「ふーむ…」
アインズはエ・ランテルの元パナソレイの邸宅──今は魔導王アインズ・ウール・ゴウンの住居──の部屋にそぐわないやけに豪華なベッドで横になって、本を読もうかと思っていたのだが、今日のアインズ当番のメイドであるフィースからの視線が他のメイドよりも凄まじく、いつもの彼女よりも熱心にこちらを見ているように感じられ、本を読むにも読めない状況にいた。
(一体どうしたんだ?)
アインズには何故そのような視線を送られるのか甚だ疑問であったが、それは今日、彼女と街を歩いている際に放った「私にとって最も大事なのはかつての仲間が作り、残したお前たちだ」という言葉を、至高の御方であるアインズ本人の口から聞き、他のシモベ達はそれを聞けていないであろうという特別感によって、いまだにその余韻の
それにより、彼女の忠誠心はこの上ない程になり、アインズがその視線を気にしてしまうくらい、アインズの動きに注視している。
アインズはその視線に耐えきれなくなり、ついにはベッドから体を起こし、フィースを見てみる。
するとやはり、フィースはこちらを熱心に見ているようで、アインズが上体を起こしたことで、立ち上がると思ったのか、立つ準備をしている。アインズはその様子をマジマジと見ながら、何故ここまで視線を送られているのか模索し始める。
しかしこれと言っての理由が見つからず、アインズは長時間フィースを見つめてしまい、どんどん彼女の顔が赤くなる。
「ア、アインズ様?」
フィースはアインズにずっと見つめられてしまい、少し慌てたように名前を呼ぶ。
それでもアインズはその声に反応はせず、未だに思考の真っ只中だ。
それは彼女の視線について、ではなく、いつの間に思考が変わったのか、今はフィースを見て、彼女について考えている。
(フィースはいつ見ても元気そうだよな。人間を下に見ているのは他のNPCと変わらないけど、結構言い方も優しかったし、それなりにマシな性格してそうだよな。それに──)
「フィースは結構可愛いんだよな」
アインズは思わず口に出してしまう。
(あ、やばいっ!こんなこと言ってしまったらアルベドみたいに暴走──)
「そ、そんな、お、お戯を…」
フィースは更に顔を赤くして、その顔を隠すように俯き、その結果上目遣いとなってしまった格好でアインズに言う。
(か、可愛い)
本来であれば(フィースには申し訳ない話となるが)彼女の顔は守護者やプレアデスと比べてしまうとやや見劣りしてしまう。だが、その分彼女には愛嬌というものがあり、更にこういった態度を取られてしまうとそのハンデですら凌駕し、アインズは素直に可愛いと思ってしまう。
アインズの心臓は動かないが、少しドキドキし始めてしまったところで精神が沈静化され、平常心を取り戻す。しかし、先ほど思ったことが無かったことにされる訳ではないので、アインズ、今晩は本を読むことしないで、一度ゆっくりフィースと話をしてみたい気持ちにさせられ、彼女に声をかけてみる。
「フィース?」
「は、はい!」
「その、夜が明けるまで私の話相手になってくれないか?」
「は、はっ!!しかし、私如きがアインズ様のお話相手の役など務まりますでしょうか?」
「何も難しい話をする訳ではない。そういう話はアルベドやデミウルゴスと散々しているからな。そうだな、たまには息抜きというか、日常会話のようなものがしたいと思ってな、付き合ってくれるか?」
「も、もちろんでございます!!」
アインズの言葉にフィースは嬉しさが溢れてくる。
アインズと夜が明けるまで会話ができて、しかもその話はアルベドやデミウルゴスとはしていない話となれば、優越感を覚えてしまい、誰かに今すぐにでも自慢したいくらいだ。
アインズはフィースの前に椅子を持っていき、そこで彼女と話を始める。
しばらく会話をした後、夜はまだ明けないが、彼女はとても話しやすく、ところどころアインズの素が出てしまうほどであった。
それでもフィースはそれに関しては気にすることはなく、つい先日アインズが考えた「これからは対等に生きたい」と言ってしまったらどうなるのだろう、という疑問に関して、フィースで試してみれば良いのではないかと考える。
「フィースはとても話しやすいな」
「勿体なきお言葉です!」
「今後夜のベッド番は全てフィースに任せよう」
「えっ!?ア、アインズ様、それはつまり、毎晩私がアインズ様当番ということでしょうか!?」
「ん?ああそうか、それだと休養日がなくなってしまうから、週に1回は休養日とする」
「かしこまりました!しかし、ほ、本当にわたくしでよろしいのでしょうか?」
「ああ。頼む」
フィースは先程の喜び以上に感情が昂り、昼間から数えて3回目の涙を流す。フィースは、もし自分が夜のアインズ様当番をしてしまえば他の一般メイド達が可哀想だという思いはあるが、アインズ自らが自分にそう言ったのだ。しかもそれが、アインズ様当番ともなれば、即座に断るなどという選択肢など存在しない。
そしてこの日から夜のベッド番はエ・ランテルであろうと、ナザリックであろうとフィースが務めることになり、他の一般メイドから羨望の眼差しで見られ、不満などは一切出ることは無かった。
それどころかフィースは応援されており、一般メイドでも派閥の別れていた「アインズ様の正妻はアルベド様かシャルティア様か」という争いに終止符を打ち、今ではメイド達は全員フィース派となっている。
プレアデスの面々もそこに加わり、少なからずの嫉妬心はあれど、同じメイドとしてフィースを全面に応援している。
何故メイドの皆が揃いも揃ってフィースの応援にシフトしたのかと言えば「夜のベッド番は週6でフィース」という文言は、少しだけ言葉の意味するところを探ってしまえば考えられるのは1つだ。
フィースは夜の間、アインズの寵愛を授かっている。
だからこそ正妻はアルベドでもシャルティアでもなく、完全に一歩進んでいるどころか、ゴール目前であろうフィースが応援されることとなった。それにメイドから正妻ともなれば、かなりの成り上がりであり、現実的に難しそうであるからこそ、応援のしがいもあるというものだ。
フィースとしては、アインズからの提案にそのような考えが浮かぶことは無く、ずっと夜のアインズ当番をしていたのだが、仲間達からそのように言われ続けてしまえば、意識をしないというのが無理な話で、しかもアインズ自身も自分と話す時は口調が変わり、本当にそうなるかもしれないという期待をしてしまっている。
そしてその期待をしてしまえば、恋心というのはすぐに芽生えてしまうもので、アルベドとシャルティアの気持ちを知ってはいても、彼女達にも負けないと自負するくらいアインズに惚れてしまった。
その気持ちが例え不敬であったとしても、身の程知らずであったとしても、抑えられないのだから仕方がない。
そしてフィースは今日、久々に夜のアインズ当番だ。
「失礼します!アインズ様!」
フィースはアインズの自室に入る。
アインズは彼女が椅子に座るのを待ち、いつものポジションに移動して話しかける。
「なんだか久しぶり会うような気がするな。近頃は外で活動するのが多かったから、こうして話すのも結構前のように感じるよ」
「アインズ様は魔導国の王であらせられますからね!その玉体の御多忙さを鑑みれば、アインズ様は頑張られていると思います!」
「ありがとうフィース」
アインズはずっとフィースと話をしていたせいか、たまに弱音を吐く時があり、その都度フィースはアインズを慰めてくれて、そして今のように、頑張りを認めてくれたり、苦労を労ってくれたりなど、アインズにとってかけがいのない言葉をかけてくれる。
アインズはフィースを見つめながら、普段であれば言わないが、この日に限っては精神的疲れもあり、本音を言いたくなってしまい口にする。
「会いたかった」
アインズは数日間ナザリックを離れ、外で活動する際には戦闘能力の持たないフィースは中々外へ連れ出す事はできない。シモベ達に守らせたとしても、どこから敵が現れるのかわからないし、Lv.100プレイヤーの攻撃を一撃でも食らってしまえば、彼女は耐え切る事はできないだろう。
転移でナザリックに帰って来る、という事も考えたのだが、帰ってきてフィースの顔を見て少し話をして再び戻る、というのは少しばかり恥ずかしい。フィースならそれでも喜んでくれるだろうが、残念ながらアインズにはそんな
そのおかげと言えばいいのだろうか、たった数日ではあったが、アインズはフィースと話がしたくて仕方がなかった。
フィースはアインズの「会いたかった」というセリフに満面の笑みで答える。
「はい!私もお会いしたかったです!!」
ずっとフィースと会話をしていてアインズは気が付いたのだが、彼女はあまり照れる事がなく、恥ずかしいことを言ってしまったとしてもアルベドやシャルティアのように暴走することがなく、ただ真っ直ぐに言葉を受け止め、そして返してくれる。
それが世辞やご機嫌取りの為の言葉ではないことは表情や態度からはよく分かり、この距離感がアインズはとても心地が良かった。たまに泣かれるけど。
そしてその居心地の良さは彼女でしか感じることはなく、初めは素で話をしてみて、その反応が大丈夫そうであれば他のシモベにも同じように接してみようと思っていたのだが、未だに素で話す事ができているのはフィースただ1人であり、実のところアインズはそれで満足してしまっていたりもする。
いや、満足どころか、素で話すのはフィースただ1人だけが良い、という自分勝手な気持ちも出てきてしまい、かなりフィースを特別扱いしてしまっている。
(…骨にも恋心ってあったんだな)
アインズはアンデッドになってしまった自分の新たな一面を知る。アルベドやシャルティアの好意に応えられないのは、自分がアンデッドになってしまった事が原因で、そういった感情は無くなってしまったのだと思っていた。しかし実際は違って、単純に彼女達を異性として好きになれなかっただけだったのである。
もしかしたらアルベドやシャルティアとも素で話せれば恋心を抱けたという可能性もあるが、今それを考えたところで意味はない。アインズは別に無理してまで彼女達を好きになろうとは思わないし、正直な話しなりたくもない。
非常に自分勝手な言い分だが、恋の経験などほぼ皆無であったのだし、同時に違う人を好きになるなんて事はしたくない、というアインズなりの礼儀というものがある。
(そこまで器用でもないしな…)
アインズはフィースの顔を見ながら、一応アルベドやシャルティアを同時に好きになれるか考えてみるが、絶対にそんな事は出来ないとアインズは確信を持つ。
そもそも今のフィースに対するこの恋心をどうすればいいのかすら分からないのに、そこに2人もプラスされれば悩みが多すぎて頭蓋骨が灰になってしまうだろうし、それに──。
「アインズ様!」
フィースに呼ばれ、アインズはずっと彼女の顔を眺めていただけだったという事に気づき、思考を止め、反応する。
「ああ、すまない。どうしたんだ?」
「はい!今日は何をお話し致しましょう?」
「そうだなあ…」
アインズは思考を切り替え、今度は様々な話題が頭を駆け巡る。この数日間、外で何か面白い出来事があれば「これは帰ったらフィースに話そう」と、かなりの話題を溜め込んでおり、どれから話すべきか考え中だ。
「あ、そうだ──」
アインズは1番始めの話題を思い付く。
「もし…俺が人間になると言ったら、フィースはどう思う?」
「えっ…。アインズ様が人間に…ですか?」
「ああいや、それだとアインズ・ウール・ゴウンの加入条件を外れてしまうから、種族はフィース達と同じホムンクルスにでもしようか」
「ホムンクルス…そ、それはアルベド様やシャルティア様はご存知なのでしょうか?」
「いや、アイツらにはまだ言っていない。というかフィース以外には誰も知らない」
「そうですか」安心したようにフィースは息を吐き、そのまま続ける。「でしたらまだ、仰らない方がよろしいかと!」
「それは俺にも分かってる。2人に言ってしまえばどうなるか簡単に想像はつくし」
「も、申し訳ございません。出過ぎた真似を」
「そんなことはない。俺のことを心配して言ってくれたのだろうし」
フィースは頭を下げ、謝罪し、アインズがそれを許すとフィースは恐る恐るアインズに問いかける。
「そ、その、訳をお聞かせ願えますか?」
「俺がホムンクルスになる理由か?」
「はい」
アインズはどうしようか悩む。本当のことを言ってしまいたい気持ちはある。しかしその度胸がない。いや、むしろその度胸がないからこそ、このように切り出したのかもしれない。少しでもアインズに言う気があれば、勇気があれば、ここから話し始めるなんてことははなかっただろう。
結局アインズは、かなり濁した言い方になってしまうが、今はこれが限界だ。
「可能性を、広げたいと思ってな」
「可能性…ですか。なるほど」
フィースはアインズの物言いに、その真意を探ろうと頭を巡らすが、あまりにもアインズの答えは短く、かつ答えが絞り切れるようなものではない。アインズの言い方からして、これ以上を教えてくれる事はない、というのは今まで彼と話し続けたフィースには分かりきった事でもある。
なのでフィースはここで更に掘り下げるような事はせず、アインズとしても自分が卑怯なのは理解しているが、フィースがこれ以上聞く事はないと確信しており、こんな言い方となってしまったのだ。
「ごめんな、フィース。今はまだこれしか言えない。俺としてもまだ悩んでいる段階で…」
「い、いえ!アインズ様が謝罪なさるようなことではありません!むしろ私に仰ってくださった、その事だけで私は満足でございます!」
「ありがとう。そ、それで、どう…思う?」
「そうですね…アインズ様がそうすべき、とお考えであるのならばそれがよろしいかとは思いますが、そういった答えをお求めでは無さそうなので、私個人としての意見でもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
「私は…その…は、反対です!」
「そうか…」
アインズはフィースがどちらの意見なのかは全く予想が付かなかったのだが、彼女はどうやら反対派だったようだ。しかし、反対されたからと言って、アインズとしても引くわけにはいかない。
「反対の理由を聞かせてくれるか?」
「はい!アインズ様はアンデッドとしてこの国を治めてきました。そのアインズ様が急にホムンクルスのお姿となってしまえば…魔導国の国民、属国の帝国、そしてその他周辺国家の、混乱を招く可能性がありますし、あとは、アンデッドであらせられるからこそ、アインズ様に忠誠を誓う国民もいると聞き及んでいますので、ホムンクルスのお姿となってしまうのは、国を統治する際にあたりデメリットとなるかと」
なるほど、フィースの言は最もである。しかし──
「フィース、本音を言ってくれないか?」
アインズはフィースが嘘の理由を言っていると見破る。何故なら、出てきた理由が全て魔道王としてのデメリットで、普通であればナザリック目線から話をするはずだ。そして何よりいつもよりも言葉が途切れ途切れであり、普段の彼女ならありえない。
「あ…も、申し訳ございません!!」
勢いよくフィースは頭を下げ、嘘を言ったと認める。何故嘘を言ったのかはわからないが、それを許さないアインズではない。それよりも聞きたいのは彼女の本音であるし、嘘を言ったことなど今は問題ではない。
「いや、それは別に良い。俺はフィースの本音が聞きたいんだ」
「その…」
フィースは顔は上げるが、アインズと目を合わそうとせず、言いづらそうにしている。フィースにとって、これはかなり珍しい事であり、このように言い淀むことや、目を合わせないなんて事は滅多にない。
つまりそれだけの理由であるという事だ。一体どんな理由なのだろうか。
「もし、ホムンクルスのお姿になられてしまえば、ア、アルベド様をベッドに、お誘いになるのでは…と」
「え…?」
アインズは考える。フィースはどちらの意味で拒否をしているのか。
絶対にないが、アルベドをもしベッドに誘ってしまったとして、いくらフィースがベッド番だからと言っても部屋から追い出されてしまう事を懸念しているからなのか、それとも…。
アインズはその答えを知るべく、問いかける。
「フィースのベッド番が無くなってしまうから、ということか?」
「それもありますが、その…それだけでは…ないです」
消え入りそうな声で、だがはっきりと、フィースはそう言った。それの意味するところは、つまり、そういう事なのかもしれない。流石のアインズでも、フィースの言いたい事は察する事ができる。
(フィースはもしかしたら俺と同じ気持ちなのかもしれない)
そのことに気がついたアインズはフィースの頬に手を伸ばそうとする…が、その手は途中で止まってしまい、すぐに引っ込める。骨の手で触ったら痛くないだろうか、冷たくないだろうか、骨で肌に触れたら不快に思われないだろうか、そんなことを思ってしまい、アインズは──フィースに触れる事はしない。
アインズにはたったそれだけのことすらできない。他の配下であれば、そんな事など思う事もなく、普通に触れる事はできるが、フィース相手にだけはどうしてもできなかった。
「フィース」
「はい」
フィースを呼ぶと、先程の彼女の発言に思うところでもあるのだろう、いつものような元気な返事ではなく、小さな声だった。
「やっぱりホムンクルスになろうと思う」
「かしこまり…ました」
今度の声は悲しそうであり、恐らくフィースは勘違いをしてしまっている。その勘違いを正そうとアインズはなるべく優しく話す。
「フィース、こっちを向いてくれ」
「はい」
フィースは曇った表情で、ゆっくりとアインズに顔を向け、目を見る。
「アルベドをベッドに誘うつもりはない。約束しよう」
本当はこう言った後に手を握ってあげたい。不安そうな彼女を安心させたい。でもそんなことはやはりできない。
そんな臆病な心は、アインズに嫌悪を感じさせるが、同時に、決心もさせる。
「でもやっぱり、ホムンクルスになろうと思う。アルベドもシャルティアも誘うような事はしない。なんなら…そうだな、ホムンクルスの姿になるのはフィースの前だけでいい。それなら…どうだ?」
ここまで言ってしまえば、ホムンクルスになりたい理由など分かってしまいそうなものだが、アインズはそれでも構わない。フィースだって勇気を出して言ったのだ。それに比べればこの程度などいくらでも言おう。
「ア、アインズ様…それはつまり…。い、いえ、かしこまりました!」
フィースはアインズの言いたい事を察したのだろうが、それに関しては触れず、アインズに従い、そして続ける。
「ところで、アンデッドの種族変更はできないと記憶していたのですが」
そう。フィースの言う通り、アンデッドは種族変更はできない。それはアンデッドというのは死体であり、それを人間などの生物にしてしまうとなると、生き返るという扱いになり、それは種族変更の範囲ではない。
しかしアインズには考えがあった。
「ああ、もちろんそれは知ってる。でも、種族変更じゃなくて、見た目だけ変更ならできるのではないかと思ってな」
アインズはホムンクルスになる際に当たって、《
そしてデメリットとして、時間制限をつけるか、そういう魔法をお願いして、MP消費による種族変更とすれば恐らく可能なはずだ。
「試してみる価値はある」
「い、今行うのですか?」
「ん?あ、ああ。不都合か?」
「いえ!そのような事はございません!」
「そうか?じゃあ見ててくれ」
アインズは《流れ星の指輪》を取り出し、早速願い事をする。
願い事は以下の通りである。
・見た目をホムンクルスにする
・アンデッドの特性を無効にして、ホムンクルスの最低限の特性の習得
・ホムンクルスの間は常にMP消費させ、また時間制限としてホムンクルスの姿でいられるのは24時間
・リキャストあり
・リキャストタイムは指輪の判定に任せる
アインズが指輪に願うと、魔法陣が浮かび、そして──発動された。
アインズはすぐさま自分の体を確認する。
「ア、アインズ様?」
フィースは心配そうに声をかけてきて、その理由はすぐにわかった。指輪が発動されたにも関わらず、何も変わっていないからだ。未だに骨のままなのである。
だが確かに指輪は発動され、シャルティアの時のように失敗したという感覚はなかった。
アインズは少し考えると、突如、自分がどうやったらホムンクルスの姿になれるのかを感覚で理解し初め、やはり失敗ではなかったと確信し、それをフィースに伝える。
「大丈夫だフィース。ちゃんと成功している」
アインズはそう言って、唐突にホムンクルスの姿になる。今の服装はフィースに選んでもらった、宝石のたくさんついている真紅のローブなので、色んなところが丸見えとなる事はないだろう。
ホムンクルスの姿となったアインズはフィースにその感想を聞く。
「ど、どうだ?」
「はい!とても素晴らしいです!」
目を輝かせてフィースはそう言い、アインズは安心する。そして自分の手を見て、これならフィースに触れることができる、と手を彼女の方へと伸ばす。
しかしやはり──手は止まってしまった。
でも今回は理由が違う。今まではアンデッドであったおかげで、そういった感情は沈静化されたし、そもそも感情の起伏はかなり少なかった。だが今は、その感情が直に来て、アンデッドの時よりもかなり強い。
アインズは手を伸ばしたままの体制で固まる。自分は何をしようとしているのか、下手をすればセクハラと言われるかもしれないし、フィースの気持ちも薄々わかってはいても、勘違いだという可能性もある。
実は今までもそうだった…?
アインズはある可能性に気がつく。本当は骨だからとかそんな理由ではなく、ただ自分がそれをするだけの勇気がなかったことをアンデッドであるから、という言い訳をして避けてきただけではなかったのか。
この手が、フィースに受け入れてもらえない、その恐怖と向き合いたくなかっただけではないのか。
そしてそれに直面した時、自分は今まで通りフィースと接することができたのだろうか、フィースはいつもと同じように接してくれるのだろうか、そんな考えが頭を巡り、伸ばした手が震え始める。
今まで自惚れていたのかもしれない。
何故フィースが受け入れてくれることが前提だったのだろうか、何故ホムンクルスの姿になれば彼女に触れることができると思っていたのだろうか。
手だけではなく、今度はアインズの目が揺れ、呼吸が荒くなり、恐怖に襲われる。
好きな人に嫌われるかもしれない、たったそれだけの事であるはずなのに、考えれば考えるほど怖くなっていく。
そしてアインズは震える手を下ろして、フィースから少し離れようと動こうとした。
だが、その手は下ろせない。フィースに掴まれてしまったからだ。そして掴まれたアインズの震える手は、フィースの暖かい手に導かれ、彼女の頬まで誘導される。
そしてアインズの手がフィースの頬を覆った後、その手は更にフィースの手によって覆われてしまう。
フィースはその手に自分の顔を押し当て、目を瞑る。
「アインズ様。申し訳ございません。私、ずっと気付いておりました。アインズ様がこのようにされたい事を。しかしいつも途中までお手が上がったかと思えば、すぐに引っ込めてしまわれていたので、私は何もできなかったのですが、ずっとお手が上がったままであれば、私は我慢ができません。だから少しだけ、こうさせて下さいませんか?私はずっと、期待してしまっていたので…」
アインズの手に重ねられている彼女の手に力が入っていき、アインズの手は動かせなくなる。
フィースはずっと期待をしていた。その手はいつ、自分に触れてくれるのだろうか。その時はどんな気持ちになるのだろうか。
フィースはその手が自分まで来てくれると信じ、そして願っていた。しかしその時は中々来ない。いつも途中で止まってしまい、惜しいところまですら来た事がない。もしかしたら勘違いで、他の何かをしようとしたのか、それとも途中で止まることに意味があるのか、そんなことはわからない。
それが勘違いであろうがなかろうが、期待をしてしまったのであれば、欲しくなってしまう。常日頃から伸ばされる手は、今度こそ自分に向けられたものかもしれない、今度こそ自分にその手が届くかもしれない。
そんな期待とは裏腹に、その手は無常にもすぐに引っ込められてしまう日々だった。それが今日に限ってその手は、自分までほんの僅かのところで止まり、動くこともない。それに「ホムンクルスになるのはフィースの前だけ」という言葉も頂いており、期待しない方が無理な話だ。
もしかしたらその手を取って欲しいのかもしれない。
フィースはそう考え、アインズの手を取り、自分が望んでいた形へと持っていく。
「フィース」
アインズは親指を動かし、彼女の頬を撫でる。
「はい、アインズ様」
「その…嫌、じゃないか?」
自信無さげな声でアインズは問いかけるが、フィースは目を開き、言う。
「嫌なはずがございません。私はずっと、こうして頂きたかったです」
「そうか」
アインズは自分がどれ程愚かであったのかを悟る。今まで彼女はずっと自分に好意を向けてくれていた。それも自分よがりな好意ではなく、いつもこちらに気を遣いながら、それでも必死にアピールをしてくれていた。
その好意を、アインズは疑ってしまっていたのだ。申し訳なさや、罪悪感、それらを感じながら、アインズは席を立ち、フィースもそれに合わせて立つ。
「フィース?」
「はい」
「その…フィースならベッドに誘っても良いのか?」
フィースは唇を結び、目を伏せ、顔も同時に下に向けながら、小さな声でアインズに言う。
「…はい」
アインズとフィースはこの日、初めての夜を過ごした。
フィースとアインズがこういう関係になるまでにかかった期間までは考えていませんが、少なくともこの時点で王国は滅びております。
エルフの国に行くあたりの時間軸まで進んだってことにしましょうかね。