ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】   作:村上しんご

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<episode32> 無垢な幼女

 辺境の街ミルナスでの出来事が王国中に広がってしまったのか、僕たちを追う聖騎士たちの警戒網は、日を追うごとに厳しさを増していた。遠くの森から松明の光が揺らめき、聖騎士たちの馬蹄の音が冷たい夜風に混じる。

 王都に向かう道すがら、休息や情報収集のために、いくつかの村や町に立ち寄ろうとしたが、手配書が回っているらしく、厳戒態勢の検問所を前に断念せざるを得なかった。

 恐らく王都では、さらに厳重な検問が待ち受けて、僕たちの行く手を阻んでくるだろう。

 

 街道沿いの道は人目に付くと思い、僕たちは敢えて険しい山道を進んで王都を目指していた。

 まだ幼いセレナには過酷だと思うが、聖騎士に見つかってしまったら、彼女も仲間だと思われて最悪処刑されるだろう。

 こんな子供に辛い思いをさせるのは、心が痛むが命には代えられない。おぶって行くことも覚悟して山道を登ったが、セレナは弱音を吐くどころか、楽しそうに野山の景色を楽しんでいる。

 

 ヘトヘトになりながら追い続ける僕らを尻目に、彼女の小さな足取りは驚くほど軽やかだった。

 

「待って~、セレナちゃん!休憩しようよ…」

 

 佐藤さんがそう言って声をかけると、セレナはやっと立ち止まり、ニッコリと笑って振り返る。

 偶然出会った行商人から服を買って、佐藤さんと湯浴みもした。そんなセレナは、まるで別人のように輝いていた。

 

「どうしたの?もう、へばっちゃったの?」

 

 精根尽きた僕たちが地べたにへたり込むと、セレナはそう言って僕たちの顔を覗き込む。

 

「お前、どんだけ体力あるんだよ…おかしいよ…」

 

 宅間君のその言葉にセレナは薄っすらと微笑んだ。

 

「これは体力とは少し違うかな…あたし、地面に足付けてないし…」

 

 セレナはそう言って空中で器用に胡坐をかくと、体をクルクルと回転させ始めた。

 

「魔法かよ!…お前スゲェ―な…もう、一流の魔導師じゃん!」

 

 驚きを見せて称賛する宅間君の言葉に、セレナは少し悲しい顔を見せた。

 

「でも、この国じゃ、いくら魔力が凄くても嫌われるんだ…神聖力が全てだからね…」

 

 セレナのその悲しげな言葉と、出逢った当時の粗末な身なりで、僕は彼女がこの国でどんな目に遭ってきたか、薄々分かった気がした。

 神聖力が全てのこの国では、魔法使いは忌み嫌われ迫害される。こんな異常な力を持つ魔法使いが現れたら、家族ごと粛清の対象になってしまうだろう。

 

「もしかして…セレナが神殿に行かなきゃいけない理由って、復讐の為なのか?」

 

 僕がそう言って問い掛けるが、セレナは苦笑いするばかりで何も答えなかった。異教徒ですら処刑の対象になる国で、セレナのような強力な魔力を持った子供を、親が庇って他国などへ逃がそうとしていたらどうなるだろうか。

 セレナの父母は、もしかしたら神殿に捕えられ処刑されてしまったのかも知れない。話を聞いてみたいが、古傷を抉るような気がして聞けなかった。

 佐藤さんや伊藤君、宅間君も同じことを思ったのか、悔しそうに唇を噛んでいる。僕たちが、どんなに理不尽だと思っても、この国ではそれが正義であり、当たり前のことなのだ。

 

「ちくしょう!この国では、それが正しいことなのかよ!正義って何なんだよ!」

 

 宅間君がそう言って草むらを蹴とばすと、セレナは僕らに目を向けて静かに言った。

 

「正義なんて、そんなもんだよ…価値観や立ち位置で、いくらでも見方が変わるんだ…例えば、お兄ちゃんたちが処刑されそうな人を助けた時、自分の正義を貫いただけかも知れないけど、街の人たちにして見たら、勇者様をぶちのめして罪人を世に放った悪党でしかないんだよ…」

 

 そう話すセレナの言葉に、伊藤君は唖然としながらも、少し落ち着いた口調で話をした。

 

「君は、あの街での出来事を見てたのか?」

 

「うん、遠くからね…だからこそ自分の正義を押し付けたり、強要すべきではないんだよ…他人がそれに同調するのは考え方が近いだけで、何から何まで同じじゃない…そんな人たちが寄せ集まっても、考え方はそれぞれなんだ…間違った方向に進んだっておかしくないよ…」

 

 セレナの話を聞いて僕たちは、ギョッとしていた。これが5歳の子供の言葉とは到底信じられなかった。

 その知的な姿は、まるで【公国の叡智】と言われる江洲小原先生を彷彿させている。呆然とする僕たちは冷や汗を流し続けているのに、セレナはそんな僕たちを尻目に、更に話を続けた。

 

「考え方や、それぞれに違いがあるからこそ、気付かなかった事から新しい発見が生まれたり、考えも付かなかったことが出来るようになったりするんだよ…この国の宗教のように、誰もを枠にハメようとしても、無くなるばかりで何も生まれない…そんな世の中の何が面白いのさ…」

 

 話しの途中でセレナはハッと我に返り、すぐさま口を噤んだ。大人びたことを口にしてると、自分でもわかったていたのか、その態度は少し焦っている。

 この歳で、これだけの知識を身に着け、魔獣すらも魔法一発で倒す、この娘は本当に何者なのだろうか。

 セレナのそんな姿は、僕たちを窘める時の毅然とした江洲小原先生の姿と、どこか重なる気がした。

 

「セレナ…君はマリア・エスコバルを知っているか?」

 

 僕は唐突にその言葉を口にしていた。セレナの幼い姿は、どことなく江洲小原先生を思わせる面影が残っている。

 まさかとは思いながらも、僕はセレナが先生に関係している何者かではないかと疑っていた。しかし、セレナは悩みもせずに平然と言い切った。

 

「そりゃあ、知ってるよ…女神さまって言われるくらいの超有名じゃん!実際、この世界にはミルガルド神よりも、彼女を崇めている人の方が多いよ…私はどんな神様だって信じてないけどね…」

 

 その言葉の後の寂しそうなセレナの表情に、これ以上の追及など出来るはずもなかった。佐藤さんが彼女の近くに寄って、その頭を軽くポンと叩き、髪をくしゃっとさせながら撫でる。

 揉みくちゃになる髪型を気にして、セレナは「やめろよ!」と怒っているが、その瞳には怒りなどなく、寧ろ感謝の気持ちが溢れていた。

 束の間の平和な光景に、僕たちがほっこりしてると、背後から物音も無く無機質な声が突然響いた。

 

「アナタが美濃又様ですね…」

 

 その声に僕たちが慌てて振り向くと、そこにはディルファス帝国に出現したあの天使が、空中にプカプカと浮かんでいた。

 姿形は一緒だが、声すら発しなかったあの天使と違って、考えて話すだけの知性は持ち合わせているようだ。

 機械的な外見をしてるのに、フードの中の輝く目で僕たちをジッと見つめ、話す言葉は流暢ではあるが人間と違って少しだけ違和感がある。

 

「なぜ突然、天使が…僕たちを捕まえに来たのか!?」

 

 咄嗟に宅間君と伊藤君は身構えるが、天使はあの時のように襲い掛かってくる気配はない。宅間君の声に反応して、その答えを探しているかのようにピコピコと音を立てている。

 

「いいえ…ワタシはアナタたちと事を構えるつもりはありません…教皇のアレクシア・サンドラ様からの言伝をお伝えに参りました…」

 

「伝言だと?」

 

 伊藤君が天使の言葉に反応すると、天使はまたピコピコと音を立てる。直ぐに反応することができない、天使の微妙な間は宅間君を苛立たせていた。

 

「そうです…伝言です…『消滅したディルファス帝国をこの世界に戻し、生徒たちを無事に元の世界に帰したいなら、聖ミルガルド神殿に協力しなさい』と…」

 

「何、一方的な事を言ってるんだよ!それに何で僕たちが神殿に協力しなきゃいけないんだ!?」

 

 宅間君がそう言って声を荒げると、天使は再び沈黙した。野山の中に無機質な音が響き渡り、不気味な静寂が流れた。

 

「いいえ…アナタたちではありません…美濃又様です…」

 

 その言葉に僕は衝撃を受けるとともに、得体の知れない不気味さを感じた。特に際立った能力の無い僕なんかを味方に引き入れて、聖ミルガルド神殿はいったい何を企んでいるのだろうか。

 僕が困惑して言葉を詰まらせていると、天使は更に言葉を続けた。

 

「もうすぐ、この世界に降臨されるミルガルド神は、アナタの持つ【教えを説く者】の力を御所望されております…この世界にいる人間たちを導くには、アナタのその力が必要なのです…」

 

 天使の言葉を聞いて僕は以前、ディルファス帝国で言っていた、先生の言葉を急に思い出した。

『そのスキルを使って人を見ると、どんな才能があり、どうすればその才能を開花できるのか、瞬時に見抜ける…そして、お前の言葉通りにすれば、それは現実となる…』

 その言葉を信じ、僕は【教えを説く者】の力を使ってリカルド・マルチネスを民の上に立つ皇帝として立ち上がらせた。

 

 あまり実感が湧かなかったが、先生の言葉が本当だったなら、僕の言葉には人を導く為の力があるという事だ。

 聖ミルガルド神殿は僕のこの能力を使って、この世界の人たちの全てをミルガルド神の配下にでもしようとしてるのだろう。

 余りにも勝手過ぎる天使の言葉に腹が立ち、僕は思わず「ふざけるな!」 と叫んでいた。

 

 しかし、天使の無機質な目が、まるで僕の心を見透かすようにじっと見つめてくる。

 

「僕の力を…そんな風に使うつもりか? 人の心を縛って、ミルガルド神の奴隷にするために? そんなこと、素直に認められるわけないだろ!」

 

 天使はピコピコと音を立て、まるで僕の言葉を処理するように一瞬沈黙した。

 

「アナタの拒絶は予測済みです…しかし、教皇アレクシア・サンドラ様はこうも仰いました…『美濃又様が協力しなくとも、ミルガルド神の降臨は止められない…ですが、協力すれば、ディルファス帝国の復活とアナタの生徒たちの帰還は保証されます』と…」

 

 その言葉に、僕の心は一瞬揺れた。だが、僕の大切な人たちを人質に取るような言い分を、素直に受け入れる事などできなかった。

 

「僕がそんな話を受け入れるはずが無いだろ!」

 

「では、どうするというのです?次元を超えることは神の領域…お前たちが、どう足掻こうとミルガルド様の力が無ければ、帝国をこの世界に呼び戻す事などできないし、アナタたちが元の世界に帰る事などできません…お前、一人が犠牲になるだけで、それは可能になるのですよ…」

 

 その時、江洲小原先生の顔が頭に浮かんだ。あの毅然とした姿、どんな理不尽にも立ち向かう強さ。

 

「僕たちには江洲小原先生が居る! 彼女なら何があろうが、必ず道を切り開いてくれる!」

 

 僕の言葉に天使のフードの中の目が、冷たく光った。

 

「ああ…あの小娘ですか…この世界には女神と崇める者もいるようですが、真の神、ミルガルド様の偉大なお力の前では足元にも及びません…」

 

 嘲笑うようなその言葉に、今まで佐藤さんの腕の中で大人しくしていたセレナが、目を剥いて飛び出した。

 佐藤さんは引き留めようとしたが、鬼気迫るセレナの形相に怯み、その伸びた手は力なく空を切った。

 

「真の神だって…笑わせんな!自分の意志に従わせようと、人々を操ろうとしてる奴の何が神だ!」

 

 セレナの叫びが野山に響き渡ると、突然、地面が揺れた。天使のフードの中の目が鋭く光り、ピコピコという無機質な音が不気味に響く。

 

「警告…アナタの言葉は、ミルガルド神への冒涜です…制裁が必要です…」

 

 その警告と共に天使の目が更に妖しく光り始める。僕たちは危機を察し、セレナを庇おうとその側に駆け寄っていった。

 

「あたしは大丈夫!」

 

 しかし、天使を睨み付けながらそう叫ぶセレナは、小さな手を付き出し、僕たちを制した。あの光線が天使の光る目から出るのはわかっていた。セレナがいくら魔法に長けていても、五歳の幼女がそれを防げるとは思えない。

 

「セレナちゃーん!」

 

 佐藤さんの断末魔のような叫びと共に、眩い光線がセレナに向かって伸び、地面を焦がしながら彼女を目掛けていく。周りの木々が一瞬で灰と化し、ジンジンとした痛みを伴うほどの熱風が、僕たちの頬を焼いた。

 

「アルティメット魔法、絶対防御…」

 

 しかし、セレナが静かに口遊むと、彼女の周囲に青白い光が渦巻き、鏡のようなシールドが現れた。ガラスのように透き通り、まるで星の輝きを閉じ込めたようなその障壁は、かすかな唸り音を立てながら光線を瞬く間に跳ね返した。

 セレナに向かった光線は方向を変えて天使に直撃した。天使は火花と煙を上げて、地面に墜落するものの、その傷痕は淡い光とともに修復され、無機質な金属音が響いた。

 

「お前のような者が、なぜ古に消滅したはずのアルティメット魔法を…?」

 

 そう言って言葉を発する天使は、体を修復させながら、また空に浮かび上る。

 セレナはそんな天使の姿を睨み付けたまま、大きく声を上げた。

 

「あたしは、お前たちを絶対に許さない!お前たちの野望は、あたしが潰す!」

 

 セレナの叫びが、深い亀裂が走る大地と、焦げた土の匂いに包まれた野山にこだました。

 すると、ピコピコという無機質な音を響かせる天使の背後に、青紫の光が渦巻く小さなゲートが現れた。

 トンネルのように深く、まるで星空を飲み込むような不思議な空間は、低い唸り音を立て、周囲の空気を歪ませていた。

 

「愚かな…この事態は教皇アレクシア・サンドラ様に報告が必要です…!」

 

 天使はそう言い残すと、ピコピコと音を立て、出現したゲートの中に消えていった。 残された僕たちは、そのあっという間の出来事にただ呆然としていた。

 僕と伊藤君と佐藤さんで三重の結界を張り、やっと防いだあの光線を、セレナはたった一人で防ぎきり、反撃までしたのだ。

 しかも、あの天使の光線は、僕たちが防いだ光線よりも、遥かに威力が大きかった。

 

 僕は改めてセレナの魔法の凄さに驚愕すると共に、得体の知れなさに不気味さを感じていた。

 セレナの言った『あたしは、お前たちを絶対に許さない!お前たちの野望は、あたしが潰す!』という叫び声が、いつまでも耳に残り、様々な疑念を抱かせる。

 天使が消えた後すぐに佐藤さんが駆け寄り、セレナを強く抱き締めた。腕の中にいるセレナの姿は、無垢な笑顔を浮かべる幼女にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

              ~to be continued~

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