ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】 作:村上しんご
一夜明け、馬車で王国領に入った僕たちは、辺境の街ミルナスに辿り着いた。
信教国家のこの国は至る所にミルガルド神を祀る礼拝堂が立てられ、ここミルナスもそれを中心に街が広がっていた。礼拝堂の尖塔が、昼の陽光に冷たく輝き、遠くで響く聖歌が不気味に耳につく。
しかし、誰もが自由と平等を謳うミルガルド教が普及してるにも関わらず、住民たちは全く幸せには見えなかった。
町人に話しを聞いてもミルガルド神を称え、「神の恩恵に感謝している…」と言ってはいるものの、取って付けたようなその笑顔は、まるで洗脳でもされてるようだ。
ボロボロの服を着たやつれた顔で、ミルガルド神の素晴らしさを語るその姿は、まさに狂信者としか言いようがない。
宅間君は肩をすくめ、眉を寄せた。「なんかここの人たち、頭おかしいな…ハウゼンの市場じゃ、こんな暗い顔で神様崇めねえよ」と小声で呟く。
伊藤君は礼拝堂の尖塔を睨みつけ、拳を握りしめた。「これで幸せ? 冗談だろ…こんなの、幸せじない」と吐き捨てるように言った。
聖女の佐藤さんは、ボロボロの服を着た子どもがミルガルド神を称える姿に、唇を噛んだ。彼女の目には涙が滲み、静かに握る手が微かに震えていた。
そんな時、街の中心にある広場から、一際高い歓声が巻き起こった。
「勇者様だ!信託の勇者様が街に訪れたぞ!」
魔法の発展したフェルナス公国、軍事力の高いディルファス帝国、そしてここアヴァロン王国は神聖力を誇る国だ。
神の啓示により選ばれた勇者は、広場に現れると、星の光を凝縮したような神聖力のオーラを放った。
住民たちがひれ伏し、狂信的な叫びを上げる中、彼は剣を掲げ、冷ややかな視線を投げた。その目は、まるで獲物を値踏みする狩人のようだった。
勇者は広場の中心に立ち、ゆっくりと住民たちを見渡した。その視線が一人ひとりをなぞるたび、広場に重い沈黙が落ちた。誰かが息を呑む音が、異様に大きく響く。
「この街に異教徒がいると神託を賜った…異教徒は排除する!」
勇者の声は低く響き、広場を凍りつかせた。しかし、彼の口元には一瞬、微かな歪みが浮かんだ。それは嘲笑か、義務感か、誰も読み取れなかった。
勇者の声が響くと、数人の住民がビクッと肩を震わせた。額に汗が滲み、目を逸らすその姿は、まるで罪を告白しているようだった。
勇者が目配せすると、兵士たちが示し合わせたように動いた。動揺する住民たちは瞬く間に取り押さえられ、広場の中央に引きずられていく。
「何をするつもりだ…?まさか、こんな所で処刑なんてしないよね?」
それを見ていた伊藤君が小声で呟く。捕えられた住民たちは顔面蒼白になりながら、「待ってください!私たちはミルガルド神様を裏切った訳じゃない!」と叫ぶが、勇者も兵士も聞く耳を持たない。
「まだ、この子は10歳なんです!許してください!」
捕えられた中には親子もいて、母親が叫びながら懇願し、子供が泣き叫んでいるのに、周りを囲む住民たちは止めようともしない。そればかりか、当然と言いたげな冷めた顔をしている。
その異様な光景に僕たちは絶句していた。神の名を借りて正義を振りかざし、異教徒という弱者を制裁しようとしてるのに、誰もおかしいとさえ思っていないのだ。
彼らが別の神を崇めているからといって、それが命を奪うほどの罪になるだろうか。
勇者の剣が光を反射し、ゆっくりと弧を描いて母親の首に振り上げられた。金属が空気を切り裂く音が響き、母親の震える息遣いが広場にこだました。
周りの住民たちは、穏やかな笑みを浮かべ、両手を合わせて祈りを捧げていた。その時、佐藤さんの声が雷鳴のように広場を切り裂いた。
「やめなさい!」
その叫びは辺りの空気を震わせ、剣を振り上げた勇者の手がピタリと止まった。広場が一瞬の静寂に包まれ、風が止まり、埃が舞う音さえ聞こえた。
住民たちの祈りの手が凍りつき、数百の視線が佐藤さんに突き刺さる。勇者は剣を握る手に力を込め、佐藤さんを睨みつけた。
その目には一瞬、驚きの色が浮かんでいた。だが、すぐに冷めた目に変わり、勇者は高らかに叫んだ。
「何者だ! 神の意志に逆らう異教徒か!?」
佐藤さんは震える足で一歩踏み出し、勇者を見据えた。その姿は穏やかで可憐だが、怒りに燃える目は決意に満ちていた。
「それは神の名を借りた暴力です…貴方のような人が勇者であるはずが無い!」
彼女の声は、この街の嘘を暴く刃のように、広場にいる全員に向かって放たれた。勇者は唇を引きつらせながら、顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。
そして、目配せで合図すると兵士たちが剣を抜き、金属の音が辺りに響いた。
一部の住民の祈りの声が途切れ、広場に不穏な空気が漂い始めた。それを見て僕と宅間君、伊藤君も一蓮托生だと言わんばかりに、佐藤さんの隣に並んだ。
「これがミルガルド神の教えか?そんなのが神様だなんて間違っている!」
僕の声が広場に響くと、住民たちが互いに顔を見合わせ、ざわめきが波のように広がった。勇者は剣を掲げ、ブーツが石畳を踏む音を響かせながら、ゆっくりと僕たちに歩み寄ってきた。
その目は怒りに燃え、まるで自分の正義を疑うことなどないようだった。
「ミルガルド神を冒涜する愚か者め!神の裁きを受けるがいい!」
そう言って勇者は神聖力のオーラを放ち、剣を構える。眩い光に包まれたその姿は、神々しくさえ見えるのに、その腐った中身に虫唾が走る。
僕は懐から扇子を取り出し、それを開いて構えると、鋭い視線で勇者を見据えた。
「お前こそ、正義という名の暴力で人々を惑わせる愚か者だ…僕がその捻じ曲がった根性を叩き直してやる!」
僕が珍しく見せる怒りの態度に生徒たちは驚いていた。自分が正義と信じて疑わないコイツ等に、何を言っても届かないのはわかっている。
しかし、人を手に掛けようとしてるのに、正しいことをしてるという彼らの間違った認識が、僕はどうしても許せなかった。
たぶん、この国にいる大半の人たちは、勇者のしている事が絶対の正義で、僕らに味方する者は誰もいないだろう。
だが、僕はこの人たちを助けたかったし、3人も同じ気持ちだと信じていた。
「先生、仮にも勇者と呼ばれる人間だ…相当、強いと思うから気を付けて…」
伊藤君がそんな言葉で激励すると、宅間君が背中をポンと軽く叩く。それを見た佐藤さんが、薄っすらと笑みを浮かべて強く頷いた。
ここで勇者を倒しても、僕らはこの国で追われることになるだろう。聖ミルガルド神殿に向かうという目的はあるが、ここで罪もない人を見殺しにすることなど、僕らには出来なかった。
この人たちを守れるのなら、この先どんな困難が待ち受けていようと構わない。僕は構えた扇子を勇者に向け、まるで手招きでもするように彼を挑発した。
「何だそれは…マリア・エスコバルにでもなったつもりか?…異教徒どもめ、勇者の力を思い知るがいい!」
そう言って僕を見下す勇者が、「ライトスプラッシュ!」と叫びながら、剣を真横に振り抜いた。神聖な光の斬撃が唸りを上げ、石畳を切り裂きながら僕に向かって突進してくる。
だが、宅間君の【閃光の剣】を間近で見た僕には、その程度の斬撃など脅威ではなかった。
構えた扇子で軽く止め、光の斬撃を真上に弾く。斬撃は広場の空に吸い込まれ、礼拝堂の尖塔に微かなひびを刻んだ。
僕は透かさず距離を詰め、勇者の懐でスッと屈む。そして扇子を握る手に力を込め、雄たけびのように大きく叫んだ。
「螺旋翔 怒りの扇撃!」
その叫びと共に、扇子の一撃が勇者の顎を目掛けて叩き込まれた。『バチーン!』と小気味いい音が広場に響き、勇者は螺旋を描きながら真上に吹っ飛んだ。
鎧の軋む音と同時に、地面に叩き付けられる彼の姿に、住民たちのざわめきが広まった。予想もしていなかったその光景に、兵士たちは驚愕の表情を浮かべ、住民たちは災いでも起こったかのように神への祈りを捧げている。
地面に這いつくばる勇者は、グッタリとして完全に意識を失っていた。そんな中で、佐藤さんがここぞとばかりに声を上げた。
「あなた方の崇拝する神が、どんなに偉大か知りませんが、別の神を称えてるからといって命を奪おうとするなど、私たちが許しません!異教徒だからといって、大勢の前で処刑を行わせるような教えが、本当に正しいとあなた達は思っていますか?」
聖女の佐藤さんはそう言いながら、神聖力のオーラを放った。神々しい光に包まれたその姿は、女神のように眩しく輝いているのに、彼女の言葉はこの街の住民に一切届いてない。
敵意の向けられた感情の無い目で僕たちを見つめ、ミルガルド神の御神体を握りながら、ひたすら祈りを捧げ続けている。
そして、兵士たちがそんな住民を守るように、僕たちの前に立ちはだかった。まるで完全に僕たちが悪人だと思わせるこの状況に、僕らは完全に意欲を失っていた。
「罪を重ねるな、異教徒ども!大人しく神の裁きを受けるんだ!」
そんな言葉が広場から広がり始め、僕たちはこの国の深い闇を改めて感じていた。何を言っても無駄だという失意に駆られていると、少女の小さな声が、まるで風のように僕たちの耳に届いた。
「お姉さん…本当に神様が、母さんを殺そうとしたの?」
佐藤さんがその言葉でハッと振り返ると、少女は母親の腕の中で怯えながら、潤んだ瞳で彼女を見つめていた。
佐藤さんは言葉を失っていたが、少女と一緒に捕らわれた人たちも、救いを求めるような目を僕たちに向けている。
「神様は人を愛する存在のはずよ…命を奪うことを指図する神なんて、いるはずがない!」
その言葉に、少女の目から涙がこぼれ、母親が彼女を強く抱きしめた。だが、ミルガルド神を崇める住民たちは、尚も「神を冒涜するな!」と叫び、兵士たちを煽った。
そんな住民たちの声で、立ち塞がる兵士たちが、武器を手にしながらジワジワとにじり寄ってくる。
僕は戦うしかないのだろうかと、震える手で扇子を握り締めた。その時、奇跡のように突風が巻き起こり、砂埃が兵士たちの視界を奪った。
「今だ、行くぞ!」
僕たちは捕らわれていた人たちを連れて、広場を駆け抜けた。背後で兵士たちの怒号が響くが、すでに彼らの統率は乱れていた。
この街から逃げるには、門番がいる街門を抜けるしかない。僕たちだけならば、門番を相手にして強行突破も出来るだろうが、彼らを連れたまま街を出るなど、不可能としか思えなかった。
「こっちです…いったん隠れましょう…」
そんな時、助けた男の1人が路地裏の奥に僕たちを導いた。ミルナスの街は迷路のように入り組み、兵士たちの怒号が遠くで響く。男が廃墟の扉を開け、地下室への階段を指差す。
「ここは、神殿の奴らにも知られていない…俺たちが崇める神を祀っている礼拝堂だ…」
湿った石壁に囲まれた地下室は、苔むした祭壇と古びた燭台だけが残る暗い空間だった。少女が母親にしがみつき、佐藤さんが彼女に毛布をかける。
「もう、大丈夫よ…」そう言って母親が少女に微笑みかけると、少女は「うん」と言って頷いた。
地下室の階段を抜け、突き当りにある古びた扉を開けると、礼拝堂の中央に立つ神像の姿に、僕たちは驚愕し、言葉を一気に失った。
「な、なんだ…これは…?」
宅間君がそう言って絶句するのも無理はない。僕でさえ、それを見た時には信じられず、自分の手で何度も目を擦っていた。
質素なドレスに身を包み、ドリルのようなツインの巻き髪を肩に垂らし、トレードマークの扇子を口元に当てる像の姿は、どう見ても江洲小原先生にしか見えなかったからだ。
「先生、神様になっちゃってるよ…」
伊藤君がそれを見て、目を丸くしながら呆然と呟く。いつも冷静な彼がこんな顔をするなど、初めてのことではないだろうか。少女を抱いた母親が、その言葉を聞いて穏やかな目をしながら口を開いた。
「マリア様です…私たちは公国の現皇帝であらせられる、マリア・エスコバル様こそ、地上に舞い降りた女神様だと思っています…あの方の成し得た数々の奇跡は、私たちに勇気を与え、こんな世知辛い世の中にも、希望の光を灯してくれました…そんなマリア様を隠れてお慕いしてるのは、私たちだけではありません…」
像を見つめながら、そう言って遠い目をする母親の姿は慈愛に満ちていた。広場で見たミルガルド神を崇める者たちとは違って、その眼差しは一切の迷いもなく、透き通るほど輝いている。
彼女は抱いている少女を、マリア先生の像に近付けてあやした。少女は今まで元気のなかったのが嘘のように笑い声をあげ、礼拝堂に温かな響きが広がった。
「私たちは、この世界に大勢いるマリア様を崇める者たちの、ほんの一部に過ぎません…あなた方の近くにも、隠れてマリア様を崇拝する人たちは大勢いるのでは?」
その言葉に僕たちはどう答えて良いのかわからなかった。確かに江洲小原先生は人間離れした存在だとは思っていたが、僕たちにしてみれば余りに身近な存在で、人々から女神と崇められていたなど、全く想像できなかった。
「それは、私たちの先生だよ…でも、神様って感じじゃないよ…私たちが揶揄うと、顔を真っ赤にして恥ずかしがるし…」
そんな時、佐藤さんが場の空気も読まずに、キョトンとしながらそう言った。
「先生って?…もしかして、マリア様のお弟子様なのでしょうか?」
「うん、まあ、そうだよ!」
佐藤さんが無邪気に答えると、母親は信じられないといった表情で目を丸くする。それと同時に助けた住民たちが一斉に動揺し、オロオロとし始めるが、佐藤さんはそれを見てもポカーンとしていた。
「やはり、そうだったのですね!」
そして、母親のその言葉と共に、住民たちが「我々の祈りは届いていたんだ!」「マリア様は、お弟子様を遣わせて、私たちを助けに来てくれたんだ!」とざわめき始めた。
佐藤さんがキョトンとしたまま「違うって…先生は神様なんかじゃないよ…」と呟くが、住民たちは聞く耳も持たず、崇めるようにひざまずき、僕たちに祈りを捧げ始めた。
予想外の展開に呆然とする僕たちは、住民たちのその姿に、どう接して良いのかわからなかった。
佐藤さんと宅間君が「やめてよ…私たちは、そんなんじゃないからぁ!」と慌てて住民を引き起こそうとするが、住民たちの祈りは止まらない。
礼拝堂の中は少しだけ和やかな雰囲気に包まれていたが、僕は先生が女神と崇められていることを知り、冷たく重い疑念に囚われていた。
江洲先生が不意に言ったあの言葉が、頭の中で何度も反響する。『私は遠い昔、ある人に救われた事があり、その人物との約束を叶えようと歩んできただけです…』あの穏やかな声、どこか遠くを見るような目。あの言葉が、なぜか今、鋭い棘のように胸を刺す。
そして、帝国が消滅した後、僕を突き放すように言ったあの言葉。『調査は行いません…我々、フェルナス公国はアヴァロン王国と手を結ぶことにしました…』その冷たく断固とした口調は、まるで僕を遠ざけ、何かを隠すためだったのではないか。
もし、先生が自分がマリア・エスコバルとして女神と崇められていることを知っていたとしたら…? もし、彼女の言う「約束」が、自由や希望のためではなく、この世界を神として支配することだったとしたら…?
その考えは、僕の心に暗い影を落とした。先生がアヴァロン王国と手を組んだのは、ミルガルド神と教団を打ち倒し、その座に自らが君臨しようとしているからではないか?
あの、ときおり見せる年相応の少女のような姿は、すべて仮面だったのだろうか?
僕がそんな疑念に頭を悩ませていると、佐藤さんが不意に顔を向けて、あっけらからんと言った。
「先生、この人たちフェルナス公国に避難させようよ…」
「えぇーっ!良いのですか?マリア様のお膝元に私たちが行っても…」
母親が驚き、住民たちが「マリア様の故郷へ…!」とさらに熱狂し、祈りが一層高まる。
「もちろんだよ…先生なら快く受け入れてくれるから…」
佐藤さんが笑顔で言うが、追っ手の兵士の目を掻い潜って、この人数でフェルナス公国に戻るのは容易なことではないだろう。
「ちょっと待って!王宮に戻るのは簡単じゃないぞ!」
僕が声を上げると、佐藤さんがあっけらかんと答えた。
「大丈夫だよ…転移魔法で国境まで行って、山下君と白石さんに迎えに来て貰うから…」
佐藤さんがそう言うと伊藤君が「オッケー、覇王丸!」と言って鷹型の聖獣を呼び出した。いつの間にか聖獣を召喚できるまで、成長していた伊藤君の姿に、僕は呆気に取られていた。
「転移魔法って?」
更に僕が尋ねると、佐藤さんが笑顔で答えた。
「江洲小原先生に教えて貰ったんだよ…結界が張ってあって国境は抜けられないけど、行ったことのある場所ならどこでも移動できるよ…宅間君だって出来る…」
佐藤さんそう言うと、宅間が君得意げな顔をしながら力強く頷く。僕は日々成長し続けていく子供たちの姿に、少し恥ずかしさを感じていた。
確証も無い事でうじうじと悩んでいる暇があるのなら、この子たちのように困っている人を1人でも多く助けるべきだと感じた。
「よし!夜になったら転移魔法で国境に向かおう!」
僕のその言葉を聞いて助けた住民たちが涙を流す。僕は改めて、アヴァロン王国の闇を探り、この世界にまた帝国を復活させてみせると強く誓った。
~to be continued~