ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】   作:村上しんご

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<episode18> 再会

 3人の男たちを前にしたメリーの顔は少し青ざめていた。

 

「烈鞭のクロード、氷眼のヴィンスまで…」

 

 そう言って口を開く彼女の顔には、この男たちが只者ではないことがまざまざと表れていた。

 彼女の声に、僕の背筋がゾクッと冷えた。扇子を握る手が震え、迷宮の湿った風が頬を刺す。魔法陣の残光がチラチラ揺れ、まるで僕たちの希望を嘲るようだった。

 

「この先には進めないかも知れません…彼らは帝国の最高戦力と謳われる5人のうちの3人です…帝国騎士団長ノビルネ、帝国暗殺部隊総長クロード、帝国軍事指揮官ヴィンス…」

 

 メリーが声を絞り出し、クナイを握る手にも力がこもった。彼女の目には、暗殺者としての鋭さと、初めて見せる恐怖が入り混じっていた。

 逆に3人は尊大な顔つきで余裕まで伺える。メリーが持っているクナイを、ノビルネに向かって咄嗟に投げると、クロードが鞭を使ってそれを払い、弾かれたクナイは迷宮の奥に向かって飛ばされていった。

 

「おっと…アンタの相手は俺だぜ…」

 

 烈鞭のクロードがそう言いながらニヒルに笑い、鞭を地面に叩きつけてピシッと甲高い音を鳴らした。ブロンドの長髪が風にサラサラと揺れ、迷宮の闇に溶けていく。

 それと同時に生徒たちの前に、帝国軍事指揮官ヴィンスが立ち塞がり、眼鏡の下の鋭い目で子供たちを見据えていった。

 

「今度は油断などせぬぞ!今こそ決着をつけてやる!」

 

 そう言って僕の前に立ち塞がるのは、帝国騎士団長ノビルネで、前回同様黒いオーラを全身に纏わせている。

 黒い剣を構え、鉄仮面の隙間から覗くその瞳には、燃えるような憎しみが渦巻いていた。湿った風が吹き込み、魔法陣の残光が不気味に揺れる中、僕の背筋に冷たい汗が流れた。

 生徒たちはサーベルを構えるヴィンスの前で、動く事も出来ずに硬直し、メリーは鞭を巧みに操るクロードを相手に、激しい動きで攻防の限りを尽くしていた。

 

 そしてノビルネが僕に向かって真一文字に剣を振り、禍々しい気配の黒い斬撃が、僕を目掛けて影のように伸びてくる。

 以前の光景がフラッシュバックするかのような剣の軌跡に、僕は咄嗟に受け止めようと扇子を構えるが、その威力は以前とは桁違いで、僕は成す術もなく吹き飛ばされていく。

 

「ぐわっ!」

 

「前回は【剣豪】のスキルを使わずとも勝てると油断していたが、今回は全力で行くぞ!覚悟しろ!」

 

 そう言って追撃してくるノビルネは、影のような動きで剣を振るい、僕は躱すことが精一杯で防戦一方だった。

【螺旋翔】さえ出せれば勝機はあると信じていたが、【剣豪】のスキルを使ったノビルネの動きに、そんな隙などどこにもなかった。

 迷宮の闇の中で魔法陣の残光が微かに揺れている。希望を信じて攻撃を堪えてはいるものの、僕の心はジワジワと追い詰められていた。

 

 そんな時、遠くでメリーのクナイが鞭に弾かれる音が鋭く響き、彼女の苦悶の呻きと重なった。その時、ノビルネの視線が一瞬そこに奪われて、僕はこの絶好のチャンスを見逃さなかった。

 

「螺旋翔 吹雪の舞い!」

 

 僕は、ここぞとばかりにそう叫び、全てを懸けて扇子を振り抜いた。空間を切り裂くような音を立てながら、扇子の羽根の部分がノビルネの首元を目掛けていく――だが、彼は嘲笑うように剣を閃かせながら、その渾身の一撃をあっさりと受け止めた。

 

「そんな技、何度も食らうか!…これでも食らえ!【帝国剣技 一文字切り】!!!」

 

 禍々しいオーラを纏いながら、ノビルネの黒い剣が唸りを上げて迷宮を劈く。その威力に結界がガラスのように砕け散り、僕の胸の辺りが真一文字に切り裂かれていった。

 

「ぐわーーーーっ!」

 

 江洲小原先生の力が込められた結界のおかげで即死は免れたが、血しぶきの飛び散る胸の辺りに焼けるような痛みが走り、握っていた扇子が手から滑り落ちていく。

 鮮血が地面を濡らす中、膝をつき崩れる僕は、フラッシュバックして過去の出来事が頭に浮かんでいた――首を斬られそうになったあの時も、こうやって全てがどうにもならない状況だった。もう、勝てない。希望なんて、どこにもないと悲観的な考えが頭を過る。

 

「ふん、所詮は小僧の戯れだ…」

 

 ノビルネが剣を構え直し、鉄仮面の隙間から勝ち誇ったような冷笑が覗いた。

 周りを見ると、その絶望は更に広がり、力を失った僕はガクリと地面に倒れていった。

 メリーはクロードの鞭に屈服したかのように、膝を付き「お嬢様…すみません…!」と悔しげに呟いている。

 

 その声は震え、地面に転がったクナイが鈍く輝いていた。それを見下すクロードがニヒルに笑い、勝利の宣言をするかのように、鞭を地面に叩きつけてピシッという鋭い音を鳴らした。

 生徒たちもヴィンスの前に倒れ、佐藤さんが杖を握ったまま地面にうずくまっていた。

「ホーリーブレイク…!」と彼女は唱えるが、光はヴィンスの霧に呑まれ、かすかに響く彼女の嗚咽が迷宮に消えていく。

 

「抵抗は無意味だ!任務を完遂する!」

 

 ヴィンスはそう言ってサーベルを掲げ、氷のような目で子供たちを見下した。

 魔法陣の光が弱まり、僕たちを押し潰すように迷宮の闇が侵食する。ノビルネが再び剣を振り上げ、クロードの鞭がメリーの身体を締め上げ、ヴィンスの霧が生徒たちを包む。

 全てが終わる――その確信が、僕たちの心を真っ暗に染めた。

 

「ふん、お前たちに生きる価値はない…ここで終わりだ!ガハハハッ…」

 

 ノビルネの高笑いが迷宮を震わせ、鉄仮面の隙間から歪んだ口元が覗いた。

 剣の刃が血に濡れ、僕の視界が揺らぐ。メリーの呻き、佐藤さんの嗚咽、クロードの嘲笑、ヴィンスの冷たい足音――全ての希望が粉々に砕かれていく。

 

 その時――

 

「それは聞き捨てなりませんわね…!」

 

 凛とした、だが温かく懐かしい声が、闇を切り裂くように迷宮に響き渡った。

 まるで雷鳴のように重く、しかし星の光のように優しく、その声は凍りついた僕たちの心を一瞬で溶かした。

 通路の奥から、ハイヒールの音が――コツ、コツ、コツと、まるで闇を踏み砕く鼓動のように、一定のリズムで近づいてくる。

 

 その気配に、ノビルネは高笑いを止めて息を呑み、クロードは鞭を震わせ、ヴィンスは眼鏡を曇らせ汗を流した。

 暗闇の中から、優雅に現れた艶やかなその姿は、輝く光とともに僕たちの心を希望で照らした。

 ツインテールに束たドリルのようなブロンドの巻き髪が、星屑を散らすようにユラユラと揺れている。

 

 真っ赤なパーティードレスを纏った姿は、まるで舞踏会に出席する女王のように華麗で、青白い光の粒子が彼女の周りを舞い、迷宮の闇に眩い光を放っている。

 それは、絶望の檻を打ち砕く希望の灯そのものだった。

 

「江洲小原先生…!?」

 

 僕の声がかすれ、地面に落ちた扇子が微かに震えた。鮮血の流れ続ける胸に、熱い鼓動が蘇る。

 メリーが鞭に縛られたまま顔を上げ「お嬢様…!」と叫び、彼女の頬を涙が伝っていく。

 佐藤さんが倒れた身体を起こし「マリア先生…!」と震える手で杖を握り直した。

 

 泣いていた住民の子供たちが「あのお姉さんは…!」と言って目をキラキラと輝かせた。

 

「お前は!?マリア・エスコバル!!」

 

 ノビルネの鉄仮面が初めて揺らぎ、剣を構える手が一瞬揺らいだ。

 クロードが鞭を握り直し、「烈鞭の俺が…こんな女にビビるか!」と歯軋りした。

 ヴィンスの氷のような目が揺れ、「…計算外の変数」と低く呟いた。

 

「ヒール…」

 

 江洲小原先生はそう言って僕に向かって手をかざすと、斬られたばかりの生傷が温かな光と共に、見る見る塞がれていった。

 

「美濃又…私、貴方に生徒たちをよろしく頼むと言いましたわよね?…」

 

 いつもの無表情の顔つきで、そう言って僕を見下ろすその姿は、紛れもなく江洲小原先生その人だった。

 帝国の最高戦力3人を前にしても、怯んだ様子もなく、いつものように不甲斐ない僕を否応なしに叱咤する。

 まるで彼らを無視するかのような、落ち着き払ったその態度に、3人は怒りを露わにしていた。

 

「マリア・エスコバル!たとえお前と言えども俺たち3人が相手では勝てはしないぞ!」

 

 クロードが鞭を振りながら、己を鼓舞するかのようにそう叫んだ。

 ノビルネが剣を構え直し「この俺様が貴様に引導を渡す!」と唸る。

 ヴィンスが無言でサーベルを握り直し、眼鏡の下の氷のような目を鋭く光らせる。

 

 しかし、そんな殺気立つ様子の3人を前に、江洲小原先生は一瞥するようにチラッと目を向けて、閉じた扇子を口元に軽く当てていった。

 

「あら…ゴミ虫がいましたのね…始末してあげましょう…あなたたち程度なら魔法を使う必要もありませんわ…」

 

 落ち着き払ったその言葉に、3人が「なにぃー!!!」と口を揃えて激怒した。ノビルネの鉄仮面が震え、クロードの鞭が空を切り、ヴィンスの眼鏡が一瞬光った。

 

「舐めるな!」

 

 ノビルネがそう言いながら剣を振り下ろし、黒い斬撃が影のように伸びて、江洲小原先生に襲い掛かっていく。

 僕はその斬撃の勢いに息を呑み、扇子を握る手に汗をかいていた。あの斬撃を受けたばかりの僕なら分かるが、あの威力は半端ではない。

 しかし、江洲小原先生はそれを開いた扇子で軽くいなし、何事も無かったように涼しい顔をしていた。

 

 いなされた斬撃は方向を変えて、ヴィンスへと勢いよく伸びていく。ヴィンスが霧を固めて防ごうとするが、霧は乱れサーベルが僅かに揺らいだ。

 それを冷めた目で見ながら、自分を扇子でパタパタと扇ぐ先生の態度は余裕たっぷりで、3人は顔色を変えて一斉に襲い掛かっていった。

 3人の動きは速すぎて、目で追うことすらも出来なかったが、先生はゆとりのある流れるような動きで、それぞれの攻撃を躱していった。

 

 舞を踊るような華麗なその動きは、美しく、見るもの誰もを魅了した。ノビルネの剣をギリギリで躱しながら、クルリと半転してクロードの腰に蹴りを放つ。

 クロードが鞭を打つも、先生は高く飛び上り、それを軽やかに躱す。ヴィンスがサーベルを構えた瞬間、彼女はふわりとその頭の上に立ち、額に扇子の一撃をお見舞いする。

 ヴィンスがサーベルで身体を貫こうと上半身を突くが、先生は素早く背後に滑り、ノビルネが剣を構えた隙に、みぞおちへ鉄拳を打ち込んだ。

 

 百戦錬磨の強者たちを赤子扱いする先生の強さに、3人は僕らを圧倒した時の余裕など失い、血相を変えていた。

 息を整え、互いに目配せした彼らは先生を取り囲み、3人が一斉に技を繰り出す。

 ノビルネが「幻影十字斬!」と叫びながら剣を振り抜くと、十字の軌跡が影に紛れて揺れながら先生を目掛けて飛び、クロードが「蛇進撃!」と言いながら、鞭をしならせるとその先端が、牙をむいた何匹もの毒蛇のように先生を襲う。

 

 ヴィンスが「ミストストラッシュ!」と叫ぶと、冷気を帯びた霧の斬撃が視界を覆い、肌を刺す。

 しかし、先生は目を閉じたままそれらを全て躱し、クルリと回転して足を払いながら、3人同時に尻もちを付かせた。

 僕らでは全く太刀打ちできなかった、あの3人がまるで相手にならなかった。3人は先生の余りの強さに愕然として、そのままの体勢で口と目を見開いている。

 

「美濃又…これが真の【マリア・エスコバル流 扇闘術】です…よく見ておきなさい…」

 

 江洲小原先生はそう言うと、呆然としながらも息を切らす3人を前にして、いつものように開いた扇子で口を隠し込んでいった。

 瞳を閉じてスッと佇むその姿は、凛々しさに溢れていて、嵐の前の静けさのような不気味な静寂が辺りを包んでいた。

 

「螺旋翔 桜吹雪…」

 

 彼女が小さく呟くと、その姿がパッと消え「パァァァーーーン!」という小気味の良い音と共に、3人の身体が螺旋を描いて宙に舞う。

 それと同時に彼らの血しぶきが、桜の花びらのように舞い散り、気流に乗りながら色鮮やかに舞い上がる。

 桜吹雪を背にして突如姿を現す先生は、扇子を振り切った手を伸ばし、片膝を付いてポーズを決めている。

 ノビルネの鉄仮面が砕け、ヴィンスの眼鏡が飛び、クロードの鎧が割れた。3人の身体は迷宮の天井に勢いよく打ち付けられ、ドサッと地面に叩きつけられた。

 

「帝国など、どうなろうと知った事ではないと、今まで無視してきましたが、私の生徒たちに手を出したのならタダでは起きません!お前たち帝国を亡ぼして差し上げましょう…」

 

 そう告げながらスッと立ち上がる先生は、凍てつくような冷たい目で、床に転がる3人を見据えていた。

 その姿にはゾッとする程の怖さが漂っているのに、生徒たちはお構いなしに「先生~!」と言いながら、彼女の元へ駆け寄っていった。

 子供たちに取り囲まれる先生は、表情の無い冷たい顔をしながらも、生徒たちそれぞれの頭を撫でたり、抱き締めたりして再会の喜びに浸っている。

 

 それは学校で見せていた、いつもの光景で、僕も立ち上がり「先生!」と叫びながら、彼女の元に駆け寄っていった。

 

 

 

 

 

              ~to be continued~

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