ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】   作:村上しんご

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<episode12> ゲートの遺した絆

 その日は、静かにやって来た。この世界の科学と異世界の魔法が手を結び、誰も見たことのない魔道具がついに生まれた瞬間だった。

 ゲートを塞ぐためには、この世界と異世界の両方から魔法で封印をしなければならないが、こちらの世界に魔法を使える者などいるわけがなかった。

 そのために江洲小原先生の協力のもと、長い月日を費やして、この装置を創り上げてきたのだと今になって腑に落ちた。

 

 江洲小原先生たちは異世界側に戻り、あっちの世界から魔法でゲートを封印し、こちらの世界ではこの魔道具を使って封印を完成させるのだと聞いた。

 これでゲートの脅威は消え、世界は平和を取り戻す。だが先生たちは異世界に帰り、もう二度と逢えなくなるに違いない。

 裏山に大きな魔道具の部品が次々と運び込まれ、設置が進むその前で、江洲小原先生は難しい顔をして、この国の要人たちと話し込んでいる。

 

 総理大臣やこの国を動かしている官僚たちと、怯みもせずに堂々と渡り合う姿は、もはや教師ではなく、フェルナス公国の皇帝そのものだった。

 僕や生徒たちは、そんな先生の威厳のある姿を、ただ遠巻きに眺めることしかできなかった。

 身近に感じていた江洲小原先生が、異世界の王であることを、まざまざと見せつけられた瞬間で、遠く霞むその姿に誰もが静かに胸を痛めていた。

 

 このまま別れてしまうのは僕にはとても耐えられない。僕たちは近寄りがたいと思いながらも、意を決して一歩踏み出し、先生へと近づいていった。

 

「先生…!」

 

 そう言って声を掛けると、先生はいつもの愛想のない顔でこちらを振り返り、僕たちに目を向けた。

 

「あら、あなたたち…どうしたのですか?」

 

 一見冷たく感じるが、信頼の宿るその眼差しには、どこか温かな光が揺れていた。

 

「おや…この子たちが、マリア様がいつも自慢げに話されている生徒たちですか?」

 

 テレビでしか見たことのないこの国の総理大臣が、意外にも丁寧な口調でそう話す姿に、僕たちは目を丸くした。

 その言葉と姿には、江洲小原先生への深い敬意が滲んでいて、あらためて江洲小原先生の偉大さが胸に刺さった。

 

「はい!私の掛け替えのない生徒たちです…」

 

 総理大臣の前で、毅然とそう宣言する江洲小原先生の顔つきには、何の迷いも感じられない。

 僕は胸が熱く高鳴るのを押さえながら、先生に話を切り出していった。

 

「先生、僕たちから先生に渡したいものがあります…一緒に来て貰えますか?」

 

 僕がそう言うと、先生は静かに目を細めてコクリと頷き、話していた総理大臣に席を外すと一言告げた。

 そして先生は、総理大臣に軽く会釈をすると、僕たちの方へ穏やかに歩み寄ってきた。

 その足取りは、異世界の皇帝としての威厳を保ちつつも、どこか生徒たちに対する親しみを感じさせるものだった。

 

 僕たちは胸の高鳴りを抑えきれず、先生を裏山の少し離れた場所へと案内した。そこには、僕と生徒たちが力を合わせて用意したものが待っていた。

 

「先生、これ…僕たちからの贈り物です!」

 

 僕がそう言って差し出したのは、貼り絵で作った先生の肖像画だった。有名な画家の作品と比べれば見劣りするかもしれないが、僕と生徒たち全員で心を込めて作った作品だった。

 トレードマークのブロンドの巻き髪を揺らし、扇子を口に当てながら、鋭い眼差しの中にも優しさが宿った先生の姿をそのままに描き出していた。

 それは、先生が異世界に帰った後も、この世界と繋がりを感じてほしいと心から願って込めた、ささやかな記念品だった。

 

 先生はそれを手に取ると、指先で軽く撫でながら、しばらく無言で眺めていた。いつも無愛想で感情をあまり表に出さないが、その瞳に一瞬の驚きと、ほのかな喜びが揺れているようにしか見えなかった。

 

「……これは、あなたたちが作ったのですか?」

 

 そう言って絵を見つめながら声を震わせる先生の言葉に、僕たちが「はい。先生が向こうに戻っても、僕たちを忘れないように心を込めて作りました!」と言うと、先生は目を潤ませ、堪えきれずに顔を覆って号泣した。

 声を上げてワンワンと泣きじゃくるその姿は、ただの17歳の少女にしか見えなくて、普段の彼女を知る僕たちは信じられずに目を見開いていた。

 

 素直に感情を露わにする先生に何と声を掛けて良いのか分からない。僕たちはただ立ち尽くし、先生の泣き声が裏山の静寂に響き渡るのを聞いていた。

 それは普段の威厳ある姿からは想像もつかない、17歳の少女そのものの素直な感情が溢れ出す瞬間だった。

 総理大臣や官僚たちと堂々と渡り合っていた皇帝の姿ではなく、そこには人間らしい心のこもった涙があった。

 

「先生…大丈夫ですか?」

 

 僕が恐る恐る声を掛けると、先生は顔を覆っていた手をゆっくりと下ろし、涙で濡れた瞳を僕たちに向けた。

 

「あなたたちの先生になれて、本当に良かった…」

 

 その声は震えながらも優しさに満ちていて、いつもより少しだけ柔らかな響きを帯びていた。先生は肖像画を胸にそっと抱きしめるように持つと、深く息を吸って涙を拭った。

 

「とても素晴らしい絵ですね…異世界に戻っても、これを見ればいつでもあなたたちのことを思い出せます…こんな素敵な贈り物をくれるなんて、本当にありがとう…」

 

 心から礼を述べる先生の姿はより人間味に溢れていた。その姿に、僕たちの緊張も少しずつ解けていき、そんな時、宅間君が静かに口を開いた。

 

「先生、僕たち、先生が異世界に帰っちゃうなんて寂しくて…でも、この絵で少しでもこっちのことを覚えていてくれたら嬉しいと思って…」

 

 宅間君の言葉に目を細めてフッと優しい笑顔を浮かべる先生には、普段の無表情な顔付きなど微塵も感じられない。

 

「忘れるわけがありませんわ…あなたたちは私の誇りです…どんなことがあっても私は、あなたたちとの約束を忘れはしません…」

 

 揺るぎない決意を宿した先生の言葉に、僕たちの胸は再び熱くなった。約束が何を指しているのかは分からなかったが、その言葉に込められた確かな想いが心を震わせて、僕も思わず目を擦りながら涙ぐんでいた。

 

「先生…僕たちも、先生のこと、ずっと忘れません…異世界に行っても、元気でいてくださいね…」

 

 涙を堪えながら必死にそう言うと、先生は優しく微笑んで頷いた。

 

「あなたたちもこの世界で立派に生きてください…私は離れていても、あなたたちをずっと見守っています…」

 

 その瞬間、裏山を抜ける風が少しだけ強く木々をざわめかせ、先生のブロンドの巻き髪がふわりと舞った。

 肖像画と同じ、鋭さと優しさを兼ね備えた眼差しが僕たちを見つめる。別れが近づいていることは分かってはいたが、この時間が永遠に続けばいいと、心の底から願わずにはいられなかった。

 先生は肖像画を大切そうに手に持ったまま、再び総理大臣たちとの話に戻るために歩き出していった。

 

 そして魔道具の設置は完了し、異世界から来た大勢の人たちがゲートの中に姿を消していった。

 最後に残った先生は「また逢いましょう」と言いたげに、僕たちに優しい眼差しでニッコリと微笑んでから、優雅な足取りでゲートの中に入っていった。

 

「先生~!!!」

 

 別れを惜しむ様に生徒たち全員が手を伸ばして叫ぶが、遠ざかる先生に、その声が届いたかどうかは分からない。

 でも、先生が振り返って小さく手を振り返してくれた気がして、僕たちは笑顔で頷き合った。

 先生たちの姿が見えなくなると、魔道具が低い唸りを上げて起動し、ゲートが封印されその痕跡は跡形もなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 先生が居なくなって、あれから既に一か月が過ぎようとしていた。世界の脅威は消え去り、平和な日々が戻ったはずなのに、僕たちの心はモヤモヤとした霧に覆われたままだった。

 僕は再び5年C組の担任に戻ったが、心にポッカリと大きな穴が開いてるよう気分で、チョークを持つ手さえ重く感じる。授業中、黒板に向かっていると、ついあの裏山に目をやってしまう。

 あそこに先生が立っていた姿が、幻のように浮かんでは消える。きっと生徒たちも同じ気持ちだろう。虚ろな目で教科書を眺め、何をしていても上の空だ。

 

 でも、時折誰かが「あの絵、先生気に入ってくれたかな」と呟くのを聞くと、胸の奥が少し温かくなる。先生は異世界で僕たちを見守ってくれている――そう信じたい気持ちが、虚しさを埋める小さな灯りのように感じられた。

 そんなある日、授業を行っていると、教室全体が突然浮かび上った魔法陣の眩しい光に包まれて、息を呑む間もなく異様なざわめきが広がった。気付いた時には既に手遅れで、僕たちは暗闇に飲み込まれていた。

 

「ようこそ、勇者の諸君!」

 

 気が付くと僕たちクラス全員が、冷たい石畳の上に立っていた。目の前には巨大な円形の召喚陣が淡く光を放ち、周囲を取り囲むように鎧を纏った兵士たちが槍を構えている。

 空は鉛色に染まり、遠くには鋭い尖塔が連なる城塞がそびえていて、穏やかだった窓の外の景色とはまるで別世界だった。

 

「何!? どこだよここ!」

 

 宅間君が慌てて立ち上がりそう叫ぶと、他の生徒たちもこの混乱に声を上げ始めた。僕も心臓が跳ねるような恐怖を感じながらも、勇気を振り絞って周りを見回した。

 黒と金の旗が風に揺れ、兵士たちの目は冷たく、まるで獲物を値踏みするような鋭さで僕たちを貫いていた。

 

「静粛に! 異邦人の小童どもが騒ぐな!」

 

 重厚な声が響き渡り、兵士たちの間から一人の男が姿を現した。

 黒いローブに身を包み、顔の半分を覆う鉄仮面をつけたその男は、手に持った杖を石畳に打ち付けると、威圧的な視線で僕たちを見下ろした。

 仮面の隙間から覗く目は冷酷で、まるで感情が欠けているかのようだ。

 

「我がディルファス帝国に召喚されたことを誇りに思え!お前たちは我々の聖戦を勝利に導く“勇者”として召喚されたのだ!フェルナス公国の卑劣な魔術を打ち砕くために!」

 

 フェルナス公国――その名を耳にした瞬間、先生の姿が頭に浮かんだ。

 ブロンドの巻き髪を風に揺らし、鋭い眼差しの中に優しさを宿したあの先生が、僕たちを召喚したこの国と敵対しているなんて……。

 胸が締め付けられる思いと同時に、何か得体の知れない不安が湧き上がってくる。

 

 呆然とする僕たちは、これから何が起こるのかと不安に思いながらも、訳もわからず兵士たちに身柄を拘束されていった。

 

 

 

 

             第一章 〈学園奮闘編〉 Fin

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