ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】 作:村上しんご
二つの月が輝く夜空に、満天の星が輝き、静寂が辺りを包んでいた。乾いた大地に風が吹き、時折砂塵を小さく舞い上げていた。
煌びやかに彩られた街の中とは違って、塀の外には荒れた大地が広がり、僕たちの目の前には街を追い出された人々が暮らすテントが立ち並んでいる。
薄汚れた布が風に揺れ、焚き火の小さな炎が闇の中で頼りなく瞬いているのが見えた。
平等を謳う帝国の言葉とは裏腹に、その実は貧富の差が歴然としていて、この国の人々はこんな光景に驚きもしない。
鋭い目でテントを見つめるメリーが、不意に冷たく呟いた。
「帝国は【人々は平等だ】などと、綺麗ごとを言っていますが、どんなに人々が頑張ろうとも懐を肥やすのは、支配層の人間だけです…それに抗う者をゴミのように捨てておきながら、正義など何処にあるというのでしょうか?」
僕たちの目の前に広がる光景は、帝国の人々が今抱えている現実で、救いの手など見当たらなかった。
「自由と平等」を掲げる理想に踊らされ、悲惨な目に遭うのは弱い者たちばかりだ。国の体制を維持しようと締め付けは激しくなる一方で、テントの焚き火さえも風に消されそうに揺れている。
そんな時、山下君がポツリと呟いた。
「この国の人達は、何故こんな国から逃げ出そうとしないの?」
「逃げ出すことができないのです…」とメリーが冷たく答えた。
「人々の流出を恐れる帝国は、他国に逃げ出そうとする者には公開処刑を行い、それを通報して未然に防いだ者には、ほんの僅かな富を与えます…空腹に喘ぐ者たちが他の国へ逃げ出そうと動き出す者を見かけた時、どうすると思いますか?」
僕たちはメリーの言葉に何も言えなかった。テントの近くにしゃがみ込み、薪の炎が小さく揺れるのを、ただ呆然と眺めていた。
よく見ると生徒たちより年下の子供たちまで、そこで暮らし僅かな食料を分け合っている。
胸に痛みを感じながらも、僕たちは何もできず、メリーの後ろに隠れるようにしてテントの側を通り過ぎようとした。
風が冷たく頬を叩き、焚き火の煙が鼻をつく。すると、テントの影から痩せた男が現れ、警戒するような目で僕たちを見た。
「何だ、お前ら…帝国の犬か?」
その声に僕たちが怯んでいると、メリーが一歩前に出て、クナイを手に持ったまま冷たく言った。
「違う…私たちはフェルナス公国の者だ…」
「な…なんだと…」
そう言って呆気に取られる男は、どこか尊敬の眼差しで僕らを見つめている。
「フェルナス公国…俺たちを助けに来てくれたのか!?」
男の言葉に、僕たちは一瞬言葉を失った。フェルナス公国がこの人々にとって救いの象徴であるなら、マリア先生の存在は僕たちが想像する以上にこの世界に影響を与えているのかもしれない。
だが、僕たちは助けに来たわけではなく、むしろ自分たちが助けを求めている逃亡者だ。その事実をどう伝えるべきか、頭が混乱した。
「助けに…いや、僕たちは…」
僕が口ごもりながら答えを探していると、メリーが再び前に出て、クナイを手に持ったまま男を見据えた。
「私たちはフェルナス公国へ向かう途中だ…助けに来たわけではない!」
メリーの言葉は冷たく突き放すようだった。ここで男に希望を与えても、帝国の問題を根本から解決できなければ周りの者たちの混乱を招くだけだと、彼女は考えたのだろう。
その言葉を聞いて、男は「そうか…」と呟き、遠い目をした。しかし、「フェルナス公国…良いなぁ~」と羨むように言いって、何かを思い出したかのように、少しだけ目を輝かせた。
「あの国はこことは別世界なんだろ?…小国だったフェルナス公国が、マリア・エスコバルが皇帝になってから、驚くほど国が豊かになったって話は帝国にまで届いてる…【人は平等ではない】なんて言いながら、差別も無く個人の強みを活かし、それぞれの人間にチャンスが与えるなんて、こことはまるで違うよ…」
そう話す男はフェルナス公国に希望を抱いているのか、夢見るような顔付きを浮かべていた。
江洲小原先生を知る僕らは、その話に誇らしい気持ちが湧き上がり、胸が熱くなっていた。
異世界の皇帝だという話は聞いてはいたが、向こうの世界に居る時は実感が湧かなくて、どこか他人事のような気がしていた。
しかし、この世界に召喚されて江洲小原先生の名前を聞く度に、その偉大さを強く実感していた。
「あなた達も行きませんか?フェルナス公国…」
「待ちなさい!私たちだけでもこの国を抜けるのは無理があるというのに、そんな大所帯になったら帝国の追っ手も増えて脱出するのは不可能だ!」
ここの人達を哀れに思ったのか、正義感の強い佐藤さんが突然そんなことを口にした。それに慌てるメリーは、佐藤さんの言葉をさえぎるように大きな声で反論した。
「メリーさん…ここに先生が居たら自分たちが助かる為に、この人たちを犠牲にするでしょうか?」
佐藤さんの落ち着いた口調に、メリーは一瞬たじろいでいた。それは江洲小原先生を彷彿させるような威厳を感じさせ、それに押されるメリーは言葉を出せずに目を泳がせていた。
冷静なメリーがこれほど狼狽えるのは、佐藤さんの中に江洲小原先生の意志を継ぐ何かを感じたのだろう。
かつてデモ隊が先生を糾弾した時『先生は悪くない!』と叫び、生卵をぶつけられた佐藤さんは、今では聖女というジョブを授かり、その正義感も以前より増している。
「しかし…」
そう言って言葉を濁すメリーは、僕たちを安全にフェルナス公国に送り届けるために、躊躇っているのだろう。
僕たちはそんなメリーの心情を理解しながらも、先生が人を思う志を忘れる訳にはいかなかった。
「僕たちが守ります!」
僕が思わずそう叫ぶとメリーが小さく笑った。僕の声を聞いて「僕たちも力になります!」と、生徒たちが続けて口を揃えた。
「守る?お嬢さまの力を借りていながら、ノビルネ程度の敵をやっと倒したあなたたちが?…スキルやジョブを授かったからと言って、自分たちに力があると誤解してるのでは?」
含みのあるマリアの口ぶりに、僕たちは動揺を隠し切れなかった。江洲小原先生から託されたペンダントや扇子には、確かに魔法が宿っていたが、少しくらいは自分の力でノビルネを倒したものだと思っていた。
「それはどういう…」と僕が尋ねると、メリーは言葉をさえぎるように、
「あなたがノビルネを倒したのは、全てお嬢様のお力です!その扇子には身体能力や魔力を高める力が込められていて、お嬢様の力の一部を再現しただけです!」と冷たく言い放った。
僕はその言葉にショックに打ちのめされながらも、同時に先生の深い愛情を感じていた。
かつて先生が別れ際に『私は離れていても、あなたたちをずっと見守っています…』と言った言葉は、中身のないものではなく意味のある確かなものだった。
しかし、だからこそ僕たちにはここの人たちを置き去りにするわけにはいかなかった。
「メリーさん、今の私たちにはここの人たちを守る力が無いかも知れません…しかし、私たちには先生が託してくれたペンダントがあります!」
佐藤さんはそう言いながら胸から下げた金色にペンダントを高く掲げた。光り輝くそのペンダントに共鳴するように、生徒たちのそれぞれのペンダントも輝き始めた。
僕の懐の扇子もまた光り輝き、テントの住民が何事かと目を見開いている。
そんな奇跡のような光景を見て、メリーは静かに笑って「分かりました…」と口にした。
「しかし、これだけの大人数です…国境に向かうだけでも容易な事ではありません…」
「何か手は無いのですか?」
僕の言葉に眉を寄せるメリーは「ある事はありますが…」と言って口を濁した。
「あの森の先にクランベルの迷宮があります…しかし、迷宮の中はレベルの高い魔物だらけで、森にもそんな魔物が蠢いています…」
メリーがそう言って遠くの森を示すと、テントの住民は声を上げて騒ぎ出した。
「あれは魔獣の森じゃないか…あんな所に行くなんて命がいくつあっても足りないぜ…」
そう言って顔を曇らせたまま呟いた住民の反応は、その森を抜ける過酷さを物語っていた。
テントの住民たちがざわめき、子供たちが怯えた顔で親にしがみつく中、メリーが鋭い目で僕たちと住民を見据えた。
「美濃又さん…あなたたちはこの人たちを守ることができますか?…そして、住民の方たちはこんな子供たちに命を預けることができますか?」
メリーの双方に投げかける問いかけは、冷たく響きながらも、僕たちと住民の覚悟を確認するようだった。
彼女の声には、感情を抑えた淡々とした調子と、どこか試すような鋭さが混じっている。
僕が扇子を握り締めたまま一瞬言葉を詰まらせると、佐藤さんが涼しい顔で静かに前に出た。
「できます!私たちには先生が託してくれた力がある…そして、私たちは先生の教えを忘れません!」
彼女の胸で金色のペンダントが輝き、その力強い言葉に生徒たち皆が頷いた。
宅間君が剣を握り直し、伊藤君がペンダントを手にして力を込める。そんな時、住民の男が震える声で呟いた。
「フェルナス公国の者なら…俺たちの命を預けてもいい…だが、本当に森を抜けられるのか?」
メリーが小さく息をつき、クナイを手に持ったまま森の奥を見据えた。
「抜けられるかどうかは、あなたたち次第です…私一人ではこの人数を守り切れない…」
その言葉に、僕たちは息を呑んだ。住民たちが不安げに顔を見合わせる中、僕が扇子を掲げて叫んだ。
「僕たちが全員を守ります!みんなで力を合わせれば、必ずフェルナス公国に辿り着ける!」
それは何か勝算があっての言葉では無かった。少しずつ成長している生徒たちの姿が僕の心を奮い立たせて、そう言わずにはいられなかった。
生徒たちが「うおお!」と一斉に声を上げ、住民たちもその熱に押されるように頷いた。メリーが一瞬だけ口元を緩め、「なら、行きましょう」と短く言った。
二つの月が輝く夜空の下、僕たちはクランベルの迷宮へと続く森に足を踏み入れた。冷たい風が木々を揺らし、足元の枯れ葉がカサカサと音を立てている。
住民たちは子供を抱え、荷物を背負って僕たちの後ろに続いていた。
「ところでメリーさん、僕のスキル【教えを説く者】って何なのでしょうか?」
「自分のスキルは他人に言うものではありませんよ…しかし、そんなスキルを授かったのなら、何かしらの変化がある筈ですが、心当たりはありませんか?」
彼女の言葉に、僕は首を振った。確かに扇子には先生の力が宿っているが、それ以外に特別な変化は感じられない。メリーは小さく舌打ちし、「そのうち分かりますよ」とだけ呟いた。
その時、木々の間から低い唸り声が聞こえてきた。赤い目が暗闇で光り、狼のような魔獣がゆっくりと姿を現した。灰色の毛皮に覆われたその体と、鋭い牙が月光に鈍く光っている。
初めての魔物に僕や生徒たちが動じる中、木の枝を手に持つ佐藤さんが、怯む僕たちを置き去りにして、ゆっくりと前に出た。
「私に任せてください!」
そう言って自信ありげな様子を見せる彼女は、木の枝を杖のように掲げて静かに呪文を唱え始めた。
まるで覚醒したかのように、いつの間にか成長を見せる彼女は、以前とは違って頼りに出来る存在感に溢れていた。
「シャイニングアロー!!!」
佐藤さんの声が森の深緑に響き渡ると、木の枝の先から眩い光の矢が高速で放たれていく。
弓矢のような鋭い矛先を持つ金色の光が魔獣の胸を貫き、一瞬にしてその体を焼き尽くしていた。
魔獣が悲鳴を上げて倒れると、周囲の魔獣たちが一瞬動きを止めて、警戒するように彼女の周りをグルグルと回り始めた。
魔獣が隙を見せたそんな瞬間、僕の頭の中に彼女の成長への道筋が、光の図形となって浮かび上がった。
「佐藤さん!ホーリーライトだ!」
僕の頭に浮かんでいたのは、彼女のスキルツリーだった。それはまるで黄金の枝が広がる樹形図のようで、佐藤さんの力が線と点で繋がれていた。
枝の先には「シャイニングアロー」が輝き、その隣に薄暗く「ホーリーライト」と刻まれた未収得の文字が並んでいた。
でも、さっきの魔獣への一撃で、その文字が金色に光り、封印が解かれていたのだ。
「ホーリーライト!!!」
僕の指示通りに彼女が声を上げると、黄金色に輝く光が辺りを照らし、僕たちを包み込んでいく。
光は魔獣たちの赤い目を怯ませ、後退させると同時に、僕たちの傷を癒し、力を取り戻させてくれた。
ここぞとばかりに伊藤君と宅間君が前に出て、怯む魔獣たちに剣を振り上げていく。
その時、僕の頭に光の図形がまた浮かび、二人のスキルツリーが輝いた。「これが俺の力か!」と興奮しながら叫んだ。
「伊藤君は身体強化!宅間君は一閃を!」
僕の言葉に伊藤君が「身体強化!」と叫ぶと、彼の体がオーラに包まれた様に淡く輝き、魔獣の爪を弾き返して怯ませた。
「一閃!」と言いながら宅間君が剣を振ると、刃が光を帯びながら鋭い斬撃を放ち、魔獣の身体を真っ二つに切り裂いた。
そこに山下君まで加わり、彼の拳が輝いて援護の一撃を放つと、強烈な衝撃波が魔獣を吹き飛ばし、次から次へと悲鳴を上げて倒れていった。
伊藤君は目を丸くして輝く腕を見つめ、宅間君は剣を握り直して息を呑み、山下君は拳を握ったまま呆然と立ち尽くしていた。3人とも、自分の力が信じられないといった顔で驚いている。
戦闘の余韻の中、僕に目を向ける伊藤君が、呆然としながら口を開いた。
「美濃又先生…これって…?」
「君たちの力だよ…どうやら僕はこの世界でも君たちに教えることがあるようだ…」
そう言って3人に微笑みかける僕を、メリーと佐藤さんが見て笑っている。
住民たちが安堵の息をつきながら涙を流し、子供たちが歓声を上げて駆け寄ってくる中、僕は扇子を握りながら強くなろうと決意を固めていた。
~to be continued~