【遊戯王5D'sタッグフォース】小波シリーズ〜時間跳躍(タイムパラドックス)とコナミ〜   作:ふれれら

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※ 作中の鬼柳と小波の件はこちらに繋がってます
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《第三章:鬼柳京介√〜気付いた時にはもう手遅れ》(TF4→TF5)


鬼柳京介とコナミ編〜気付いた時にはもう手遅れ〜

 

 

シグナーとダークシグナーの戦いは、五千年周期で繰り返される、『儀式』だ。

高度な儀式には贄が必要だ。そして、願いを叶える強い意志も。

 

ゴドウィンと遊星のラストデュエル。勝者は、不動遊星。

 

儀式はいつの世も、勝者に『願いを叶える権利』を与える。

勝者に全てを。あらゆる生を。

望むなら、いかなる富も、永遠の命も、与えよう。この世の全ての王となる権利を与えよう、と。

 

だが、この文言は、既に人の世では遥か昔に失われて久しい。

勝者たる遊星が願ったことは、ひどくささやかで、同時に、人の世の理の全てを無視した、途方もない願いだった。

 

だから、遊星は知らない。

世界は、あいつが無意識に願った通りに、再生されたことを。

 

生贄に消えたマーサたちを、サテライトの全ての者を、この戦いで犠牲になったすべての者たちを、現世に返してくれ。

ダークシグナーとして失われた鬼柳(とも)を返してくれ。俺達(シグナー)が心から望む者たちを返してくれ。

 

五千年、五千年もの、人の世の澱みと願いを吸収し続けた、赤き竜、ケッツァコアトルは。

捧げられた無数の心臓にふさわしい願いの冠を、新たな星竜王の額に与えた。

 

《叶えよう》

 

そうして、望まれた者たちを、冥府の王の手から奪い去って、与えた。

世界は、閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼柳が目を覚ました。

 

シグナーとダークシグナーの戦いは終わった。地縛神の生贄にされた人々は目覚め、平和は取り戻された。

遊星と戦った鬼柳だけでなく、クロウと戦ったボマー、アキと戦ったミスティ、そしてジャックと戦ったカーリーも、目覚めた。

記憶がある者も、無い者もいた。鬼柳は後者だった。

 

「鬼柳ッ!!」

 

その日、まるで、赤い粒子が、祝福のようにサテライト中に降り注いだ。

地縛神に捧げられた人々は、光の粒子の中で徐々に姿を取り戻し、街の至る所で歓喜を叫んだ。

 

クロウが戦った場所にボマーが、アキが戦った場所にミスティが現れた。彼らは赤い光の粒子を全身に浴びながら、ゆっくりと目覚め、生きていることが信じられないみたいに、驚愕した。

アキがミスティと再会を喜び合う中、遊星とジャックはその光景に息を呑んで、踵を返して走り出した。

 

遊星は鬼柳と、ジャックはカーリーと、最後に戦った地へ。

 

「カーリーッ!! いるのか!! どこだ!!」

 

「鬼柳! 鬼柳ーッ!!」

 

はたして、彼らはそこにいた。

天から祝福のように降り注ぐ赤い粒子を浴びながら、光が少しずつ鬼柳の、カーリーの形を成していくのを、夢でも見ているような心地で、見つめた。

 

やがて、赤い光が消える頃、地面に横たわった鬼柳のまぶたが、震えた。

遊星は息を呑んだ。衝動だった。後先の全てが頭から消え、鬼柳を死神に奪われまいと必死にしがみついた。

 

全てがスローモーションのようだった。鬼柳のまつ毛が、ふるりと震えた。

まぶたがゆっくり押し上げられ、黄水晶の瞳の曇りが晴れる頃、鬼柳は、腕の中で、ふっと、遊星を見上げた。

 

「ゆう、せ…?」

 

掠れた声。

縋り付いた指先を押し返す、胸の鼓動。

 

生きてる。生きている…!!

 

 

分かった途端、喉から飛び出したのは、絶叫に近い咽び泣きだった。

「鬼柳っ…!!!」

 

目覚めた鬼柳に、遊星は、縋り付くように泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

「……おれ、なんで……こんなとこで寝てんだっけ……」

 

鬼柳がぼうっと言葉を継いだ。

 

「遊星……オレたちのサテライト統一は、どうなったんだ……?」

 

遊星は息を呑んだ。まさか。

 

「鬼柳、憶えていないのか…!?」

「あ、……あ…? いや、待て、憶えてる、そうだ……オレたち、最後にM地区を制覇して、サテライトを統一して……?」

 

鬼柳が、まだ焦点の合わない目を瞬かせた。

記憶の混乱があるらしかった。やがて、鬼柳の黄色の瞳の中で、光が弾けた。

 

「そうだ、オレは、セキュリティに…! なんでオレ、牢屋の外に…!?」

 

がばりと起き上がろうとした鬼柳に、遊星が「鬼柳ッ!!」と全身で縋り付いた。

 

「!? ゆう、せ、」

「行かないでくれ!!」

 

全霊だった。今を逃せば、この奇跡が消えてしまう。

 

「お前が何も憶えていなくても構わない! だが、三度もお前を、仲間を喪うのは耐えられない!!」

 

魂の絶叫だった。鬼柳が遊星の腕の中で息を呑んだ。

「遊星…」と鬼柳が動きを止めた。

 

鬼柳は、ダークシグナーとして過ごした全ての時間を忘れてしまっていた。

小波をタッグパートナーにクロウ、ジャック、遊星を倒したのも、最後に小波に自分を討たせたのも、何も憶えていないのだ。

 

それどころか、鬼柳は自分が死んだ前後の記憶まで無いようだった。

反応を見るに、鬼柳の最後の記憶は死の間際でなく、牢屋にぶち込まれ、独房で虐待が始まった頃のようだ。

鬼柳の中で、遊星は裏切り者のままのはずだ。

 

「行かないでくれ鬼柳、何でもする!! どれほどオレを憎んでも構わない!!」

 

目覚めた鬼柳に、遊星は、縋り付くように泣きじゃくった。

 

「だが、お前はオレたちの仲間だ!! 何があっても!!」

「遊星……」

 

鬼柳は、二度、三度、ゆっくりと瞬いて。

確執も何もかもが洗い流されて、ひどく心がスッキリしている自分に気付いた。記憶は無いが、心が憶えている。

 

縋り付いてボロボロと泣く遊星に、鬼柳は感嘆した。

ああ、どうしてコイツを憎もうと思ったんだろう、確かに仲間だったのにと。

空を見上げながら、何だか全部が、どうでもよくなった。

 

「なぁ、遊星。オレにはさ、お前達(チーム)とデュエルだけだったんだよ」

 

鬼柳の独白に、遊星が息を呑んだ。

それは、救世主だった、当時の遊星たちが神にも等しいほど盲信していた男の、気付けなかった脆さだった。

 

「けどよ、オレはお前たちとの繋がりを、チームで何かと戦うことでしか確かめられなかった。もう居なくなった敵を探すのに必死だった。バカだったな」

「鬼柳…」

「遊星、オレのデッキさ、破かれて無くなっちまったんだ。けどよ、オレ、今無性に、お前とデュエルしてえよ」

「っ…!! しよう、鬼柳! もう一度、何回でも…!」

「バカ、泣くなよ」

 

鬼柳が、遊星の頭に、ぽんと優しく触れた。

それで、遊星は、涙でぐちゃくちゃになった顔で「ああ…!」と感嘆した。

 

理解できた。その仕草は、鬼柳が狂気に呑まれる前に、良く遊星にした仕草だった。もう永遠に失われたと思った触れ方だった。

ああ、本当に鬼柳が帰って来たのだ。

 

「鬼柳…!」

 

遊星が望んだものは全て帰って来た。遊星はむせび泣いた。

やがて遅れて到着したクロウや、ジャックも、鬼柳に「馬鹿野郎…!」「馬鹿者!」と言いながら、拳をぶつけて、輪に加わった。

 

 

 

 

 

 

だから、夢にも思わなかったのだ。

この「デュエルしよう」が、最悪の文脈で繰り返されるなんて。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

熾烈を極めたシグナーとダークシグナーの戦い。

地縛神の生贄となり、消えていった人々は数知れず。

 

だというのに、小波と組んだ鬼柳は、クロウを、ジャックを、遊星を襲撃しながら、最後まで誰にもトドメを刺さなかった。

それが、鬼柳の本当の心だと、遊星は今も信じている。

 

小波を討つのではなく、討たれるのを望んだ鬼柳は、きっと待っていたのだ。止めてくれる仲間を。

きっと遊星たちがすべきだったのに、不甲斐なかったせいで、その辛い役目を小波にさせてしまった。

 

 

鬼柳を討った後、倒れて目覚めなかった小波もようやく目覚めたと聞き、遊星たちは心から安堵して、小波を迎えに行った。

鬼柳が目覚めたことも既に伝わっているはずだが、早く顔を見せて安心させてやりたかった。

 

 

 

白いベッドのある部屋だった。

柔らかな白いカーテンが、風でたなびいて、部屋に優しい風が入り込む。

光の中で、帽子を取った小波が、カーテンにさらわれるみたいに、風と光に身を浸しながら、ぼうっと窓の外を見ていた。

 

ベッドの中の小波に、遊星が一歩踏み込んで、「小波」と声をかけた。小波は動かなかった。

 

「よかった。目が覚めたんだな。心配していた」

 

小波がゆっくり振り返った。

カーテンがたなびいて、小波の表情を見え隠れさせた。

片時も手放さなかった帽子を外した小波は、幼く見えた。

 

「安心してくれ、戦いはもう終わった」

 

まるで実感がないみたいに、ぼうっと遊星を見つめ返す小波の、布団を拙く握った小さな手を、上から重ねて、遊星は握る。

 

「もう心配いらない。鬼柳が帰って来たんだ。小波、お前のおかげだ」

 

小波の別れ際の、あの痛切で悲壮な謝罪が耳から離れない。

謝罪が不要だと、お前が諦めなかったから今があるのだと早く伝えたかった。

 

「辛い役目をさせてすまなかった。誰も、お前を恨んでなどいない。お前が何を守りたくてあの決断をしたのか、分かっているつもりだ、だから、」

 

 

 

 

だが、小波の言葉は、遊星の予想とかけ離れていた。

小波の唇が、ゆっくりと紡いだ。

 

 

だれ、と。

 

 

遊星は、握った小波の手を、取り落としそうになった。

 

「な、に……!?」

 

理解が追い付かない。

小波はカーテンの向こうから、困惑した表情でこちらを見ていた。

「?」「?」と戸惑いを顔に貼り付けていた。

遊星も、ジャックも、クロウも、まるで憶えていないみたいに、上手く思い出せないみたいに。

 

背後でジャックとクロウが絶句していた。

 

「まさか、小波、お前、鬼柳たちと同じように記憶が…!?」

 

 

動揺する遊星たちは、だから、気付かなかった。

「遊星、まだか?」と、会わせようと思って連れてきた鬼柳が、一向に呼ばれないので焦れて病室に入ってきてしまったのを見て、「!!」と慌てて振り返る。

 

「待て、きりゅっ…!」

 

何もかも忘れてしまっている鬼柳は、パッと表情を明るくして「小波じゃねえか!!」と駆け寄った。

 

「小波、久しぶりだな…! ああ、お前にも謝らねえと、心配かけちまったな、オレはこの通りだ!」

 

鬼柳が、大事な仲間と再会できた喜びを分かち合うように、早口でそう言葉を継いだ。

 

鬼柳は、ダークシグナーとして過ごした全ての時間を忘れてしまっていた。

小波をタッグパートナーに連れてクロウ、ジャック、遊星を倒したのも、最後に小波に自分を討たせたのも、何も憶えていなかった。

鬼柳の時間は、サテライト統一の直後で止まっていた。

 

「よく憶えてねえが、大きな戦いがあったんだろ? お前が無事で良かったぜ!」

 

 

 

ことは起こってしまった。

最悪の形で。

 

 

 

ここにいる誰も、小波自身すら知らなかったのだ。

 

鬼柳は、小波に自分を討たせた。

小波は、鬼柳(マスター)の指示で、鬼柳(マスター)を害した。

ロボット三原則。人を害してはいけない、人の命令に従わなければならない。

鬼柳の行動は、小波の行動原理の根底に抵触する、最大の矛盾を引き起こすプログラムバグだ。

 

その命令のせいで、小波はクラッシュした。

 

 

 

「あ、デッキはよ、前のは無くなっちまったけど、なんでか分かんねーけどコレ持ってて、けど手に馴染むっつーか、だからよ、元気になったら、」

「待て、鬼柳っ!」

 

鬼柳は、デッキを掲げて、心から破顔した。

 

「小波、デュエルしようぜ!」

 

ヒュッ、と小波の喉が鳴った。

 

 

 

遊星が止めるより、ジャックが遮るより、クロウが引き戻すより、早く。

小波は、頭を抱え、絶叫した。

 

 

 

 

絹を裂いたような、悲鳴だった。

 

 

 

 

絶叫して頭を振り乱した小波を、遊星が蒼白で「落ち着け、小波ッ!」と取り押さえた。

クロウが慌てて鬼柳を小波から引きはがした。

何が起きているのか分からず、ベッド脇に尻もちをついた鬼柳が、あぜんと小波の名前を呼ぶより早く、ヒュン、と拳が飛んだ。

 

バキッ、と鬼柳の頬に決まった拳に、ジャックが顔を怒りで真っ赤にして、本気で怒っていた。

「この…!!」

 

腕を再び振り上げたジャックに、クロウが背後から飛び付いて羽交い締めにして「よせジャックッ!!」と叫んだ。

「鬼柳、キサマッ!!」

ジャックはクロウを渾身の力で振り解こうとした。後には殴られた左頬を押さえて、意味が分からない鬼柳だけが残された。

「許さん、許さんぞ!!」

ジャックは吠えた。咆哮が鬼柳を貫いた。

 

「他の誰がキサマを許しても、このジャックアトラスがキサマを許さん!!」

 

クロウに渾身の力で取り押さえられたジャックが、病室の外に引きずり出されながら、そう叫んだ。

 

「オイジャック!! 今はそんなことしてる場合じゃねえだろ!!」

「ッ……!」

医者を呼んでくる!と叫んだクロウが走っていく音が、小波の激しい悲鳴に掻き消される。

ジャックが鬼柳を突き飛ばすように「どけ!」と小波を取り押さえるのに加わった。

 

「……助けを呼ぼう」

暴れる小波を取り押さえながら、遊星が、冷静さを必死に絞り出したような声を出した。

「ダメだ、小波には休息が必要だ。オレたちのそばにいてはいけない」

「だが! どうしろと!?」

「マーサに頼もう」

 

遊星の声が、震えていた。

 

「マーサは、恐ろしい目にあった子供を保護するのに慣れている。だから、きっと小波も…」

「……っ……」

 

ジャックは、動揺を無理やり噛み殺して、動くべく病室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ、意味わかんねえよ」

 

鬼柳はあぜんと、殴られた頬を押さえながら、そう呟いた。

 

何を間違ったのだろう。

 

 

再び気を失った小波を支えながら

遊星が、唇を噛み締めて、絞り出すように言った。

 

「悪くない。誰も、悪くないんだ、鬼柳……」

 

しでかしたことの罪深さに気付いたのは、鬼柳が全てを思い出した後だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

小波は面会謝絶となった。

 

遊星たちと(ゆかり)ある場所に引き取られたらしいが、鬼柳には決して場所を教えてもらえなかった。

 

俺はただ、デュエルしようと、そう言っただけだ。

前ならそう言えば、小波は何より喜んだ。なのに。

 

風の噂では、小波は今はもうすっかり元気になって、楽しげにデュエルしているという。

ますます俺は、自分が何をしでかしたのか分からなくなった。だが、ジャックを中心に、クロウも、遊星も、しばらく小波と接触しないようにと鬼柳に固く言い含めた。

 

「なんで、だよ……」

 

俺は、いったい何が小波をあんなに苦しめたのか分からず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 

鬼柳が小波と接触を絶ってから、この街は激変した。

 

シティとサテライトを繋ぐ巨大な橋、ダイダロスブリッジの建設が始まり、サテライトはにわか景気となった。

なにせ、ダイダロスブリッジの建設は、シティが大々的に行う公共事業。

工事に参加すれば、なんとシティにいる連中と同じ水準の給料が支払われた。

 

それは、サテライトの工場で必死に働いて得る給料の数十倍だった。

日雇いも多く、サテライトの連中は、こぞって参加した。だから完成したダイダロスブリッジは、全体からみればわずかな関わりだが、サテライト中の連中にとって、自らの手で作り上げたものだった。その誇りが、サテライトを活気付かせた。

ネオ・ダイダロスブリッジは、まさしくサテライトの希望だった。

 

 

そんな経緯だったから、工事現場では荒くれ者のデュエルでの小競り合いが耐えなかった。

当然だ、シティの現場で教育を受けて綺麗な指揮の元で工事する連中と、まともな現場に出るなど初めてなゴロツキ連中が同じ仕事場にいるのだ。

 

噂では、そんな騒ぎの中を、小波がデュエルで仲介して回ったらしい。

小波はあらゆる現場でタッグデュエルをして回ったという。シティの連中も、サテライトの連中も、最初はいがみ合ってばかりだったが、不思議と小波とタッグデュエルをして回ると、向こうもこちらも一体感が生まれて、敵も味方も無くなってしまうらしい。

 

その噂を聞いて、俺は、小波らしいな、と思った。

オレたちのチーム以外に身寄りの無かった小波が、デュエルで自分の居場所を作っていくさまは、純粋に誇らしいと思えた。

 

仲間が光を浴びるのは、何よりの誇りだった。

 

 

実のところ、俺も、脱獄囚の身分を慎重に隠して、工事には少しだけ参加した。

肌で感じたあの活気は、まるでチームで共にアイツらと駆け抜けた熱い日々のようだった。

 

俺はこの時、『街が生まれ変わる』というものを、肌で体感した。

かつて俺が導いたのは、わずか四人の仲間だった。だが、今この街は、数千、数万の人々が、未来に向かって走り出している。

 

俺は、統一した縄張りを、発展させることに興味が無かった。四人の仲間さえ導ければ、他はどうでもよかった。俺たちを閉じ込めるサテライトという仕組みそのものに、嫌悪はあっても熱意を持つことなどできなかったからだ。

 

だが、今、この希望にあふれた熱気の嵐に身を浸していると、俺にはもっと別のこともできたんじゃないか、という想いが湧いてきた。

 

統一したサテライトを、誇りある街に変えていく。

そんなことは、かつては歯牙にかける意味すらないような空虚な夢想だった。

だが、俺はもうそれが、ただの幻でないことを肌で知っている。

 

それほどまでに、このダイダロスブリッジの建築という出来事は、街の全ての連中に、忘れられない衝撃を与えたのだ。

 

 

(俺たちの手で、街を変える、か……)

 

 

この時に胸の芯に芽生えた、漠然とした夢は。

一度死んだ街を、生まれ変わらせるために。俺が街を導いていけるんじゃないか、という熱病のような熱気は。

 

ずっと先、後々、俺の生きる意味になる。

クラッシュタウンという死んだ街を、生まれ変わらせるその時に。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ネオ・ダイダロスブリッジが完成した。

これで、本当に晴れて、サテライトは自由だった。

 

かつて、サテライトの全てが俺たちの縄張りだった。

橋が完成して、この先サテライトは大きく変わっていく。サテライトは、やがて俺たちの知らない街になる。

 

俺は、自由に向かって飛び出していくサテライトの連中を一通り見届けると、その日暮らしを辞め、わずかな荷物をまとめて、旅の支度をした。

俺は世界を見に行くつもりだった。

 

わずかな荷物はあっという間にまとまった。

最後に残ったのは、デッキひとつだった。

 

気付けば持っていた、この見知らぬデッキ。オレは、デッキを光にかざして、しばし物思いにふけった。

インフェルニティを駆使して戦うこのハンドレスデッキは、俺がかつて自在に操ったチェスデーモンデッキとは、異なるものだ。

奪われ、破かれ、燃やされたかつてのデッキ。もう無いそれを忘れて、他のデッキに乗り換えるなんて、決闘者の誇りが許さないはずだった。

 

だが、このデッキは、妙に手に馴染んだ。

自分のために誂えられたような感じがして、このデッキを手放す気が、どうしても起きなかった。

 

デッキのバランスは、言っちゃ悪いがあまり良くなかった。

このデッキには、何かが欠けている。

 

だが、『欠けている』のが何か、分からない。

俺は結局、このチグハグなデッキを抱えたまま、デュエルを避けて旅することになった。

 

 

旅先で見たものは様々だった。

ずだ袋を肩に引っかけて、行ける限り遠くに行った。

 

世界は広かった。

 

広大な世界から見れば、ネオドミノシティのような差別隔離政策をとっている都市はごくわずかで、俺たちの牢獄は、決して当たり前ではなかった。そういう差別を無くそうとする団体や真っ当な連中も、サテライトの外に多くいた。

空は無限に広く、俺はどこまでも自由だった。

 

治安の良い街も、悪い街もあった。だが、治安の良い街より、悪い街の方が肌に合った。俺は、自由を手にしても、なんだかんだと路地裏を歩いている方が落ち着く自分に苦笑した。そんな思いを、今は遠くの遊星たちと分かち合いたいと思うたびに、あいつらと過ごした夢の時間をかけがえなく思った。

 

旅先の裏路地で気の合った連中と、しばらくつるんでみたこともあった。

それなりに楽しかった。それなりに馬鹿をやってみたりもした。

だが、やっぱり、ジャックたちと感じたような最高の高揚を、感じることはなかった。

 

たとえどれほど自由になっても、どれほど多くの出会いがあったとしても、クロウたちと過ごした時間以上にかけがえのないものは見つけられなかった。

俺は最初からそれを分かっていた。分かっていることを確かめて歩く、そんな道行きだった。

 

アウトローな連中を中心に、顔ばかり広くなっていった。チームの頃の行動を、ついつい取ってしまいがちな自分に苦笑する。

裏の情報網を広げるのは、チームでいた頃の癖だった。誤解されがちだが、敵対チームの情報や戦略、アジトなんかを調べて方針を立てるのは、昔も今もすべて俺がやっていた。

飛び抜けて頭の良い遊星は性根が綺麗すぎる。鉄砲玉役のクロウは侮られがちだ。腕っぷしのいいジャックは高潔すぎて汚い駆け引きに向かない。

 

後ろ暗い連中の懐に入り込み、チームの仲間を売るようなそぶりで、相手の情報だけを奪い取る。

そんな真似も散々やった。遊星たちが心から俺を信じてくれていたからできた芸当だったが、できればやつらの耳には入れたくねえ所業も山ほどある。

 

汚れ役はいつだって進んでやってきた。だがそれは、別に犠牲になったつもりじゃねえ。適材適所、俺に向いていて、やつらには向いていなかったってだけの話だ。

 

闇市も、裏カジノも、奴隷場も、くそったれな勝手知ったる俺の庭だった。

あいつらには光の中を歩いて欲しい。

いささか独善的なところもあったが、オレなりにチームを愛していた。

 

 

世界はまだまだ広かったが、やはりチームが恋しかった。

美しい時間だったが、俺は、ネオドミノに戻るために、列車の切符を手に踵を返した。青く美しい無限の空より、あの灰色の空が恋しかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

戻った街は、すっかり様変わりしていた。

 

たどり着いて最初に、アイツらの現在(いま)を調べた。すぐ会いに行かなかったのは、顔を見せるべきか悩んでいたからだった。会えば未来を歩いている奴らのためにならないのでは、という懸念があったからだ。

この時点までは、俺はまだ冷静だったと思う。

 

一番最初に調べたのは、何といっても、あんな別れ方になってしまった小波のことだった。

 

生まれ変わったこの街で、小波の最初のタッグパートナーを務めたのは、ジャックだったらしい。

だから、小波という決闘者の噂を辿るとき、必ず出てくるのがジャックアトラスの名だった。

 

変幻自在のタッグ決闘者『小波』のパートナー、といえば、強いて名前を上げるとすれば、世間じゃワールドタッグデュエルグランプリ初代優勝パートナー、ジャックアトラスのことだった。小波が表舞台に躍り出た最初の出来事だからだ。

小波がチームサティスファクションの五人目のメンバーであることは、知る人ぞ知る、というレベルだったから、知名度の高いジャックとのタッグの方が取り沙汰されるのは当然だった。

 

タッグデュエルの小波。そう通り名がつくほど、小波は街中の決闘者とタッグデュエルしていた。

パートナーは日ごとに変わり、運良く小波をパートナーにできたヤツは、あの最高の熱い時間を体感した。

 

自分のデッキが、一人のときよりイキイキと輝き出すあの時間を。望んだ通りの戦略が容易に決まるあの瞬間を。普段の何倍も大胆な戦術が取れる快感を。

タッグデュエルは、小波は。決闘者にとって、麻薬のような魅力を持っていた。

 

誰もが小波の一番のパートナーの座を狙っていた。

男も女も、子供も老人も。一度でも小波とタッグを組めば、その魅力に取り憑かれた。

 

 

 

強烈な焦燥感に支配されたのは、この時だったと思う。

俺は、小波が隣を空けて俺を待っているものだと、どうしてだが理由もなく信じ込んでしまっていた。

冷静に考えればあんな別れ方だったにも関わらず、俺はなぜかそう強固に思い込んでいた。

 

そう、それは、つまり、小波が俺のタッグパートナーを、何があっても決して断らないと()()()()()と、そういう類いの何かだった。

 

その傲慢の理由を、俺はまだ、この時まで。

何ひとつ思い出していなかった。

 

俺はわけのわからない焦燥感に駆られて、居ても立っても居られず、じっとしていられなくて、再び小波に会いに行こうとした。

 

 

だが俺は、その争奪戦に、加わるのを許されなかった。

 

ジャックだ。ジャックが、俺が小波に関わるのを、徹底的に邪魔したからだった。

 

「なんでだよ!」

「言ったはずだ! たとえ小波が、誰がキサマを許しても、オレがキサマを許さんとな!」

 

俺が小波に関わろうとすれば必ず割って入り、先にタッグパートナーとして俺を弾き出した。

ジャックは、頑なに何かから小波を守ろうとしていた。『何か』の対象に俺が入っていることが、何故なのか全く理解できなかった。

ジャックがパートナーを務められない日は、手当たり次第周囲の誰かと組むように小波に言い含めたのもジャックだ。小波はジャックのその言葉を受け入れて、朝いちばん最初に出会った知り合いとタッグを組むのを日課にしているらしい。おかげで寝坊助の小波の部屋を訪れる連中が絶えないらしかった。

 

そのせいで、俺が小波を訪れる頃には、いつでも常にその日のパートナーが決まっていて、俺が小波と組む余地は無かった。

その場所は、俺の場所だったはずなのに。

 

小波の相棒の座は俺のものだったのに、気付けば小波は、俺だけの[[rb:相棒>もの]]じゃなくなってた。

 

そんな醜い執着を見透かすように、ジャックはコーヒーを傾けながら、俺に釘を刺していった。

 

「小波は未だに一対一(シングル)ができん。その理由がわかるか。キサマだ、鬼柳。キサマが小波の傷なのだ」

 

カフェLA GEENにて。

ジャックがブルーアイズマウンテンを、鬼柳はインフェルニ(ティー)を注文した。

 

「執着とは、欠落だ。どれほどタッグを重ねてもヤツが満足しないのは、真に組みたい相手が隣にいないからだ。だから代用品で喉を潤す」

 

ジャックはその高級コーヒーを、苦そうに噛み締めながら、ソーサーにカチャリとそれを置き、鬼柳を睨んだ。

 

「ヤツが真に組みたいのは、オレでもキサマでもない。()()()()()()()だ。キサマがもはやあの頃に戻れんように、小波もまた戻れんのだ。だからずっとあの場所にいる」

 

俺があんなふうに弾けなければ、小波のパートナーの座は、今でも俺の、俺だけのものだったはずだった。

なのに小波は、今も俺以外のヤツと組み続けている。

 

「それは……」

「キサマに小波を責める資格があるのか? キサマが消えた空白を他のパートナーと埋めようとする小波を?」

 

ジャックが鋭く鬼柳を一瞥する。

ジャックは、ガチャン、と苛立たしげにカップを置いた。

 

「やはりキサマには任せられん」

「な、何がだよ」

「自分がどんな顔をしているか鏡で見てみろ」

 

ピンと来ないでいる鬼柳に、ジャックは、チッと舌打ちした。

 

「カップを覗いて、自分の顔を見てみろ。見るに耐えん」

「あ?」

 

ジャックが苦々しく告げた言葉に釣られて、ふっと自分の手元を覗き込んで、俺は音を立てて固まった。

 

 

カップの中の俺は、笑っていた。

目だけがギラギラと飢えでギラついて、口許に醜悪な笑みが、わずかに浮かんでいた。

 

それはまるで。

俺とのデュエルを傷として抱えたままの小波に、歓喜するみたいだった。

 

「……っ」

 

ガタ、と俺は椅子から飛び退くように立ち上がった。

揺れたテーブルの上で、ひっくり返ったカップの紅茶が、海のように茶色の水たまりを作っていく。

 

小波が未だに傷を抱えていることに、一瞬でも喜んだ自分が信じられない。

 

カップの中には、俺がいた。

憶えていないはずの、ダークシグナーが。

欲望を剥き出しにした俺と、同じ顔をした男が映っていた。

 

「目を逸らすな鬼柳。キサマの執着(ソレ)は──────」

 

ジャックが(ここ)に俺を呼び出したのは、このことを直視させるためだとわかった。

ジャックは、ただ静かに、コーヒーをひと口、口に含んだ。

俺は、続きを言わないジャックが、恐ろしくなって、決定的なひと言を告げられる前に、逃げた。ジャックは、俺を追わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のチームへの執着が、度を越しているのは分かっていた。

遊星も、ジャックも、クロウも。チーム5D'sという、新たなチームとして再出発している。

そこに加わらなかったのは俺の意志だ。俺のチームへの執着は、またチームを瓦解させる。自分でも分かっていた。身勝手にチームを弾けさせた俺をまだ仲間だと言ってくれる遊星たちを、再び内側から食い破るようなことがあってはならない。だが。

 

既にチームサティスファクションのラストデュエルは成った。俺は多大な犠牲を周囲に強いながら、望みを叶えたはずだった。だが、だがしかし。

 

蓋を開けてみれば、俺は救いがたいことに、ちっとも満足なんてしちゃいなかった。

そう、チームサティスファクションのラストメンバー、小波がまだ()()にいたからだ。

 

チーム5D'sとして再出発した遊星たちと違って、小波はまだ過去に囚われたままだ。

シングルデュエルができない小波。俺とのラストデュエルを傷にしたまま忘れられない小波。それは、小波が未だに、チームサティスファクションのメンバーであるという、何よりの証だった。

 

小波の傷が癒えない限り、俺たちのチームサティスファクションは終わっていない。

それが、俺の醜悪な執着の正体だった。

 

 

 

 

 

 

 

逃げたツケが来たのか、俺が全てを思い出したのはまもなくだった。

 

旅先で慣れた裏路地を歩いて、ゴロツキ連中に絡まれた時だ。そこはまだネオドミノシティに近く、『チームサティスファクションの鬼柳京介』の名が売れていた。

あきれたことに、チームメンバーがいない今、俺だけなら何とでもなると思ったらしい。十人がかりで俺を倒して『最強』の称号をぶん捕ろうって腹だった。

俺は、金にしか興味がねえような程度の低い連中にあきれながら、いなしてさっさと立ち去ろうとしていた。

 

そいつらが、チームを侮辱するまでは。

 

「……あ?」

 

下卑た笑い声が、裏路地に反響する。

 

そいつらは、クロウが保護した子供(ガキ)どもや、遊星が庇護していた子供(ラリー)指して、アイツらをあろうことか稚児趣味の変態の集まりだと口汚く罵りやがった。

 

「……殺す」

 

血が逆流して、耳の奥でゴウゴウと憎しみの音がする。

沸騰した怒りに任せて、迷わずデュエルディスクを抜いた。

 

「殺してやる」

 

 

二度とデュエルできねえ体にしてやる

そう低く唸った。

 

 

「オレたちのチームを侮辱したこと」

素早くデュエルディスクに腕を通しながら、鋭く睨んだ。

「後悔させてやるぜ」

 

 

 

迷わなかった。

それが、俺とあのデッキの、二度目の初陣になった。

 

 

 

 

デュエルをすれば、すぐに分かった。

このデッキに「欠けていたもの」の正体が。

 

デッキに欠けていたのは、小波(アイツ)だ。パートナーだった。

気付いてしまえば、このデッキはまごうことなくタッグ用に調整されていた。隣にアイツがいて、それで最大限に力が発揮されるように組まれていた。バランスが悪いのも当然だ。

 

このデッキを組んだのが小波なのは、疑いようがなかった。

何より、デッキからドローするたび、カードをかざすたびに、目の前を赤い服がチラついた。オレの前に立ち、全身で攻撃を受ける小波の姿が、その傷だらけで必死な小さな背中が、目の前を幻のように鮮明にチラつく。

 

ズキン、ズキンと、頭が痛んだ。

息をするたびに、刺すような痛みが、どんどん激しくなる。息が上がった。

 

(なんだ、これ……)

 

目の前に、クロウが、ジャックが、遊星が、アイツらの姿がチラつく。

 

どいつも崩れ落ち、地べたを舐め、必死に身を起こそうと、ボロボロの体に鞭打って、必死に何かを叫んでいた。

 

叫んでいるのは、名前だった。

俺と小波の名前だった。

 

(俺は、何を、)

 

 

歪んだ高笑いが聴こえる。

 

 

 

(────忘れて……?)

 

 

 

 

 

雨音がする。

 

雨脚を裂くような、雷の音も。

それに負けないほどの狂った高笑いも。

 

 

頭が割れるような激痛がする。片手で押さえた頭が、ぐらりと傾く。

雨と雷がチカつく中で、視界が、ぐるんと回った。

 

デュエルディスクが、異様に熱く、冷たい。

 

「あ……」

 

エクストラデッキが、冷たく光っている。

 

ゾワッ、と左肘の方から、何かが────強烈な死の予感を放った。

 

 

血の気が引いた。恐ろしい気配だった。

そこには、いつの間にか滑り込んでいた。

 

デュエルするまで無かったはずのカード、が。

 

 

 

オレは、強烈な予感に、あぜんとしながら、震える手を伸ばした。

頭の中で、よせ、と制止する声を聞きながら

引きずられるように、そのカードを、引いた。

 

 

まるで黒から白へと、地獄から生まれ変わったように

禍々しく()()()()、その()()()()()()()の、カードを。

 

 

 

ワンハンドレッドアイドラゴン。

 

その百眼の竜に触れた瞬間

 

フラッシュバックするみたいに、頭のどこかで鍵が壊れて

 

 

 

死んだ瞬間を 思い出した

 

 

「あ、あ、」

 

膝から崩れ落ちて

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 

絶叫した。

 

 

 

激痛と、絶望と、死の感覚

 

 

命が手からこぼれ落ちていく。

 

 

オレは、この身体が

 

もうとっくに、死んでいると

思い出した。

 

 

頭が割れる。

 

気を失う寸前

ホワイトアウトする視界の向こうで

仲間の笑顔が振り返ったが

 

(遊星、ジャック、クロウ、……こ、な────)

 

 

伸ばした鬼柳の手は、届かなかった。

 

 

 

 

絶叫は、誰も起き上がる者の居ない薄汚れた裏路地に数回反響して

誰にも届かず潰えて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もかも思い出した。自分がしでかした全てを。

 

オレは、自分が死体だと思い出してしまった。

 

 

 

 

 

 

小波のあの絶叫の意味が分かった。

オレを殺させたあの相棒(パートナー)デッキで。デュエルしようぜ、なんて。よくも。

 

小波がシングルができないのはオレのせいだった。タッグしかできなくなったのもすべて。

ジャックの言う通りだ。

 

ジャックが小波から遠ざけたがっていたのは、オレの欲望だった。

オレの中に確かにある、ダークシグナーとしての致命的な欲が、擦り切れるまで小波を使い潰すかもしれないと危惧していた。

 

 

 

 

なぜ思い出してしまったのか。

 

数万年前までは、ダークシグナーとして選ばれる死者は、無作為だった。

それが、必ず『シグナーの縁者』となったのには理由がある。それをゴドウィンは知っていた。

 

かつて、勝利したシグナーの王が、冥府の妻の復活を願ったのだ。

 

だが、五千年分の人の澱みをすべて注ぎ込まれたその女は、人の(ことわり)を無視した不老不死となって、人の身に耐えがたいその苦痛から逃れるために自害した。その後を追って、勝利したシグナーの王も自害した。

自害者は天国(きれいなばしょ)には行けねえと相場が決まっている。どちらも冥府の王の手に落ちた。シグナーとダークシグナーの両方の痣を持つルドガーの運命は、ここに端を発している。

 

その自滅を見た冥府の王が、気付いたのだ。

選ばれしシグナー、その縁者こそが、ダークシグナーとして利用価値があると。

 

そう、ダークシグナーは、シグナーのために選ばれた()()だった。

オレがダークシグナーになる運命だったのではない。不動遊星か、ジャックアトラスか、あの時点で覚醒していたどちらのシグナーの縁者として目をつけられたのか分からないが、俺の運命はアイツらが握っていた。

 

死してなお、オレの運命を弄ぶアイツらの。

独房で死に絶えて間もなかったあの頃、それを知った時のオレの憎しみが、少しは理解してもらえると思う。

 

 

 

 

ああ、遊星は気付いていないのだ、と。オレはすぐに理解した。

 

ダークシグナーは死者だ。その(ことわり)は覆らない。

ダークシグナーが勝てば、現世は冥府に。全てが死に絶え、死者が平然と歩き回る地獄に。

あの世とこの世の境はなく、オレたちの死には意味がなくなる。オレたちは決して生き返れないが、生きている連中がいなくなればその境に意味はなくなる。

 

冥府の王が、なぜこんなちっぽけな人間に力を貸すと思う。

あれは領土戦争だ。冥府の王が、現世を自分の領土に変えるための、五千年周期の戦争。

オレたち死人を尖兵に、オレたちは戦争に利用された。

 

シグナーの竜は、冥府の王の敵対者。

 

シグナーが勝てば、全てが元通り? そんな馬鹿なことがあるか。

 

シグナーが勝って、ダークシグナーがよみがえるなんて、そんな道理が、あるはずがないだろう。

それで生き返るなら、オレたちダークシグナー全てがシグナーの勝利を願ったさ。

決して生き返れないと知っていたから、どの男も女も、自分の道連れを探して戦ったのだ。

 

ミスティ・ローラは弟殺しの犯人、黒薔薇の魔女を。

カーリー渚は、愛する男を。道連れにするために戦った。

 

オレが選んだ道連れは、チームだった。

なによりも大切にしていたものを、オレは黄泉路の道連れに選んだ。

 

 

だが、オレたちは生きている。

それを可能にする途方もない力を、オレはひとつだけ知っていた。

 

本来、オレたちがこの世を地獄に変えるために使うはずだった、その力。

五千年蓄えられた、生きた人間の欲望の吹き溜まり。赤き竜、ケッツァコアトルが独占する願いの力。地縛神が捧げた生贄の全てすらエネルギーに変えて、赤き竜は[[rb:儀式>デュエル]]の勝者の願いを、富を、永遠の命を叶えてきた。

 

その全てを賭けて、絶対の死者の(ことわり)を壊し

世界の変革を願った、途方もない無自覚の強欲者がいたのだ。

 

 

 

(遊星、お前────)

 

 

 

オレは絶句した。

あいつが穏やかさの影に隠し持っていた、世界を変えるほどのその強欲に。

 

生者(シグナー)の世界では既に伝承が失われていても、過去に行われてきた全ての五千年周期戦争の結末は、全てダークシグナーたちの知るところだった。生者の時間は有限だが、死者には無限。その全てのどこにも、あれほどの規模の死者の復活を願った者などいなかった。

 

 

俺は、自分の体が普通じゃねえんじゃねえかと最後まで疑ったが、どうやら人一人不死身にした過去の王と違い、五千年分の澱みは等しく分配され、俺の命は有限らしかった。自分の体で散々()()()みての結論だった。

 

俺は結局、生きても、死んでも、生き返っても。

その全てをアイツらに弄ばれる運命らしかった。その絶望がわかるか。

 

身体が生き返ったって、心まで生き返るわけじゃない。

俺は確かに死んだ。それを俺の心が覚えている限り、俺はずっと死んだままだった。

 

 

 

 

あの日、俺が選んだ道連れは、「チーム」だった。

 

だが、俺は、遊星もジャックもクロウも殺さなかった。

隣で小波が、ずっとオレの裾を引いていたからだ。オレが本当に道連れにしたかったものは、アイツらの命じゃない、アイツらとの時間なんだと、小波がずっと隣で無言で教えてくれていた。オレが最後の最後で踏み止まれたのはアイツのおかげだった。オレを独りにしなかったアイツのおかげだった。

 

俺の望むラストデュエルは、成った。

俺が愛したチームサティスファクションは、すべて俺が黄泉路へ持って旅立った。

 

 

オレが心から望みを叶えられたのは小波(あいつ)のおかげだった。本当に感謝していた。

 

小波を連れて逝こうとは思わなかった。最初から。

だから、シングル用のデッキじゃなく、独りでは力を発揮できないタッグ用デッキで、アイツに討ち取られることを望んだ。

幕引きは最初から決めていた。俺はアイツの腕の中で────最後までチームサティスファクションを抱え込んだままのヤツの腕の中で、消えることができた。最高のはなむけだった。幸福だった。これ以上の死に方は無いと思った。

愛するチームを永遠に抱きしめたまま、冷たく眠れると思った。

 

 

だから、失敗したのだろう。

俺は、全ての執着を連れて、望む終わりを手に入れたはずだった。

 

 

 

俺はきっと、満足して死ねたはずだ。

 

どんなに勝者(ゆうせい)が願っても、俺が本当に、心から満足してさえいれば。

目覚めなかったゴドウィン兄弟のように。

あの幸福な充足を抱いて、きっと二度と目覚めずに済んだはずだ。

 

二度目の死の足音を聴きながら、アイツの腕の中で、心から満足して眠る

その最後の、三秒間で。

 

 

俺の瞳へ降り注ぐ、アイツの涙を

 

俺以外の誰にも渡したくないと

思いさえしなければ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

小波は仲間だった。遊星やジャックやクロウと同じ、かけがえのない仲間だった。

俺が愛しているのはチームであって、厳密には小波じゃない。

 

 

俺は、小波の中に、消えたはずのチームの幻を見ていた。

瓦解しなかったチームサティスファクション、という幻が、小波の傷付いた瞳の中に、チラつくから、だから、俺は。

 

だから、俺は、それを永遠にしたかった。

小波の意思を無視して、アイツの傷を永遠にしたかった。

 

そんなの、許されることじゃねえだろう。

 

 

 

 

 

あいつを幸せにしたい俺と

とびきり不幸にしたい俺が

あいつの隣を欲しがって、どうにもならなかった。

 

俺は、何としても(あそこ)から離れたくて、蒼白で逃げた。

 

こんな醜い執着(モン)が噴き出すくらいなら、あのまま死んでいたかった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

ニンゲンとは、どうしようもなく、本当に

惚れる瞬間というものを、選べない生き物らしい。

 

あと少し早ければ、俺は小波を死者のタッグパートナーに選んで傷付けなどしなかっただろうし

もっと取り返しがつかないほど最初から好きだったら、迷わず黄泉の道連れにしただろう。そうならなかったことを、安堵する余裕は無かった。

 

よりによって、あんな瞬間に自覚して

あんな最期に惚れさえしなければ

 

そうすれば、今、こんな

チームの執着と感情の狭間で、がんじがらめになってはいなかった。

 

 

 

 

死体だと思い出した身に、こんな焦がすような感情はキツかった。

火で炙られたみたいに、耐えれば耐えるほど、酷くジリジリと苛んだ。

 

最悪なのは、少し油断すれば、この執着が間違いなく小波を不幸にすると分かってて、自分を止められないところだった。

 

小波の隣が欲しい。タッグパートナーの座を独占したい。アイツの周囲を排斥してでも。

新たな道を歩き始めた遊星やジャックやクロウと違って、傷を引きずった小波はまだチームを過去に出来ていない。

そうだ、アイツが、アイツさえいれば、チームサティスファクションは帰ってくる。そうすれば、俺が弾けさせたチームが、また。

 

それは、恐ろしいほど抗いがたい誘惑だった。わかってる、正気じゃない。

だからこそタチが悪い、取り憑かれたみたいな妄執だった。

 

────鬼柳、貴様の執着(ソレ)は……

 

こんなものは恋じゃない。

 

身勝手に全部弾けさせておきながら

目を逸らして責任から逃げたツケが来たのかもしれない。

 

今思えば、ジャックが小波との接触を絶ってくれて、本当に助かった。命拾いしたと言ってもいい。

わずかでも正気に戻るまで、時間を稼げた。

 

ジャックは間違いなく、俺の妄執に気付いていて、それで小波と俺の接点を絶ったのだ。

急にぶらりと街に帰ってきたはずの俺相手に、すぐさま先手が取れたのは、ジャックがずっと警戒して網を張っていたからに違いなかった。

 

少なくとも、ジャックが小波を大切に思っていて、本気で守ろうとしているのは明らかだった。当然だ。

それに悋気を起こしそうな自分に、眩暈がした。

 

(うそだろ)

 

逆の立場なら、こんな不安定な精神状態のヤツから、大事な仲間をまずは[[rb:一時>いっとき]]でも引き剥がす判断をするのは当然だ。

 

頭ではそれが分かってるのに、感情が自分の思い通りにならない。

 

 

もっとタチが悪いのは

そんな馬鹿げた妄執に、小波が一も二もなく頷くと、分かってるってことだ。

 

(……俺が求めれば、小波は絶対に拒まない)

 

俺は、顔を覆ってうめいた。

浮かんだ思考の醜悪さに、目も当てられない。

 

なにせ、遊星やジャックやクロウを裏切らせても、ダークシグナーの俺に着いてきたヤツなのだ。

 

アイツは俺が拾った。名前だって俺がやったようなもんだ。

寄せ集めのデッキとデュエルへの貪欲さ以外、何も持ってなかったアイツに居場所を与えて、本物の仲間を作ってやった。

 

大事な仲間と居場所と信頼。

その全部を裏切らせて、今際の際に欲しかった全部を、アイツはくれた。

最期まで付き合ってくれたアイツに、感謝していた。本当に、心から。

 

身勝手な俺の願いを叶えてくれたアイツの幸福が、今度こそ何の犠牲もなく叶ってほしいと祈っている。

遊星やジャックやクロウの未来を祈る気持ちと、そこに一点の差もないはずだった。

 

なのに。

 

 

遊星やジャックやクロウと同じように大切だった。

無垢に信頼されている自負があった。

 

五人揃って寒い夜に寄り添って馬鹿な話をした明け方の、キンと冷たい空気とか

争奪戦の直前まで分け合った、痺れるような高揚とか

雑魚寝するまでのわずかな時間、隣からする寝息と安堵の気配とか。

 

タッグを組むと、最高にカーッと熱くなって堪らない体温とか

やったカードを、何よりも大事そうに触れる指先とか

なんにも持たない手のひらで、デュエルだけ掴んで離さない貪欲さも

 

ただ、大切、だったはずだ。

 

名前を呼ぶと、パッと笑うところとか

照れると帽子で隠して、花のようにはにかむところとか

 

なんにも憶えてない心で

ただ嬉しそうに笑うところとか

 

ほんとは、そういう、他愛無い全部が

いつのまにか、特別で、宝物だった。

 

 

だが、こんなものは、恋じゃない。

この期に及んで、まだ、その功罪を利用しようなんて、反吐が出る。

 

 

 

 

アイツらの人生から、何としても消えた方がいいと、頭では分かっていた。

 

 

なのに、溺れるように酒を呑んだ真っ暗な夢の中で

目の前にバッタリと、ここにいないはずの小波が現れて

 

小波が、あの帽子の下から

心から嬉しそうに鬼柳に笑いかけた瞬間

 

俺は、冷水を浴びせられたみたいに

冷静になって

 

夢から飛び起きて、シティから逃げた。二度と戻らないつもりだった。

 

そして、やがて。

死んだ町、クラッシュタウンに流れ着いた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

『ハハ、迷う必要なんざねえだろォ?』

 

ダークシグナーの自分が、衝動を必死に抑え込む俺を指さして、嘲笑った。

 

『簡単さ。優しくささやいてやれよ。俺はもうどこにも行かない、ずっとお前のタッグパートナーでいてやるってな』

 

黒い眼をすがめて、ヤツは歪に高笑いした。

 

『それだけで、尻尾振って喜んでテメエのモンになるだろうさ』

「……やめろ」

 

『都合よく男と女だ。囲っちまえよ。それでお前は、チームを永遠にできる』

「やめろっ!!」

 

死体が最悪な口を利く悪夢は、鬼柳を夜ごと苛んだ。

 

 

「ふ、ざけんなッ!! そんなんじゃねえ、アイツは仲間だ!! 大事な仲間なんだ…!!」

 

ダークシグナーの俺は、失望したみたいな顔をした。

 

『アイツの涙を、誰にもやりたくないくせに』

 

ポタ、と瞳に落ちてくる、消えない感触に

俺は、片手で顔を覆って、うめいた。

 

アイツが俺を思って泣いている。

 

「違う、俺は、今度こそ、アイツらを」

 

痺れるみたいだった。

どうしようもなく歓喜する自分を止められない。俺は絶望した。

 

「アイツらを、不幸にしたくねえだけなのに」

 

 

 

なぜ、生き返ってしまったのだろう。

また仲間をめちゃくちゃにするくらいなら、あのまま素直に消えていれば良かったんだ。

 

『よっ、鬼柳っ』

『鬼柳!』

『おい、鬼柳』

『鬼柳っ』

 

仲間が呼ぶ声がする。

 

俺は、遅すぎる決心をした。

どこか遠く、遠くへ

 

アイツらの声が届かないくらい

ずっと暗く埃まみれのどこかへ

 

 

 

 

そして、やがて。死んだ町、クラッシュタウンに辿り着いた。

 

 

 

白く生まれ変わったワンハンドレッドアイドラゴンを手にして、よく分かった。

赤き竜が冥府の王から奪い去ったとはいえ、冥府の王はまだ鬼柳たちを取り戻す機会を狙っている。

 

これは、その烙印(マーカー)だ。

冥府の王が、奪われたダークシグナーを地獄の底から手招いている。

 

堕ちてこい、堕ちてこいと

逃しはしない、逃げられはしないと囁き声が

俺の欲を暴き立てる。

 

だが、今度こそ俺は

チームの誰も道連れにせず、独りで消えると決めた。

 

 

 

 

夕陽が落ちる。全てが終わった町で、埃まみれの命がけのデュエルタイムは、俺の勝利で幕を下ろす。

 

望んだ終わりは、まだ来ない。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「鬼柳ッ!!」

 

西部風の羽織りに袖を通して、死んだ町に不動遊星は彗星のように現れた。

鬼柳は、無表情の下で嘆いた。

 

ああ、間に合わなかった。

 

 

バーバラに何も知らないまま利用された遊星が、クラッシュタウンまで鬼柳を迎えに来てしまったのは痛かったが、それ自体は想定内だった。

俺がチームに執着しているように、遊星だって仲間に執着している。俺を地獄から取り戻そうとするのは、予測できた。だから、それまでにさっさと消えられれば理想だった。

 

 

計算外だったのは、隣に小波を伴っていたことだ。

こればっかりは、遊星の鈍さが恨めしかった。俺の死に場所に、よりによって最も巻き込んじゃならないヤツをまず真っ先に連れて来やがった。

 

遊星に、あの死んだ町でただ負けただけなら。

それを介錯に、死んだように生きていくこともできたかもしれない。

 

だが、これはダメだ。勝った遊星の隣に、小波がいた。

俺じゃない男の(タッグ)にアイツを残して、無様に負けて消えて満足だなんて、口が裂けても言えるはずがない。

 

『鬼柳! お前がこんなことで満足できるわけがないだろうッ!!』

 

ちくしょう。

 

遊星のセリフはどうしようもなく的外れで、どうしようもなく正しかった。

その真っ直ぐさが、何より憎くて大切だった。

 

 

大切だった。ジャックが、クロウがそうであるように、遊星も小波もかけがえのない仲間だった。優劣なんてあるわけがない。

 

だが、この妄執は小波を傷付ける。

チームへの想いと小波への想いは切り離せない。

 

だが、この二つを切り分けられないでいる限り

俺は小波を地獄に確実に道連れにする。

 

チームの五人目、ラストメンバー、小波。

ラストデュエルに最期まで付き合ってくれた、かけがえのないタッグパートナー。

俺が幕引きに選んだ、たった一人。

 

地下に落ちてもなお、答えはまだ出ない。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「はは、最っ高だぜ、チームサティスファクションの復活だ!!」

 

やっぱり、俺が愛したチームは最高で無敵だった。

再び集結したチームサティスファクションの前に、あらゆる障害は無に帰した。

地下からの脱出劇、首謀者の取り押さえ、町の解放まで、台風のように慌ただしく過ぎていく。

 

ギャングに占領されていたこの町は、今日から生まれ変わる。

デュエリストの墓場クラッシュタウンから、サティスファクションタウンへと。

 

俺は腹を括った。

この町の砂漠に、俺は骨を埋める。

 

 

 

人生のレールを外れクラッシュしたガラクタが集まる町、人生の墓場、クラッシュタウンを。

改名して『サティスファクションタウンにしよう』と最初に言い出したのが誰だったか今となっては分からないが

その熱狂はたちまち伝染して、町の連中は沸き立った。

 

俺はそれを、つぶさに見ていた。

その時だ。俺の中に、一度は消えたはずの凄まじい情熱が湧き上がったのは。

 

遊星が、ジャックが、クロウが、小波が駆け付けて、弾けたはずのチームが復活した一夜。

それを讃えてこの町は生まれ変わろうとしている。

 

この町は俺だ。

町の連中が、この町をあの名で呼ぶなら。コイツらは、俺のチームの傘下だ。

 

俺にはまだ、リーダーとしてやることが残っていた。

ああそうか。

 

「────……こんなところにあったのか」

あの頃、サテライトでどれだけ探しても見つからなかった『やり残し』が、こんなところに。

 

 

 

あの日、サテライトにダイダロスブリッジが開通した日。胸に湧き上がった情熱を思い出した。

サテライトは生まれ変わった。俺たちが統一したサテライトは、俺の手を離れて未来に進んでいった。きっと俺には、あの町を良い方向に導くこともできたはずだ。それだけの力があの頃の俺たちにはあった。

 

今なら、俺は。

満足の名を冠したこの町を、俺のチームの傘下に入ったたくさんの連中を。

真に満足できる未来へ導くことが、できるんじゃないのか。

 

その情熱は、あの頃の俺の生きる意味だった。

この町が今、俺に再び生きる意味をくれようとしている。

 

 

チームの誰かのために生きる瞬間(とき)

俺は、死体だったはずの俺は、心臓がバクバクとうるさくて、堪らないほど

確かに今ここで、命を燃やして生きていた。

 

 

 

分岐点の夜だった。

俺は、この先の人生を決める選択を前に、最後の一歩をまだ迷っていた。

 

遊星達からは、チーム5D'sの一員として再び力を貸してくれないかと誘われていた。

町の連中には、このまま町のリーダーとして町を導いて欲しいと言われていた。

 

返答の期限は明日。

遊星達がシティに帰る朝まで。

 

 

本当は、もうとっくに答えは出ている。必要なのは覚悟だけだ。

 

遊星たちと再びデュエルする未来。それは確かに心惹かれるが、向かう先は『俺のチーム』じゃない。

それは、俺にとって本当に重要なことだった。

第一、俺は既に、遊星やジャックやクロウと生きる未来を、チームをこの手で弾けさせた身だ。再びアイツらを内側から瓦解させることがあってはならない。そのために俺がどこに立つべきか、本当は分かってる。

遊星たちが望んでいるのは、あの頃のチームサティスファクションじゃない。俺との新しい未来だ。そのことは、誘う先のチーム名にも表れている。それを俺は、正しく理解していた。

 

必要なのは覚悟だけ。

大事な大事なチームの連中を、手放して新しい未来に送り出す覚悟だけ。

今それができなければ、生まれ変わったこの町だって、俺は自分の手の中に引き留め過ぎて潰してしまうだろう。

 

手放す覚悟。信じる覚悟。

この執着から仲間を解放して、未来に送り出す覚悟。

それは、俺が最期まで持てなかったもので、今どうしても必要なものだった。

答えはまだ、出ない。

 

あてがわれた仮宿の扉が、キィィ、と軋んだ音を立てたのは、そんな時だった。

俺は、深い深い物思いから浮上して、目を開けて振り返った。

 

闇夜の中に、赤い帽子とささやかな笑みが、当たり前みたいな顔でするりと滑り込んだ。

「小波?」

 

俺は、組んでいた脚をほどいて、がたん、と椅子から立ち上がった。

デッキが置かれた木製の丸テーブルが、揺れる。

 

小波は、月夜の中に浮かび上がるように、微笑みを絶やさなかった。独りだった。最近はいつも俺と小波の二人きりの邂逅を邪魔していたはずのジャックが居ない。撒いてきたのか。

 

「どうした?」

 

何か大切な用事があるのだと分かった。

小波は、ととと、と幼い子供がするみたいに鬼柳に寄って来て、迷わず鬼柳の右手を取って、何かを握らせた。

 

それは、カードだった。

少しの焼け焦げをはらんだ、数枚のカードだった。

 

 

俺は息を呑んだ。

 

 

デッキだ。

俺のデッキ、俺の魂、俺が愛した数枚のカード。

収容所で看守達に、嗤いながら焼かれたはずのカードだった。

 

俺は息をすることを忘れ、飛び付くようにカードを捲った。

手が震えた。それは、似た別のカードなどではなく、確かに鬼柳のカードだった。鬼柳が何万回と重ねたデュエルの手癖がそのまま残っている。

 

「──……!!!!」

 

焼けこげたノーマルカードが1、2枚と、綺麗なままのレアカードが数枚。

本当に数えるほどしか無かったが、確かにかつて俺のデーモンデッキに入っていたカードだった。

 

舌はもつれ、喉は震えた。

「お……ま、これ、どこで」

 

顔を上げた先で、小波は帽子の下で微笑んだ。

月明かりの中で、小波の微笑みが、少しだけ照れくさそうに、きゅっと下ろした帽子のつばに隠された。小波は何も答えなかった。

 

だが、鬼柳の脳みそは、素早く回転して、わずかな情報からその答えを導き出した。

ヒントは、焼け焦げたカードはノーマルで、綺麗なまま残っているのが全てレアカードであること。

 

鬼柳は、頬を流れ落ちる熱いものを、止められなかった。

ぽた、と焼けたカードに水滴が落ちた。

 

 

「そう、そうか、……そう、か」

 

 

押収した鬼柳のデッキから、看守がレアカードだけ抜いて、横領していたのだ、と分かった。

非レアのカードだけ鬼柳の前でこれ見よがしに焼いてみせ、残りは小遣い稼ぎに売り飛ばしでもしたのだろう。いかにもあの頃の収容所の看守がやりそうなことだった。

 

それを、小波がかき集めたのだと分かった。

数多あるカードの中から、どうやって見分けたのかは分からない。だが、膨大な時間が掛かったはずだ。情報を集めるだけでも困難だったはずだ。それを。

 

「……っ」

 

鬼柳は、カードを額にいだいて、両膝から崩れ落ちた。

 

小波がここ最近、やたらセキュリティの連中と懇意にしているのは知っていた。

悪辣なセキュリティに小波が食い物にされてやいないかと警戒したが、小波は笑って平然としていた。それどころか、息の合った見事なタッグデュエルを見せる小波に、鬼柳はひどく寂寥感を感じていた。

 

小波は、もう忘れてしまったのだと思っていた。

セキュリティへの恨みを、崩壊させられたチームへの憎悪を、鬼柳が殺されたセキュリティへの憎しみを。

 

だが、違った。

ぜんぶ俺のためだった。

 

「は、はは……」

 

泣き崩れた俺に、小波は何も言わず、ただ、同じように床にしゃがみ込んで、微笑んでいた。

何も言わなかった。充分だった。小波の想いは、カードが伝えてくれた。これ以上ないほど。

 

鬼柳はしゃくり上げた。

 

「……なあ、デッキ。……デッキ、見せてくれ。俺用の。……持ってるだろ」

 

涙の合間に、ようやく言葉にしたセリフは、最初で最後の確認だった。

途切れ途切れの俺の声に、小波は当たり前みたいにするりと腰に手をやって、迷わず二つのデッキを両手で差し出した。

 

片方は、デーモンデッキ。

片方は、インフェルニティデッキ用の、タッグパートナーデッキだった。

 

もう存在しないデッキに合わせた、あの時のまま時を止めたデッキと

ダークシグナーのあの頃ではなく、この町に生きる今の俺に合わせたパートナーデッキが、当たり前みたいにそこにあった。

 

「……ははっ」

 

全部、何もかも、失ってなんかいなかった。

馬鹿みたいだ。

俺がとっくに諦めちまったもんを、小波はこうしてかき集めて、俺のもとに帰してくれた。

もう一度デッキにするには足りなすぎる。なのに、消えちまったデッキに合わせたデッキなんて持ち歩いて、まるで今すぐタッグデュエルできるみたいに、一枚たりとも忘れてないと証明するみたいに。

 

俺とお前の中に、こんなに鮮やかに、あのデッキが生きてるのに。

あのデッキを殺しちまったのは、俺の心だった。今、鼓動があざやかに蘇るみたいに、あの日のデッキが息を吹き返す。

 

「なあ、」

 

俺は、差し出された二つのデッキの内、右手の方に手を重ねた。

空っぽなはずだった────ハンドレスのはずの俺の手に。

俺のためだけにあつらえられた、強い想いがあふれるようなインフェルニティデッキがある。

 

少しだけ何かが欠けた、そのちぐはぐなデッキは。

まるで、パズルのピースがハマるみたいに。

俺の持つデッキと呼応して、最大限、力が発揮できるように、今この瞬間もドクンと鼓動を鳴らし続けている。

 

「このデッキで、今度こそ俺と、タッグデュエルしてくれねえか。……今度は、間違えねえ。ただ、俺もお前も満足できる、そんな、……────そんな、最高のデュエルをしようぜ。何度でも」

 

小波は帽子の下で大きく目を見開いて、とても嬉しそうにこくん、と頷いた。

 

それだけでよかった。

俺の道は、決まった。

 

「なあ、小波。──……小波、俺さ」

 

顔を擦って、涙を拭う。

鬼柳は、ごくん、と息を呑んで、湧き上がる気持ちのまま、言葉にした。

 

「俺、お前のこと……お前さえ良かったら、俺と、この町で……」

 

涙を擦って、そう鬼柳が顔を上げた瞬間

ぐら、と小波の体は傾いて、急に鬼柳の腕の中に落ちてきた。

 

「!! おっと」

 

反射的に受け止めた鬼柳は、腕の中の小波が、すやすやと寝ていることに気付いた。

 

「…………あ? ……寝て、る?」

 

気付けば月の位置はすっかり傾いて、夜明けは近かった。

小波は時間になるといつも、電池が切れたみたいに突然寝る。そして、どれだけ起こしても絶対に起きない。

変わらなかった。あの頃と。何一つ。

 

「…………ははっ!」

 

鬼柳は一大決心の出鼻を挫かれて、小波を抱えたまま顔を覆って、高らかと笑った。

どうやら、フラれちまったらしい。

 

「そうだよな。お前は、こんな小さな町じゃなくて────自由にデュエルしてる方が似合うよな」

 

惚れた女が腕の中にいるのに、心はひどく満たされて穏やかだった。

コイツの心の中に、消えない自分の席が────揺るぎない自分の為の(パートナー)デッキが、あると分かったからかもしれなかった。

 

「よっ…と」

 

カードをテーブルに置いて、両腕で小波を抱き上げる。

そのまま仮宿のベッドに、自分の代わりに横たえさせた。

小波はすやすやと眠っていた。

 

「こんなんじゃ、なぁ? 満足できねえって」

 

赤い帽子の鍔を手に取って、隠された表情を露わにする。

 

ぎし、と安いスプリングが二人分の体重で軋む。

そうだな、ここで駄賃に唇の一つぐらいは貰っても良かったかもしれないが、もうこいつから奪うのはやめだとそう決めた。

閉じられた瞼の下に隠された瞳に向かって、鬼柳は宣言した。

 

「覚悟しとけよ」

 

手にした赤い帽子に小さくリップ音だけ落として

こつん、と額を合わせて、鬼柳は目を閉じた。

 

「…………さんきゅ、小波」

 

 

後はもう、パタン、と閉められたドアの音と

出て行った鬼柳の足音だけが、部屋に残された全てだった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

次の日の朝、鬼柳が寝ていたはずの部屋から出て来た小波に、クロウは鬼柳の顔を指さしながら物凄い顔をしたし、ジャックは殴り掛からんばかりだったが、鬼柳は必死に冤罪を主張した。遊星だけがよく分かっていない顔をしていた。

 

結局ジャックに何発か殴られたが、まあ、それでも俺の心は晴れやかだった。

 

遊星が、そんな俺を見て少し目を丸くした後、ふっと笑った。

「鬼柳。……迷いは消えたんだな」

 

安心した顔をする遊星に、「さすが、お見通しだな」と俺は軽やかに返した。

俺は、この町に残る決意を伝え、シティに帰る遊星たちを見送った。

 

焼け付くような執着は[[rb:形>なり]]を潜めて、この町を導く力強い情熱だけが胸に満ちていた。

さあ、やるべきことは、まだまだある。

 

「だが、まぁ。……こればっかりは、俺はあんま悪くねえと思うぜ。なあ?」

 

砂漠の向こうへ小さくなっていく遊星たちのDホイールを見送って。

鬼柳は一人、吹き抜ける風の中でぼやいた。

 

腰に帯びたデッキケースの奥底には、古いデーモンデッキのパーツが数枚。

鬼柳はデッキケースに静かに手をやった。ドクン、とデッキが呼応する。

 

胸に燃える執着は形を変えて、今はただ一人の横を欲している。

焼け焦げを残したカードの眠るデッキケースに、軽やかなキスを落として、ぺろり、と鬼柳は唇を舐めた。

 

「まだまだ満足できねえ。だろ? ……小波」

 

鬼柳京介はこの町で

焼け付くようなタッグデュエルの機会を待っている。

 

 

 





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