ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】   作:村上しんご

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<episode29> 初めての対立

 ディルファス帝国が消滅したという報せは、まるで心臓を握り潰すように僕を襲った。

 皇帝としてのリカルドの堂々とした姿、正義感溢れるイレーネの村人への優しさ、豪快でありながら民衆を気遣う大公バスタの責任感…あの全てが、跡形もなく消えたのだ。

 江洲小原先生のあの言葉が今も頭を離れない。『もう、逢えなくなるかも知れない…』先生は帝国が消滅することを、恐らく知っていたのだろう。

 

 フェルナス公国の皇帝執務室に続く石廊下を、僕は息を切らして駆け抜けた。重厚な扉の前に立つ見張りの兵士が「待て、許可なく入るな!」と叫ぶが、僕は構わず扉を押し開けた。

 

「先生! 貴女はディルファス帝国が消滅することを知っていたのですね!?」

 

 僕の叫びが、執務室の高い天井に響いた。しかし先生は、いつもの表情のない顔で、ペンを握りながら僕を見据えた。

 一国が消滅したというのに、動じてもいないその姿が、無性に腹立たしかった。

 

「何故だ!貴女があの時、言っていれば、回避は出来た筈だ!先生は言ってましたよね!【先見の明】で見た未来は、行動次第でいくらでも変わると!」

 

 声を荒げる僕の様子に先生は、たじろぎもしない。きっと、僕がここに来ることも【先見の明】で知っていたのだ。

 

「帝国が消滅したのは、明らかにゲートの仕業ですよね!?アヴァロン王国が絶対に絡んでいる!王国を調査してください!」

 

 そんな僕の叫びすら届いていないのか、マリア先生の瞳が、まるで星のない夜のように僕を捉えた。

 

「調査は行いません…我々、フェルナス公国はアヴァロン王国と手を結ぶことにしました…」

 

 その言葉に僕は目の前が真っ暗になった。僕の知ってる先生なら、そんな事を言ったりはしない。

 僕は先生が別人になったような気がして、途方に暮れながら「な…なんで…?」と力なく呟いた。

 

「私はお前たちが、元の世界に帰ることを1番に考えています…余計なことは考えずに帰る事だけを考えなさい…」

 

 冷静な態度を崩さない先生は、そう言って僕を窘める。しかし、つい数日まで苦楽を共にしてきた仲間たちを放って、呑気に元の世界に帰るなんてできない。

 リカルド、イレーネ、バスタたちだけじゃなく、ドワーフ村のクラゴールたちや、旅の途中で出逢った村人たちだって跡形もなく消えたのだ。

 僕は怒りに燃えた目で先生を見据えた。

 

「わかりました…じゃあ、僕は僕で勝手に行動させて頂きます!」

 

 そう言って力任せに机を叩くと、執務室にその音が響き渡った。先生は僕の目を見据えたまま、大きく溜め息をつく。

 

「勝手にしなさい…しかし、フェルナス公国はお前に協力しないし、お前のすることに関与もしない…」

 

 先生は冷たい言葉で僕を突き放し、僕は怒りに任せて執務室を後にした。何かを言ってくれるのではないかと内心期待していたが、先生からの言葉はない。

 珍しく反発する僕の姿にさえ、動じる気配は微塵も見せなかった。本当に、先生はいったい何を考えているのだろうか。

 僕の知ってる先生ならば、帝国が消滅してしまった事を放置する筈が無いし、それ以前にそんな事態にさせなかっただろう。

 

 廊下を歩く中、先生の言葉が頭をよぎる。『私は遠い昔、ある人に救われた事があり、その人物との約束を叶えようと歩んできただけです…』その言葉に、なぜか胸の奥が疼いた。

 その【約束】が、ディルファス帝国の消滅や、聖ミルガルド神殿が神を復活させようとしてることに、関連しているとしたら――。

 僕は最悪な事態を考え、先生を敵に回す覚悟を決めながら、旅の準備を進めた。帝国で見た人々の、あの笑顔を絶対に取り戻して見せる。

 

 生徒たちのことは気掛かりだが、『私はお前たちが、元の世界に帰ることを1番に考えています…余計なことは考えずに帰る事だけを考えなさい…』と言った先生の言葉は、少なくても本心としか思えなかった。

 僕は江洲小原先生のことを信頼している生徒たちを、巻き込みたくないと、何も告げづに王宮を出た。当てなどなかったが、満天の星空に照らされて輝く夜道は、僕の行く道を示すかのようだ。

 アヴァロン王国に向かって歩み出すと、背後から聞き慣れた声が響いた。

 

「先生~!美濃又先生~!」

 

 声のする方向に振り返ると、宅間君、伊藤君、佐藤さんが息を切らして駆けてくる。

 

「先生、待ってよ…置いてかないでよ!僕たちも行くからさぁ…」

 

 そう言って息を切らす3人の姿に、僕は驚いていた。僕が呆然としながら「君たち…何で…?」と呟くと、宅間君は僕を見てニヤリと笑った。

 

「先生1人で行かせるわけ無いじゃん!江洲小原先生と違って頼りないんだから…」

 

 そう言って、おちゃらける宅間君の姿に胸の奥が温かくなる。そして、佐藤さんが続けて口を開き、「私たちだってイレーネさんや、リカルドのことは心配だよ…」と気丈に笑顔を見せた。

 更に伊藤君が、「帝国にいる皆の事を心配してるのは、先生だけじゃない…皆と話し合って僕たちが代表で行くことにしたんだ…」と冷静に言った。

 正直言って本当は心細かった。しかし、3人の言葉に勇気が芽生え、僕は体中が熱くなった。

 

 帝国の人たちを心配してるのは僕だけじゃない。少なくても、この3人は慕っているはずのマリア・エスコバルに背いてまで、帝国の皆を救おうとしているのだ。

 僕は付いてきてくれようとしている、この3人に勇気を貰い、新たな決意を心に決めた。

 アヴァロン王国とゲートの謎を探り、この世界にまた帝国を復活させてみせる。

 

「まずは王国を目指そう!神殿に行けば、帝国を復活させる手掛かりが必ずあるはずだ!」

 

 僕がそう言うと伊藤君が首を傾げながら、ポツリと呟いた。

 

「でも、アヴァロン王国の狙いって何だろう…帝国を消滅させて、何をしようとしてるの?」

 

 それは、僕も確かに気になっていた。帝国を支配しようとしていたフローレス公爵たちが失脚し、自分たちの意のままに出来なくなったからと言って、ここまでするだろうか。

 それならば、王国ですらも手出しできないほど、この世界に多大な影響を与えるフェルナス公国の方が余程脅威だ。

 僕は不意に江洲小原先生たちが、僕たちの世界に来ることの切っ掛けになった、ゲートのことを思い出した。

 

 もし、あれが今回の帝国と同様に、フェルナス公国を消滅させようとしていたのだとしたら…。

 先生はあの時、『ゲートは更に広がり続け、この世界も私たちの世界も飲み込んでしまうという未来が見えてしまったからです…』と言っていた。

【先見の明】で最悪の事態は回避できたが、あのままにしていたらフェルナス公国も、この世界の地図上から忽然と姿を消していたのだろう。

 

「王国は、フェルナス公国を消滅させようとして失敗してたんだ…」

 

 その言葉に、宅間君たちは大きく開いた目で僕を見つめた。信じられないといった顔で唖然としていたが、そんな中で佐藤さんがキョトンとした顔で口を開いた。

 

「だからって、なんでディルファス帝国を消滅させたの?」

 

 僕のことを純粋に見つめる佐藤さんの視線が痛いほど突き刺さる。僕は視線を逸らし、俯き加減で言葉を続けた。

 

「本当の狙いは、王国にとって煙たい存在であるフェルナス公国だろう…でも、公国には【先見の明】を持つマリア・エスコバルがいる以上、必ず阻止される…排除できないなら力を見せつけて、仲間に引き込もうとしたのではないだろうか…」

 

「それならマリア先生は、なんで帝国の消滅を阻止しなかったの?」

 

 佐藤さんの核心を突く言葉に僕は動揺していた。僕だって先生が何を考えているか知りたかった。

 

「…先生が何を考えているのか…僕にもよくわからないよ…」

 

 言葉を詰まらせながらも、弱々しくそう言うと、佐藤さんがポンと軽く背中を叩く。その叱咤は頑張れと励まされているような気がして、胸に熱いものが込み上げた。

 

「マリア先生のことだから、きっと何か考えがあるんだよ…今までだってそうだったじゃん!」

 

 佐藤さんの言葉で顔を上げると、3人は精悍な顔つきで力強く頷いた。その顔には疑念や迷いなど一切ない。

 僕は改めて、彼らと先生の絆の強さを感じて羨ましくさえ思った。彼らの背後で、先生によって近代化されたハウゼンの街並みが、煌々と輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

              ~to be continued~

 

 

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