになってからはよく眠り、よく食べられるようになった。体重が増えたなんていつぶりだったかな」

 

 とても感慨深そうにそう話すその生徒を見て、スイは彼女が本当に心からサウナが好きなのだろうと思った。

 

「本当にサウナはいいものだ。こんないいものを教えてくれた友人には感謝をしなければね」

 

「その友人の方もサウナが好きなんですか?」

 

「ああ。聡明だが少し変わり者でね。悩んでいた私にサウナに行くことを勧めてくれたんだ。正直なところ最初はあまり気乗りしなかったのだが、サウナの魅力や科学的なエビデンスに基づいた効果が紹介されたブログや記事を紹介されてね。それらを見て半信半疑で行ってみたら、すっかりと魅了されてしまった」

 

「それは本当に良い出会いでしたね」

 

「ああ、素晴らしい知見を得ることができたよ。サウナは良い。私の他の友人たちにも教えてあげたいほどだ」

 

「サウナを勧めてくれた方とは別の方ですか?」

 

「ああ、同じ学園の2人の友人でね、私はその2人とも共にサウナに行きたいと考えているのだよ。学園では立場上気兼ねなく語らうことはなかなか難しくてね。でもサウナなら立場など関係ない、お互い裸で腹を割って話すことができる」

 

「上手くいくといいですね」

 

「きっと上手くいくさ。私はサウナを信じているからね」

 

「ええ、サウナの力は偉大です」

 

「おっと、少々話しすぎたかな。そろそろクールダウンといこうか」

 

「なら私も…… って、あなたもしかして……?」

 

 サウナ室を出ようと腰を上げサウナハットを取ったその生徒の顔にスイは見覚えがあった。風紀委員時代に各学園のトップの顔と名前を覚える機会があり、そこで彼女の顔を見たことがあった。

 

「あなたは、ティーパーティーの……」

 

「おや、私のことを知っているのかい?」

 

 彼女の正体、それはトリニティ総合学園生徒会ティーパーティーの1人、百合園セイアであった。

 

「風紀委員時代にあなたのことを知る機会がありまして……」

 

「風紀委員…… 色々と事情があるようだね。まぁ、とりあえず話は湖で身体を冷ましてからにしようか」

 

「湖……」

 

「おや? もしかしてまだ湖に入っていなかったのかい? ならすぐにでも向かおうか。言っておくが湖でのクールダウンは本当に最高だよ」

 

 ニヤリと笑ったセイアはスイを引き連れて浜辺まで降りてくると、まるで無邪気な子供のように楽しげに湖へと駆けていった。

 

「ぷはっ、ははっ、最高だ! これぞ楽園(エデン)というものだ! おや? なにを突っ立っているんだい? 君も早く来たまえ」

 

「あ、はいっ」

 

 思わぬ展開に呆気に取られていたスイだったが、セイアに声をかけられ慌てて湖へと入っていった。サウナーというのは不思議なもので、頭であれこれ考えていても、ひとたびサウナや水風呂に入ると思考から感覚の世界に切り替わり、熱い、冷たいしか考えられなくなる。セイアのことで頭が混乱していたスイもその例に漏れなかった。

 

「わはっ、冷たいっ! はぁ~っ気持ちいい~っ」

 

 一瞬で思考が冷たいと気持ちいいで埋め尽くされる。水風呂ではない天然の湖でのクールダウンという、スイにとって初めての体験は相当良いものだったらしく、人目を憚らず楽しげに泳いだり仰向けに浮いてみたりと思う存分はしゃぎ倒したのだった。

 

 体を冷まし終えた2人が休憩する頃には辺りはうっすら暗くなってきており、湖の景色は夕暮れに染まりその美しさをより一層増していた。

 

「そうか、君は元風紀委員だったのか」

 

「はい、セイアさんのこともその時に知りました」

 

「なるほど。しかしそれ以上に私は君がサウナ道好会の会長だったことに驚いたよ。私にサウナを勧めてくれた友人が教えてくれたブログや記事はすべて君が書いたものだったからね」

 

「私の、ですか?」

 

「そうさ。君が書いたサウナのすすめはどれも完成度が高く、大いに役に立った。心からお礼を言うよ」

 

「いやそんな、私はただ自分がやりたいことをしただけです」

 

「君は自分がどれだけの影響力を持っているか分かっていないようだね。まあそれでいいのかもしれないが」

 

 

「そういえば、高温のスチームサウナにはもう入ったかい?」

 

「いえ、まだですが」

 

「あれは絶対に入った方がいい。ゲヘナ生の君でも驚くような熱いサウナを経て湖に飛び込めば、間違いなく最高にととのえるはずだ」

 

「わかりました。泊りで来てるので明日絶対入ります」

 

 ひとしきり話を終えると2人は湖畔の椅子に腰かけながらゆったりと夕日が沈んでいくのを眺めた。湖の波の音、鳥の囀り、都会のサウナの外気浴では決して味わえない自然の中でのサウナ体験。そして2人にあの感覚がゆっくりとやってきて……

 

 

『『ととのったぁ~~―――』』

 

 

 

 

  

 

 

「ティーパーティーがサウナーだったなんて、本当に驚きました」

 

「しかもスイのことを知っていただなんて、なんとも世間は狭いものだな」

 

「サウナーの縁はどこで繋がってるか分からないものね」

 

「もしかしてだけど、ハダカさんってそのティーパーティーの人にサウナを勧めた人なんじゃない?」

 

「まさか、流石にそれは考えすぎですよアルさん」

 

 今日も今日とて、サウナに集まり生産性ゼロの会話に花を咲かせる3人。ある人は言う、サウナはみんなの憩いの場だと。こうしてスイたちのようにサウナで出会い仲良くなったり、セイアのように友情を深める場として利用したり。そう、今日もどこかでサウナの縁は繋がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある日のトリニティ、ティーパーティーの茶会にて。

 

「そういえばセイアさん、最近は体調の方はいかがですか?」

 

「それはもうすこぶる快調だよ」

 

「セイアちゃん、最近ご飯もよく食べるようになったよねー、なんだか肌も髪も綺麗になったし」

 

「何か新しい健康法のようなものを実践されているのですか?」

 

「そんなところさ。よければ君たち2人にも教えてあげようか」

 

 肌や髪が綺麗になるというセイアの健康法に、少し身を乗り出すようにするナギサとミカ。そんな2人にセイアは微笑みながらこう言った。

 

 

「2人とも、今度3人でサウナに行かないか?」

 

 

 

 




続きました。
セイアは絶対サウナーに向いてる。サウナーセイアですまない。

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