ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】   作:村上しんご

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ディルファス帝国編
<episode13> 託された扇子、蘇る一撃


 その日から僕たちの悪夢は始まった。ディルファス帝国に召喚された瞬間から、僕たちの希望は打ち砕かれ、冷たい現実だけが容赦なく押し寄せてきた。

 帝国の人間は僕たちを召喚しながらも、人として見ることすらしなかった。

『勇者』と呼びながらも、彼らは冷たい視線で僕らを一瞥し、嘲るような薄笑いからは、ただの道具か、捨て駒としか見てないことが痛いほど伝わってきた。

 

 薄暗い石牢のような部屋に閉じ込められた僕たちは、見張りの兵士に監視されながら、食事すら満足にできない不自由な生活を強いられていた。

 四六時中、監視の目が光る中、日中は訓練という名目でそこから出され、基礎体力の向上や剣の基本的な使い方、魔法の扱い方まで徹底的に教え込まれていた。

 平和な世界で育った僕たちにとって訓練は過酷で、召喚時にスキルとジョブを授かったものの、まともに扱うことすらできていない。

 

 訓練を終えて石牢のような部屋に戻る頃には、へとへとに疲れ、仲間たちと会話すらできなかった。

 しかし、そんな中にも希望はあった。この世界に江洲小原先生がいるということだ。

 彼女に会うことさえできれば、こんな状況から救ってくれるだろうし、元の世界に帰れるかもしれない。

 僕たちは江洲小原先生に会えることを心の支えに、この過酷な状況を何とか耐えていた。

 

 あいにく、生徒たちと一緒に召喚された僕は、唯一の大人なのにジョブとスキルが貧弱で、あまり警戒されていない。

 それもそのはず、【ジョブ/教師】【スキル/教えを説く者】という、どうにも頼りない僕のステータスは、宅間君の【ジョブ/聖騎士】【スキル/剣聖】と比べても鼻で笑うしかなかった。

 僕はどうにかしてここを抜け出そうと、兵士たちの行動をつぶさに観察し始めていた。

 

 兵士たちの指揮を取っているのは、黒いローブに身を包み、顔の半分を覆う鉄仮面をつけたあの男だった。

 毎朝、訓練場に現れる彼の足音は異様に軽く、まるで影のように移動する姿を目で追うたび、何か得体の知れない力を感じずにはいられなかった。

 ノビルネ閣下と呼ばれるこの男は、この帝国で高位の爵位を授かった者なのか、逆らえるものはいない。

 

 僕はこの子たちの先生として、訓練の苛烈さに一度だけ意見したことがあるが、その時は打ち首にすらなりそうだった。あの冷たい視線を思い出すだけで、今でも背筋が凍る。

 それ以来、僕は彼の視線が僕たちに向けられるたび、息を潜めてやり過ごすしかなかった。

 あの時、僕が口を開かなければ、もしかしたらこんな監視の目は向けられていなかったのかもしれない。

 

 そんなある日、ノビルネが冷ややかな声で「今日はお前たちの経験も兼ねて魔物の討伐に向かう」と言い出した。

 

「当然、お前たちだけで魔物を始末しろ…失敗すれば、その価値もないということだ…」

 

 そう言って高笑いをする彼の鉄仮面の下で、僅かに口元が歪んだように見えた。               

 まるで僕たちを嘲笑うようなその態度に、身体を小刻みに震わせていた伊藤君が、恐怖と怒りで顔を真っ赤にして堪え切れずに声を上げる。

 

「何故、僕たちがそんな事をしなければいけないんだ!」

 

 その瞬間、ノビルネの高笑いがピタリと止み、それと同時に周辺の空気までもが凍り付いた。訓練場のざわめきさえも消え、まるで時間が止まったかのような静寂が辺りを包んだ。

 鉄仮面の下から覗く彼の不気味な目が、鋭く伊藤君を捉えている。その視線は冷たく、まるで虫けらでも見るかのような冷酷さを含んでいた。

 僕はその迫力に圧倒され、その場に立ち尽くし、息を呑むことしかできなかった。

 

「お前が何故だと?」

 

 ノビルネの声は低く、抑揚のない響きで訓練場に響き渡っていった。

 

「お前たちは『勇者』としてこの世界に召喚された!それが全てだ…お前たちに選択の自由などない!帝国の意志に従い、フェルナス公国を打ち倒し、我々に栄光をもたらす道具として存在する…それが召喚されたお前たちの唯一の価値だ!」

 

 伊藤君は内に秘めた悔しさを我慢しきれないのか、拳を握り締め、唇を噛んでいた。その表情を見て、僕たちの気持ちが重なっている気がした。

 しかし、ノビルネに逆らうことは死を意味する。あの鉄仮面の下に隠された本性は、僕たちが想像する以上に冷酷で残忍なものだ。

 

「道具だと…?」

 

 伊藤君がさらに声を震わせて言いかけた瞬間、ノビルネが何も言わずに一歩踏み出す。

 その動きはあまりにも速く、まるで影が伸びるように迅速で、僕は何が起こったのかも分からずに、それを呆然と眺めていた。

 彼の手が剣の柄に触れた瞬間、僕は「やめなさい!」と叫んで身を乗り出していた。

 

 しかし、時は既に遅く、ノビルネが剣を抜き、頭上に掲げて伊藤君の首に向かって剣を振り下ろした。

 その絶望的な光景に、僕も含めた誰もが、もうダメだと目を閉じた。

 

「カキーン!!!」

 

 しかし甲高い金属音が響き、何事かと恐る恐る目を開けると、伊藤君の身体が聖なる光に包まれ、ノビルネの剣を防いでいた。

 よく見ると伊藤君の胸に下げたペンダントが青く光り輝き、そこから広がる光が彼を包み込んでいた。

 それは江洲小原先生がフェルナス公国に帰る直前に、僕たち一人一人に手渡した、最後の贈りものだった。

 

「なにぃ~、何故お前が結界を!!…そ、それは………魔道具か!?よ、寄こせー!!!」

 

 自分の剣が防がれた事に混乱するノビルネは、伊藤君の付けている青く光り輝くペンダントに手を伸ばしていく。

 

「バチーーーーン!!!」

 

 しかし、伊藤君を包み込む光は、彼を守ろうとするかのように、ノビルネの手さえ撥ね退けた。

 

「あれは…最高難易度の結界魔法…こんな子供がなぜ…」

 

 それを見た1人の兵士が独り言の様に呟いた。呆気に取られるその顔は、この結界を張れるものがこの世界でもごく僅かであると感じさせている。

 江洲小原先生が僕らに託した最後の贈りものが、こんな形で僕たちを守ってくれるなんて、心の底から熱い感動が押し寄せてくる。

「私は離れていても、あなたたちをずっと見守っています…」と別れ際に言った、あの言葉が何度も頭を過り、その存在の偉大さを改めて感じさせていた。

 

 生徒たちもそれを感じ取っているのか、それぞれのペンダントをギュッと握り締め、溢れ出す涙で頬を濡らしている。

 確かに帝国は軍事大国だが、フェルナス公国の皇帝:マリア・エスコバルの魔法を間近で見てきた僕らにとって、かれらの魔法は脅威とは思えなかった。

 地震の時に街全体に結界を張り巡らせた先生ならば、この程度の結界なら個々の魔石に込めるのも造作もない事だっただろう。

 

 しかも、マリア先生は僕たちを想い、それぞれの個性に沿った魔法を込めているに違いない。

 だからこそ、僕たちはマリア先生に、全員で元の世界に帰る希望を託しているのだ。

 

「何をしている!お前たち、全員でこいつらをひっ捕らえろ!」

 

 生徒たちが同じようなペンダントを身に着けている事に、気付いたノビルネは兵士たちに僕たちを拘束するように命じていく。

 激怒するその声に奮い立つ兵士たちは、命令に従い真剣を抜いて、生徒たちに向かってにじり寄っていった。

 しかし、生徒たちが危機に直面すると、胸のペンダントが光り輝き、多様な結界が広がり始めていく。

 

 結局、兵士たちは生徒たちを拘束しようとするものの、近寄れずに手を合招いていた。

 

「えーい!そこをどけ!」

 

 そんな状況に業を煮やしたノビルネは、腰を落として剣を構え、兵士たちを一喝する。

 殺意の籠ったその構えは、どす黒いオーラを纏い、生徒たちを一刀両断にしようと剣が唸りを上げていた。

 この軍事大国で屈指の戦力であるノビルネは、世界でも4人しかいないソードマスターで、剣豪のスキルを持った強者だった。

 

 本気になったノビルネに、今の僕たちでは到底敵うことは出来ないし、生徒たちに張られた結界が無事かも分からない。

 そんなことを考えていると、僕の胸のポケットに仕舞い込んでいた扇子が眩しく光り輝いていた。

 その温もりのある輝きは、躊躇する僕の心に勇気を与え、力を漲らせていく。

 

 まるで『生徒たちを守りなさい』と江洲小原先生に言われている気がして、僕は「待て!僕が相手になる!」と思わず叫んでいた。

 その声にゆっくりと振り返るノビルネは、目標を僕に移しただけで、殺意は一向に治っていない。

 黒いオーラが全身から立ち昇るその姿には、剣を振った瞬間に斬撃が放たれそうな気配すら漂っていた。

 

 僕は勝てる見込みなど1mmも無いと思いながらも、懐の扇子を取り出してサッと広げた。

 

「お前、そんな玩具で私に挑むつもりか?ハハハハハ…マリア・エスコバルにでもなったつもりか?」

 

 するとノビルネは江洲小原先生の名を出して、馬鹿にするような高笑いを響かせていった。

 この扇子がマリア・エスコバル本人から託されたものだとは、知る由もないのだろう。

 僕に託されたこの扇子にも魔力が込められているようで、重かった身体が異様に軽くなり、炎のような赤い揺らめきが僕を包み込んでいた。

 

 僕は江洲小原先生の真似をして、扇子を口元に当て、鋭い視線でノビルネを睨んだ。

 

「もういい…お前らの代わりなど、また召喚すればいい…潔く死ぬがよい!」

 

 そう言って睨むノビルネの気迫に圧倒され、僕の手足がブルブルと震え始めて、収まる気配が全くない。

 怖気ずく僕は勝てるとは思っていなかったが、この隙に生徒たちだけでも逃がそうと必死になって立ち向かっていた。

 ノビルネが勢いよく真一文字に剣を振ると、禍々しい気配の黒い斬撃が、僕を目掛けて影のように伸びてくる。

 

 勢いよく向かってくる、その黒い気配を、僕は咄嗟に扇子で受け止め弾き返していた。

 

「ガキーーーン!」

 

「馬鹿な!?私の剣を止めただと…」

 

 扇子に込められた魔力のせいか、高速で向かってきた斬撃に反応は出来たが、躱すだけで精一杯だった。

 しかし、剣を防がれたことに驚愕するノビルネは、信じられないといった様子で呆然と、その場に立ち尽くしている。

 反撃のチャンスは今しかないと思った僕は、扇子をパタッと閉じてノビルネに突進していった。

 

 身体強化の魔法でも掛けられているのか、僕の身体は思った以上に素早く動き、ノビルネさえもそれに驚いている。

 初めて見た時の江洲小原先生の真似をして、ノビルネに向けて扇子を振ると「パァァァーーン!」という小気味の良い音が響き渡り、その身体が竜巻にでも飲み込まれたかのように、螺旋を描いて宙に舞った。

 

 僕自身が信じられない思いで心が震え上がった。扇子を振ったその瞬間、まるで江洲小原先生が僕の身体に乗り移ったかのように、不審者を扇子で軽く払い除けたあの優雅な一撃を、見事に再現させていたからだ。

 扇子が空を切り裂く優雅な弧を描き、風が唸りを上げて渦を巻く様は、先生の鋭い眼差しと自信に満ちた仕草そのもので、僕の手を通じて彼女の力が蘇った瞬間だった。

 

 地面にドサッと叩きつけられるノビルネは完全に意識を失い、周りの兵士たちが予想外の出来事に慌てて駆け寄った。

 僕たちは息を切らしながらも互いに顔を見合わせ、勝利の余韻に浸る間もなく、次の行動を考えなければならなかった。

 訓練場の混乱は広がり、遠くから新たな兵士たちの足音が近づいてくる。帝国は僕たちの反抗を許すはずもなく、このまま追手が来れば全てが終わる。

 

「先生、どうするんですか!?」

 

 生徒たちも危機的な状況で、これがチャンスだと思っているのか、僕の周りに駆け寄ってくる。しかし、生徒たちのペンダントはまだ微かに光っているものの、長くは持たないかもしれない。

 僕も扇子を手に持ったまま、頭をフル回転させていたが、正直なところ、逃げ道が見つからない。

 そんな時、ピカッと光る閃光と共に辺り一面が煙幕に包まれていった。

 

 次の瞬間、雷鳴のような轟音が訓練場を切り裂き、煙の中からメイド服の裾を翻した人影が稲妻のごとく飛び出した。

 

「こっちです!」

 

 その鋭い声に僕たちが呆然と振り返ると、煙が少しずつ晴れ、そこにはメイドのメリーが立っていた。

 彼女の背後には、まるで魔法の残響のような淡い光が揺らめき、どこか懐かしい風が僕たちを包んでいる。

 僕たちは新たな希望を胸に、メリーの後を追って、混乱する帝国の城から抜け出していった。

 

 

 

 

 

                 ~to be continued~

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