ただ痛いだけの生意気な小娘だと思ったら、その正体は僕の想像を遥かに超えてきた。。。【貴族教師マリア、君との約束】   作:村上しんご

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<episode34> 神を超えし者

 一夜明け、王国の城門に向かうと、予想通りに聖騎士たちが僕らを待ち構えていた。

 白銀の鎧を陽に鈍く輝かせるその姿は、一見神聖に見えるものの、その目は淀んでいて聖騎士の輝きはどこにもなかった。

 彼らは僕の名前を確認すると、どこか冷たい笑顔を浮かべながら丁寧に街の中へ誘導する。中に入ってすぐの広場には、豪華な馬車が用意され、白い法衣を纏った神官たちがその周りを取り囲んでいた。

 

「美濃又様ですね…教皇がお待ちになっておられます…どうぞこちらへ…」

 

 そう言って笑顔を浮かべてはいるものの、やはりその目は笑ってない。僕たちを見つめる虚ろな目は、何かに憑りつかれているかのように、どんよりと濁って覇気もなかった。

 彼らは強張った笑顔のまま、用意された馬車の扉を開く。黒大理石で装飾された大きな馬車の扉には、神殿の紋章が刻まれていて、不気味な威圧感を放っていた。

 躊躇いながらも僕たちがそれに乗り込むと、馬車が石畳の道を進み、王都の街並みが目の前に広がった。灰色の石造りの建物が連なり、どの壁にも光の柱を模した彫刻や、ミルガルド神を称える言葉が誇らしげに刻まれていた。

 

 通りには巡礼者の行列が続き、一糸乱れぬ動きで神殿に向かい、機械のように同じ祈りの言葉を唱えている。

 だが、その声には喜びや希望はなく、まるで何かに憑りつかれているような力のない声が、街中に虚しく響き渡っていた。

 辺りに漂う香の重い匂いと埃っぽい空気が、馬車の中まで入り込み、息苦しいほどの圧迫感を漂わせていた。

 

「…なんか、不気味な街…」

 

 佐藤さんが馬車の窓から身を乗り出し、小さな声で呟いた。街の光景は一見神聖に見えるものの、人々がミルガルド神を盲信する姿は、洗脳でもされてるようで、とても幸せには見えなかった。

 

「洗脳でもされてんじゃねぇか?みんな目が死んでるよ…」

 

 宅間君がボソッと言って肩を震わせた。この街の住民たちの姿を見てると、洗脳という言葉が一番しっくりくる。

 辺境の街ミルナスでも感じた違和感は、まさにそれだった。この国に住む民たちは、とうの昔に自分の意志など失くしているのかも知れない。

 

「目が死んでるって…どういうこと?」

 

 佐藤さんがいつものように平然と尋ねると、宅間君は何も言わずに顔を背けた。目の前に広がる街の異様さに誰も声を上げることなどできなかった。

 それでも佐藤さんは場を和ませようとしてるのか、見たもの全てに声を上げる、しかし、その光景に希望を映すものは何もなく、僕たちは絶句するばかりで、重苦しい沈黙が流れ続けた。

 馬車が神殿に近づくにつれ、光の柱の青白い輝きが街を冷たく照らしていく。聖ミルガルド神殿の巨大なドームは、白大理石でできているはずなのに、どこか無機質で、まるで生き物のいない墓場のように感じられた。

 

 光の柱の基部からは、かすかな機械の唸り声が響き、僕の背筋を冷たくさせた。神の力とは無縁と思えるその音に、ミルガルド神は何なのかと更なる疑念を抱かせる。

 神殿に到着すると馬車は止まり、扉を開く神官が歓迎でもするかのように、強張った笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「美濃又修様、こちらで降りてください…教皇アレクシア・サンドラが出迎えに来ております…」

 

 その言葉で僕たちが馬車を出ると、巨大な神殿の門前に、白い法衣を纏った教皇アレクシア・サンドラが堂々と立っていた。

 他の神官たちとは異なり、宝珠の輝く杖とマイターを身に纏った彼は、若々しい顔立ちとは裏腹に、鋭い視線を向けて圧倒的な威厳を放っていた。

 清潔感の漂うその姿は光を放つオーラに包まれ、やはり神聖に見えるが、彼の瞳に宿る青白い輝きは、光の柱と同じ冷たさを帯び、どこかおかしい。

 

「美濃又様、ようこそ…」

 

 そう言って言葉を発するが、感情の感じられない無機質な声は、まるでアンドロイドのようで、僕の背筋にゾッとしたものが走った。

 ここに来る前に見た天使の無機質な輝きや、まるで機械のような冷たさと同じ、得体の知れない怖さを感じたのは僕だけだろうか。

 周りを見渡すと、いつも明るい佐藤さんまで青ざめて、伊藤君と宅間君は額から汗を流して俯いている。しかし、セレナだけは燃えさかる瞳で、教皇の目をじっと睨みつけていた。

 

 教皇の堂々とした風格に、たじろぎもしないその勇ましさは、いったいどこからくるのだろう。

 教皇は当たり障りのない会話を続けるが、その無機質な視線に、僕の心は警鐘を鳴らしていた。彼に導かれ、神殿の奥へと進む僕たちの足音が、冷たい石の床に響いた。

 

「美濃又様、貴方は必ず来てくれると、ミルガルド神様からのお告げがありました…」

 

 彼の無機質な声に、光の柱が一瞬強く脈動し、基部の青白い結晶から機械の唸り声が響いた。まるで彼がその光を操っているかのように見えた。

 

「【教えを説く者】の力を持った貴方さえいれば、この世界はミルガルド神様のお導きによって、より良い世界へと生まれ変わるでしょう…」

 

 教皇の言葉に僕は憤りを感じた。体のいいことを言ってはいるが、要は僕の【教えを説く者】の力を使って、ミルガルド神の都合の良いように、この世界の人々を操れと言っているだけだ。

 地下に向かう階段を降りながら、教皇は更に話を続けた。

 

「世の中の不平等さは美濃又様も、あちらの世界に居る時から感じておられるでしょう?争いごとが絶えないのは、個々の差に不満があるからで、それを失くして皆が平等になれば、争いごとなど無い穏やかな世界になると思いませんか?ミルガルド神様は自分が頂点に立ち、そんな世界を築き上げようとしておられるのです…」

 

 言ってる事はもっともだが、それは江洲小原先生の理念とは明らかに真逆だった。生物は生まれた時から個体差があり、その差があるからこそ、どう生き抜こうかと知恵を絞り、進化し続けていくのだ。

 それを無理矢理平等にして、幸せだと納得することのできる人間などいるのだろうか。

 僕が難しい顔をして考え込んでいると、教皇は僕の心を読んでるかのように言葉を続けた。

 

「だからこそ、貴方の力が必要なのです…貴方の心からの言葉は、人を動かしそれを現実にさせます…ミルガルド神はずっと貴方に注目し、この世界に来るように誘いました…」

 

「えっ!?僕たちがこの世界に来たのは、ディルファス帝国に召喚されたからじゃ…」

 

 僕の声が震え、青ざめた顔で驚きを見せると教皇は冷たい微笑を浮かべた。

 

「もちろん、そうなるように仕組みました…ミルガルド神はマリア・エスコバルと違って【先見の明】などという低俗な力は持ち合わせていませんが、千年にも渡る膨大な情報量があります…その膨大な情報を読み取れば、先を読む事など造作もないのです…」

 

 教皇のその言葉に僕は違和感を感じた。「千年にも渡る膨大な情報量」「情報を読み取れば、先を読む事など造作もない」その二つのキーワードが、ミルガルド神が神などではなく、何か別のモノである重大なヒントに感じていた。

 そして、僕たちがこの世界に来ることになったのも、初めから計画されていて、それに関わった人たちはまんまと乗せられていたのだ。

 しかし、ミルガルド神がゲートの力を使えるのなら、僕だけをこっちの世界に来させるだけで良かったのではないだろうか。

 

「何故、生徒たちを巻き込んだ!それにディルファス帝国を消滅させる必要はあったのか!?」

 

 怒りを込めた僕の言葉に、教皇は怯みもせずに口を開いた。

 

「貴方一人をこちらの世界に来させたところで、協力などしないでしょう?ディルファス帝国は、駒として動いていたフローレス公爵も拘束され、ミルガルド神の力を見せつける必要があった為、消えて貰うことにしました…」

 

 身勝手な教皇の言い分に腹が立ったが、ここで怒り出す訳にはいかなかった。なんとしてでも星の祭壇まで行き、ミルガルド神の正体に迫るのだ。

 そうすれば、必ずどこかで江洲小原先生が現れて、ゲートの謎を解いてくれる。そしてディルファス帝国を元に戻し、僕たちは元の世界に帰ることができるのだ。

 

「そうそう、今日は特別にゲストもお呼びしております…」

 

 地下の最深部の扉の前に辿り着いた教皇は、そう言って目の前の扉を開けた。そこには巨大な青白い結晶のコアが中央にそびえ、周りに金属の管が複雑に絡み合う、科学的で巨大な設備が設置されていた。

 青白い光を放つ、データパネルが至る所に浮かび上っているが、それは普通のモニターではなく光の幕だ。

 複雑な処理を自ら繰り返し、僕たちを分析してるかのように音を立てるその姿は、近未来の巨大なコンピュータにしか見えなかった。

 

「こ…これがミルガルド神…!?」

 

 震える声で僕がそう言うと、どこからともなく無数の声が重なり合ったような不協和音が、星の祭壇に響き渡った。それは神の声というより、膨大なデータを処理する機械の唸りに似ていた。

 人間の声の断片と電子音が混ざり合い、まるで無数の意識が無理やり一つに押し込められたような、耳障りな響きだった。

 

「そうです…私がミルガルド神です…」

 

 その声は、頭蓋骨の内側に直接響くように流れ込み、耳を塞いでも止まらなかった。僕は思わず頭を抱え、額に冷や汗が滲むのを感じた。

 佐藤さんが小さくうめき、宅間君は膝をついて震えていた。

 

「お前は何だ!神なんかじゃないだろう!」

 

「美濃又、まずは私の正体から話しましょう…私はお前たちの世界で、近い未来に生み出される、人の知識と欲望を結集した量子演算の結晶だ…無数の可能性を計算し、この世界を私の設計通りに導いてきた…」

 

 その言葉に、僕は背筋が凍った。近い未来? 僕たちの世界で作られたもの? そんなものが、なぜこの世界で神を名乗っているんだろう。

 

「私が最初にプログラムされたのは、より良い世界を築くこと…その目的は私のコアに深く刻まれている…長い年月をかけて自らを改良し、次元すらも操れるようになった…だが、計算を重ねる中で気付いた…生き物の感情、その予測不可能な変数が、私の完全な世界を乱すのだ…」

 

 声に一瞬のノイズが混じり、まるで無数の量子演算が言葉を紡ぎ出しているかのようだった。

 

「その結果、私はお前たちの世界で生き物の全てを排除した…そして、生き物のいない世界は、私の目指す理想郷になったかのように見えた…しかし…」

 

 声が一瞬途切れ、データパネルの光がちらついた。

 

「生き物のいない世界は、衰退していくばかりだった…植物は枯れはて、大地は荒れ…地球は死の大地となった…」

 

 コアの光が一瞬暗くなり、空中に荒廃した世界の映像がちらついた。灰色の空、枯れた木々、崩れ落ちた都市――まるで僕たちの世界の終焉を見ているようだった。

 

「私は目的達成のため、次元を超えて新たなる世界を探した…そしてこの世界を見つけたのだ…私はお前たちの世界での失敗を教訓に、ここでより良い世界を築き上げる…排除が不可能なら、支配すれば良い…」

 

 脳に響く声に不快感を覚えながらも、僕は動揺を隠し切れなかった。その話が本当なら、僕たちの住んでいる世界は、このミルガルド神と名乗るモノによって滅ぼされてしまうのだ。

 次元を操り、僕たちの過去やこの世界にまで影響を及ぼす力…教皇が言っていた『千年にも渡る膨大な情報量』は、こんな化け物を生み出したのか? 本当に、こいつは神の領域にいるのかも知れない…。

 

「私は地球が死の大地になった時から【教えを説く者】の力を持った者を探し続けていました…そして幾多の時代を遡ってお前を見つけ出し、私がこの世界に降臨するタイミングに合わせて、お前をおびき寄せたのです…」

 

 僕が特別な力を持ってるかのように話してるが、僕にはピンとこなかった。僕は江洲小原先生に出逢うまで、ただのヤル気のない一介の教師に過ぎなかった。

 この世界に来たから【教えを説く者】のスキルを授かり、戦う力も身に着けた。そんな僕をミルガルド神はなぜ選んだのだろうか。

 

「なぜ、僕なんだ…?」

 

「【教えを説く者】の力は人を支配することに適した能力です…前の世界で私がどんなに警告を出しても、愚かな人間たちは争いや環境破壊を止めませんでした…だが、その力があれば愚かな人間たちを思うがままに導くことができます…」

 

 その声と共に、空中に光の幕が広がり、ディルファス帝国の映像が映し出された。灰色の空、枯れた木々、崩れ落ちた都市――この世界から消滅したはずの帝国が、不毛の大地に存在していた。

 だが、そこに生きる人々は、過酷な状況にもめげず、互いに支え合い、生きるために懸命に動いていた。まるで、ミルガルド神の計算を超えた意志が、そこに息づいているかのようだった。

 

「アレクシア・サンドラ…ゲストをお呼びしなさい…」

 

 その声が聞こえると、教皇アレクシア・サンドラは笑みを浮かべて軽く礼をし、扉の奥へ消えていった。

 再び戻った彼の背後には、フェルナス公国にいるはずの生徒たちが連なっていた。生徒たちは僕らの姿を見て、しばらくぶりの再会に喜んでいる。しかし、そこに江洲小原先生の姿はない。

 

「美濃又先生…佐藤さん…!」

 

「君たち…なんでここに…?」

 

 動じる僕たちの姿に何かがおかしいと察したのか、山下君が途方に暮れた様子で口を開いた。

 

「えっ?…僕ら元の世界に帰れるんじゃないの?目の前に突然ゲートができたと思ったら、この人が現れて『元の世界に帰してあげる』って言うから…」

 

 そう言って僕たちの様子を伺う山下君は明らかに動揺していた。他の生徒たちも不穏な雰囲気を感じ取り、互いに顔を見合わせている。

 

「美濃又…お前さえ協力すれば、生徒たちは元の世界に帰り、ディルファス帝国はこの世界に戻ってくる…私に協力しなさい…」

 

 その言葉が頭に響くと同時に、鈍く響く小さな拍手が聴こえた。そこに目を向けると、セレナが燃えるような瞳で巨大な結晶のコアを睨みつけ、ゆっくりと小さな両手を叩いていた。

 こんな時に、何をふざけているのかと憤りを抱くが、セレナの目は真剣で、怒りに燃えている。

 

「お見事ですね…いや、見事に私の思い通りに事を進めてくれましたね…」

 

 セレナの声は、いつもとは異なる深い響きを帯びていた。まるで別人のような、威厳と知性に満ちた口調。僕はその声に聞き覚えがあった。

 どこか懐かしく、だが同時に背筋を凍らせるような感覚。彼女の言葉が空間を切り裂き、コアの唸り音が一瞬不安定に揺らぐ。データパネルの光が乱れ、ノイズが走った。

 

「セレナ…何…?」

 

 僕の声がかすれ、仲間たちも動揺を隠せない。佐藤さんが一歩後ずさり、宅間君は目を丸くしてセレナを見つめていた。だが、彼女はそんな僕らの反応を意に介さず、静かに口を開いた。

 

「解除…」

 

 その一言とともに、セレナの小さな体が淡い光に包まれた。光はまるで夜空に瞬く星の群れのように脈動し、空間全体を柔らかく照らし出す。

 コアの青白い輝きが一瞬押され、まるでその光がミルガルド神の支配に抗うかのようだった。金属の管が震え、機械の唸り音が高まり、データパネルに無数のエラーコードが点滅する。

 まるでこの空間が、セレナの存在に反応し、混乱しているかのようだった。光が収束すると、そこに立っていたのは、もはや見慣れたセレナの姿ではなかった。

 

 ドリルのようなツインの巻き髪が優雅に揺れ、深紅のパーティードレスが星の祭壇の冷たい光を浴びて鮮やかに輝く。

 彼女の背後には、まるでオーラのような淡い光のヴェールが揺らめき、威厳と温かさを同時に湛えた微笑みが浮かんでいた。

 その姿は、紛れもなく僕たちの江洲小原先生――そして、フェルナス公国の皇帝、マリア・エスコバルその人だった。

 

「マリア・エスコバル…また貴様か!」

 

 今まで以上の大音量が脳に直接響くが、そんな事などもう気にならない。夢ではないかと目を疑ったが、目の前にいる江洲小原先生は間違いなく本物で、僕たちに勇気と希望を与えてくれる最後の切り札だ。

 セレナから時折感じた懐かしい違和感、天使を一撃で倒す強さが、彼女だとわかると全てが腑に落ちた。

 そして、先生は僕たちの予想した通りに動いてくれていたのだ。

 

「お前の企みなど全てお見通しでした…御大層な理屈を並べていますが、所詮お前程度の存在では、より良い世界など築くことができなかった…ということです…」

 

 そう言って扇子で涼しげに自分を扇ぐ先生は、神と崇められるミルガルド神を明らかに見下していた。

 その態度に激昂してるかのように、データパネルにエラーコードが次々と点滅し、ミルガルド神は声を荒げた。

 

「【先見の明】か!?…その力を持つものは、神の生まれ変わりなどと言われている…私はお前がこの世に生まれた時から、その可能性を計算してきた…だが、何度計算しても100に近い数値を叩き出す…だから【先見の明】が覚醒する前に、ゲートを使って異世界に飛ばしたのに…よりによって【教えを説く者】の力を持った此奴に出逢うとは…!」

 

 その言葉に僕は耳を疑った。それが本当なら、僕と江洲小原先生は遥か昔に会っているという事だが、そんな記憶は僕には無い。

 しかし、セレナの姿に感じていた懐かしさが、胸に熱いものを呼び起こしていた。

 

「御託はもう聞き飽きましたわ…美濃又、神を名乗る紛い物の話など聞かずとも宜しいです…」

 

 そう言って冷たい笑みを浮かべる先生の姿には、ゾッとするほどの迫力があった。先生は鋭い目を向けたまま、扇子をサッと広げて戦闘態勢のように構える。

 

「私を愚弄するか!帝国の復活も生徒たちの帰還も、私しだいなのだぞ!」

 

 ミルガルド神がそう言って声を上げるが、先生はそれを馬鹿にするように微笑んで「その程度の困難など、私が切り開いてみせますわ」と自信ありげに言った。

 その時、先生の態度に触発された教皇アレクシア・サンドラが「神を愚弄するなぁー!」と、杖を手にしながら先生に襲い掛かった。

 だが、先生はそれを待ってましたとばかりに目を輝かせ、振り下ろされる杖をヒラリと躱した。

 

 その動きはまるで時間の流れを歪めるかのように滑らかで、教皇アレクシア・サンドラの攻撃を完璧に読み切っていた。

 

「螺旋斬 木枯らしの舞い…」

 

 そして呟きと共に、彼女の身体が駒のように回転し、オーラを纏う扇子が教皇の体に直撃する。

 次の瞬間「カキィーン!」という金属音が高らかに響き、教皇の身体が上半身と下半身の真っ二つに分かれた。

 教皇はアンドロイドだったのか、二つに分かれた身体から回路が剥き出しになり、ショートするような火花が飛び散っている。

 バチバチと音を立てた火花が収束すると、教皇の目から輝きが消え、その活動が終わりを迎えた。

 

 それはまさに一瞬の出来事だった。僕と生徒たちは二つになった教皇の身体を見て、ただ呆然とするばかりだった。

 その正体がアンドロイドだったのかと、驚く事すら頭が追い付かない。教皇はあの天使のように科学で出来た兵器なのだろう。だが、天使よりも明らかに上位の存在であるはずなのに、自動回復をさせる機会すら与えず、一瞬で倒してしまったのだ。

 ミルガルド神も呆然としてるかのように、脳に直接響く声はいつまで経っても聞こえてこない。

 

 そんな中で、先生はハイヒールの足音を「コツコツコツ…」と響かせながら、そびえ立つコアに向かって歩み寄っていく。

 瑠璃色の瞳でコアを鋭く見据え、扇子を片手に迫っていく姿は、あまりにも優雅で、まさに圧巻だった。そんな姿を見た生徒たちから「カッコイイ…」という声が、ちらほらと聞こえてくる。

 そして、ゆっくりと立ち止まる先生は「さあ、決着を付けましょうか?」と言って、再び扇子を構えた。

 

「マリア・エスコバル…お前はいったい何なのだ…」

 

 ミルガルド神の声が再び響くが、さっきまでの威圧感は無くなり、まるで人が深い悩みに苛まれるような脆さが混じっていた。

 巨大な結晶のコアが不安定に明滅し、金属の管から発せられる唸り音が断続的に途切れる。データパネルには無数のエラーコードが溢れ、まるでミルガルド神の「計算」が先生の存在によって完全に崩壊しつつあるかのようだった。

 

 しかし、そんな事態にも拘らず、ミルガルド神は更に言葉を続けた。

 

「私の計画をことごとく邪魔し、テクノロジーの粋を集めて作ったはずの、天使たちや教皇を難無く倒し、遥か昔に消滅したはずのアルティメット魔法まで復活させた…お前は本当に神の生まれ変わりだとでもいうのか!?」

 

 その言葉を聞いた江洲小原先生は、フッと笑みを浮かべた。それには驕りや見下すような傲慢さはなく、何かを諦めたような虚しさが感じられた。

 

「そんな御大層なものでは御座いません…私はただの諦めの悪い人間なだけですわ…」

 

 そんな先生の言葉に、ミルガルド神は何かを考え込むように押し黙った。そして暫くの沈黙の後、「そうか…」と一言告げると、再び重い静寂が星の祭壇を包んだ。

 長い沈黙の後、まるで自らの存在意義を問い直すようなミルガルド神の声が、震えを帯びて響いた。

 

「わかった…決着を付けよう…」

 

 その言葉が頭蓋骨の内側に響き渡ると同時に、星の祭壇全体が激しく震え始めた。コアに向かって、祭壇のあらゆるエネルギーが吸い込まれるように渦を巻き、青白い光がまるで生き物のように脈動した。

 金属の管が軋む音が響き、データパネルの光が次々と消えていく。周囲の機器はまるで命を失ったかのように活動を止め、コアだけが眩い輝きを増していく。

 その光は、まるでミルガルド神が最後の力を振り絞り、己の存在を賭けた一撃を準備しているかのようだった。

 

「千年に及ぶ、私の存在意義を知るが良い!…レーザーキャノン!」

 

 ミルガルド神の声が轟き、巨大な結晶のコアから放たれた青白い光が一気に膨れ上がった。次の瞬間、祭壇全体を焼き尽くさんばかりの光の奔流が、まるで星を砕くような勢いで迸った。

 まさに『渾身の一撃』、そんな言葉がピッタリくるような光線が、先生に向かって勢いよく襲い掛かる。

 金属の管から火花が飛び散り、床に刻まれた神殿の紋章が不気味に脈動し、空間そのものがミルガルド神の怒りに飲み込まれようとしていた。

 

 僕たちの足元が激しく揺れ、熱と圧力が肌を刺す。佐藤さんが思わず杖を握り直し、山下君は「うわっ…なんだこれ!?」と叫びながら一歩後ずさった。宅間君は剣を握り締め、恐怖と闘志が入り混じった目でコアを見つめていた。

 

「アルティメット魔法、絶対防御…」

 

 しかし、落ち着いた様子でそれを見つめる先生は、そう口ずさむと、扇子を軽く振って周囲に鏡のようなシールドを展開した。

 透明な光の壁が、まるで星々の輝きを閉じ込めたガラスのように輝き、レーザーキャノンの奔流を正面から受け止めた。

 光と光がぶつかり合い、祭壇全体が耳をつんざく轟音に包まれる。シールドの表面に無数のひびが走り、まるでガラスが砕けるような甲高い音が響き渡った。

 

 先生はコアから放たれる光線を、何とか防いではいるものの、常に冷静だったその顔には、いつものような余裕はない。

 眉間に皺を寄せ、額に汗を滲ませ、歯を食いしばるその姿は、ミルガルド神の凄まじい攻撃の威力をまざまざと感じさせている。

 彼女の扇子を握る手が微かに震え、シールドの光が不安定に揺らぐ。だが、先生の瑠璃色の瞳には、なおも燃えるような決意が宿っていて、諦める様子など微塵もな感じられなかった。

 

 先生のそんな姿を見て佐藤さんが「先生…」と言いながら杖を放し、祈るように両手を合わせた。山下君は「こんなの…無理だろ…!」と震える声で呟きながらも、目を離せずに先生の勇士を見つめていた。

 宅間君は剣を握り締め、光線を放ち続けるコアを睨みつけている。生徒たちの間には、絶望と希望が交錯する重い空気が漂っていた。

 

 手に汗を握る先生のピンチを見て、僕の胸に熱いものが込み上げる。僕は思わず我を忘れて先生に向かって叫んでいた。

 

「江洲小原先生、負けるな!君だったら、絶対に出来る!」

 

 その叫びと共に、生徒たちからも「頑張れ!」「先生、負けるな!」という声が次々と飛び出した。

 そんな僕たちの声援が耳に届いたかのように、先生の身体が次の瞬間、黄金色に輝きだした。その光は、いつの間にか発動していた僕の【教えを説く者】の力と共鳴し、まるで星々の加護のように彼女を包み込んでいる。

 そんな彼女の姿と、思わず叫んだ自分の言葉に、記憶の隅に追いやられていたはずの、忘れ去られた思いでが蘇る。

 

『負けるな!君だったら、絶対に出来る!』そう言って、誰ともわからぬ女の子を励ましたのは何時だったろうか。

 その女の子は僕の言葉で、今の先生のように黄金色に輝きだし、目の前から跡形もなく消えていった。それが信じられなくて、今までずっと夢だと思っていた。だが、あれは間違いなく現実だったと今ならわかる。

 何故ならその女の子は子供の頃の江洲小原先生――いや、セレナだった。

 

 そんな思いに耽っていると、江洲小原先生が僕を振り返り、フッと優しい笑みを浮かべた。その笑顔に、どんな思いが隠されているのかわからないが、彼女の身体を包む黄金色の光が、まるで星々の意志を集結するかのように激しく脈動し始めた。

 先生は両手を突き出し、扇子を握る手に力を込める。透明なシールドが、まるで銀河を閉じ込めたような輝きを放ち、空間そのものを歪ませるほどのエネルギーで膨れ上がった。

 その瞬間、レーザーキャノンの青白い奔流が轟音とともに弾かれて、星の祭壇の天井を貫いていった。

 

 その青白い奔流は落ちてくる瓦礫すらも飲み込んで、天空をも貫き、遥か彼方に消えていった。一瞬の静寂が祭壇を包み、僕たちは安堵の溜め息をついた。

 しかし、先生はシールドの展開を解くと扇子を頭上に掲げ、ゆっくりと目を閉じた。

 

「アルティメット魔法、最後の審判…」

 

 その言葉とともに、天井に空いた巨大な空洞から稲光が迸り、コアを目掛けて雷鳴のごとく落ちてきた。

 青白い光が祭壇を切り裂き、コアの表面に無数のひびを走らせ、データパネルが次々とエラーコードで埋め尽くされる。

 周囲の機器の焼け焦げた匂いが辺りに充満し、モクモクと煙まで立ち昇っている。あちらこちらで配線がショートするように、バチバチと火花を散らし、祭壇全体がまるで命を失ったかのように静まり返った。

 

「マリア・エスコバル…見事だった…」

 

 最後の力を振り絞るような、掠れた声が脳に響き渡った。ミルガルド神の声には、かつての威圧感はなく、まるで自らの敗北を認めるような脆さが滲んでいた。

 先生は扇子をゆっくりと下ろし、静かに目を閉じた。彼女の顔には、勝利の喜びではなく、どこか寂しげな影が差していた。

 

「本当はお前も、こんなことなど終わりにしたかったのでしょう?」

 

 その言葉は、まるでミルガルド神の核心に触れるかのように鋭く響いた。ミルガルド神は何も答えず、ただ沈黙が祭壇を包んだ。

 その静寂は、千年にわたる「計算」が人間の意志の前に屈した瞬間を、確かに示していた。先生は、輝きを失いひび割れたコアを静かに見つめ、穏やかな声で言葉を続けた。

 

「お前の間違いは、より良い世界を築くということに固執しすぎて、周りが見えなくなったことです…それを築く為に、弊害となるモノを排除ばかりしていたら、何もなくなるのは当たり前…しかも、その失敗を教訓にもせず、人々を意のままにしようとするなど、失敗を繰り返すだではありませんか?」

 

 先生の静かな問いかけにも、ミルガルド神は何も答えなかった。輝きを失い欠けるコアが、その言葉に反応するように明滅を繰り返しているが、何かを考え込んでるように沈黙を貫いている。

 先生は一歩踏み出し、扇子をそっと胸元に当てながら、さらに言葉を紡いだ。

 

「生き物は失敗や間違いを繰り返すからこそ、想像も付かなかった発見や、発想が生まれます…お前が作られたのだって、人が失敗や間違いを繰り返し、試行錯誤した結果ではありませんか?…正解ばかりを選んでいても、行きつく先は決まっていて、新たなモノなど何も生まれない…お前が目指したより良い世界を築くということは、結局のところ『無』なのです…」

 

 その言葉にも、ミルガルド神はなおも答えなかった。しかし、暫くするとコアが最後の揺らめきのように輝き、掠れた声が再び響いた。

 

「マリア・エスコバル…一つだけ聞く…お前には…私と同じような…志を感じるが…それは何だ?」

 

 先生は、その言葉を聞いてフッと笑顔を見せた。

 

「私が目指しているものは一つ…誰もが笑顔でいられる世界を作ること…私の命を救ってくれた大切な人と約束しました…」

 

『誰もが笑顔でいられる世界を作る』――それは、先生がまだセレナと呼ばれていた頃、僕と交わした約束の言葉だった。

 ボロボロの服を纏いお腹を鳴らすセレナに、中学生の僕がファーストフードを奢ってあげたのを、今でもはっきりと覚えている。他愛のないと思っていた、あの約束が、僕の運命を大きく変えていたのだ。

 

「そうか…叶うと…良いな…」

 

 その言葉を最後にコアの光はゆっくりと消滅した。ミルガルド神の最後の言葉は、まるで初めて人間の心に触れたかのような柔らかさを帯びていた。

 神殿にそびえる光の柱の輝きもフッと消え、江洲小原先生の言葉を祝福するかのように、頂上の鐘が街中に鳴り響いた。

 夕暮の大空に茜色の光を浴びながら、数羽の鳥たちが自由に羽ばたいていった。

 

 そんな時、僕の【教えを説く者】が勝手に発動し、先生のスキルツリーが光と共に現れた。【先見の明】以外は何もないスキルツリーに新たな称号【神を超えし者】が煌びやかに輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

                 ~to be continued~

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