ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】   作:村上しんご

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<episode16> 迷宮の住人たち

 ついに迷宮の入り口にまで到達し、僕たちはその前で最後の休息を取っていた。

 苔むした石門がそびえ立つこの場所に来るまで、幾度も魔物と遭遇し、それを迎え撃った僕たちはレベルが上がり、最初の頃とは比べ物にならないくらいの強さになっていた。

 僕のスキル【教えを説く者】で、効率よく力を付けていく生徒たちは、新たなスキルを習得したり、クラスチェンジする者まで現れている。

 

 生徒たちの進化の先が見える僕は、彼らの成長の手助けになるように、魔導士だった伊藤君を賢者に、武闘家だった山下君を拳闘王にクラスチェンジさせていた。

 佐藤さんや宅間君は元々、上級職だったこともあってクラスチェンジはなかったが、新たなスキルや魔法を覚えて確実に成長している。

 それぞれの生徒たちが成長していく姿を見て、僕も人知れず鍛錬に励み、僅かだが成長したと実感していた。

 

 夜ごと、人の目を盗み扇子を手にして江洲小原先生の動きを真似る僕は、今では素早い動きで木の枝を切り裂けるまでになった。

 今の僕たちならば、迷宮の中の魔物であろうとも、無様に負けることなど無いだろう。

 帝国の兵士たちも、ここの魔物に恐れをなしているのか、追ってくる様子も見当たらない。

 一時の心休まる平和な状況で、僕はメリーと地図を広げながら、この迷宮を抜けるための作戦を立てていた。

 

「ここは元々、ディルファス帝国とフェルナス公国を繋ぐ隠し通路だったのです…帝国と公国の国交が無くなってから使われることが無くなり、森の魔物たちが住み着くようになってダンジョン化したと聞いています…」

 

「では、公国に繋がっているという訳ですね?」

 

「はい…しかし、公国側の入り口は厳重な結界で塞がれていて、そこにはこの迷宮のボスともいえるストーンゴーレムが居ます…」

 

 メリーはポケットから取り出した魔石を見せながら話し続けた。

 

「結界はお嬢様から預かったこの魔石で何とかなりますが、ゴーレムは一筋縄ではいかないでしょう…」

 

 ゴーレムの話を聞いて、僕は内心で息を呑んだ。訓練の最中に帝国を逃げ出した僕たちは、まともな装備など持っていなかったからだ。

 服装はこの世界に召喚された時の、学校に通っている服装のままだし、武器だって訓練で使っていた槍と剣しか持っていない。

 今まではこんな軽装でも何とか魔物を倒してきたが、ボスと言われるくらいの相手なら、かなりの強敵で今までのようにはいかないだろう。

 

 こんな装備でそんな強敵を相手にするなんて不安しかなかった。武器だけでも手に入れたかったが、こんな場所でまともな装備が手に入るはずもない。

 不安が募り、僕は小さく呟いた。

 

「そうだ…せめて武器が欲しい…」

 

 それを聞いたメリーが地図を畳みながら鋭く言った。

 

「装備がなくても、あなた達にはお嬢様が託されたペンダントがあるでしょう…ストーンゴーレムは確かに強敵ですが、そのペンダントがあれば殆どの攻撃は防げるはずです…」

 

 周りで耳を傾けていた生徒たちが息を呑む中、その言葉に僕はハッとした。確かに、僕たちには先生に託された力がある。装備が貧弱でも、知恵と力を合わせれば道は開けるかもしれない。

 

「そうですね…そろそろ行きましょうか!」

 

 意を決した僕は扇子を握り締めてスッと立ち上がり、冷たい風が吹き抜ける迷宮の中へと、一歩踏み込んでいった。

 シーンと静まり返った迷宮の中は予想以上に暗く、足元の石が湿気で滑りやすくなっていた。

 佐藤さんが暗闇に戸惑う僕らを手助けするように『ホーリーライト!』と叫び、木の枝から放たれた光が通路を照らし、苔むした壁に奇妙な模様を浮かび上がらせた。

 

 そんな緊迫した空気の中、僕たちの背後から野太い声が、いきなり響き渡っていった。

 

「おい!お前ら何者だ!?」

 

 僕たちは一斉に声のする方向に振り返ったが、暗闇の奥に人影はまだ見えない。佐藤さんの光が届く範囲を超えて、野太い声だけが響き続けていた。

 

「おい!答えろ!帝国の人間か、それとも別の何かか!?」

 

 その声に、宅間君が剣を構えて叫び返した。

 

「俺たちは帝国から逃げてきた!フェルナス公国へ向かっている!」

 

 すると、声が一瞬止まり、数秒の静寂が流れた。やがて、低い笑い声が響き、暗闇からがっしりした影がゆっくりと姿を現した。

 光に照らされたその男は、人間よりも背が低く、肩幅が異様に広いドワーフだった。ぼさぼさの赤い髭が顔を覆い、ボロボロの革鎧に身を包んでいる。

 片手には錆びた戦斧を持ち、もう片手には小さな松明を掲げていた。額には汗と煤が混じり、鋭い目が僕たちをじろりと見据えている。

 

「フェルナス公国だと?妙なガキどもを連れて、そんな所を目指すとはな…」

 

 彼の声は野太く、迷宮の壁に反響して重々しく響いた。 メリーがクナイを握り締め、一歩前に出て鋭く言った。

「お前こそ何者だ?この迷宮で何をしている?」

 

 ドワーフが鼻を鳴らし、戦斧を肩に担いで笑った。

 

「俺はクラゴール、帝国に追われたドワーフの鍛冶師だ…この迷宮には俺たちの隠れ家がある…魔物のおかげで、ここには誰も寄り付きゃしねぇのさ…」

 

 彼の言葉に、僕たちは息を呑んだ。帝国を追われたドワーフ…彼らもまた、この過酷な世界で生き延びるために戦ってきたのだろう。

 そんな彼に佐藤さんが木の枝を手に持ったまま、優しく尋ねた。

 

「帝国に追われたって…あなたも辛い目に遭ってきたんですね…私たちと一緒にフェルナス公国へ行きませんか?」

 

 クラゴールが目を細め、一瞬黙った後、再び低く笑った。

 

「そいつは魅力的な話だが、もうここが俺らの住処なんだよ…よし、お前らを俺たちの村に招待してやるよ…これでも俺は村長なんだ…」

 

 僕たちは勢いに押されて、クラゴールの後に続き、迷宮の奥へと進んでいった。通路の先には、石壁をくり抜いた跡があり、そこから先に掘り進んだような通路が続いていた。

 そこを抜けると大きな空洞が広がっていて、驚く事にそこいっぱいに住宅が立ち並び、村と呼べるほどの集落ができている。

 いくつもの家屋や店が立ち並び、行き交うドワーフたちが道端で会話している光景は、外で見る一般の街並みと何ら変わりは無かった。

 

 僕たちが空洞に足を踏み入れると、焚き火の明かりが揺れ、ドワーフたちが一斉にこちらを目を向けた。

 その時、クラゴールが戦斧を地面にドンと突き立てて叫んだ。

「おい、みんな!こいつらは帝国から逃げてきたってよ!フェルナス公国を目指してるらしいぜ!」

 

 ドワーフたちがざわめき、その子供たちが興味津々に近づいてきた。だが、クラゴールの目は僕たちをじっと見つめたまま、特に佐藤さんの胸元で揺れるペンダントに注がれていた。

 

 彼が急に目を細め、低い声で呟いた。

 

「お前ら…その首にかけてるペンダント、何だ?ただの飾りじゃねぇな!」

 

 その言葉に、僕たちはハッとした。確かに、江洲小原先生が生徒たちに託したペンダントは、ただの装身具じゃない。メリーが教えてくれたように、危機になった時、身を守る力がある特別なものだ。でも、クラゴールがそれを見抜くなんて…。

 僕はたじろぎながらも扇子を握りしめて尋ねた。

 

「どうして分かったんですか?これが特別なものだって…」

 僕のその言葉にクラゴールが髭を掻きながらニヤリと笑った。

 

「俺は鑑定のスキルを持っている…魔道具だってことは最初からお見通しさ…そのペンダントは何重にも複雑な結界が張り巡らされてて、このガキどもの、それぞれの相性に合った魔法まで込められてる…そんなアーティファクト級の魔道具を、なぜこんなガキどもたちが惜しげもなく首からぶら下げてるんだ?どんな錬金術師だって、それ一つ作るのに5年は掛かる代物なんだぜ!」

 

 彼の目が鋭くなり、戦斧を肩に戻しながら話し続けた。

 

「それにお前が持ってる扇子は何だ!?聖剣エクスカリバー並みの伝説級の武器じゃねえか!体力、腕力、魔力、素早さ、全て5倍に引き上げて、ペンダントと同じ多重結界まで張ってやがる!おまけにお前の基本能力まで底上げしてるなんて、ふざけんなよ!!」

 

 クラゴールの叫び声に、僕たちは一瞬言葉を失った。特別なものだとは思っていたが、アーティファクトだなんて思ってもいなかった。

 僕の頭の中には江洲小原先生が夜な夜な、疲れ果てた顔で一人一人のことを想いながら、ペンダント作り、魔力を込める姿が浮かんでいた。

 眠気と戦い、震える手で一つ一つ丁寧に魔法を刻み込むその姿を想像すると、目頭が熱くなり、涙が溢れそうだった。

 

 鍛冶屋のドワーフにアーティファクト級とまで言われるほどの凄いモノなら、きっと簡単になど作れなかったに違いない。どれだけの時間と、どれだけの心を注いでくれたのだろう。

 生徒たちも同じことを思っているのか、泣きそうな顔で押し黙っていた。佐藤さんは木の枝を握り潰さんばかりに力を込め、宅間君は剣の柄に触れた手を震わせていた。

 しかし、感傷に浸っている僕たちを前にして、クラゴールはお構いなしに言葉を言い放つ。

 

「お前ら本当に何者なんだよ…そんな物騒なモノ持ち歩きやがって…この村に災いを及ぼすなら、ただじゃおかねえぞ!」

 

 気迫のこもったクラゴールの言葉に僕たちは怯んでいた。村を守ろうとする彼の決意は、僕たちと同じ真っ直ぐなもので、疚しい気持ちなど何処にも見られなかった。

 嘘偽りのないその気持ちは、自分たちの居場所を守ろうとするもので、僕たちにもその決意が伝わっている。

 こんな思いを向けられたら、僕たちだって隠し事など出来るはずもない。

 

「僕たちは先生に会うためにフェルナス公国へ行きたいだけなんです!あなた方の村の事は誰にも言いません!」

 

「先生?お前ら師匠がいるのか?」

 

 僕の言葉にクラゴールはそう言いながらフッと真顔になった。

 

「はい!江洲小原先生は僕たちの師匠です!」

 

「エスコバル…公国の皇帝マリア・エスコバルか!?」

 

 僕が江洲小原先生の名前を口に出すと、クラゴールの顔つきは見る見る青ざめていった。

 その青ざめた顔を見て、僕はただ事ではないと、思わず口を開いた。

 

「クラゴールさん…江洲小原先生を知ってるんですか?」

 

「知らない訳ねぇだろ!?この世界の希望だぜ!公国や帝国だけじゃない!この世界の全ての人間がマリア・エスコバルに希望を抱いている………だったら、そんな魔道具を持っているのも納得だ…」

 

 クラゴールは僕の言葉を聞いて、言いたいことを一気に捲し立てると、納得したような顔つきをして、ゆっくりと目を閉じていった。

 そして、再び目を開くと立て続けに口を開いていく。

 

「以前は公国だって、帝国と変わらない貧富の差が激しい国だったんだよ…四大公爵の覇権争いで内戦だって絶えなかった…だが、マリア・エスコバルが皇帝になってから全てが変わった…」

 

 クラゴールが目を細め、声を低くして話し続けた。 やつ

「四大公爵をまとめて内戦を終わらせたばかりか、【人は平等ではない】と言いながら、誰もがソッポを向く奴にすらも出来ることでチャンスを与えた…」

 

 熱く語り出すクラゴールの話に、何故かメリーは誇らしげな顔をして、鼻高々に喜びを見せている。

 クラゴールはそんな様子など見向きもせずに、再び目を閉じながら話続けていった。

 

「彼女のそんな考えを象徴する話がある…彼女が幼き日、荒れ果てた村に足を踏み入れ、そこで飢えと絶望に打ちひしがれた人たちを見つけた…力も知恵もないと嘆く彼らに、彼女は静かにこう言ったんだ!『力があるのなら戦えばいい…頭が良いのなら知恵を出せばいい…何も思いつかないのなら出来ることを探せばいい…どんな人間にも出来る事も出来ない事も必ずあるのだから』と…」

 

 クラゴールはそう言いながら自分の話に酔いしれていた。

 

「その言葉を聞いた村人たちは、自分たちに出来ることを探し始めた…戦える者は剣を手にし、知恵のある者は村の再建を計画し、子供さえも水を運んだり石を拾ったりした…そして数年後、その村は豊かな田畑に囲まれた集落に生まれ変わった…マリア・エスコバルはそんな風に、どんな人間にも希望の種を蒔いたんだ…」

 

 クラゴールのそんな話を聞いて、メリーは天を見上げ、過去を思い出したような誇らしげな笑みを浮かべていた。

 僕らも、そんな逸話まで語られる江洲小原先生の事を誇りに思い、胸が熱くなっていた。

 しかし、話に酔いしれたクラゴールの言葉は、まだ終わらない。

「そんな思想を持った皇帝の下で暮らす公国民は、笑顔を取り戻していった!おまけに異世界との交流まで始めて、魔法の代わりに電気って力で街を照らし、自動車って鉄の馬車が道を走り、雲を貫くような建物がそびえ立つ…公国をそんな見違えるような国にしたマリア・エスコバルに、希望を抱かずにいる人間なんて居るはずもねぇ!」

 

 言いたいことを全て伝え終えたクラゴールは、話し終えるとハッと我に返り、気まずそうに咳ばらいをしていく。

 僕はその話を聞いて更に胸が熱くなり、涙が溢れそうだった。僕たちの国と交流していた江洲小原先生は、その技術をこの世界に持ち帰って発展させていたのだ。

 そんなフェルナス公国は帝国と違って、少しは近代的になっているのだろうか。そんな考えを巡らせていると、クラゴールがまた口を開いた。

 

「お前ら、ここから先に行く為の武器が欲しいんだろ?」

 

 心を見透かされた様な気がして、僕は一瞬息を呑んだ。確かにストーンゴーレムを相手にするには、今の武器では心もとなかった。

 

「は…はい…」

 

 躊躇いがちに僕が返事をすると、クラゴールがニヤリと笑って口を開いた。

 

「俺の作った武器、お前らにくれてやろうか?…その代わり、その魔道具の作り方や、公国をあんな街並みに変えたマリア・エスコバルの知識を俺にくれ!」

 

 そう言って目を輝かせるクラゴールは、鍛冶屋としての貪欲な感情が、まざまざと現れていた。

 僕が躊躇いがちに「はい…」と答えると、クラゴールは返事も聞かずに話し続けた。

 

「たしかに、あんな高度な技術を共有したくないという、お前たちの気持ちも分かる!しかし、ゴーレムを倒すには………ん?今なんて言った?」

 

「はい…」

 

 僕がキョトンとしてると、クラゴールは僕の顔を訝しげに覗き込んでいく。『聞き間違えか?』とでも言いそうなその顔に、僕は思わず吹き出していた。

 その顔を見て、僕は笑いながら言った。

 

「マリア先生は私利私欲に走る人じゃない!あなたの言葉を伝えたら、この魔道具の作り方も異世界の技術だって包み隠さず教えてくれますよ!」

 

「本当に…?」

 

「はい!」

 

「あのマリア・エスコバルが直々に?」

 

「はい!」

 

 僕が気前よく即答すると、クラゴールは目を輝かせて『ガハハハッ…』と高笑いを始めた。

 そして「よし、付いてきな!」と言いながら、僕たちを引き連れて、自分の店の中に足を運んでいった。

 クラゴールも、また江洲小原先生に希望を抱く一人で、世界に大勢いる先生のファンの1人なのだ。

 

 僕らの街で絶望する人々に手を差し伸べて、希望を与えた江洲小原先生は、こっちの世界でも不遇な目に遭う人々に希望を与え続けていた。

 そんな先生の事を思うと、誇らしくて胸が熱くなっていく。僕は意味も無く、誇らしげな笑顔を浮かべているメリーと勢いよくハイタッチをし、その響きが静かな迷宮に軽やかに響き渡った。

 

 

 

 

 

              ~to be continued~

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