ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】 作:村上しんご
佐藤さんと伊藤君の活躍により、リカルドの説得は成功したが、僕は自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。元の世界で二人の担任の先生でもある僕が、僅か10歳の子供たちに頼りきりの状態で本当に良いのだろうか。
僕のスキル【教えを説く者】だって、スキルツリーを見れるだけで、戦闘にも謀略にも直接役立つわけじゃない。本当にこれで良いのだろうかと思いつつも、僕はどうして良いのかわからずに、悩みを抱えたままリカルドとの作戦会議に臨もうとしていた。
しかし、そんなことを考えている時、先生が僕の肩にポンと手を置いた。
「美濃又、作戦会議が始まるまで、外の空気でも吸いに行きましょう…」
まるで悩みを見透かしたかのような先生の優しい声に、胸のモヤモヤが軽くなった。全てを見透かすこの人は、本当に僕と同じ人間なのだろうか。
エスターライヒ家の門を出ると、帝都の冷たい夜風が頬を撫でた。磨かれた石畳に映る松明の光は薄暗く、遠くで騎士の鎧が擦れる音が不穏に響く。
先生は扇子を手に、月明かりの下を歩きながら静かに語り始めた。
「悩みがあるようですね…教えておきますが、お前のスキル【教えを説く者】の本当の力は、スキルツリーを見ることではありません…」
そう言いながら扇子で口元を隠す先生は、あまりに妖艶で、息を呑むほど美しかった。月明かりに照らされた凛とした姿に、僕は思わず目を奪われていた。
先生はそんな僕の思いなど知らずに、いつもの落ち着いた調子で話を続けた。
「【教えを説く者】…それは、他人の可能性を最大限に引き出し、最善の道に誘う力…スキルツリーが見れるのも、その能力のほんの一部に過ぎません…」
真顔で語る先生の言葉に、僕の理解は追いつけなかった。他人の可能性を引き出し、最善の道に誘う力とは、いったいどういうモノなのだろうか。
その話を聞いて僕は先生のスキル【先見の明】が頭に浮かんだ。【先見の明】は未来予知のようなモノだと思っていたが、先生はそのスキルで、迫りくる脅威から幾度も未来を変えてきたのだ。
僕は疑問に思ったことを先生にぶつけた。
「【先見の明】と同じタイプのスキルだという事ですか?」
僕の言葉を聞いて先生は、目を閉じてフッと笑顔を見せた。そして再び僕を見据えながら穏やかに話を進める。
「【先見の明】は未来の一端を見せるものですが、行動一つでその未来は幾つにも枝分かれします…【教えを説く者】は未来を見出すことは出来ませんが、人の可能性を引き出すことに長けています…」
「人の可能性を引き出す…?」
僕はそのキーワードに興味を惹かれ思わず聞き返した。
「そのスキルを使って見る人物が、どんな才能があり、どうすればその才能を開花できるのか、瞬時に見抜けるのです…そして、お前の言葉通りにすれば、それは現実となる…」
先生は何気なく言っているが、それはとても信じられない話だった。僕の言葉一つで、本人すら知らなかった才能を引き出し、現実にする力――そんな大それた力が、僕なんかに宿っているなんて。
その言葉に、僕は一瞬言葉を失っていた。月明かりの下、帝都の冷たい夜風が石畳を撫で、遠くで騎士の鎧が擦れる音が不気味に響いている。そんな中で僕の心はざわめいていた。
「そんな…僕の言葉で、人の才能が現実になるなんて…そんな大それた力、僕なんかに扱えるはずがない…」
僕がそう呟くと、先生は扇子を軽く振り、瑠璃色の瞳で僕をじっと見つめた。
「美濃又、自信がないのは分かります…ですが、佐藤や伊藤がリカルドを動かせたのは、偶然だと思いますか? あの子たちの言葉に力があったのは、教室でお前が教えてきたことが根底にあるからです…お前の言葉は、すでに彼らの可能性を引き出しているんです…」
先生の声は穏やかだが、どこか揺るぎない確信に満ちていた。僕は思わず目を伏せ、元の世界での記憶を思い出す。
教室で佐藤さんが目を輝かせて授業を聞いていた姿、伊藤君がふざけながらも真剣に課題に取り組む姿…。
そして、初めてスキルが発動した魔獣の森で、魔物たちに取り囲まれた時、僕の言葉通りにした生徒たちのスキルが覚醒した。
確かに、彼らの成長には自分が関わっていたのかもしれない。
だが、帝国の皇帝や民衆の運命を左右するほどの力を持つなんて、想像もできなかった。
「でも、先生…もし僕が間違った言葉を選んだら? 誰かを導くつもりが、逆に悪い方向に進ませてしまったら…?」
僕の不安げな声に先生は一瞬目を閉じ、静かに微笑んだ。
「失敗を恐れるな、とは言いません…人の運命を左右する力は、お前には負担に感じるでしょう…ですが、お前の力は、ただ才能を見抜くだけじゃない…心から相手の可能性を信じ、導こうとするその瞬間、スキルは必ず最善の道を示します…現に私が公国の皇帝になったのも、お前の…」
先生はそう言いかけて、ふと扇子で口元を隠し、言葉を止めた。瑠璃色の瞳に一瞬の揺らぎが走り、まるで過去の重い記憶を押し殺すような沈黙が流れた。
僕の胸は高鳴り、彼女の過去を知りたい衝動に駆られるが、同時に「今は聞くべきではない」と本能が告げる。そんな先生の微笑みには、どこか遠い哀しみが宿っていた。
「美濃又…お前にはリカルドの【皇帝の威光】というスキルが見えていたと思います…しかし、それは既に輝きを失っていたはずです…そのスキルに輝きが戻れば、民衆を動かすことが出来るでしょう…」
そう言って僕の目をじっと見つめる先生は、ドリルのようなツインの巻き髪を、夜風にユラユラと靡かせていた。
そして真剣な眼差しのまま、僕の目を見据え、再び口を開いた。
「お前の言葉でリカルドの【皇帝の威光】を再び輝かせなさい!言葉で誰もを最善の道に導く力は、持って生まれた教師としての才能です…お前にしかそれは出来ません!」
その力強い言葉に心の奥に熱いものが湧き上がった。自分にしか出来ないという言葉が、先生からの信頼をひしひしと感じさせた。
その信頼が心の奥に眠っていた熱い思いを呼び覚ませ、僕の心を突き動かす。
「僕、やってみます…この国の人たちのために、出来る限りのことを…失敗するかもしれないけど…先生が信じてくれるなら、僕も自分を信じてみます!」
僕の言葉に、先生は扇子をパチンと閉じ、柔らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫です、美濃又…あなたの言葉は、すでに多くの可能性を切り開いている…さあ、作戦会議に戻りましょう…リカルドが待っていますよ…」
月明かりに照らされた石畳を踏みしめ、僕たちはエスターライヒ家の隠し部屋へと戻った。遠くで響く騎士の鎧の音が、まるで迫る嵐の前触れのように聞こえた。
隠し部屋に戻ると、燭台の光が揺れる中、リカルド、イレーネ、佐藤さん、伊藤君が地図を広げ、国民決起大会の計画を話し合っていた。
遅れてバスタ大公が到着し、リカルドの顔を見て「ほぅ、甥っ子も少しは皇帝らしい顔になったようじゃのぅ…」と、その肩を軽く叩いた。
するとリカルドは「叔父上…」と呟き、信じられないと言いたげにその顔を呆然と眺めた。フローレス公爵側だと思っていた大公がこの場に現れたことに、希望と不安が交錯しているようだった。
「お前たち、叔父上まで味方に付けたのか?」
リカルドはそう言ってイレーネに慌てて目を向けた。リカルドのそんな様子を見て、イレーネは薄い笑みを浮かべ、穏やかに答えた。
「ああ、近衛騎士団と諜報部はこちら側だという事だ…」
その言葉にバスタもニヤリと笑って口を開く。
「それだけではない…ここにマリア・エスコバルがいるという事は、公国も我々に加わったということだ!」
そう言って豪快に笑うバスタを前に、リカルドは少し戸惑いを見せている。僕はそんな中で、さっきまでの先生との会話を思い出し、大きく息を吸って一呼吸間を開けてから声を上げた。
「いくら戦力を増やそうと、ここで大切なのは国民の声です…彼らが僕たちを支持しなければ、この改革は成功しません!」
その言葉を聞いてニヤリと笑う先生は、それを援護するように静かに言葉を重ねた。
「そうですわね…国民が立ち上がらなければ、我々フェルナス公国も味方などしません…」
心強い先生の援護に、僕の熱い思いは増々加熱していた。僕はその思いの全てぶつけるように言い放った。
「リカルドさん…国は国民の為にあり、その民が国を大きくしていることを、貴方も自覚するべきです…いくら頭の良い人が集まっても、民衆がいなければ国は成り立たない…今までのやり方が、間違っていたと思うなら国民に頭を下げて謝罪するべきだ!」
リカルドは呆気に取られた顔で僕を見つめた。皇帝として民衆に頭を下げるなど、かつての彼には考えられないことだったのだろう。戸惑いながらも、彼は震える声で口を開いた。
「皇帝の私が?…民に頭を下げろと…?」
リカルドがそう言って驚きを見せると、佐藤さんが当然という顔をして口を開く。
「貴方はこの国のトップなんでしょ…そんなの当たり前じゃん!」
「江洲小原先生なんか、こんなに偉そうなのに、僕たちに躊躇いもなく土下座したよな?悪い事なんか何もしてないのに…」
追い打ちを掛けるように言った伊藤君の言葉に、リカルドは先生を見つめながら石のように固まった。
イレーネは「マリア・エスコバルが土下座だと!?」と言ったまま、ポカーンと口を開き、バスタ大公は「そんなこと有り得るか!」と席を立ちあがって声を荒げた。
肝心の江洲小原先生は、顔を真っ赤にして伊藤君を睨み付けていたが、その瞳には照れと愛情が混じる柔らかな光が宿っていた。
その場は少しだけ和んだが、リカルドの顔には未だに困惑の表情が浮かんでいる。僕は心を鬼にして、更に厳しい言葉を投げかけていった。
「間違いを犯したなら、それを認めて素直に頭を下げることも、統率者としての務めです!大会で民衆の苦しみを認め、心から謝罪すれば、国民は貴方を支持し、付いて行こうと思う!この国を良くも悪くもしていくのも、貴方次第なんですよ!」
僕の言葉に、部屋に重い静寂が広がった。燦台の光が揺れる中、リカルドは目を閉じ、深く息を吸った。
そして少し目を輝かせながら、僕を見据えて静かに口を開いた。
「なら、どう謝ったらいいと思う?」
僕はリカルドのその言葉を待っていた。そして、ここぞとばかりに声を大にして言った。
「今までは悪かったと…これからは皆が笑って暮らせる国に変えると宣言するのです!」
その言葉を聞いた後、リカルドは前屈みになって祈るように両手を組み合わせ、目を閉じて少し考え込んだ。そして暫しの沈黙の後、カッと目を見開き、僕を鋭く見つめた。
「そうか…そうだよな…わかった!」
そう言って僕を見つめるリカルドの様子は、今までとは少し違っていた。覚悟を宿したその姿は、今までの弱々しさはなく、威厳にすら満ちていた。
僕のスキル【教えを説く者】が発動し、リカルドのスキルツリーの【皇帝の威光】が眩しく輝いた。
その一部始終を見ていた江洲小原先生は、満足げにニッコリと笑い、僕の目を見つめて力強く頷いた。
そんな時、イレーネがリカルドの決意を鼓舞するように、大きく声を上げた。
「さあ、これで役者はそろった!帝国騎士団長ノビルネも、暗殺部隊総長クロードも、軍事指揮官ヴィンスもマリア・エスコバルに倒されて今は病院のベッドで伸びている…3日後の国民決起大会に向けて計画を練るぞ!」
イレーネの言葉は、その場に居る誰もを掻き立てた。佐藤さんと伊藤君は互いを見つめ合いながら「うん」と頷き、先生は腕を組みながら精悍な顔付きで一歩前に踏み出した。
僕も先生を横目で見ながら意気揚々と前に踏み出し、リカルドは意を決したように椅子に座ったまま、天を見上げ大きく息を吸った。
しかし、その言葉に勢いづく全員を尻目に、浮かぬ顔のバスタが話を遮った。
「その前に、儂から一つだけ良いか?…諜報部の調べでは、フローレス公爵の背後にはアヴァロン王国の影がチラついている…」
その話を聞いてイレーネは咄嗟に声を上げた。
「それは、奴らと王国が手を組んだという事か!?」
「いや…王国自体が公に声明をだしてる訳じゃない…だが、奴らはミルガルド神の教徒で、神殿に頻繁に出入りしている…」
僕はバスタ大公の話を聞いて、胸に嫌な予感が広がった。アヴァロン王国と言えば、僕と生徒たちが現世に帰る為の鍵を握っている国だ。
だが、宗教国のこの国はミルガルド神を崇拝し、それ以外の者は異教徒として徹底的に排除する。
国家を挙げてミルガルド神を崇め奉り、それを切っ掛けに近隣諸国と何度も紛争を起していた。
「王国を事実上支配してるのは聖ミルガルド神殿だ…教皇のアレクシア・サンドラは国王よりも身分が高い…奴らが神殿と深い関係にあるのであれば、それは王国との敵対を意味する…」
バスタの言葉にその場は静まり返るが、江洲小原先生は薄っすらと笑みを浮かべ、静かに口を開いた。
「面白いではありませんか…王国がどんな形で出てこようと、国は民のものです…それを邪魔するのであれば、どんな相手だろうと容赦はしません」
そう言い切る江洲小原先生の毅然とした姿に、僕は鳥肌が立った。瑠璃色の瞳が鋭く光り、扇子を握る手が一瞬強まる。その勢いに圧倒され、誰もが声も出せずに額から汗を流していた。
穏やかには見えるものの、内から滲み出る威圧感が、隠し部屋を重苦しい空気で埋め尽くしていた。
そんな中で大公バスタは額を拭いながら、慌てて声を上げた。
「ちょっと待て、お前さんは犠牲を出すつもりは無いといったよな!?」
バスタの声にハッと我に返る先生は、取り繕うように扇子で自分を扇いでいく。そして、気を取り直し、今度は穏やかに話を続けた。
「もちろんです…」
先生は扇子を軽く振って微笑み、穏やかな声で国民決起大会での作戦を話し始めた。緻密な計算に基づくその話に意義を唱える者などいなかった。
まるで、未来を見てきたのではないかと思うほどの、詳しい内容は【先見の明】のスキルを持つ江洲小原先生だから成せる業なのだろう。
話しを聞く誰もが、地図を見ながら納得するように頷き、蠟燭の炎が揺れる中、時は刻々と過ぎていった。
そして、全ての作戦を語り終えると、先生は立ち上がり周りを見渡した。そして「私は一旦、フェルナス公国に戻り、兵を引き連れて大会当日に戻ります…」と言って僕らを見据えた。
その言葉に、隠し部屋にいる誰もが神妙な顔つきで頷いた。バスタが「ここは任せろ!」と豪快に声を上げ、イレーネも静かに拳を握った。
すると、先生は僕と佐藤さんと伊藤君に目を向けて、静かに言った。
「美濃又、佐藤、伊藤…お前たちは、もう充分に成長しました…3人で力を合わせれば、私と同等の力を出せるでしょう…帝国の民を守りなさい!…任せましたよ…」
その言葉を託して、先生は部屋を後にしていった。
廊下を歩く音がコツコツコツと響き渡り、覚悟を決めた僕たちの心を震わせる。佐藤さんが「あんなに期待されたら、やるっきゃないね!」と伊藤君の肩を叩き、伊藤君も「先生が信じているんだ…」と静かに頷いた。
僕は先生からの期待にプレッシャーを感じながらも、未来への希望を信じ2人に微笑んだ。
そして、3日後…
_________国民決起大会当日の朝を迎えた________
~to be continued~