ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】 作:村上しんご
「さぁ、どれでも好きなものを選びな!」
クラゴールは店の中に入ると、そう言って大きく手を広げた。気前の良いその態度は、自信の表れなのか、店の中は壁一面に武器や防具がずらりと並び、焚き火の明かりに照らされて鈍く輝いている。
剣、斧、槍、盾――どれも粗野だが、ドワーフの鍛冶技術の確かさが感じられるものばかりだ。
ところどころに煤や傷が付いた作業台には、未完成の刃や鎧の欠片が散らばっていて、クラゴールの情熱とこだわりがそこかしこに漂っている。
生徒たちも互いに顔を見合わせ、どの武器を選ぶべきか迷っているようだ。
佐藤さんは木の枝を手に持ったまま、じっと棚の奥を見つめ、宅間君は剣の柄を握り直し、試すように軽く振りながら考え込んでいる。
山下君は拳を握り、武器よりも自分の拳で戦いたいという気持ちが顔に浮かんでいる。
「クラゴールさん、こんな立派な武器をくれるなんて…本当にいいんですか?」
僕は思わず尋ねた。こんな状況で、こんな貴重なものをただでくれるなんて、どこか裏があるんじゃないかと疑ってしまう。
するとクラゴールが髭を掻きながらニヤリと笑った。
「疑り深い奴だな!だが、まぁ、いい…俺にとっちゃ、マリア・エスコバルはどんな金銀財宝よりも価値がある…」
彼は一瞬声を低くし、僕たちをじろりと見た。
「それに、お前らがフェルナス公国に辿り着いて、俺たちのことをちゃんと伝えりゃ、それで十分だ…帝国の奴らにここがバレたら、俺たちゃ終わりだからな…」
その言葉に、僕たちはクラゴールたちの置かれた状況を改めて思い知った。彼らもまた、帝国の抑圧から逃れ、必死に生き延びている。この村は彼らの最後の砦であり、僕たちを簡単に信じるわけにはいかないのだ。
「分かりました!約束します…僕たちはフェルナス公国に着いたら、必ずマリア先生にクラゴールさんたちのことを伝えます…」
「ハッ!その意気だ!」クラゴールが僕の言葉を遮り、ドンと床を踏み鳴らした。
「さぁ、さっさと選べ!ストーンゴーレムをぶっ倒すには、いい武器が必要だろ?」
その言葉で生徒たちが一斉に動き出し、棚に並んだ武器を手に取り始めた。武器を手にした生徒たちは、今まで以上に頼もしく見えて、そんな生徒たちの成長した姿を、僕は誇らしく思っていた。
ストーンゴーレムがどんなに強かろうと、今の僕たちが力を合わせれば、きっと何とかなる筈だ。
僕たちはクラゴールにしばしの別れを告げ、ドワーフの村を後にし、迷宮の奥へと進んでいった。
迷宮の中で襲い掛かってくる魔物たちは、森の魔物たちより遥かに強かった。
石のように硬い甲殻を持つ巨大な獣や、闇に溶け込むように素早く動く影の怪物が、次々と僕たちに襲いかかってきた。
だが、新たな武器を手にした僕たちも想像以上に強くなり、襲い掛かる魔物を次から次へと倒し続けていった。
クラゴールから貰い受けた武器は、見た目の粗野さとは裏腹に驚くほど軽く、刃の一振りごとに魔物の甲殻を易々と切り裂くほどの質の良さだった。
生徒たちもその使い勝手の良さに目を輝かせ、張り切って戦いに臨んでいた。
特に、ちゃんとした杖を手にした伊藤君と佐藤さんの魔法の能力は格段に上がっていた。
伊藤君が放つ雷撃魔法は迷宮の闇を切り裂き、轟音と共に魔物を吹き飛ばし、佐藤さんの光の矢は一瞬で敵を焼き払った。
その威力の凄さに、僕の頭には彼らのスキルツリーが輝き、新たな魔法の可能性も浮かんでいた。宅間君が剣を振るうたび「すげえ!」と叫び、山下君が拳を振り上げながら笑う姿に、他の生徒たちの士気も高まっていく。
こんな状況でも、みんなが一つになって戦っている――それが、僕の心を熱くさせた。
しかし、迷宮の奥に進むにつれ、魔物の数も減っていき、辺りは異様な静けさに包まれていく。
足元の石畳が湿気で滑りやすくなり、壁に生えた苔が微かに青白く光っていた。
まるで迷宮自体が息を潜め、何かを待ち構えているかのよう静まり返っていた。
生徒たちの笑顔も次第に消え、代わりに緊張した面持ちが広がっていく。僕も扇子を握り締め、胸の奥でざわつく不安が急に込み上げてくる。
「美濃又さん、来ますよ…」
メリーが囁くように言い、クナイを手に周囲を鋭く見回した。彼女の声は小さかったが、その響きには暗殺者としての直感的な本能が宿っていた。
その時、地面が大きく揺れ、重い振動が迷宮の奥から響き、石壁から細かい砂塵がパラパラと落ちてくる。
生徒たちが一斉に武器を構え、住民たちが怯えた目で僕たちを見た。すると佐藤さんが杖を振りかざし、住民たちに結界を張り巡らせていく。
「来た…!」宅間君が剣を握りながら呟いた。
振動は更に強くなり、通路の奥から鈍い足音がゆっくりと迫って来た。ゴツゴツと石がぶつかるような音が、まるで心臓の鼓動のように迷宮を揺らす。
やがて、闇の中から巨大な影が姿を現した――ストーンゴーレムだ。
その巨体は天を見上げるほど高く、全身が硬そうな大岩に覆われていて、その迫力に生徒たち全員がたじろいでいる。
一歩踏み出すごとに地面が震え、僕たちの足元が不安定に揺れて、立っていることすら覚束無かった。
「先生、どうする!?」山下君が拳を構えながら叫んだ。
僕の頭に、瞬時に生徒たちのスキルツリーが浮かんだ。黄金の枝が広がるように、佐藤さんの「聖なる波動」、伊藤君の「賢者の雷撃」、宅間君の「一閃」、山下君の「破壊拳」が輝いている。
僕のスキル【教えを説く者】が、彼らの力を最大限に引き出す道筋を示していた。
「佐藤さん、聖なる波動で装甲を弱らせて!伊藤君は雷撃で魔石を狙う!宅間君と山下君は左右から動きを封じて!」
僕の指示に、生徒たちが一瞬で反応した。佐藤さんが「聖なる波動!」と叫ぶと、金色の光がゴーレムを包み、岩の装甲がガラガラと崩れ始めた。
伊藤君が「賢者の雷撃!」と唱え、杖から迸る青い雷が魔石に直撃する。だが、攻撃で一旦崩れるゴーレムの身体は、時が巻き戻った様に直ぐに再生し、僕たちに狙いを定めて唸る鉄拳が降り注いでいく。
ゴーレムの拳が地面に叩きつけられるたび、迷宮全体が揺れ、僕たちの足元から石屑が飛び散った。
佐藤さんの結界が住民たちを守っているが、青白い光がゴーレムの猛攻に耐えきれず、ヒビ割れのように揺らめき始めていた。
「先生!こいつ直ぐに再生するよ!」
生徒たちはゴーレムの再生能力に怯んでいたが、僕はこんな危機を感じていながらも、何故か落ち着いていた。
何故なら今の僕には切り札があり、こんな敵になど負ける気はしなかったからだ。
夜な夜な江洲小原先生の動きを真似ているうちに、僕のスキルツリーに新たな道筋が浮かび上り、僕は途轍もない力を身に着けていた。
枝分かれしたツリーに加わった新たな道筋は【マリア・エスコバル流 扇闘】。それと同時に、江洲小原先生が不審者を一掃し、僕がノビルネを撃退した【螺旋翔】という技まで習得していた。
そして何度も【螺旋翔】を繰り返すうちに、新たなスキルツリーの項目が出現し、僕はその技をマスターしていた。
その名は【螺旋翔 吹雪の舞い】。
「みんな、僕を信じて!佐藤さん、結界を維持!伊藤君、雷撃でゴーレムの動きを少しでも止めて!」
僕の声に、生徒たちが一瞬で反応した。佐藤さんが「ホーリーウォール!」と叫び、結界を強化すると、青白い光が再び輝きを増した。
伊藤君が「賢者の雷撃!」と唱え、青い雷がゴーレムの足元に炸裂し、巨体の動きを一瞬鈍らせた。宅間君と山下君が左右から飛び出し、剣と拳でゴーレムの注意を引きつける。
僕は扇子を広げ、深く息を吸った。江洲小原先生が学校で不審者を一掃した姿が頭に浮かぶ――あの優雅で力強い動き、どんな敵にも怯まない鋭い眼差し。
僕の周囲に冷たい風が渦巻き始め、扇子から淡い青白い光が漏れ出した。
「螺旋翔 吹雪の舞い!」
僕がそう言ってゴーレムを扇子で弾くと「パァァァーーン!」という小気味の良い音が響き渡り、その身体が竜巻にでも飲み込まれたかのように、螺旋を描いて宙に舞った。
そして吹雪のように雪が舞い、ゴーレムの身体が瞬く間に凍り付いていく。
舞い上がったゴーレムの身体は、床に叩きつけられると同時に、ガラスのように粉々に砕け散っていった。
バラバラになったゴーレムの身体から、光り輝く赤いコアが、コロコロと転がり始めていく。
宅間君がそのコアに剣を突き立て、「これで終わりだ!」と叫んだ。剣がコアを貫いた瞬間、赤い光が一瞬強く閃き、まるで命が消えるようにパチンと弾けた。
迷宮に冷たい風が吹き抜け、壁に薄い霜が張った。
「やった…やったぞ!」宅間君が剣を掲げ、汗と笑顔で振り返った。
佐藤さんが杖を握りながら「先生、すごい…!」と呟き、伊藤君が「ありえねえ…あのゴーレムが一撃で!」と目を丸くした。
山下君が拳を振り上げ、「これが俺たちの力だ!」と叫ぶと、生徒たちの間に歓声が広がった。住民たちが安堵の涙を流し、子供たちが駆け寄って手を叩いた。
「あなた…いつの間にか、お嬢様の扇闘術をモノにしたのですね」
そう言ってメリーがクナイを太腿のホルダーに戻し、口元に小さく笑みを浮かべた。
「みんなの力があってこそだよ!宅間君の最後の一撃、メリーの援護――全部が揃って勝てたんだ!」
僕は扇子を懐に戻し、胸の奥で江洲小原先生への感謝を噛みしめた。夜の鍛錬、先生の動きを追い続けた時間が、僕をここまで導いてくれたんだ。
だが、勝利の喜びに浸る間もなく、ゴーレムの残骸の奥にあった石門が青白く光り始めた。
複雑な魔法陣が浮かび上がり、まるで迷宮を封鎖しようとするかのように輝きが強まる。
住民の子供が「何か光ってる!」と叫び、みんなの視線が石門に集まった。
「結界だ!美濃又さん、魔石を!」メリーがポケットから青い魔石を取り出し、僕に投げてよこした。
僕は魔石を受け取り、魔法陣の中心に走った。「先生…僕たちを導いて…!」心の中で祈りながら、魔石を押し当てた。
その瞬間、青い光が魔法陣を飲み込み、結界の輝きがゆっくりと弱まった。
石門が重々しく開き、フェルナス公国へと続く暗い通路が現れた。冷たい風が通路の奥から吹き込み、まるで新たな希望を運んでくるようだった。
「これで…公国に一歩近づいた…!」佐藤さんが杖を握り直し、疲れた顔に笑みを浮かべた。生徒たちの目にも希望が灯り、住民たちが互いに抱き合って喜んだ。
だが、その瞬間、通路の奥から低く冷たい笑い声が響いた。
「ふふふ…やるねぇ~」
帝国の鎧を纏ったその男は見た事も無い人物だった。
ブロンド色の長髪をなびかせ、ニヒルな笑みを浮かべるその様子は少し投げやりで、腰に巻いた鞭の柄を指で軽く叩きながら、僕たちを見下す態度をちらちら見せていた。
その背後で、ニコリともせずに冷たい目で僕たちを見つめている眼鏡の男も初めて見る顔だった。
彼はフェンシングで使うサーベルのような剣を、ゆっくりと振りながら周りを威嚇している。
サーベルの刃が薄く光り、まるで空気を切り裂くように鋭く揺れた。
僕の背筋に冷たい汗が流れ、扇子を握る手が一瞬震えた。ノビルネの重々しい威圧感とは違う――この二人からは、まるで遊び半分で命を奪うような、底知れぬ危険が漂っていた。
通路の奥から湿った風が吹き込み、石門の魔法陣の残光がチラチラと揺れ、迷宮の空気をさらに重くしていた。
「帝国騎士団、団長のあんたが、こんな奴らにやられたの?」
「うるさい!油断していただけだ!」
長髪の男がそう言うと、鉄仮面の下で歯を食いしばるような音が漏れた。背後からもう一人見覚えのある男が現れていく。黒いローブに身を包み、顔の半分を覆う鉄仮面をつけた男は、紛れもなくあのノビルネだった。
~to be continued~