【遊戯王5D'sタッグフォース】小波シリーズ〜時間跳躍(タイムパラドックス)とコナミ〜   作:ふれれら

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ハノイの騎士のリーダーがコナミに捕まるまで

 

広大なクロスデュエルフィールドは、今日もあちらこちらで火花を散らしている。

海馬コーポレーションの銀のロゴが空中に踊る中、了見は人目を避けて危なげなくフルダイブし、そこへ降り立った。カツン、と大地が靴を押し返す感触は、リンクヴレインズと比較するとほんの僅かだがラグがある。最新鋭のリンクヴレインズほどのシェアはないが、古くから背後(バック)にKCが付いている分、昔からこの辺りの電脳ワールドはセキュリティが固く治安が良い。履歴を残さぬように非合法にログインするのも中々手間だったが、了見はその手間を惜しまなかった。

 

その日、リボルバーが傍らにスペクターを伴って指定の場所(アクセスポイント)に向かうと、待ち合わせ場所で小波は、元気な子供たちにもみくちゃに囲まれ、楽しげに両腕を引かれながらデュエルデュエルとせがまれていた。小波も面倒見良さげにニコニコと頷いて、同時に多人数の相手ができるクロスデュエル用のフィールドを展開しようとしていた。

背後でざり、と大地を踏み締める音を聞き、小波は「あっ」という顔をしながら慌てて振り返った。完全にフィールドを展開し子供たちの試合申請を承認してしまってから、近付いてくるリボルバーとスペクターを見つけて困ったように、あたふたと視線を右往左往している。子供たちは小波の両手を引っ張って早く早くとせがんでいた。

リボルバーは「ふむ」と頷いて、この後の予定のスケジュールを少しだけ計算し直した。

「気にせず一戦くらいしてくるといい」

そう快く許可を出したリボルバーと、バーチャルワールドにそびえ立つ時計台の時間を、小波は交互に見比べた。

いつの間にか約束の待ち合わせ時間を過ぎていたことに気付いたのだろう。小波は慌てたように、リボルバー、次いでスペクターを、赤い帽子の下から恐る恐る伺った。恐々とした視線を受けたスペクターはすました表情で

「あなたはハノイの活動に有益な決闘者ですし、リボルバー様の手足として価値のある働きをしていますから、そう邪険にはしませんよ」

と答えた。

小波はホッとしたように、子供たちに手を引かれて、デュエルの渦中へと戻っていった。

 

リボルバーは意外そうに「随分と肩入れしているな」と口にした。

普段のスペクターなら、了見様を待たせるなど言語道断だと怒り出しても良い頃だった。

「お前が私以外にそのように肩入れしている様は初めて見る」

「なにぶん、同族意識、とでも申しましょうか」

スペクターは優雅に一礼すると「リボルバー様に惹かれてお側に、と願う気持ちは、わかりますので」と、(うやうや)しく答えた。

リボルバーはしばし黙り込むと「そうか」とだけ答え、視線を遠くにやった。

 

視線の先には、三方向攻めの絶体絶命のギリギリのライフから、鮮やかな一手で逆転を決めてみせた小波がいた。

押し寄せる五体のモンスターを見事にトラップ一枚でいなして、全て手札に戻させる。相手が悔しがる間もなく、加速に加速を重ねたエースが突撃して、一騎当千、一気にライフを奪い取ったところでターンが終わる。

クロスデュエルが規定の8ターンを終了する。勝敗は、最下位から一転、小波の単独首位だった。

 

「まったく、野放しにしておくには、惜しい人材だ」

リボルバーはあきれたように、肩をすくめてそう呟いた。

 

電子の風が、鮮やかな草原を駆け抜けて、心地良くアバターの髪を揺らす。

小波はリボルバーの視線に気付くと、赤い帽子の下から、ぱぁっと嬉しそうな表情をこぼして、片手をぶんぶんと楽しげに振った。

その一途で慕わしげな振る舞いを受けながら、リボルバーの視線はまだ迷っているようだった。

小波をこちら側に引き摺り込むか、否かを。

突き放すには、既に遅きに失している。

 

 

リボルバーと小波の出会いは、いささか作為があったことは否定できない。

 

クロスデュエルワールドのハノイによる大規模ハッキング、その証左として突如現れた日蝕。ハノイの騎士による大規模な強制デュエル。

無差別に襲われたある女性デュエリストを庇って、勇敢にも前に出た、赤い帽子と赤いジャケットの決闘者。

それを、ハノイの仮面を付けた末端決闘者は鼻でせせら笑った。

 

「あぁ? なんだぁ? ヒーロー気取りか?」

 

徒党を組みながら笑って襲いかかったハノイ達を、その赤い決闘者は、圧倒的不利なバトルロイヤルルールの下、なんとたった一人で全員倒してみせたのだ。

エリアCに放った大量のハノイの軍勢は、たった一人に壊滅させられた。驚くべきその報告は、リボルバーの耳にも入った。

 

『プレイヤーネーム:小波』

質の悪い寄せ集めの下っ端とはいえ、あれほどの人数をたった一人で壊滅してみせた決闘者。

 

隠し撮りで多方面から追尾した監視映像の向こうには、疲労ひとつ見せずに赤い帽子を深く被り直し、へたり込んだ女性を安心させながら、穏やかに手を差し出す姿が映っていた。

 

その様に、リボルバーはひどく興味をそそられた。

「ほう…あの数を一人でいなすとは」

こうして赤き決闘者は、リボルバーの目に留まった。これが奇縁の始まりだった。

 

それ以来、ハノイを敵に回した小波は、昼夜問わず、ハノイの末端の構成員に絶えず襲いかかられることとなった。

しばらくは上手く逃げ回りながら見事に撃退してみせていたようだが、百を超える軍勢に逃げ場なく囲まれてしまえば、さすがに手の打ちようが無いようだった。

 

暴走気味に苛烈する事態を静観していたスペクターは、監視映像を眺めながら「おやおや」と目を細めた。

「いくら実力者とはいえ、この人数を相手取るのは厳しそうですね。快進撃もここまででしょうか」

徹底した人海戦術で囲まれた小波は、絶体絶命の中にあった。

故に、頃合いだった。

 

カツン、と靴が踵を返す。スペクターが戸惑いを露わにした。

「? リボルバー様、一体どちらへ」

「決まっている」

リボルバーは、口角を引き上げ、腕を前に突き出し、転送システムを起動させた。

「奴の元へだ」

ふぉんと磁場が発生し、アバターの髪を電子の風が吹き上げる。次の瞬間、寸分の狂いなく乱戦の渦中に身を閉じたリボルバーは、ボロボロで絶体絶命の小波の前に立ち、派手にこう名乗りを上げた。

 

「貴様の内に消えない闘志があるのなら────私が手を貸してやる!」

反撃の狼煙は上がった。

 

あの日、ハノイの末端のデュエリスト達に襲われていた小波に、リボルバーは助ける風を装って接触を図った。

リーダーたるリボルバーの顔すら知らぬ下っ端構成員たちは、蜘蛛の子を散らすように撃退され、全員粛清された。

小波はそれから、親切を装ったリボルバーの誘いに、嬉しげに付いて回った。こうしてリボルバーは、肥大化した組織の末端の暴走を鎮圧および粛清すると同時に、有望な決闘者の信頼をまんまと勝ち得た。

 

小波は、この辺りでは有名な多人数(マルチ)専門の決闘者だった。

 

KCのバーチャルバトルシティワールド、クロスデュエルフィールドを拠点の中心に、各地のタッグトーナメントなども散発的に荒らし回っているデュエリストだった。

一方で、リンクヴレインズのように、ランキング戦が主体でタッグ試合が盛んでないワールドには、あまり出没しないようだ。だからカリスマ決闘者ランキングにも載らず、実力に比すれば知る人ぞ知るといった知名度だ。故にこの破格の実力者は、不釣り合いに玉石に紛れていた。

 

パートナーや対戦相手に合わせて、変幻自在にあらゆるデッキを使いこなすデュエリスト。だが、どんなに揺さぶりをかけても1対1のデュエルを受けないことで有名で、実力を正確に測るのはハノイの調査を以ってしても難しかった。

 

デュエリストでありながら特定のエースやデッキを持たない柔軟すぎるスタイルや、どれほど囲まれてもタッグかマルチデュエルしか受けない行動。

それを「正面から戦わずパートナーの陰に隠れている」といった揶揄を込めて、裏ではカメレオンと呼ぶ者もいる。

 

だが、いつからか囁かれている『名もなき決闘者』の通称の方がよほど有名だった。赤い帽子と赤いジャケットの他には平凡な容姿のアバターだけが有名で、一部には対戦すると、差し出されたアンティを断る代わりに「キミの友達を紹介してくれないか」と持ちかけてくるという。そうやって、妙に広い人脈を維持しながら、デュエルをするためならどこにでも現れるのだと。

 

だが、強い。強すぎる、と言い換えても良い。

タッグに限定すれば無敗という噂も、あながち嘘ではなさそうだった。行動原理やパターンも読めず、ハノイの調査陣の手を持ってしてもリアルの身元が割れないこともあって、ハノイの要注意実力者リストに一時期名前が挙がっていた。

 

今後のハノイの活動のために、実力ある手足を欲していたリボルバーは、一時期このデュエリストに目を付けていた。

故に、暴走したハノイの末端に襲われた小波を、都合よく助ける真似ができたのだ。奴はまんまとリボルバーの策にハマったといって良かった。

 

だが、その後のことが問題だった。

実力を測る目的で相手取らせたスペクターたち三人を、クロスデュエルの変則多人数試合の中とはいえ、単独で平然と退けてみせた小波の実力は、想像以上に破格で、手放すにはあまりにも惜しかった。タッグ戦の実力もあまりにも高く、初見でリボルバーのヴァレルを限りなく理想的な形で見事に補佐してみせたその実力の華麗さに、了見の決闘者としての血がぞくりと騒ぐほどだった。これが一つ目の誤算だった。

 

それでいて小波のデュエルは、あまりにも無垢で楽しげだった。

行動や振る舞いは純粋な子供に近く、接してみればなんということはない、ただただデュエルが好きで好きで仕方ないといった風情だった。

 

スペクターを筆頭に、三騎士まで総出で投入し、徹底的に経歴を洗わせたが、結果は芳しくなかったようだ。

平時に要する時間のゆうに三倍は掛けて調査から戻ってきたスペクターの表情は晴れず、リボルバーの期待に応えられなかったことを悔やんでいた。

「遅くなり申し訳ございません」

と頭を下げたスペクターの最終報告は一つだった。

「あの強さ……その根幹にあるのは、一点の曇りもない、『デュエルを楽しむ気持ち』」

「やはり調査は不振に終わったか。我々が付け入る隙など見つからなかった……そうだな?」

「おっしゃる通りです」

 

どれだけリボルバーが探りを入れても、小波には裏が出てこなかった。

富も名声も地位も、希少なレアカードすらも望まず、ただただ心踊るデュエルだけを小波は欲していた。これではハノイの騎士は、奴の求める見返りを提供できそうもなかった。故に、リボルバーはかなり早い段階から、小波を汚れ仕事に使うのは不可能だとあたりをつけていた。これが二つ目の誤算。

 

小波は、楽しげに一つデュエルを終えればすぐさまデッキを広げ、真摯に悩み、柔軟な発想で次の手を構築した。

次はこのコンボを試してみたいのだと、そう無邪気にはしゃぐ小波に、リボルバーは毒気を抜かれて苦笑した。

 

「先ほどまで命を懸けたデュエルを繰り広げていたにも関わらず、呑気なものだ」

「ええ、まったくです。なんだか私も気が抜けてしまいました」

 

了見はスペクターに、時期を見て小波を手放すと告げた。

このまま無理に小波をハノイの側に留め置いて、表に戻れないように搦め手を使うことは簡単だ。造作もない。

だが、それをすれば、了見はこのデュエル好きの子供を、ロスト事件の二の舞にするに等しかった。それは、決して望むところではなかった。

了見に意向を告げられたスペクターは、自分の主人がその結論に至ることを最初から予期していたかのように、意を唱えることなく粛々と受け止めた。

この実力者をうまく利用すれば確かにハノイの力になっただろうが、最初から小波はこちら側に来るような人間ではなかったのだ。了見はそれに納得していた。元より、我らは生きる世界が違ったのだ。

 

それでも、あまりに高い稀有な実力に、打てば響くようなタッグデュエルに、華麗すぎる多人数(マルチ)デュエルの腕に、手放すのを惜しんでいた、その僅かなタイムラグの間に。

善人の皮を被ったリボルバーとするデュエルを、小波はすっかり心から気に入ってしまっていた。

 

そんなところに、プレイメーカーがハノイを追って現れた。

これが了見の三つ目の誤算だった。

 

「リボルバー! クロスデュエルにまでハノイの騎士を差し向け、一体何を企んでいる!」

「プレイメーカー…貴様がなぜここに!」

 

ハノイ暗躍を察知したプレイメーカーに見つかり、撤退前にクロスデュエルフィールドでかち合ってしまったのは計算外だったが、考えようによっては良い機会だった。

「リボルバー様、計画も調整段階の今、あの二人と接触するのはリスクが高すぎるかと……」

スペクターが警戒しながらリボルバーに耳打ちした。

「リボルバー様お一人であれば、早急に退路を用意することも可能ですが……」

「小波は捨ておけと? 却下だ」

故に、リボルバーは前に出た。小波を伴って。

 

「この奇縁の終幕に相応しい晴れ舞台だな」

プレイメーカー、そして居合わせたブルーエンジェルの前で、派手にリボルバーは小波を裏切ってみせた。

 

自らの正体はハノイの騎士のリーダーであると。

ハノイの末端に小波を襲わせ、何食わぬ顔で手助けし、親切な救助者を演じてみせ、信頼を勝ち取ったのだと。

利用価値があると思って近付いたが、そろそろ潮時だと思っていたと。

故に、お前は用済みだと、手酷く切り捨てた。

 

あの日、暴走したハノイの末端が小波を襲ったことだけは、リボルバーの指示ではなく、純粋な偶然だったが

他は全て事実だった。故に、了見がその開示を躊躇うことはなかった。

 

猛然とリボルバーを追うプレイメーカーを振り切りながら、一度だけ了見は小波を振り返った。

小波は呆然と立ち尽くし、ブルーエンジェルと共に取り残された。

 

これで、元通りのはずだった。

舞台は再びリンクヴレインズに移り、リボルバーがKCのバーチャルバトルシティワールドへ再び足を向けることはなかった。ハノイは末端に至るまで、クロスデュエルから手を引かせた。

小波はひどくショックを受けた様子だったが、いずれ立ち直り、光の当たる元の場所で、ハノイやイグニスを巡る大きな諍いに巻き込まれることなく、平穏に生きていくことになるはずだった。

 

「しかし、本当にこれで良かったのでしょうか」

珍しく考え込んでいたスペクターは、躊躇うようにそう口にした。

「……なぜ、そう考える?」

「最後に見せた小波の表情は……ロスト事件が終わり、甘美なひと時から一転、放り出され、茫然としていたあの時の私とよく似ていました」

 

了見は、もう少しスペクターの忠告に耳を貸すべきだったのだろう。

リボルバーの決定には普段は粛々と従うだけのスペクターが、珍しく了見に意見したという事実に、もう少し危機感を覚えるべきだった。

 

「とすれば、今回の対応は……あまりにも酷かと」

「……」

 

スペクターの進言に、了見は耳を貸さなかった。

あの場ではそれが最良だったという判断は、間違っていないと。

黙り込んだリボルバーの横顔を見つめ、スペクターは表情を曇らせ、身を引いた。

 

「………申し訳ありません。出過ぎたことを」

「いずれにせよ、奴の心中を確かめる機会は訪れない。元より、我らは生きる世界が違った」

 

だが了見は、甘く見過ぎていたのだろう。

デュエルの中に生まれる絆というものを。

 

了見が、いち手駒にすぎないはずの小波に過度に肩入れしてしまったように。

きっと奴もまた

『ハノイの騎士を統べる者リボルバー』

のアバターの先にある、了見の心に近付き過ぎたのだ。

 

 

そう、了見の最大の誤算は

リボルバーの本性を知ったはずの小波が

手酷く裏切ったはずの自分を、追ってきてしまったことだった。

 

ただ、再び共に並んでデュエルがしたいと、曇りなきその一念だけで。

 

 

 

 

 

 

いったいどんな手を使ったのか

それとも、それすらも。何人も抗えぬ、運命の鎖というものだったのか

小波は、ハノイの潜伏先の一つに、リボルバーを追って現れてしまった。

そうなってしまえば、あとはなし崩しだった。

 

部下の一人が「どうやってここを調べた!」と恫喝気味に問えば、小波は答えた。

道中、ハノイの騎士を手当たり次第に捕まえては、デュエルでアジトを吐かせ続けたのだという。

そんな力技だけで辿れるような甘い潜伏の仕方はしていないはずだ。にも関わらず、限りなく細い糸を辿り、最終的にスペクターの前まで見事に辿り着いてみせた小波は、驚くべきことにスペクターまでも下し、身を引かせた。

 

敗北の結果に驚愕で立ち尽くすスペクターは、嘆くように片手で顔を覆い、高らかと笑った。

「もったいぶらず、本来のデッキでお相手すべきでした。きっと、より楽しいデュエルができたでしょうに……」

負けたにも関わらず、スペクターはひどく晴れやかな顔をして、礼儀正しく一礼した。

「まさか、あなたの方からこうして会いに来てくれるとは……」

双眸を柔らかく細めると、スペクターはひどく穏やかな目をみせた。

あるべきものがあるべき場所に収まった形を見るかのような、喜ばしげで満足げな微笑みだった。

「いえ、本当はこうなる予感がしていました。去り際の、あなたの様子を見た時から……」

 

カツン、カツンと靴が床を叩く音が、アジトに響き渡った。スペクターが頭を下げた。

「……ご到着のようです。お節介かもしれませんが、最後に一言」

スペクターがすれ違いざま、小波に耳打ちした。

「今度は、後悔のないように」

 

カツン、と靴の音が止まり、姿を現したリボルバーを、待ちかねたように。

小波はデュエルディスクを構えたまま、真っ直ぐにこちらを見た。

 

「お前は、小波…? なぜ、この場所が……!」

はたとリボルバーは振り返り、頭を下げたままのスペクターを見遣った。

「スペクター、お前の口添えか?」

「いいえ、今回ばかりは、私は一切干渉しておりません」

「……まあいい。こんな所まで私を探しに来るとは、いったい何の用だ」

 

カツン。

靴鳴りが、一歩、小波に近付く。

 

「久しいな、小波。……なぜ、再び我らの目につく真似を?」

小波は静かに答えた。貴方に聞きたいことがある、と。

「話す気などない、と言ったら?」

小波は、帽子の鍔をグッと押さえて、ギラリとした目を向けた。

力尽くで聞き出すまで、とその視線が物語っていた。

「……よかろう、その勝負、受けてやる」

 

 

小波が最も得意とするクロスデュエルで、という提示条件は了見に不利だった。クロスデュエルではストームアクセスが不可能だからだ。

だが、それを了見は受け入れた。奴の土俵で勝利せねば、ここまで辿り着いてみせた執念を断ち切ることは不可能だと考えたからだった。

それでも、勝てると思った。小波のデュエルは散々隣で見て知っているからと。

 

だが、それは驕りだった。

変幻自在、千変万化のデュエリスト、小波。

その捉えどころのないデュエルの真価を、真髄を。了見はその身でとくと味わうこととなった。

 

そう、了見は未だ、小波のデュエルの一端しか知らず

逆に奴は、了見のデュエルをあまりに知りすぎていた。

 

「私の負け、か」

 

たった8ターンの接戦。仮に9ターン目があったとしたら、リボルバーの勝ちだっただろう。だが、クロスデュエルは、短い規定ターン内に勝利の女神を捕らえた者だけが勝つ。

故に、迷いを持つ者は勝利し得ない。通常のデュエルよりさらに輪をかけて、強い意志を持つか否かが勝負を分ける。

 

規定の最後のターンを終えた時、そこに立っていた勝者は小波だった。

ライフの差は、わずか100だった。了見に迷いがあったとはいえ、敗北は揺るぎない事実だった。

 

「運命からは、逃れられないということか」

 

デュエルディスクを下ろしたリボルバーは、勝者に問うた。

「お前は私に、何を求める?」と。

 

了見には、それを聞く義務があった。

たとえ、仮に要望が「ハノイを解散しろ」だとしても。

 

僅差とはいえ敗北したリボルバーの周りで、部下たちが信じられないと言わんばかりに愕然と、息を呑んで動向を凝視していた。

誰もが張り詰めた雰囲気に呑まれて、物音ひとつ立てられない空気の中、奴だけが凛と立ったままだった。カシャン、とデュエルディスクが下される。

 

小波が口を開くまでの数瞬が、永遠のように長く感じる。

 

小波は答えた。

要求の中身は、至ってシンプルだった。

 

『また一緒にデュエルがしたい。タッグ解消を撤回して欲しい。あなたの事情を知りたい』

 

利用されたことへの復讐でもなく、恨み言を言うためでもなく

もう一度、一緒にデュエルがしたい。

ただそれだけのために、小波は、リボルバーの前に現れた。

 

デュエルの勝敗を覆すほどの、そのあまりに強い願いを。

愕然とする了見は拒否できなかったのだ。

 

「……実に愚かな選択だな。途切れた糸などそのままにしておけばよいものを」

 

リボルバーは静かに嘆いた。

 

その時、了見はようやく気付いたのだ。

手離すにはあまりに遅かったのだと言うことに。

 

「手繰り寄せたとて、その先に続くのは地獄だというのに」

 

小波は、赤い帽子を被り直すと、にこりと微笑んだ。

やってみなければ分からない。デュエルと同じだ、と。

 

その軽やかな言葉を、リボルバーはひどく感慨深く思った。

破滅の運命など無いもののように、たやすいことであるかのように、小波はさらりとそう言った。運命を切り拓くその力を、デュエルが持つ可能性を、心から信じているようだった。

小波という人物は、了見が知る誰よりも。どこまでも、途方もなく決闘者だった。

 

「よかろう、タッグの解消は取り消す」

 

勝者の願いに、リボルバーは応えた。

 

「今しばし、お前との共闘を続けるとしよう」

 

その(いら)えに、小波は赤い帽子の鍔を下げながら、満足げに笑った。

 

 

それ以来、小波という決闘者は、赤い帽子に穏やかな微笑みを携えながら

リボルバーと時折タッグでデュエルに臨むこととなった。

 

完全にハノイの一員でもなく、かといって全くの無関係とするにはあまりに縁深く

ハノイの『表』に近い仕事にだけ付き合う、いわば『何でも屋』や『外注先』といったような立ち回りで、だ。

 

小波はなぜか、そのようなグレーで曖昧な立ち位置を維持するのが妙に上手かった。

危険な仕事に迂闊に近付き過ぎればそれを口実に脅迫もできた。ハノイの闇に触れすぎれば邪魔だと切り捨てることもできた。だが、小波は本当に、どれだけ時期を待っても、何をけしかけても、そういったところだけは、慣れた様子で神がかり的に回避して、時折、あの呑気で穏やかな笑顔でリボルバーの隣に立った。ただ、共にデュエルするために。

 

だから、リボルバーは、笑う小波を突き放すことも切り捨てることもできないまま

ずっと中途半端に迷ったままだった。

 

「お前のデュエルの腕は、良い意味でも悪い意味でも目立ちすぎる……それゆえ、私のような者に目をつけられるのだ」

そうリボルバーは何度か忠告したが、小波はニコニコと微笑むだけだった。

 

小波という決闘者は、了見のような後ろ暗い生業の者には、あまりにも都合よく、故にどこまでも厄介だった。

 

いつの間にかこうして了見の腹心たるスペクターの歓心まで引いている。この前などゲノムが小波の遺伝子を採取したがって止めるのが大変だった。

あまりに稀有な実力の高さから、ハノイの幹部の一部でも、スペクターにしたようにこちら側に完全に引き込んでしまえという声も上がっている。

だが、リボルバーはその全てを押し留め、それでいて小波のデュエルを拒むこともできずにいる。

 

このような時間が長く続く訳がないと了見の中の冷静な部分が告げる一方、このまま時が続けば良いと思う自分も嘘ではなかった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「次のデュエルは、現実(リアル)で行う」

 

明るい草原で子供たちと楽しげなデュエルを終えた小波に、リボルバーはそう告げた。

いつもの赤い帽子の下で、小波はきょとんと目を丸くしていた。

 

「指定の期日、この時間に、必ずこの場所に来い。決して遅刻するな。迎えを寄越す」

いつもならデュエルと聞けば飛びつく小波も、さすがにこの時ばかりは渋った。

指定先がリアルだったからだ。小波はハノイの調査も上手く潜り抜けてリアルを秘匿しており、現実(リアル)をデュエルの指定場所にしたことは今まで一度もなかった。

了見は少し考えると、こう付け加えた。

 

「では、迎えは寄越さない。私が迎えに行く」

ピクッと小波が赤い帽子の下で反応を見せた。了見は畳み掛けるように告げた。

「アバターを脱いだ私と、直々にタッグを組んでみたくはないか」

 

パッと表情を明るくした小波は、顔を跳ね上げて、飛び付くようにリボルバーの手を両手で握った。

絶対だよ、約束だよ、待ってるから、と。

何度も何度も念押しする小波に、リボルバーは微笑みを返した。

「ああ、最高のデュエルを約束しよう」

 

果たされるはずの無い約束だった。

 

 

 

「リボルバー様、お時間です」

「ああ、今行く」

 

ハノイの塔の完成は、数時間後に迫っていた。

 

もしも、了見の『虚構は虚構、現実は現実でケリを付ける』主義を知っていたら。

違和感を覚え、小波も騙されなかったかもしれない。

了見は、最期に小波と待ち合わせをした。

バーチャルワールドでしか会わない普段と違い、この時だけはリアルの場所を指定した。

小波には、そこで迎えが来るまで待つように指定した。小波はニコニコと、いつまでもそこで、来るはずの無いリボルバーを待っているはずだった。

 

ハノイの塔は、リンクヴレインズだけでなく、あらゆるバーチャルワールドや電子機器を同時に壊滅させる。

リアルを指定したのは、小波をハノイの塔の道連れにしないための処置だった。

 

「……何も言わないのか、スペクター」

「リボルバー様のご決定に否など」

スペクターは慇懃に一礼したが、その後少しだけ相貌を崩すと、感慨深げに言い添えた。

「まあ、彼は随分と役に立ってくれましたし、このぐらいの特別扱いは報酬としても妥当かと」

スペクターは、ハノイの塔を見上げると、得心げに頷いた。

「それに、彼はデュエルを愛しすぎてる。破滅するならデュエルと破滅するのがお似合いです。リボルバー様と破滅するのは、長年お使えした我らの特権ですから」

 

そうか、とリボルバーは呟いた。

 

そうか、と。

あまりに感慨深げに、了見は塔を見上げた。

 

アバターも使命も脱ぎ捨てて、幼い頃のようにただ、鴻上了見として。

笑ってタッグデュエルする。

そんな淡く幼い夢は、餞別に了見が冥府に持っていく。

 

 

 

 

ハノイ壊滅の報は、全世界に駆け巡った。

ハノイの塔の計画は失敗。リボルバーが起こそうとしていた無差別破壊テロは世間の明るみに出され、昼夜を問わずマスコミはその大事件を取り上げ、誌面は解決の立役者である謎の決闘者Playmaker一色だった。

 

了見はハノイの痕跡を、慎重に全て消し去った。決して辿れぬよう、念入りに。

重鎮を残し、末端は全て解散。ハノイ解散の噂は方々に流れ、ハノイのリーダー死亡説も濃厚に流れる中、小波も自分が騙された真の理由を知っている頃だった。

 

ハノイは後始末に追われ、上から下まで皆寝る間もない状態が何日も続いた。

それらがひとしきり落ち着きを見せ始めた頃、一度だけスペクターが躊躇いがちに「……迎えには行かないのですか」と問いかけたが、了見は頑として首を縦に振ることは無かった。

「ハノイのリーダー死亡説も充分に流れた頃だろう。いつまでも死人を待つほど愚かではあるまい」

「ですが」

「くどいぞスペクター。ハノイの幹部には通達したはずだ。いかなる理由でも、小波に手を出すことは禁ずると」

「……差し出がましいことを申しました。お許しください」

 

ハノイ解散の報とリーダー死亡説は渡りに船だった。

絡まり合ってしまった了見と小波の縁を、完全に断ち切るためには。

これが最後のチャンスだった。小波をハノイから引き剥がすには、このぐらいの荒療治は必要だった。

了見は、これが最善であると、自分に何度も言い聞かせた。

そうして、ハノイの密航船は、密かに日本を離れた。

 

 

 

「了見様」

スペクターがいささか焦燥した様相で船内の了見の自室を訪れたのは、人目を憚る未明のことだった。

「差し出がましいことと思いますが、お耳に入れたいことが」

 

スペクターの耳打ちに、了見は目を見開き、ガタ、と立ち上がった。

 

 

かつて、ハノイの調査陣が苦労してようやく突き止めた小波の身元に繋がる唯一の情報。

それは『アクセスポイントが日本国籍サーバー』という一点のみだった。

故にリボルバーは、日本における比較的治安の良い小さな田舎町の、誰も通りかからないような路地裏を、最期の指定場所に選んだ。

 

ハノイの塔が完成した時、監視カメラを含めた電子機器が近くにあっては、爆発で怪我をする恐れがあった。

だからその場所は、一切の電子機器から隔絶された場所にあった。それが仇となった。

 

その路地には、アバターと同じ赤い帽子と赤いジャケットを纏った子供が、たった独り、朝も夜も雨に打たれながらひたすら蹲っていた。

 

「恐らく、ずっとあそこで待っていたものと……」

「バカな、二ヶ月だぞ!?」

「少なくとも、私が人を()った二週間前からは飲まず食わずです」

 

スペクターは、人に監視させた端末を通した映像を了見の端末に転送しながら、ひどく焦燥を露わにそう報告した。

 

「一度、人を使って警官に保護させようと試みたのですが、巡回の警官の問いには『大切な人を待ってる』の一点張りで動かなかったそうで……」

「……!!」

 

 

了見は、この期に及んで事態を甘く見ていたのだと、最悪の形で痛感させられることとなった。

 

このような結末は望んでいなかった。黄泉路の道連れにするつもりだったのは、あくまで甘い夢だけだ。

命まで道連れにするつもりなど無かった。だが、仮にハノイの塔が計画通りに完成していれば、小波はいつまでも帰らぬリボルバーをああして待っていたのだと、確固たる証拠が目の前に横たわっている。

 

「いかがいたしますか。さすがに……限界かと」

 

スペクターが、躊躇いがちに、そう声を低めた。

人目を憚りながら密かに私室へ来訪した未明。夜明けはまだ遠かった。

小波に関する一切の手出しを禁じていたにも関わらず、無断で手を回していたスペクターを、本来なら命令違反で叱責しなければならない立場に了見はいた。

だが、スペクターの独断行動は今に始まったことではなく、体裁を取り繕う余裕が今の了見には無かった。

 

今、ハノイの船は、日本に進路を取れる位置にいる。

 

「……………ッ……………」

 

了見は、束の間、固く目を閉じて、嘆くように天を仰いだ。

 

小波を表の世界に返したければ、たとえ倒れても、このまま放置するべきだった。

さすがに動けなくなれば、人を使って救急車を呼ぶこともできる。そうすれば、諦めるかもしれない。

だが、了見の脳裏には、病院を抜け出して再び路地に蹲る小波の姿が、ありありと浮かんでしまった。

 

了見は激しく懊悩した。

答えは、出なかった。

 

「…………密かに出る」

「手配してございます」

 

スペクターは、静かに深々と頭を下げた。

まるで、無言で願いを託すかのように。

 

 

 

スペクターの差配で、日付を超えた翌日の夜中には、了見は密入国で日本の土を踏むこととなった。

もう少しほとぼりが覚めるまで、日本(こちら)に足を向ける予定は無かった。だが現に了見は、ここに立ってしまっている。

デンシティとは遠く離れているとはいえ、長くここに立っている訳にはいかなかった。

 

「…………」

 

雨だった。

しとしとと雨音が、傘をさす了見の耳を静かに打った。

 

ざり、と土を踏む音が、誰もいない路地裏に響いた。

赤い帽子を被った濡れ鼠の子供が、ゆるゆると緩慢に顔を上げ、息を飲む音がした。

 

どんな罵倒も受けるつもりだった。

 

「…………」

 

赤い帽子を被った子供は、ゆっくりと口を開いた。

遅刻だよ、と。少しだけ掠れた声で。

 

「…………いつも寝坊で遅刻するのは、お前の方だっただろう」

 

了見は、躊躇いがちにそう答えた。

それが、小波と了見の、初めての肉声での会話となった。

 

ひどく消耗した様子の小波が、大きく深く息を吸って

次に口を開くのを、了見は、断罪を受ける罪人の気持ちで、粛々と待っていた。

 

小波は、雨に濡れた赤い帽子の下で静かに微笑んだ。

「二ヶ月もデュエルできなかったんだよ」と。

小波が述べた恨み言は、最後まで、ただ、それだけだった。

 

了見は、予想のどれとも異なる、その言葉に意表を突かれて。

しばし、阿呆のように目を丸くしていたが

は、と抜けた空気が、雨の中で溶けて、白くほどけた。

 

「そうか、そうだな……お前にとっては、この上ない拷問だったな、小波」

 

赤い帽子の下で、子供と呼んで差し障りない歳の、決闘者が笑う。

約束だよ、と口にする、そのまろやかな声。

 

路地に座り込んだまま差し出された、小さく細いその手のひら。

 

 

────絶対だよ、約束だよ、待ってるから

────ああ、最高のデュエルを約束しよう

 

 

了見は、固く握り返した。

 

 

「ああ。────約束を果たそう」

 

 

 

そうして、暗い路地には、誰も居なくなった。

 

 

 

 

《ハノイの騎士のリーダーが、コナミ君に捕まるまでのお話》

 

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