【遊戯王5D'sタッグフォース】小波シリーズ〜時間跳躍(タイムパラドックス)とコナミ〜   作:ふれれら

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《第二章:ジャック・アトラスルート》
(WCS2010→TF4リーダー鬼柳京介&ダークシグナー鬼柳京介→TF5)



ジャックアトラスとコナミ編〜さらわれた雛鳥に誓う〜

 

 

 

あれは、雛鳥の刷り込みだろう、とジャックは見ていた。

 

 

鬼柳がそいつを拾って来たのは、サテライト制覇がそろそろ大詰めを迎えようかという頃だった。

『面白いデュエルをするヤツ』だと言って、鬼柳はソイツを、チームサティスファクションの五人目のメンバーにすると、そう宣言した。

 

赤い帽子と赤いジャケットに身を包んだ、いささか細い線をした記憶喪失の決闘者。

自分の名前すら覚えていないような有り様で、まるで生まれたての幼い子どものようないたいけな振る舞いで、拾われて素直に鬼柳に着いてきた。

 

『ほら、5・7・3(ゴー・ナナ・サン)で、小波って読めんだろ?』

『ダジャレかよ!』

 

そんなヤツに不用意に名前などやるから、懐かれるのだと。

物好きにあきれながら、同時に鬼柳らしいとも思った。

 

その日から『正体不明の決闘者』は、『チームサティスファクションの小波』となった。

 

以来、小波は鬼柳の後ろを、よくついて回った。ひよこが親を慕ってトコトコ後ろを付いて歩くように。

面倒を見るように鬼柳が言いくるめて、他の子供たちと一緒にクロウのアジトに引き取らせてから、何だかんだとクロウも好んで面倒を見てやっていた。遊星がデュエルのルールを教えて以来、遊星にもよく懐いた。

 

目深に被った赤い帽子の下から、ニコリと笑う、その子ども。

 

あまりに都合良く現れて、あまりにするりと巧みに鬼柳とクロウと遊星の懐に入り込んだその子どもに、不信感を憶えなかったと言えば嘘になる。

 

だが、どれほど監視しても、どれほど警戒しても、赤い帽子の下から覗くのは、幼い赤子のような無邪気さだけだった。

デュエルをすれば、無垢はさらに強まった。初めてカードを与えられた幼子のような、嬉しげで純粋なデュエルだった。

 

 

だが、ジャックは警戒を解かなかった。

遊星もクロウも、突き放した態度を取るジャックをなだめては、小波に悪意が感じられないことを説いたが、ジャックは黙り込んで、さらに警戒を強めた。

 

 

遊星もクロウも誤解している。

ジャックが警戒していたのは、この子どもではない。

小波の背後に見え隠れする、()()()()()()だった。

 

 

 

 

都合よくデュエル以外の全てを忘れるなど、あり得るだろうか。

お人好しの遊星は「記憶を失う前、余程デュエルが好きだったんだろう」などと好意的に見ていたが、記憶を失うというのは、普通は防衛本能だ。

恐ろしい目にあった時、壊れかけた自分を誤魔化すために、恣意的に記憶を封印するのだ。

サテライトでは、ひどい暴力を受けた女子供が、そんなふうに壊れた心を誤魔化しながら、歪に生きるのを時折見かけた。

 

それに比べて、小波はあまりにもまっさらだった。

そういう歪さが、まるで感じられなかった。生まれたての子鹿のような、作りたてのキャンバスのような真っ白さだった。

 

小波の持ち物は、デッキと帽子と、いつも手放さない厚手の赤いジャケットだけだ。

暑くても寒くても、小波は何も感じないようだった。汗ひとつ掻くこともなければ、寒がって身を震わせることもない。海風で冷えても着込もうとしない一方、夏場も厚手の上着を脱ごうとしなかった。

 

そういう(やから)は、普通は服の下に、虐待の傷か自傷の痕を抱えているものだ。

コイツの背景を洗うには、それを確かめねばならなかった。遊星やクロウに凄惨な傷を見せるわけにいかなかったから、隙を見てひと気のないところに連れ込んで、服を脱ぐように言った。

小波は、きょとんとしたように、ただオレの指示に従って淡々と上着を脱いで、結果的にオレは逆にぎょっとさせられる羽目となった。

 

そう、厚手の服の下には、多少の傷はあっても、虐待めいたあざや自傷の痕は無かった。

だが、薄手のシャツ一枚になった小波の性別は明らかだった。

 

服を脱がされる段階でも、女子供に当然あるべき羞恥をまるで感じなかったから、脱ぐまで全く気付かなかった。それどころか、小波は、オレが絶句して何も言わないのを見て、まだ脱ぎ足りないと指示されていると思ったらしく、シャツまで脱ごうと手を掛けたので、オレは慌てて止めねばならなかった。小波はきょとんとして、意味が分からなそうな顔をしていた。

 

分かったのは、コイツの性別と、意志の希薄さ、そして何よりコイツが()()()()()()()()()ということだった。

 

 

 

あんなに巧みにデュエルをするのに、小波のデュエルには、個性という物が無かった。

理想的で、計算され尽くした、美しいとすら言えるようなデュエルだった。まるで精密な機械のような、意志の介在が無いデュエルだった。そう()()()()ような、そう()()()()()()ような、そんな意志の希薄さだった。

 

それが、遊星たちとデュエルを重ねるたびに、どんどん無邪気に花開いて変わっていく。

自分で考えて、自分でデュエルするなど初めてみたいに、幼さと純粋さが浮き彫りになっていった。

 

こんな子どもが、たまたま偶然、現れるなど、あり得るだろうか、

デュエル以外の全てを忘れて、デュエルだけを至上とするチームの前に現れるなど。

 

 

 

コイツを送り込んだ誰かがいる。

それは、ジャックの直感が告げる、絶対的な真実だった。

 

 

 

サテライトか、それともチームか、チームの誰かのもとかは分からない。

だが、この意志の希薄な、命令されることに慣れた子供を、ここに送り込んだ何者かが必ずいる。

 

ジャックは、自分の勘を信じていた。ジャックは己を疑わない。勘が暴き出す本質を信じている。

だからこそ、間違いなかった。この勘は、幾度となくこの過酷なサテライトでジャックの命を救ってきたものだ。この強烈な直感を頼りに、ジャックはコイツを送り込んだ何者かの目的を探り始めた。

 

 

 

 

監視する中で、小波は、誰かを嫌うということがなかった。

 

これは、小波の秘密を暴き出したジャックに対して、特に顕著だった。

あの厚手の服で性別を偽っているなら、それを暴いたジャックをもっと怖がっても良いだろうに、全くといっていいほど変わらなかった。

小波は、ジャックに人気のないところに連れ込まれて服を脱がされた(大いに語弊があるが、事実だ。この点は観察力が足りなかったジャックにも責がある)のを誰にも話さなかった。

おかげでジャックは名誉が傷付く大冤罪を被らずに済んだが、目ざとい鬼柳あたりは、ジャックと小波の間にあった出来事に、あたりをつけていたかもしれない。

だが、小波は、やはりジャックのことも慕って付いて歩いた。

 

鬼柳の後ろを慕って歩く。

あれは、雛鳥の刷り込みだろう、とジャックは見ていた。小波が拾われてきた経緯を考えれば、妥当だろう。

 

クロウを慕って隣を歩く。これも理解できなくはなかった。

小波の振る舞いは、クロウに保護された幼い子供たちに似ていた。この過酷なサテライトで、寝床や安全を担保してくれる存在に、信頼を寄せるのは当然だった。

 

ジャックに付いて歩く。これは、逆の意味で理解できなくもなかった。

過酷なサテライトでは、分かりやすく強い者のそばに付いて回るのは大いに益がある。自分に害のありそうな存在に、無害を無意識にアピールして付いて回る。これも、サテライトではよく見かける処世術だ。

 

 

だが、遊星に関しては、違和感が残った。

遊星は確かにお人好しで無害な男だ。だが、盲信するなら鬼柳、慕うならクロウ、おもねるならジャックだろう。にも関わらず、小波は妙に遊星のそばにいたがった。

 

小波が普通の女子供なら恋愛感情を疑ってもいいが、ジャックを前にした例の振る舞いを踏まえれば、それは無いと言い切ることができた。

ならば、やはり違和感が残る。

 

ジャックの直感は、まるで「遊星のそばにいろと、誰かに言われている」かのようだと、そう暴き立てた。

それにチームの誰も、気付いていないようだった。

 

 

だが、証拠が無かった。

どれだけ警戒しても、どれだけ待っても、その『誰か』の尻尾は掴めなかった。

 

その内、小波はどんどんデュエルを吸収して、チームに馴染んでいった。小波がいることは徐々に当たり前になった。

意志の希薄さは残ったが、それでも小波は心からチームを好いていたように見えた。

 

もし『誰か』の思惑が牙を剥いても、今さら小波を切り捨てれば、遊星もクロウも深く傷付くことは必至だった。

だが、だからこそ。

『時』が来たら、ジャックが手を汚さねばならない。

それが、マーサハウスから遊星とクロウを連れて出た己の責任だと。ジャックはそう考え、いつも気を張っていた。

 

 

だから、鬼柳がその日。

潰したチームのアジトから、カードではなく酒を迷わず回収してきたのを見て、ジャックはすぐにピンと来た。

 

その酒は、遊星でも、クロウでも、小波でも、ましてや自分で呑むためでもない。

ジャックに呑ませるために、回収してきたのだと。

 

「おっ、ラッキー! ジャック〜! 呑もうぜ!」

 

明るく、何も気付いてないふりで、恩着せがましくもなく、ただ自然に。

そんなふうに、仲間の心に手を伸ばそうとしていた。

 

そう、狂う前の鬼柳は。

あの頃は確かに、世界で唯一オレが[[rb:頭>こうべ]]を垂れると決めた男で、救世主だったのだ。

 

 

 

「で? 疑り深いジャック様よ、結論は出たか?」

「……実力は認める」

 

ずいぶん酔わされた後のことだった。

ジャックは眉間に深く皺を寄せ、眠る小波の方に視線をやった。口が滑った、とも言える。

 

「だが、素性も分からんのだ。思い出す記憶が、オレたちに都合の良いものとは限らん。その時はチームに入れたのが吉と出るか凶と出るか分からんだろう」

「信じてやらねえと信じねえんだよ、人間ってヤツは」

 

鬼柳はふっと笑いながら、口角を吊り上げて、目を伏せると、揺らしていた酒を一気に煽った。

鬼柳は、オレのこの言葉を待っていたのだと感じた。

 

「ジャック、お前は最初からオレを信じてたか。違ぇだろ。遊星やクロウもだ。もしコイツが敵チームのスパイだろうが世界の敵だろうが、オレたちを選ぶまで一緒にデュエルすりゃあ良いだけだろうが」

「鬼柳……」

 

 

鬼柳は、ジャックの懸念に気付いていたのだ。

ジャックが独りで固めていた覚悟を、不要の物だと断じた。

 

そんな覚悟より、もっと大事なものがあるだろうと

鬼柳に手渡された新たな選択肢は、サァァ、とジャックの視界をクリアにした。

 

ジャックは、自分の視野がいかに狭まっていたのか、目からウロコが落ちる思いだった。

 

 

「おら、そろそろ狸寝入りも仕舞いだ、遊星。そいつをクロウのとこまで送っていけ」

 

ぴく、と遊星が肩を跳ねさせた。

テーブルにうつ伏せになったまま、寝たふりをして聞いていたらしい。鬼柳は気付いていたらしかったが、ジャックはまるで気付かなかった。それも普段のジャックにはありえないことだった。

遊星は、のっそりと起き上がり、こちらと小波を交互に見渡した。

 

「だが、鬼柳もジャックも相当呑んだだろう。オレぐらいここにいなければ、もし襲撃でもされたら……」

「オレもジャックもそんなやわじゃねーよ」

 

ふっと笑って、鬼柳はフラフラ手を振った。

鬼柳に、遊星に。気遣われるなど。あまりにジャックアトラスらしくなかったと、ジャックは自分を省みた。

 

 

それからだ。ジャックが、チーム戦の合間に、小波のデュエル相手を務めるようになったのは。

小波は、たびたび相手をしてくれるようになったジャックに、ただ純粋に喜んでいるように見えた。ジャックが譲ってやったカードを、鬼柳や遊星に貰ったカードと同じように、とりわけ大切にしていた。

 

つかの間の平和だった。

それから、まもなくだった。鬼柳は徐々に狂い、チームは瓦解した。

それを、誰も止められなかった。鬼柳に依存したチームは、鬼柳を真の意味で救いはしなかった。オレたちはどこで選択を誤ったのか、誰もわからなかった。

 

 

その直後だった。

小波は、クロウのアジトの前にデッキを落としたまま

サテライトから消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

取り乱したクロウから連絡を受けて、遊星もジャックも、蒼白で駆け付けた。

鬼柳がセキュリティに捕まったのは、つい昨日のことだった。遊星もジャックもクロウも、まだ喪失の事実を呑み込めないまま、呆然としていた。特に鬼柳を救おうとして鬼柳に恨まれる形になった遊星は、まだ茫然自失だった。

 

逆に、小波は昨日も今朝も、自分たちに比べれば落ち着いていたように見えていた。

今思えば、その方が不自然だった。

自分たち以上に、小波にとっては鬼柳はセカイの全てだ。そんなことにも気付かなかった自分たちは、どれほど動揺していたのか。後ろから鈍器で激しく頭を殴られた思いだった。

 

小波は、アジトの前でクロウと二、三、言葉を交わした後、クロウが先に寝床に入り、一向に後ろからついて来ない小波に気付いて、アジトの外を見た時には、もうそこには誰もいなかった。その間、十五分も無かったという。

 

アジトの前には、アイツのデッキが落ちていた。

オレがやったカードも、遊星がやったカードも、鬼柳がやったカードも、そこにあった。

 

 

クロウは、誰かに(かどわ)かされたのではないかと、今にも飛び出しそうにしていた。

遊星は、まだ近くにいるかもしれないと、蒼白であいつのデュエルディスクの信号を辿った。

 

オレは、二人が慌てる横で、さぁっと全身の血が引いた思いで、頭にのぼった血が冷え、逆に冷静になった。しゃがみ込んで、素早く地面の痕跡を探った。

クロウのアジトの前は、埃だらけのアスファルトだ。争った痕跡があればすぐに分かる。

だが、地面には、争った後も、抵抗した後も、何も残っていなかった。

 

小波の靴跡は、まっすぐ海の方に向かっていた。

遊星が辿ったデュエルディスクの信号は、すぐに所在が知れた。サテライトの濁った海の上に、壊れたディスクが、捨てられたように浮いていた。

 

 

 

誘拐か、失踪か、身投げか。

真相はついぞ分からなかったが、状況を踏まえればいちばん可能性が高いのはどれか、誰の目にも明らかだった。

 

 

表情を暗くしたクロウは、「……アイツのもんを荒らされたくねえ」と、小波が残したDホイールをどこかに隠した。

あれは遊星が小波にスクラップを寄せ集めて作ってやったものだった。

 

遊星は、濁った目で「小波は生きている」とデッキに縋り付いて、片時も手放さなかった。

 

オレは、わずかな可能性に賭けて、裏社会に生きる連中を刈り回ったが、しばらくして何の成果も得られないと悟ると、小波の捜索を打ち切った。

 

 

わずか二日で、鬼柳と小波、仲間二人を立て続けに喪失したオレたちは、マーサハウスを出てから得たはずの全て失って、立ち尽くした。

 

ただでさえ鬼柳の件でオレたちの方針は割れていたのに、「アイツのことは忘れて生きろ」と言ったオレと、頑なに「小波は生きている!」と主張しながら呆然と動かない遊星との間で、ハッキリと軋轢を生んだ。

結局、オレのことも遊星のことも、クロウは殴り付けて去った。

 

そうして、オレたちの亀裂は決定的なものとなった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

ジャックがマーサハウスを出ると決意したのは、十五歳を過ぎた頃だった。

 

マーサに与えられたものは数知れず、愛情深く育てて貰った恩は計り知れない。ジャックが歳を重ねるたび、幼い弟妹は増えていく。このサテライトで、身寄りのない子供は無限に生まれてくる。その全てをマーサは、可能な限り両腕に抱きしめてやりたいと望むだろう。ならばジャックがいつまでも穀潰しでいるわけにはいかない。

 

食料も服も薬も金も、あらゆるものが足りないのだ。

体格の良いジャックが一人抜けるだけでもずいぶん助かるだろう。ジャックが外の世界で戦い、勝ち取ったものをマーサに渡してやれれば。

 

幸い、ジャックは年齢にしては体躯に恵まれ、喧嘩も強かった。決意を固めたジャックを、マーサはひどく心配したが、だが決して選んだ道を遮るような真似はしなかった。

「わかったよ。けどね、ここはいつだってあんたたちの家だからね」

痛いほど強く抱きしめてくれた、育ての母の愛情を、忘れる日は決して来ないだろう。

だが、いつの間にか、偉大な母は、ジャックよりはるかに小さかった。守られるばかりでなく、守る側に立つために、ジャックは旅立たねばならない。

 

マーサハウスで最も近しかった遊星は一つ下、クロウは二つ下だった。マーサハウスではどちらも年長者に当たる。ジャックはここを出て行く決意を伝え、いずれお前たちもマーサの庇護を離れて自立するよう告げた。

遊星は体格はそこそこだが頭が良いし、クロウは体格に恵まれないが侮った輩の隙を突くのが上手い。きっとやっていけるだろう。年長者として、オレはこいつらの手本にならねばならない。

 

ジャックが決意を固めた頃、遊星はじっと、あの澄んだ青い眼で、オレを見つめていた。

 

「ジャック、オレも連れていってくれ」

 

予期せぬ提案に、別れを告げたジャックは、足を止めた。

振り返ったジャックに、遊星は言い募った。

 

「いつか自立しなければならないなら、一緒に出ていった方が安全だと思う。マーサもその方が安心するだろう。オレも抜ければそれだけみんなの食事が増える」

 

遊星の提案は、ひどく合理的で、あらゆる面で良い案に思えた。

確かに、お人好しがすぎる遊星一人で自立するより、ジャックと共にいれば余程安全だ。

二人でいれば必要な糧は倍になるが、糧を得る手段が増えるのは、ジャックから見ても有益だった。

マーサハウスは年長者が二人抜ける分、負担が軽くなるだろう。誰も損をしない、誰から見ても良い案に思える。遊星は、そういった提案が得意だった。

 

冷静で頭は良いが甘すぎる遊星と、周囲への警戒を怠らないジャックの組み合わせは、これからサテライトで生きていくのに、良い組み合わせに思えた。

断る理由がなかった。だから。……無意識の甘えに。一人でサテライトで生きていくことに対する不安に。それに弟妹を巻き込む責任に、無頓着でいられたのだ。

 

「お、オレも、オレも連れていってくれ!」

そうクロウが声を上げたのも、今思えば当然の流れだっただろう。

 

こうして三人でマーサハウスを出たオレたちは、だが、順風満帆とはいかなかった。

サテライトの環境は、想像以上に過酷で、所詮守られて生きてきたオレたちが、順調に勝ち進めるわけもなかったのだ。

日々の食糧を得るのも精一杯で、安全な寝床を確保することすら難渋して、オレたちはどんどんすり減っていった。

救世主が現れたのは、そんな時だった。

 

「なあ! そんなつまんねえこと辞めて、オレと満足しようぜ!!」

 

そう笑った鬼柳を、今でもハッキリ思い出せる。

オレたちはどこで間違ったのか。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

独房で鬼柳は死んだ。ついぞ面会は叶わなかった。

 

鬼柳を殺したのは誰か。何がオレたちから鬼柳と小波を奪ったのか。

遊星は、自分が鬼柳を救えなかったのが原因だと、以前にも増して身を削って周囲を助けるようになった。

クロウは、鬼柳の死を意味あるものにしようとした。子供たちを護り、助け、かつて自分が鬼柳に救われた時間を、無駄にしないために走った。

 

だが、遊星もクロウも、この街に抗うことを諦めてしまった。

二人とも、自分の眼が濁っていることに、気付いていない。

 

一見、献身的で聖人的でさえある、遊星の人助けは、あまりにも度を越えている。

元々、遊星はそのようなヤツではなかった。甘すぎるきらいはあったが、あのような、身を削ることでしか自分の役目を見つけられないような、周囲に依存し、周囲を依存させて生きる男ではなかった。鬼柳が狂った時に、コイツもおかしくなってしまった。

救世主願望、メサイアシンドローム。アイツの夢を覚まさせなければならない。

 

一見、懸命に生きているように見えるクロウは、今と未来ばかり見て本質を見失っている。

子供たちを助ける、大いに結構だ。だが、クロウのそれはマーサとは違う。

クロウのマーカーは今や顔中に増えた。それを勲章のように掲げながら盗んで与えるなど、子供たちにどんな大人になれと示すつもりだ。子供が同じやり方をした時、誇れるというのか。

この街にヒーローなどいない。クロウが憧れる英雄などいないのだ。だが、夢を与える存在は必要だ。

 

 

ジャックは、このサテライトこそが、鬼柳を奪ったと考えた。ジャックが憎んだのはこの街だった。

 

この病んだ街こそが、あの時間を奪った。

今、ジャックは、病んだ街にこいつらまで奪われそうになっている。

ならば、ジャックが目を覚ましてやらねばらない。だが、どうやって。

 

そんな時だった。シティからピエロのような胡散臭い使者がやってきたのは。

そいつは、何が目的か知らないが、ジャックにサテライトを出てキングになれという。

条件は、遊星からスターダストを奪うことだった。

 

だが、この機を逃せば、遊星を夢から覚めさせるチャンスは永久に失われると直感した。

シティからやってきた使者は、ジャックを利用する気だろう。

ならばこちらが、利用してやる。

 

 

ジャックは遊星のスターダストを奪い、遊星が作ったDホイールを盗んで、シティへ躍り出た。

 

 

 

目論見は叶った。

遊星はジャックを追って、サテライトを飛び出した。

 

遊星はついに目を覚ました。クロウの方は分からんが、少なくとも子供たちに見せる夢に相応わしいデュエルをしてきた自負はあった。

 

サテライトから飛び出してきた直後は、まだ眠りから醒めたばかりのような目をしていた。

だが、フォーチュンカップ決勝まで上がってきた時には、間違いなくあの濁りは取り払われ、昔ジャックを見つめた、マーサハウスを出た日の、あの澄んだ目を取り戻していた。

遊星が最後にあの眼をしたのは、鬼柳を失う前だ。ようやくジャックは、遊星と真の意味で目を合わせることができた。後はデュエルで勝利すれば、ジャックの望んだハッピーエンドだった。

 

だが、ジャックは負けた。

この時、ジャックはようやく気付いた。目が濁っていたのは、遊星とクロウだけではない、自分もだったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

ジャックが事態を完全に見誤っていたことを知ったのは、何とあれから二年近くも経ってからだった。

 

小波失踪の真実を突き止めたのは、遊星だった。

十六夜を良いように洗脳し、思考を奪い、利用していた男、ディヴァイン。

そいつは、小波を攫い、カーリーをビルから突き落とした、オレたちの仇というべき男だった。

 

そいつはサイコデュエリストで、他者を洗脳する超常能力を持っていた。

小波はその男に洗脳され、攫われ、今に至るまで監禁されていたのだという。

 

「小波…!?」

 

遊星と共に、崩壊したアルカディアムーブメントのビルから脱出してきた小波は、二年の時を経て、ジャックの前に突如再び姿を現した。

 

「お前、今までどこに…! いや、それより、生きていたのか」

「アルカディアムーブメントのディヴァインという男に、洗脳されて監禁されていたらしい」

 

遊星がそう補足し、ひどくほっとしたような顔をした。

瞳の危うさは取り払われ、遊星の眼の曇りは真に払われたと分かった。その最たる理由が取り戻した小波だと、すぐにわかった。

 

小波は変わらなかった。どこか一回り小さく見えるのは、この二年でオレと遊星の背がぐっと伸びて、小波がまるで変わらないからだった。

小波は、遊星が返してやったデッキを、ほっとしたように、抱きしめていた。

その光景を見て、オレは、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

そうだ、小波が残したデッキには。

オレや遊星、そして何より、鬼柳がやった、形見とも言うべきカードが入っていた。

なぜ気付かなかったのか。あの小波があのデッキを残して身投げなどするものか。

鬼柳が遺したカードを手放すものか。

 

気付けたはずだ。

抵抗した跡がなかったのは、サイコパワーで操られたから。

まっすぐ海に向かったのは、シティ行きの船に乗り込まされたから。

デュエルディスクを海に投げ捨てたのはあの男で、あいつの宝物のデッキが打ち捨てられたままだったのは、あの寄せ集めデッキに、レアカードなど皆無だったからだ。

 

気付けたはずだ。

小波が鬼柳の、オレたちの託したカードを、決して手放すはずがないと。

生きていると信じてさえいれば、あの頃、そう、たとえば、慈善活動を謳った身なりの良い男がシティから乗り付けた船でBADエリアをうろついていた、とその類いの情報を見つけることが、できたはずだ。

 

ジャックは、みすみすその機会をふいにした。小波が生きていると信じなかったからだ。

生きていると信じた遊星は動かず、動けたジャックは途中で諦めた。そのせいで、小波は二年もの間、オレたちから引きはがされて、監禁生活を強いられた。

アイツに身寄りは無い。だから、オレたちがやらねば、誰も小波を救えなかったというのに。

 

(気付けたはずだ、それを…!)

 

ジャックは、後頭部を鈍器で殴られたような思いだった。

小波は、二年ぶりに会ったオレに、コイツを救う機会をみすみすふいにした男に、ただ嬉しげにニコリと微笑んだ。

自分のデッキとジャックの顔を交互に見比べて、こてん、と首を傾げるのは、デュエルをねだる時のやつの癖だった。

 

「……っ! 今はそれどころではない!」

 

応えてやりたかったが、今応えれば、荒れ狂う海のようなジャックの内心を、理不尽に小波にぶつけてしまう。

小波は残念そうに肩を落としたが、それでもニコリと微笑んだ。

もう、いつでもまたデュエルできるのだと、ただ喜ぶような微笑みだった。

 

 

このときデュエルに応じてやらなかったことを。

ジャックは、今でも悔やむ。

 

 

ジャックは、自分の眼がいかに曇っていたか、思い知った。

遊星やクロウの目の濁りを取り払おうとしたジャック自身が、これほどまで目が濁っていたのだと、突きつけられて。

その動揺で、このジャックアトラスともあろう者が、おめおめと撤退を図ったのだ。

 

サテライトで育った身だ。

明日など、誰にも分からないと。

身をもって、知っていたというのに。

 

 

この後、まもなく。

小波は、消えた。

 

 

ダークシグナーとしてよみがえった

鬼柳京介のタッグパートナーとして。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ダークシグナーとして現れた鬼柳の隣に、小波が立っているのを見て

遊星も、ジャックも、クロウも。絶句した。

 

ダークシグナーは皆、死者だ。最初に、小波の安否に蒼白となった。

次に小波がダークシグナーでないと分かると、皆、最初は、他の決闘者のように、蜘蛛の痣に洗脳されているのではないかと、小波に必死に呼びかけながら、鬼柳と小波のタッグに挑んだ。

 

だが、デュエルをすれば、すぐに知れた。小波は洗脳されてなどいなかった。

自分たちと敵対する道を選んだ小波に、激しい動揺が走った。

 

 

 

シグナーとダークシグナーの戦いは熾烈を極めた。

敗北した者は地縛神の生贄となり、次々に消えていった。

 

だというのに、小波と組んだ鬼柳は。

クロウを、ジャックを、遊星を襲撃しながら、最後まで誰にもトドメを刺さなかった。

 

 

誰も、勝てなかった。最初に襲われたクロウとラリーのタッグも、次に襲われたジャックと龍可のタッグも、二人を止めるために全霊を尽くした遊星とアキのタッグも。

誰ひとり、鬼柳と小波のタッグに勝てず、二人を止められなかった。

 

敗北に、消える覚悟をした全員が、生き残った。鬼柳は復讐を謳いながら、誰も殺さなかった。

生き恥をさらせと、そう煽りこそしたが、行動は間違いなく全員の命を見逃すものだった。

 

「行くぞ、小波」

 

踵を返して敗者に背を向けた鬼柳を、誰も追えなかった。そう、追えたのは、小波だけだった。

地を這い、泥を舐めながら、必死に顔を上げたジャックも、クロウも、遊星も、気を失う前に見た最後の光景は、苦しげな顔をした小波の、はくはくと唇だけで告げる、音のない謝罪だった。

 

────ごめん…ごめんなさい

 

仲間を裏切り、仲間に手をかける。

離反に、血反吐を吐くほど苦しんだ、あまりにも苦痛に満ちた謝罪だった。

 

 

 

小波は最後まで何も語らなかったが、オレたちは決闘者だ。デュエルをすれば、そこにある怒りや憎しみ、哀しみや願いが伝わる。

 

小波のデュエルからは、どれだけ向き合っても、たったひとつの願いしか伝わってこなかった。

もう誰もいなくならないで、と。

 

小波は、誰も裏切ってなどいなかった。

小波は、ただ、全員を救おうとしただけだ。鬼柳の隣に立つことで、あいつの狂気を押し留め、かつての仲間を手に掛けないよう、ギリギリのところで踏み止まれるよう、隣でひたすら、パートナーを引き留め続けていた。

鬼柳を止め、鬼柳に誰も殺させないために。鬼柳とオレたちを同時に必死に守っていた。自分は裏切り者の烙印を押されながら。

 

 

 

 

 

 

終幕は、荒野で。デュエル終了を告げるbeep音が、二人のデュエルディスクから響いていた。

勝者は小波で、敗者は鬼柳だった。なのに、絶望した顔をしているのは小波で、鬼柳はひどく、満たされた顔をしていた。

 

 

鬼柳は自分のデッキではなく、小波が鬼柳のために組み直した、タッグ用のデッキを使っていた。

シングルでは、とても本来の実力を発揮できなかっただろうに、鬼柳はラストデュエルにそのデッキを選んだ。

 

 

「決めてたんだ。幕引きはお前にって」

 

駆け付けたジャックもクロウも遊星も、遠くから蒼白で走り寄った。

 

「やっと、満足したぜ」

 

小波の腕の中で、灰が崩れるように、鬼柳は消えた。

満足げな笑みだけを、残して。

 

 

 

 

小波は、地面に崩れ落ち、茫然と動かなかった。

 

 

「鬼柳……っ……!」

 

遊星が、あぜんと声を上げた。

ジャックもクロウも、立ち尽くした。

 

遊星も、ジャックも、クロウも。

鬼柳京介という男を、二度も救いそびれた。

救いを与えたのは、オレたちではなかった。今、潰れそうに震えた小波だった。

 

 

鬼柳が使っていたデッキが、主人を失って、バラバラと地面に散った。

小波はヒュッ、と息を飲んだ。震える手で、風に散るそのカードを追おうとして、

 

 

だが、次の瞬間、ぐらりと傾いだ。

 

「!!」

 

ジャックは慌てて腕を伸ばした。

小波はジャックの腕に抱えられるように、倒れた。

 

「おい!? 小波!?」

「小波!!」

 

パサリ、と地面に帽子が落ちた。

小波は、ジャックの腕の中で、気を失っていた。

 

慌てて抱き起こした小波の目尻に、涙が光っているのを見て、息を呑んだ。

 

「……っ」

 

小波の服は、あちこちが裂けていた。

ダメージが実体化する闇のデュエルの中で、ジャックやクロウたちの本気の抵抗を受けたのだ。小波はずっと、ジャックたちの攻撃を耐え続け、鬼柳にダメージがいかないよう庇った。

 

 

誰が見ても、小波はズタズタだった。

身体だけではなく、その心もだ。

 

 

鬼柳の二度目の喪失に、そこにいる誰もが、頭をぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。

だが、デュエルで鬼柳を止められなかったジャックも、クロウも、遊星も、何も言う権利を持たなかった。

 

 

遊星も、ジャックも、クロウも、黙って顔を見合わせ、頷き、同じ結論に至った。

目覚めない小波を、戦いから引きはがし、安全なところに預け、三人で最後の戦いに向かった。小波の手を借りずに。

だから、最後の戦いはすべて、小波の預かり知らぬところで行われた。

 

 

 

 

 

 

 

戦いは終わった。オレとクロウが託したバトンを受け継ぎ、遊星がゴドウィンを討ち果たした。

地縛神の生贄にされた人々は、皆戻った。死んだはずの鬼柳やカーリーたちも、記憶に欠けはあるが、目覚めた。奇跡のような出来事だった。皆、歓喜に打ち震えた。

 

 

だが、壊れた小波の心は、そう簡単に戻らなかった。

 

「なんだと…!?」

 

ことがはっきりしたのは、小波を保護したマーサハウスからの一報だった。

 

「デュエルができない、だと……!?」

 

マーサからそれを教えられた遊星は、青い顔でそれをジャックに告げた。

小波は、何と聞かれても、今までの経歴を何ひとつ思い出せず、思い出そうとすると頭を抱えて痛がって、繰り返し気を失っているという。

 

「自分の名前はおろか、────オレたちのことも、分からないそうだ」

 

遊星は、ようやく訪れたハッピーエンドの中で、蒼白のまま、爪が食い込むほど拳を握りしめて、血が滲むほど唇をかみしめていた。

 

「そんな、馬鹿な!」

「マーサは言っていた。心を守るための防衛本能かもしれないと。小波には休息が必要だ。だからまだ、俺たちは小波と会わないほうがいいかもしれないと」

「……っ!!」

 

 

全てが終わり、目覚めた小波は。

オレたちがわからなくなり、デュエルができなくなった。それが小波の傷だった。

 

 

それから時間が経ち、街の復興が本格的に始まった頃、ジャックは、頃合いを見て、マーサハウスに密かに様子を見に行った。

物陰から遠目に見る小波は、年少の子どもたちに囲まれて、床にカードを並べて笑っていた。

デュエルディスクを使わない、子ども同士の無邪気なタッグデュエルの途中だと分かった。

 

幼い子供たちに囲まれて、床にカードを並べてダイレクトアタックする小波が、鮮やかに勝って歓声が上がる。

自分より年少の幼子たちに囲まれた小波は、幸せそうに見えた。心はまるで、周りの幼子たちと同い年かのようだった。

 

「最初はカードに触るだけで苦しんでたのが、やっとあそこまで元気になったんだよ。けどねぇ……」

 

マーサがジャックにそう告げて、表情を曇らせた。

年少の子どもが一人、遠くからデュエルを終えた小波に駆け寄った。

 

「ねぇ、こなみ〜! ぼくとデュエルしてよ! シングルで!」

 

そう言われた途端、遠目でも分かるほど、ハッキリと小波の表情がこわばった。

 

幸せそうにデッキを整え直していた指先は硬直し、バラバラと手からカードが滑り落ちた。

肩が震えて、座り込んで、頭が痛いみたいに頭を抱えた。

 

様子が変わった小波に、他に比べれば一回り背の高い、年長者らしき女の子が、「こら!だめっていったじゃん!」と少年を叱った。

「マーサが言ってたでしょ!」

「でも、でも、タッグばっかりじゃなくて[[rb:一対一>シングル]]もやりたいよぅ」

「だーめ!」

 

小波が、息を整え直して、ふらふらと顔を上げた。

タッグデュエルなら、と返事をしたのが分かった。

小波は瞬く間に歓声を上げる幼い子ども達にもみくちゃにされて、再び小波を中心にタッグデュエルが始まった。

その中心で小波は、先ほどのやりとりなんてなかったみたいに、やはり幸せそうにしていた。

 

 

「ずっとあの調子なんだよ」

 

マーサが心配げにジャックにそう告げた。

タッグデュエルは好んでやるのに、シングルだとああして顔を真っ青にして頭を抱えてしまうのだと。震えて動けなくなるのだと。

 

すぐに何事もなかったみたいに笑う小波には、以前は無かった『歪み』が、はっきり存在していた。

 

「理由を聞いたらねぇ、怖いっていうんだよ」

 

マーサは多くの子供たちを保護してきた養母だ。

親を失ったり、事故にあったり、多くのトラウマを抱えた子供たちを、その両腕で優しく抱きしめてきたシスターだった。

 

「デュエルが大好きなのに、一対一だと相手が死んでしまいそうで怖いって言うんだ」

 

 

ジャックは、頭を殴られた気がした。

 

 

 

よく見れば、小波のデュエルは。

まるでタッグ専門であるかのように、タッグ以外一度もしたことがないような、タッグを前提とした動きばかりだった。

真っ白な雪のように無垢だったデュエルは、はっきりと歪んでいた。

 

原因は明らかだった。

鬼柳を手にかけた[[rb:一対一>シングル]]を恐れ、オレたちを守り抜いたタッグばかり、していた。

それしかできないのだ。

 

 

決闘者にとって、デュエルができないなど、腕をもがれたようなものだ。

小波の手足はもがれたのだ。

 

(いや、……その責は、)

 

鬼柳を止められなかった、俺たち全員にある。

ジャックは、爪が食い込むほど拳を固く握った。ようやく、ジャックは遊星が詳細に口をつぐんでいた理由を思い知った。

 

 

 

 

 

────あれは、雛の刷り込みだろうとジャックは見ていた。

 

小波にとって、名を与えた鬼柳は、親鳥に等しい。

そうだ、小波は、親殺しをさせられたのだ。だから壊れた。

 

 

 

何が何でも、あのような役目を小波にやらせるべきではなかった。

鬼柳に引導を渡す役目は、何としても俺か遊星かクロウがするべきだった。遊星もまた、同じように思っているのだ。だから、小波の現状に、あんなにも後悔した顔で目を伏せている。

俺たちが鬼柳を止められていれば。

 

 

 

 

小波は再び、記憶を失った。二度目の記憶喪失だった。

だが、二回目は、拾われた時と違い、歪んだ。

 

 

どこか歪で壊れたそのデュエルに。ジャックは悟った。

 

 

オレは、小波と再び向き合うチャンスを

あの幼い笑顔に応えてやるべき機会を

 

すんでのところで、またも逃したのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャックも遊星もクロウも。あの戦いを憶えている全ての者で、小波の件は慎重に話し合った。

 

ひとつ、小波にシングルデュエルを挑まぬこと。

ふたつ、小波から接触があるまで、関わらずに待つこと。

みっつ、小波が記憶を思い出すまで、あくまで初対面を装うこと。

 

小波の記憶喪失は、防衛本能の可能性が高い。

ならば傷が癒えるまで、小波に合わせてやる方が良い。それが出した結論だった。

 

全てを忘れた鬼柳は、この街から旅立った。拓けた世界を見に行くという。

今のまま鬼柳と小波を関わらせれば、何が爆弾になるか分からない。双方にとって良くない結果となるだろう。今はそれが最善だった。

 

最初はデッキに触るのも困難だった小波は、幸い、タッグデュエルを楽しめるほどまで回復している。

ならばタッグデュエルを重ねていく内に、やがて心の傷が癒え、オレたちを思い出すこともあるだろう。小波がオレたちとのデュエルを望むまで、根気強く待つことが、歯がゆいが俺たちにできる唯一のことだった。

 

様々な者と組みながらタッグデュエルを重ねる内に、小波はずいぶん元気を取り戻したらしい。

牛尾たちが、時折捜査協力の名目で連れ出していると聞く。

 

しばらくして、小波はマーサハウスを出た。

いつまでも世話になっているわけにはいかないからと、マーサの知り合いの伝手で部屋を借りたらしい。ポッポハウスに居を構えた自分たちと同じように。

 

 

 

次の転機は、WRGPの開幕式のパーティだった。

重大発表があると聞き、街中のデュエリストが集まっていた。ジャックや遊星、クロウだけでなく、アキや龍亞や龍可もそこにいた。

イェーガーはそこで、WRGPの予選が始まるまでの間、生まれ変わったこの街で、この世界的な祭りを盛り上げる、デュエリストたちの夢の交流の場として、夢の祭典、ワールド・タッグデュエル・グランプリ、通称WTGPを同時開催すると宣言した。

 

そこでは、毎週ごとにタッグトーナメントを開催し、その都度、優勝者を決め、賞品カードを与えるという、要は祭の要素が強い催しだった。

だが、なんといってもこのトーナメントの特徴は、会場がWRGPで使用されるデュエルレーンの先行公開の場であること、そして参加者の全ての者に、毎週ごとに『タッグパートナーの変更』が認められていることだった。

 

 

WRGPは三人のDホイーラーのチーム戦だ。

これからチームを組む仲間との戦術の確認、敵チームの偵察、あるいは、まだ見ぬ仲間探し。

 

タッグデュエル・トーナメントは、WRGPの前哨戦。

すでに情報戦は始まっていて、熾烈なスカウト合戦の場となるということだった。

 

 

「WTGPか…!」

「いったい、どんな連中が参加して来るんだろうな? へへっ、こりゃ楽しみだぜ!」

 

遊星とクロウがそう、待ちきれないように言葉を交わし合った。

ジャックは、「どんな連中が来ようと、臆する必要などない。正面からぶつかり、打ち砕くだけのこと」と一蹴した。

 

ここにいる強豪デュエリスト全てが、イェーガーがこの祭りを開催した真の意図に気付いている。

 

チームを持たない者も、このタッグトーナメントを勝ち上がれば、強豪チームからのスカウトを受けられるかもしれない。

既にチームを決めた者は、敵チームの偵察の絶好のチャンス。

すでにWRGPは始まっている。これは、想像以上に水面下で熾烈な駆け引きがあるに違いなかった。ジャックもまた、血が燃えた。

 

 

遊星が顎に手を置いて考え込み、「ネオ童実野シティ以外からも、デュエリストが集まってくるはずだ」と冷静に分析する。

クロウが、はやる気持ちを抑えきれないように「ああ、そうだぜ。未知の強敵が、もうこの会場に来てるかもしれないぜ?」とジャックの背を気さくに叩いた。

 

「ふん、未知の強敵だと? いったい、この中の誰がそうだと言うのだ?」

ジャックは鼻を鳴らし、こちらを睨む決闘者どもの殺気に応えるように、周囲を見渡した。

 

 

転機はこの時だった。

人でごった返したパーティの会場に、ふらふらと迷い込んだような、赤い色が不意に視界を横切った。

 

 

「…!」

 

 

ジャックは目を見開き、急いで振り返った。

まさか、と人混みに目を凝らしたジャックは、誰よりも早く見つけた。

見慣れた赤いジャケットに身を包んだ、小波を。

 

 

息を呑んだジャックに気付いた遊星が、不思議そうに振り返って、同じように息を呑んだ。

「……クロウ」

遊星が、声を低めてクロウを呼んだ。クロウもまた、小波に気付いた。

 

 

 

 

 

 

人混みに流されて小波が近付いてくる。

 

関わるべきか、遠ざかるべきか。

ジャックは、目まぐるしく頭の中で、どうするべきかを計算した。

 

 

だが、近付いてくる小波が、顔を上げて

ジャックと、その無垢な目を合わせた瞬間

 

バチッと、星が弾けるように

ジャックは、天啓を受けたが如く、なすべきことが分かった。

 

 

 

「おい、そこのお前」

 

小波がジャックを見上げて、ぱちり、と瞬きした。

 

「そんなところに独りで突っ立っていないで、こっちに来い」

 

 

「お、おい、ジャック…」

クロウがジャックを小声で咎めた。だが、ジャックは迷わなかった。なすべきことが分かったからだ。

横でクロウがどうしていいか分からず、あたふたと「悪いな、礼儀知らずで」とフォローのつもりらしい言葉を重ねたが、後に引かないジャックを見て、ジャックの意図に気付いたのだろう、クロウはごくん、と唾を飲み込んで、覚悟したように言葉を継いだ。

 

「ここに来てるって事は、あんたもデュエリストなんだろう? オレたちもそうさ」

 

いささか大根だったが、咄嗟にしては悪くないパスだった。

そう、ジャックは。今ここで、小波との出会いをやり直すと決めた。

 

「オレは、クロウ・ホーガン。で、こっちが遊星で…コイツは、ジャックだ」

 

クロウは、小波の反応を伺いながら、慎重に名乗った。

この街のデュエリストで、新旧のキング、ジャックと遊星の名を知らぬ者はいない。だからこれは、小波の反応を見るためだった。

 

小波は幸い、あの時のように頭を抱えて痛がることも、苦しむこともなく、どこか戸惑ったように、困惑を顔に貼り付けていた。

まるで、どこかで会ったことがある気がするのに、思い出せないみたいな、懐かしげで新しい出会いだった。

 

「名を、」

 

咄嗟のことに、硬直していた遊星が、ようやく唇を動かした。

 

「……名を、教えてくれないか」

 

遊星の眼が、切なげに細まった。

初めての相手に向ける眼では無かった。だが、小波は、それに気付かぬように、あの頃と同じように、小波、と名乗った。遊星は、懐かしげで苦しげな顔を、瞬く間に掻き消して、小波に手を差し出した。

 

「そうか、小波というのか。デュエリスト同士、遠慮はいらない」

 

小波の小さな手を握った遊星が、噛みしめるように言った。

 

「よろしくな」

 

 

 

小波が、ふっと表情を緩めた。

どこか安心したようなその表情に、ジャックは。己のなすべきことを、やはり間違いないと、確かに掴んだ。

 

「そこのお前……小波と言ったか」

 

カツン、とジャックが歩を進めた。

遊星と握手していた小波と、パチリと眼が合う。

 

できるだけ尊大に。かつてのキングたる傲慢さを、全面に。

ジャックは、その一言を、盛大に言い放った。

 

「お前をジャックアトラスのパートナーにしてやろう!」

 

小波の眼が、ゆっくりと見開かれた。

遊星が横で、慌てたように「ジャック、」と言い淀んだが、ジャックはもう迷わなかった。

 

 

「光栄に思うがいい! 優勝するのはこのオレ、ジャックアトラスだ!」

 

 

著名人が集まるパーティで、フラッシュが一斉に焚かれた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

ジャックの思惑は、成った。

大会の一週目、ジャックと小波のタッグは、見事に優勝を成し遂げた。

 

当然だ。小波のデュエルはよく知っている。

小波は『旧キングのタッグパートナー』として一躍有名になった。

 

ジャックはキングとして、かつてエンターテイメントの中心にいた。

自分の知名度がどう左右するか、どうすれば望んだ方向に民衆を誘導できるか、誰よりもよく知っている。

 

この大会は、一度優勝したタッグは二度参加できない。

自動的にジャックとタッグ解消となる小波のパートナー目当てに、人々が殺到した。

小波は、タッグパートナーの申し込みもタッグデュエルの申し込みも、入れ食い状態となった。

 

旧キングが見初めた、タッグデュエリスト。

まるでシンデレラ・ボーイのように称され、小波のタッグの腕は一躍有名になった。

小波が避けていたシングルを申し込む者は皆無となった。

 

どこかほっとしたように、多くのタッグデュエルの誘いに応じる小波を横目に、ジャックは、思惑が成ったことに安堵した。

 

 

遊星に敗れ、既に過去の遺物となったキングの威光だが、それが小波のデュエルを守ることになるならば、まだ意味がある。

それは、拐われた小波を救うチャンスをみすみす棒に振った償いであり、同時にジャックが心から望んだ願いでもあった。

 

 

「いいか、小波、よく聞け」

 

タッグ解消、前夜。

次のタッグパートナーを選び、二周目の大会に挑戦することを決めた小波に、ジャックは言い聞かせた。

 

「お前がもし、シングルをしたいと、心から思う日が来たら、」

 

心に刻み込むように、真摯に告げた。

 

 

「必ずオレに言え。お前のデュエルを、オレは決して拒まん」

 

 

 

 

 

ジャックアトラスの、それは誓いの言葉だった。

 

小波は、じっとジャックを見上げると、ふっと微笑んだ。

ありがとう、ジャック、と。

告げられた穏やかな感謝に、ジャックは、成すべき役目の終幕を知った。ジャックは小波を、次のデュエルへと送り出した。

 

小波が過去を思い出しても、そうでなくても

ジャックがすべきことは変わらない。

 

ただ、この先もジャックアトラスとして在り

いつか約束が果たされるその日まで、誓いを胸に走るだけだ。

 

 

「……待っているぞ」

 

 

ジャックは信じている。

誓いが果たされる、その日まで。

 

 

 

 

 

 

 







▼ [ジャック・アトラス]ルート、ED①へ進みますか?

→はい
いいえ

▼ [鬼柳 京介]ルートへ向かいますか?

はい
→いいえ


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