ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】   作:村上しんご

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<episode31> 謎の少女

 アヴァロン王国の検問所は、冷たい石壁と結界の青い輝きに囲まれていた。

 

「後は僕たちに任せてよ! この国の結界は強力で、転移魔法じゃ抜けられないからな!」

 

 山下君が胸を叩いてそう言うと、白石さんが笑顔で頷き、住民たちを励ました。堂々とした2人の姿に、僕たちは助けた人たちを安心して任せることができる。

 住民たちは涙を流しながら、僕たちに心からの感謝を告げた。その中には「マリア様の導きに感謝します」と囁く者もいた。

 僕たちは、住民たちが長年暮らしていた街を離れることに、抵抗はないかと心配していたが、少女の母親は「マリア様の治める国に行くことに、何の心配がありましょうか?それにあの時、助けて頂けなければ、私たちは命を失っていたのですよ…」と言いながら微笑んだ。

 

 会ったことも無い人たちに、ここまで信頼されている先生は、やはり偉大としか言いようがない。

 先生のカリスマ性は僕たちの想像以上で、女神と崇めあられるほど、先生がしてきたことの逸話がこの世界には溢れているのだろう。

 だからこそ、僕は先生が『我々、フェルナス公国はアヴァロン王国と手を結ぶことにしました…』と言っていた意図がわからない。

 

 僕たちを元の世界に帰す為には、ゲートの秘密を暴く必要があるのだろう。しかし、ディルファス帝国が消滅し、リカルドやイレーネの笑顔が失われたのに、先生はそれを放置するつもりなのだろうか。

 僕が見てきた先生は、どんな窮地に追い込まれようと希望を捨てず、人々の為に数々の奇跡を巻き起こしてきた。そんな先生の真っ直ぐな姿に希望を見出したからこそ、ここの人々は彼女が神でもないのに女神と崇めているのではないのだろうか。

 人々に希望を与え続けてきた先生が、どうして帝国を見捨てるような真似をするのか、どうしてもわからない。

 

 先生は本当に神になって、この世界を支配しようとでもしようとしているのだろうか。

 難しい顔をして悩んでいると、あの少女が笑顔で優しく手を振った。彼女の瞳には、先生を信じる優しい光が宿っていた。

 僕がどんなに疑念を抱こうが、この人たちには先生が最後の希望なのだ。僕たちは彼らに別れを告げ、転移魔法でミルナス街の近くまで戻った。

 

 魔法の淡い光が消えると、僕たちは街を見下ろす丘に立っていた。夜の冷たい風が頬を刺し、遠くの礼拝堂の尖塔が月光に不気味に輝いている。

 僕たちは王都に向かう為、またこの場所に戻ってきた。だが、胸の奥で燻ぶる疑念が、未だに僕の胸を締め付ける。

 

 そんな時、月明かりに照らされる夜道に、小さな人影が見えた。

 

「先生、誰かいるよ…」

 

 佐藤さんがそう言って指差す場所には、ボロボロの服を纏った少女が蹲っていた。髪は泥と埃で固まり、怯えと空腹で濁った目が月光に映る。

 彼女は僕たちの姿を見つけると、警戒もせずにゆっくりと近付いてくる。何も言わずに僕たちをジッと見据えるその姿に、僕は何故だか遠い昔に出逢ったような懐かしさを感じていた。

 記憶の片隅で何かを思い出せそうだが、どうしても思い出せない。そんな時、佐藤さんが少女に駆け寄り、屈みながら優しく問いかけた。

 

「あなたは、誰?」

 

 佐藤さんがそう言うと、女の子は瞳を輝かせる。まるで孤児のような身なりをしてるのに、人懐っこいその性格に、僕は少しだけ疑問を感じた。

 

「あたし?あたしはセレナ…」

 

 セレナと名乗るその少女は、そう言ってニッコリと笑った。佐藤さんは彼女の不憫な姿を憐れむような顔をしていたが、その目をじっと見つめながら更に言葉を続けた。

 

「どうしてこんな所にいるの?…お家はどこ?」

 

「家なんて無いよ…あたしは神殿に行かなきゃいけないんだ…」

 

「お父さんやお母さんは?」

 

「…いないよ…」

 

 寂しそうに話す、セレナの消え入りそうな声に、佐藤さんは動揺を隠し切れなかった。その不憫な姿を見る佐藤さんの目には、涙が滲んでいた。

 

「そう、良く頑張ったね!先生、この子もフェルナス公国に連れて行こうよ!」

 

 佐藤さんがそっとセレナの手を握りながらそう言うと、セレナは慌てて「ダメ! あたしはどうしても神殿に行かなきゃならないんだ!」と口を挟んだ。

 佐藤さんはその声に一瞬驚きながらも、優しい笑みを浮かべて問い質した。

 

「どうして、神殿に行かなきゃいけないのかな?」

 

「約束だからだよ…ある人との約束で、あたしは絶対に神殿に行かなきゃいけないんだ…」

 

 その言葉で僕は不意に『私は遠い昔、ある人に救われた事があり、その人物との約束を叶えようと歩んできただけです…』という先生の言葉を思い出した。

 セレナが約束してたのは、亡くなった母親か父親なのかもしれないが、その決意の固さはひしひしと伝わっていた。

 彼女には幼いながらも、その約束をどうしても果たさなければならない理由あって、その為にどんな過酷な状況になっても、めげずに生き抜いてきたのだ。

 

「セレナ、ひとりで神殿に行くのは危ないよ…僕たちも神殿に向かうんだ…一緒に来るかい?」

 

 こんな小さな子供を、僕たちの旅に同行させるのも危険だというのはわかっている。だが、僕は何故だか、セレナを神殿に連れて行かなくてはならないという、使命感に囚われていた。

 僕の言葉にセレナは瞳を輝かせながら頷く。佐藤さんや宅間君、伊藤君は大丈夫かと言いたげに困惑してるが、彼らにもセレナの強い思いは伝わっていたのだろう。

 

「仕方ねぇな…先生がちゃんと守れよ!」

 

 宅間君のぶっきらぼうな声に、仲間たちが小さく笑った。 僕はセレナの手を握り、月夜に照らされる道を歩幅を合わせて歩み出した。

 良く見ると彼女は、まだ5歳くらいだろう。今までどうやって生きてきたのかわからないが、その姿から察するに、僕らには想像もできないほどの苦労を重ねてきたのだろう。

 しかし、何故か彼女から感じる懐かしい思いが、いつまでも消えない。

 

「ところで先生、今晩どうするの?街へは入れないんだから、野宿しかないよ…」

 

 そんな時、伊藤君がセレナのことを心配するように、僕に声を掛けた。確かに伊藤君の言う通り、こんな幼い子を野宿させるのは、危険だし気が引ける。

 僕がどうしようかと悩んでいると、セレナは僕たちを見上げて言った。

 

「あたしは平気だよ…外で寝泊まりするのは慣れてるよ…」

 

 その言葉に衝撃が走り、僕たちの間に重苦しい空気が流れた。平然と言っているが、街の外には魔物や盗賊が溢れるほどいるのに、この子はそんな危険な所で、運よく生き延びてきたというのだろうか。

 僕たち4人が哀れみの顔を向けると、彼女は咄嗟に口を開いた。

 

「大丈夫だって…こう見えても、あたしは強いんだよ…ちょうどいいから見せてあげる…」

 

 そう言って草むらを向くとセレナの瞳が、一瞬キラリと光った。殺気に満ちたその姿は、儚く朧げに見えた今までの面影はどこにも無かった。

 彼女が気合を入れると、体中を纏うオーラが草むらにまで伸びていく。

 そのオーラにあてられたのか、草むらの蔭から数匹の狼型の魔物が、唸り声を上げながらセレナにゆっくりと近付いてきた。

 

「セレナちゃん!」

 

 そう言って佐藤さんが杖を握り、駆け寄ろうとするが、セレナは「来ないで!」と叫び、それを制止した。

 狼型の魔物は目をギラギラとさせ、完全に戦闘態勢でセレナに狙いを定めている。

 しかし、怯みもしないセレナは、その小さな手を空に向かって大きく突き上げる。ボロボロの服と泥まみれの髪を風に靡かせて、颯爽と佇むその姿は歴戦の強者のようで、僕たちは呆然とするばかりだった。

 

「雷撃魔法、裁きの雷!」

 

 魔物が飛び掛かってくると、セレナは掲げた手を振り下ろしながら叫んだ。それと共に天から稲妻が降り注ぎ、眩い光が魔物の体を貫いた。

 断末魔を響かせながら、魔物の体が塵のように消えていく。その一瞬の出来事に僕たちは呆然とするばかりだった。

 宅間君が「無詠唱かよ…」と目を大きく見開き、伊藤君が大きく溜め息を付きながら夜空を見上げる。

 

 佐藤さんは「すっごーい!セレナちゃん、すっごーい!」と、ピョンピョン飛び跳ね、僕は正体を探ろうとスキル【教えを説く者】を発動させた。

 しかし、スキルを発動させても、セレナのスキルツリーは現れない。隠蔽のスキルで阻害してるのなら、重要な部分以外は見えるはずなのに、スキルツリーが伸びてもいないのだ。

 どんな人間にも可能性はあって、僕にはそれが見えていた。だが、彼女の内側はブラックホールのような、どす黒いものが延々と広がり、僕はゾッとするような怖さを感じた。

 

 僕がスキルを発動したことに気付いてるのか、セレナは僕に目を向けて、冷たい笑みを浮かべている。

 僕はこの娘が、とんでもない秘密を隠しているような、胸騒ぎを感じていた。

 塵となった魔物の消滅したあとには、魔物の残した魔石が淡く光り輝いている。セレナはそれを手に取ると「はい、お兄ちゃん…」と言いながら僕に手渡し、屈託のない笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

                  

               ~to be continued~

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