サ道 in キヴォトス    作:ジョン

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先を生きる人と共にととのう

 

 

 アウフグース。それはサウナ室でロウリュをした後、タオルを使用してサウナ室内に蒸気を撹拌させ熱を帯びた風を利用客に送る行為であり、熱波によって体感温度を一気に高めて発汗を促し、サウナ効果をより高めることができる。一部のサウナ施設ではその道のプロである熱波師がロウリュと共にアウフグースのサービスを提供していたりもする。

 

 いつものごとくSPA.D.Uのサウナで蒸された3人は休憩スペースの椅子に腰かけながら、先ほどサウナ室で行われたアウフグースのサービスについて語り合っていた。

 

「ねえ、さっきの風いつもの人のと比べてちょっと微妙じゃなかった?」

 

「まぁまぁアルさん、あの方は新人さんらしいですし仕方ないんじゃないんですかねぇ」

 

「熱波師の腕には個人差があるものだし、そう毎回毎回良い熱波師に巡り合えるとは限らないさ」

 

「そうねぇ…… あ、じゃあ2人がいままでで受けた最高の熱波ってなにかしら?」

 

「ふむ、私はやっぱりミレニアムサウナセンターの癒風(いやかぜ)さんだな。彼女の熱波は力強くも丁寧で私が今制作している熱風(あつかぜ)ちゃんであの熱波を再現しようと試行錯誤しているのだが、なかなかあの風には近づけないよ」

 

「ウタハさんロボット熱波師なんてのも作ってるんですか? 完成したら是非ともその風を受けてみたいですね。アルさんは誰の風が一番でした?」

 

「私のナンバーワンはなんといってもホットコーギーさんね。 あの人の技術はとにかく凄いの! 二刀流でタオルを振り回してサウナ室内の空気を自在に循環させるあの技はもはや一種のパフォーマンスと言っていいわね」

 

「確かにホットコーギーさんは凄いですよね。キヴォトスサウナ熱波協会の会長さんですし、私も何度か会って話をしたことがありますが、彼の生み出す熱波に負けないくらいアウフグースへの熱い情熱を持った方でした」

 

 ウタハとアルが思い思いに自身のベスト熱波師を挙げていき、スイの番が回ってくる。

 

「さて、スイはどの風が一番なのかな?」

 

「私は……」

 

 ウタハに訊ねられたスイは悩んでいたが暫し考えたのちに答えた。

 

「私のは、お二人が挙げた方に比べれば技術的な面では敵わないでしょう。でもそれでも個人的に最も好きな風なんです」

 

「スイがそれだけ言うなんて、一体どこのサウナの熱波師なの?」

 

「いえ、そもそもその方はプロの熱波師ではないんです。でもお二人もよく知っている方です」

 

「ふむ、そんな人に心あたりはないが、一体誰なんだい?」

 

「それは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、スイはD.U.を訪れていた。とはいっても今日の彼女の目的地はホームサウナであるSPA.D.U.ではない。彼女が訪れたのはシャーレの先生がいる、連邦捜査部シャーレの建物だった。

 

「やあスイ、待ってたよ」

 

「こんにちは先生、本日もよろしくお願いします」

 

 シャーレには入部した生徒が日替わりで先生の仕事を手伝う当番という制度がある。今日はスイがその当番の日であり、そのためにスイはシャーレを訪れたのだった。

 

「さて、では早速始めましょうか」

 

 挨拶も程々にスイはすぐさま仕事に取り掛かると、先生が溜め込んでいた書類の山を凄まじいスピードで捌いていく。休憩は適度に入れるものの、作業中は事務的な会話以外は殆ど先生と言葉を交わすこともなく、淡々とスイは業務をこなしていった。一見事務的に見えるが、別にスイは当番の仕事をさっさと終わらせて帰りたいだとかそんなことは考えていない。彼女には業務を終えた後に別の目的があるのだ。

 

「ふぅ、終わった…… お疲れ様スイ。相変わらずスイの仕事はすごく早いね。夜までかかると思ってたのにまだ外が明るいよ」

 

「お疲れ様です。まぁこれぐらいならなんてことはありませんよ。さあ先生、仕事は終わりましたしアレ、いきましょう」

 

「恒例のアレだね」

 

 スイが当番の日、彼女と先生は仕事終わりに決まってやることがあった。そう、勿論サウナである。とはいってもシャーレの近場のサウナ施設に行く訳ではない。オフィスを出た2人が向かったのはシャーレの外ではなく屋上。エレベーターで最上階へ行き屋上へと繋がる階段を上がりドアを開けると、そこには木製のサウナ小屋に水風呂、休憩用の椅子などがサウナに必要なものが一通り備えられており、完全なサウナ空間となっていた。なんとスイは自分の当番の日に先生とサウナを楽しむという目的のためだけに、シャーレの屋上にプライベートサウナスペースを作ってしまっていたのである。

 

「いやぁ、いつ見てもすごいというか、ここがシャーレだなんて信じられないね」

 

「大自然の中だろうと、都会のド真ん中であろうと、どんな場所でも楽しめるのがサウナの魅力ですからね。さ、早速入りましょう先生」

 

 待ちきれないといった様子のスイの様子を見て先生は微笑ましそうに笑う。

 

 

「なんですってー!? スイあなたシャーレの屋上にサウナを作ったの!?」

 

「ええ。サウナ施設への移動時間でお忙しい先生の時間を無駄にしたくはないので、先生に許可を頂いて作っちゃいました」

 

「スイ、君は相変わらずサウナのことになるととんでもない行動力を見せるね」

 

「ってことはスイが受けた一番良い風ってまさか……」

 

 

 

 水着に着替えたスイと先生は早速サウナ室へと入った。簡素な造りではあるものの、室内は温かな色の照明が備えられており、サウナ室の材料として使われたヒノキの香りも相まって木の温もりを感じることができる。そして何よりスイが拘ったのがサウナ室の側面に備え付けられた窓だ。この窓からはD.U.の景色を一望することができ、特に夜景が見える時間帯は最高のロケーションになり、視覚でも楽しむことができるような造りになっている。

 

「おお、ちょうど夕陽で街が染まって綺麗だね」

 

「ちょうどいい時間でしたね。あ、先生、実は今日はこんなものを持ってきたのですが……」

 

「お、ヴィヒタじゃないか! 流石スイ、用意がいいね」

 

「はい、前に持ってきた時にお気に召したようだったので持ってきました」

 

 プライベートサウナは自由な場所だ。ヴィヒタを持ち込もうが好きなドリンクを飲もうが大声で話をしようが誰にも咎められることもない。好きなようにカスタマイズでき、誰の目も気にせず自由に楽しめるのがプライベートサウナの良い所だ。

 

「はぁ、やっぱりこの香りはすごく良いね」

 

「私もヴィヒタは大好きなんですが、どこのサウナにもある訳じゃないですからね。ここなら持ち込めば好きなだけ使えるので最高ですね」

 

「こんなに贅沢なサウナを無料で使うことができるなんて、本当にスイには感謝しかないなぁ」

 

「いえいえ、ただ私が先生と入りたくて作っただけなので気にしないで下さい。」

 

「でもスイのおかげで私もサウナの魅力を知ることができたし、そのサウナに好きな時に入れるなんて夢のようなことだよ」

 

「はは、そう言われると少し照れますね……」

 

 先生がサウナに入るようになったのは他ならぬスイの影響だった。日々シャーレの業務に忙殺されている先生を癒したい、そして自分が大好きなサウナの魅力を知ってほしいという想いからスイは先生をサウナに連れて行ったのだが、やはり大人だからなのか先生は見事にサウナにハマってしまい、今では立派なサウナーになりスイがいない時でも一人でサウナを楽しむほどになっていた。そしてそのことがとても嬉しかったスイは、サウナ道好会の会長権限を存分に使って勢いでシャーレにサウナを作ってしまったのだった。

 

「じゃあ、ロウリュしますね?」

 

 このサウナではスイが大好きなセルフロウリュもできる。熱したサウナストーンにラドルで水をかけると、蒸気が音を立てて立ち上った。

 

「よし、じゃあ私もひと仕事しようかな」

 

 スイがロウリュを終えると、先生はおもむろに立ち上がった。そしてタオルを手にすると、それをクルクルと頭上で回転させロウリュで発生した蒸気を室内に撹拌した。そう、アウフグースである。勿論先生はアウフグースに関してはスイからやり方を教わっただけの素人なのだが、このプライベートサウナに入る時にはスイは必ずアウフグースを先生にやってもらうのだった。

 

「じゃあ、いくよスイ?」

 

「はい、お願いします」

 

 室内の空気を撹拌し終えた先生がスイの前に立ってタオルを構えると、スイはまるで口づけを待つかのように期待に胸を膨らませながらゆっくりと目を閉じた。

 

「っっ、はぁぁぁ~……」

 

 先生がタオルを扇いだ風を受けたスイは至上の喜びを感じていた。素人である先生の熱波は、技術ではプロの熱波師には到底及ばない。しかし先生が起こす風はどんな熱波師の風でも味わえないような心地よさがあるのだ。優しく包み込むような包容力。まるで先生に守られているかのように感じる慈愛に満ちた風がスイの身体を包み込む。

 

(ああ、先生。やはりあなたは最高のサウナーです……)

 

 プライベートサウナで信頼する先生の熱波を受け蒸される。スイにとってこの時間は何物にも代えがたい至福の時間だった。

 

「ふぅ、ありがとうございました先生。では今度は私が風を送りますので、どうぞおかけください」

 

「頼むよスイ」

 

 2人が交代し今度はスイが先生に風を送る。

 

「どうですか先生っ! 良い風来てますかっ!」

 

「ああ、すごく気持ちいいよ! もう少しお願い!」

 

「はいっ!」

 

 汗だくになりながら風を送りあう2人の顔はこれ以上ない笑顔だった。そうして風を送りあい十分にサウナで蒸された2人は、かけ水で汗を流ししっかり16℃に冷やしたチラー付きの水風呂に雪崩れるように飛び込んだ。

 

「ははっ、この冷たさ最高っ! はぁー気持ちいーっ!」 

 

「はいっ、最高ですね先生!」

 

 まるで水遊びをする子供のようにはしゃぐ先生。生徒の前では努めて大人として振る舞う先生がこうもはしゃぐ姿を見られる機会はあまりないかもしれない。サウナ効果で思考から感覚の世界に切り替わったことで、普段の立場から一時的に解放されたからこそ見られる貴重な先生の姿だった。

 

 水風呂から上がった2人は椅子に座ってすっかり日の暮れたD.U.の夜景を見ながら外気浴を楽しんだ。ビル群から放たれる街の明かりが遠くまで煌々と続いている。

 

「見慣れてるはずのシャーレからの景色も、こうして見ると全然違って見えるね」

 

「解放感があって外気が心地よくて、見慣れた景色が特別なものに見えますよね」

 

「本当に癒される……」

 

「そう言って頂けて嬉しいです。先生はいつも大変そうですから、少しでも気の休まる時間があればと思ってこのサウナを作ったので」

 

「まぁ、大変ではあるけど生徒たちのためだし私が好きでやってることだからね。でもスイにサウナを教えてもらって本当に良かったよ。日常に新しい楽しみができたし、サウナに入ると頭がすっきりするし、ぐっすり眠れるんだ。ゲヘナの救急医学部やトリニティの救護騎士団の子からも体調が良くなったって言われたし、良いことばかりなんだ。だからスイには本当に感謝してるよ」

 

「いえ、それは私ではなくサウナの力ですよ……」

 

「でもスイが教えてくれなかったら、私はサウナの魅力に気が付けなかったかもしれない。だから間違いなくスイのおかげだよ。ありがとう、スイ」

 

「……いえ、お役に立てたのなら幸いです」

 

 先生を癒したいというのもあったが、何より自分が先生とサウナを楽しみたいと思ってやったことだったので、面と向かって先生に感謝されたスイはなんだか照れくさくなって顔を赤らめた。先生とスイ、2人の秘密の時間がゆったりと流れていく。

 

 

「驚いたな、まさか先生がサウナーでしかもそんな良い風を作り出せる人だったなんて……」

 

「シャーレのサウナに初めて入った時に先生がやってみたいと仰ったのでやり方を教えたのですが、本当に予想外でした」

 

 最初は先生が好奇心からスイのアウフグースを見て、自分もやってみたいと言い出したのが始まりだった。そうして何の気なしに先生にやり方を教えたところ、予想に反して先生は素晴らしい熱波を生み出す才能を秘めていたのだった。

 

「先生の風、受けてみたいわね……」

 

「じゃあ、今度先生と一緒にみんなでシャーレのサウナに入りましょうよ」

 

「え、いいの?」

 

「勿論ですよ。あの素晴らしい風を私が独り占めするだなんて、そんなの絶対間違ってますから」

 

「やったわ! 先生とプライベートサウナだなんて最高じゃない!」

 

「ふふ、これはまた楽しみがひとつ増えたな」

 

 こんな流れでアルとウタハを含めたメンバーでシャーレのサウナに入ることになったのだが、それはまた別のお話。

 

「にしても当番の後にプライベートサウナだなんて、贅沢よねぇ」

 

「仕事終わりのサウナは最高ですね。風紀委員時代を思い出します」

 

「それで、その後も先生とふたりきりでサウナを楽しんだのかい?」

 

「それが、ちょっとしたハプニングが起きたんです」

 

 

 スイが言うハプニング。それが起きたのはちょうどスイと先生が2セット目のサウナを楽しんでいた時だった。すっかり暗くなったこの時間にシャーレを訪れる生徒がいた。獣耳に鋭い目つき、ヴァルキューレ警察学校の制服を着た生徒、ヴァルキューレ公安局長の尾刃カンナだった。

 

(仕事が立て込んですっかり遅くなってしまったな。しかしこの案件は今日中に先生に確認して頂かなければ……)

 

 シャーレを訪れたカンナだったが、オフィスを覗いても先生の姿はない。留守かと思ったが、先生のデスクを見ると一枚のメモ書きが置いてあった。

 

(『屋上にいます』…… 休憩中だろうか? こんな時間に申し訳ないが、それでもこの案件は今日中に処理したい。やむを得んか……)

 

 メモを見たカンナは屋上までやってきたのだが、そこには煙突のついた謎の小屋と風呂のようなものがあるばかりで一見先生の姿は見当たらない。どうしたものかと腕を組むカンナだったが、ふと屋上にある小屋から先生のものと思しき声が聞こえるのに気が付き、近くに寄って聞き耳を立ててみる。

 

「それっ、どうだいスイ!」

 

「あぁっ、先生っ……! すごくいいですっ、熱くて、気持ちいいっ……!」

 

(こっ、ここで何をやっているんだ先生はっ……!?)

 

 小屋の中から聞こえてきたのは興奮した様子の先生の声と、生徒と思われる女性の恍惚とした感じの声だった。こんな遅い時間に先生と生徒が誰も来ないであろうシャーレの屋上、しかも怪しげな小屋で二人きり。その上こんな声まで聞こえてくれば勘違いをしてしまうのはもはや必然と言えた。

 

「何をやってるんですか先生っ!」

 

「うわっ、カンナ!? どうしてここに……」

 

 ヴァルキューレ公安局長としてこの状況は見過ごせないと、意を決して小屋のドアを開けたカンナが見たものは、水着姿の先生がタオルで生徒を扇いでいる姿だった。その様子はどう見ても不純な行為をしているようには見えず、室内の状況を把握したカンナは自分があらぬ勘違いをしたことにようやく気が付いた。

 

「なっ、これは一体……?」

 

「えーっと、ちょっとサウナをね……」

 

「サウナ? なぜこんな場所でサウナを? 全くもって意味が分かりません……」

 

 先生はなんとか説明しようとするが、事情を知らないカンナは状況が呑み込めず当然混乱する。

 

「あぁー、それはこの子の趣味で…… カンナは何か用事があったの?」

 

「ええ、そうですが…… この状況で私はどうすれば……?」

 

「えーっと……」

 

 先生とカンナがお互いにどうしたものかと考えていると、横で見ていたスイがすっと間に入った。

 

「カンナさん、といいましたか?」

 

「はい、貴方は……?」

 

 突然の乱入者にスイは一切動じることなく、初対面のカンナの目を見て言った。

 

「私はスイと申します。せっかくですしカンナさんも私たちとサウナに入っていきませんか?」

 

「へっ? あ、その、突然何を……?」

 

「ご心配なく。予備の水着もちゃんとありますし、カンナさんのサイズもあると思います。是非一度、ご一緒しませんか!」

 

「え、あ、その……」

 

 まったく訳の分からない状況なのだが、初対面でありながら全く物怖じせずに迫ってくるスイの圧にカンナは流されていく。そうしてスイの勢いに押されるまま何故かカンナはサウナに入ることになったのだが……

 

 

「カンナどうだい! いい風来てるかい!」

 

「はいっ、すごく、気持ちいいです先生っ!」

 

 ヴァルキューレ公安局長という何かと苦労の多い立場だからか、それとも元々サウナーの素質があったのか、カンナは2セット目には先生が起こす熱波に夢中になってしまう程にすっかりとサウナーになってしまっていた。日常の中にあるささやかな楽しみの時間。こうしてサウナーは今日も増えていく。そしてそのままサウナ、水風呂とローテーションして休憩すると、いつものあの感覚が3人に訪れた。

 

『『『ととのったぁ~~―――』』』

 

 

 

「いやはや、まさかヴァルキューレの公安局長が来るなんて、本当に驚きました」

 

「ていうか何ちゃっかりサウナ布教してるのよ、驚いたのはこっちよ」

 

「公安局長も何かと苦労が多いことだろうし、サウナーになるのは必然だったのかもしれないね」

 

「先生もカンナさんも、日常に癒しを求めてるんですかね……」

 

 スイの言葉にアルとウタハはうんうんと頷く。サウナは頑張る人のための楽しみであり元気の源だ。誰かのために毎日頑張る先生やカンナのような人の気持ちが、風紀委員時代に多忙な生活をしていたスイにはよく分かる。だからこそスイはサウナがそういった働く人達の癒しの場であってほしいと考えており、日々サウナの魅力を発信しキヴォトスに広めているのだ。それが自分を救ってくれたサウナを信じるスイの想い、サ道なのである。

 

 

 

 




先生は大人なんだから当然サウナーの素質があるし、カンナも実質大人みたいなものだからサウナーの素質があるよね(適当)
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