めちゃめちゃ非表示にしていた。
閲覧注意
いつの間にか、忘れてしまっていた。
ピッチを走るときに、何を思っていたのだろう。
相手からボールを奪えた瞬間、何を思っていたのだろう。
「こっちだ! 宇都宮!」
「…………」
ボールを蹴る度に、何を思っていたのだろう。
仲間の呼びかけに、何を思っていたのだろう。
『おおっと!? スルーパスではなく、ひとりワンツーだ! 走り込む味方をおとりにし、前半もまだ半分以上時間を残して宇都宮虎丸が三度目のシュートチャンスへ――
――決めた! 決めました!! 雷門中一年、宇都宮虎丸がハットトリック! 新時代の王者『雷門』の快進撃が止まらない――ッ!!』
まだ、止まるわけにはいかない。
大人たちが見ている。
「オイ、宇都宮! お前また……!」
「やめろ、無駄だ」
「でも……ッ!」
雷門に価値を示し続けなければ、このチームがなくなってしまう。
「あのスポンサーは、あくまでも宇都宮虎丸という天才だけに出資をしてくれているんだから」
「わかってる……わかっているんだよ! クソ……ッ!」
「そんなに怒るなよ。俺たちは関係ないんだ。後輩にこんな才能あふれる奴がいる。誇らしいよ」
「…………ありがとうございます」
小学生の頃は、窮屈で、苦しくて、罪悪感だらけだったサッカー。
――『我々“煌星アナリティクス”は、キミが誰よりもその才能を生かせるように、これから融資をさせてもらうことになった』
今は、
「ふぅ……」
こんなにつまらなかったっけ。
試合は、いつも通りの圧勝だった。
時間の限り、ボールを蹴って。
時間の限り、シュートを決める。
自分には才能があるから。
この才能は、守り育てなくてはいけないから。
「良かったな宇都宮。また勝ちだ」
ロッカーに戻ったチームメイトたちに、そんな言葉で労われる。
この言葉で、守れたことを実感する。
「うん。良かったね」
素直に笑みを浮かべながら部屋を出た。
◇
「ダメだ。ウチの過去販売品と比べても質が悪い。これを使ってボールを蹴った宇都宮の足への負担はどうなる! 先に彼の才能に目を付けた私の投資した財産をお前は負担できるのだろうな!」
「ひっ、申し訳ございません!」
扉を開く前から、怒鳴り声は聞こえていた。
「あの……」
「……! ――やあ虎丸君。よく来てくれた。今日の試合も、絶好調だったね!」
雷門中――否、虎丸個人に支援をしているスポンサー“煌星アナリティクス”の駆坂は、虎丸にだけは優しかった。
けれど、手の届く距離にはいたくないので、虎丸は扉から数歩だけしか部屋には入らない。
泣きはらした顔を隠す様にそっぽを向いたスーツ姿の男の人が、大急ぎで部屋から出て行った。
大人の世界を知らない虎丸でも、これが異常であることはわかる。
(気づいてないと思ってるのかな……)
所詮、彼らにとって中学生は騙しやすい子供に過ぎないのだろう。
駆坂は虎丸の機嫌を伺うかのように、不自然に口角を吊り上げた笑みを浮かべながら、椅子から立ち合がった。
「それで、どうだったかな。新しいスパイクの扱い心地は」
「……特に、大丈夫です。走りやすいし、蹴りやすい。硬さも、俺の足に合っている気がします」
虎丸はプロ選手などではないし、こんな待遇を受けてサッカーをしたのは中学に進学してからが初めてだ。
だから、自分に合っているかどうかは、自分の少ない経験と感覚からしか伝えようがない。
「そうか。ならよかった」
それでも駆坂は笑いながら頷いた。
「悪いけれど、もう少しだけ確認に付き合ってくれるかい?」
「勿論です」
かれこれ二十分付き合ってから、虎丸はロッカーに戻った。
ロッカーには自分の荷物以外何もなかった。
◇
「聞いたか宇都宮。今日からサッカー部に新しい監督が来るんだってよ」
「……新しい監督?」
休日の試合を終えて、月曜日の時間割とホームルームを終えて、部活に向かっている途中に同じクラスのチームメイトが言った。
「その反応。お前でも知らなかったんだな」
「う、うん。……どんな人なんだろう」
「さあ? まあ、お前に事前に伝えられただけよかったよ」
虎丸の半歩先を歩いていた彼が、下駄箱の前で立ち止まった。
ふと見てみると、彼は部活用の鞄も、スパイク用の袋も持っていない。
中身の少なそうなスクールバックを軽々と片手で持ちながら、気まずそうに頬を掻く。
部室のあるサッカー棟への最短ルートは、下駄箱とは反対方向だ。
「悪いな。俺、今日用事あるから……サボるわ」
「えっ」
「だから、今度聞かせてくれよ。新しい監督がどんな人だったか」
「……わ、わかったよ」
「助かる。じゃ、またな!」
「うん。また……」
誰かと帰る約束でもしていたのか、下駄箱の向こうで別れたばかりの彼の笑い声が聞こえる。
虎丸は下駄箱から外履きを取り、背を向けて、サッカー棟へ急いだ。
ロビーに誰もいない。
ロッカーに誰もいない。
トイレも覗いてみるが、誰もいない。
独りで準備を済ませて、グラウンドに出た。
やはり、誰もいなかった。
「なんで……」
嫌でも、思い出す。
見ないようにしていた、皆の顔。
――近くにいるのに、遠い存在を見ているかのような、あの目。
「……ッ! 違う! もう違うんだよ……!」
膝をつきながら、頭を抱えながら、振り払うように叫ぶ。
活気という言葉すら知らないみたいに静かなドームに、自分の孤独だけが響き渡る。
不意に、ドームの入り口が開く音がした。
虎丸は咄嗟に振り向いた。
そこに立っていたのは、制服姿の女子が九人。
集団の中心に立っていた綺麗な金髪を長く伸ばした女の子と、虎丸の目が合った。
釣り目の青い瞳は、虎丸に対する興味なんて持っていなさそうだった。
「まだ、人がいたのね」
当たり前だ。此処はサッカー部のための施設。サッカー部がいて何が悪い。
随分と歯に衣着せぬ言いぐさに、怒りすら湧きそうになる。
勢いのまま、虎丸は立ち上がっていた。
「なんなんですか、いきなり。アナタたちは、一体……!」
八つ当たりじみた疑問を言い放った虎丸。
女子集団はひるむわけでもなく目を丸くしていた。
かと思えば、中心の一人以外の八人がクスクスと笑い始めた。
「な、なんですか……!」
――記憶が、過る。
そんな思い出はない。
断じて、こんなことをされた思い出はないのに。
彼女たちの態度は、虎丸のトラウマを呼び起こすのには十分で――。
「――やめて」
震えていた虎丸を見てか、取り巻きの態度を恥じたのか、中心の一人が強い口調で静止を掛けた。
その圧力にひるむかのように、パッと彼女らは姿勢を正す。
「で、ですけど。この子は雷門中の生徒のくせに生徒会長、神門杏奈の顔すら知らないと」
「今まで生徒会が人前に立つ機会は少なかったのですから、認知が薄いのは当然でしょう?」
すると、神門杏奈、と呼ばれたその女子は、ゆっくりと足を前に進めて、虎丸の前に立った。
自然と他の八人とは少し離れて、虎丸の視線は神門杏奈ただ一人に集中する。
「私の友人がごめんなさい。……私はこの雷門中で生徒会長をしている神門杏奈と言います。あなたは?」
「……一年の宇都宮です。宇都宮虎丸」
「「「…………!?」」」
名を名乗った瞬間、神門杏奈の後ろの方から取り巻きたちの驚愕が聞こえた。
神門杏奈は伏し目がちに俯いて、
「そう。あなたが……」
何処か憂うように呟いた。
そして、何かを決心した神門杏奈の視線が、虎丸の目に突きつけられる。
何となく今から、伝えられる事実に、覚悟をしなくてはならないと思った。
虎丸は口の中の唾を呑み込んだ。
神門杏奈の唇が開く瞬間が、永遠を引き延ばしたかのようなスローモーションに見えていた。
「私たち生徒会は、サッカー部員総勢16名のうち……あなたを除いた15名からの退部手続きを確認し、受理しました」
「は―――――」
「これにより雷門サッカー部は、部活動としての規定を満たすことは出来ず……廃部となります」
それは、残酷な事実だった。
それは、空虚さの証明だった。
(やっぱり、そうなんだ……)
いつか来るとわかっていた限界だった。
◇
最終下校時刻直前になるまで、夕日の差し込む部室にひとり、虎丸は座っていた。
サッカーボールも、ラダーもコーンも出していない。
なんなら、すねあては手に持ったままだし、ジャージは両腕を通したままだった。
だって、1人ではサッカーが出来ない。
1人きりで練習するならサッカー部にいる意味は、きっと無い。
――『先に彼の才能に目を付けた私の投資した財産をお前は負担できるのだろうな!』
(あの人たち、どうするんだろ)
まるで興味のないことをぼうっと考えていた。
(あぁ、そっか……)
チームメイトなんてあってないようなものだった。
なぜなら宇都宮虎丸は、天才だから。
独りでも、ピッチに立てば勝利できるから。
きっと、何がなんでも立たせてくれる。
何もまだわからないけれど、この部室にはまた人が沢山やって来る。
何を諦めたいのか、虎丸はベンチに横たわる。
ふと、壁面に貼られたチラシが目についた。
監督が――もう前監督になったらしいが、とにかくその人が貼ったものだ。
『フットボールフロンティア』。
少年サッカーの全国大会。
昨年度、他でもないこの雷門サッカー部が優勝した全サッカープレイヤーの夢の舞台。
虎丸が入部したばかりの4月。
やめてしまった者たちも、前監督の掲げた『連覇』という言葉に熱を持っていた。
苦しい練習をしても、帰る頃には笑い合えていた。
サッカーを嫌っていた者なんていなかった。
(オレが……)
考えて、やめる。
うなだれながら、これからについてを考えようと頭を回す。
でも、回してわかるようなものじゃなくて。
やはり自分は子供のままだと痛感して。
虎丸は、ボールを手にして駆けだしていた。
十分前に迫った最終下校を、部活動の顧問をしている教員たちが敷地内各所で呼び回っている。
鞄は部室に置きっぱなし。それでも、足は止まらない。
正門を入ってすぐ、校舎正面の校庭は、芝が敷かれたサッカーコートになっている。
階段に回り道をする余裕はなく、斜面を駆け降りながら羽織っていたジャージを脱ぎ捨てる。
運が良い。
雷門中の広い敷地をくまなく確認するために、教師たちはほとんどが正門周辺から離れて追い込むように声をかけて回っているようだった。
正門への通路から一段下がった位置に用意されたコート内を、がむしゃらに駆け抜ける。
自分だけしか、ゴールに向かっていない。
そんな錯覚。
ボールを蹴る。
「……ッ」
なぜか、必殺技を打つ気にはならなかった。
入部時は、皆の目が輝いていたというのに。
「俺が、皆んなのサッカーを奪ったんだ」
ついさっき思い至った言葉の続きが思わず漏れた。
ゴールネットから弾み返ったボールを蹴り上げる。
そのまま、反対のゴールにボールを打ち込もうと足を振り上げた瞬間――、
「――先生方に怒られるわよ」
「……! 神門杏奈……さん」
蹴られなかったボールがただ落下する。
神門杏奈は階段から足を外して、斜面から虎丸の上着を拾い上げた。
土汚れを手で払いながら、ジャージを丁寧に折りたたんでから、彼女は虎丸の元にやって来る。
「まったく、下校時刻五分前ですよ…………鞄は?」
「………………置いてきました」
「えぇっ!? 本当に怒られても知りませんよ……!」
ジャージを御門杏奈から手渡される。
虎丸は僅かに頭を下げてからジャージに腕を通し直した。
「…………大丈夫なの?」
どうやら彼女は虎丸を心配しているらしかった。
そんなにわかりやすい表情をしていたのか、と虎丸は笑ってみせる。
自嘲気味な虎丸の笑みに、神門杏奈はきゅっと拳を握った。
「オイ、お前たち何をしている! もう時間だぞ!」
遠くから、男性教諭の怒声じみた大声が響き渡った。
周囲を見れば、他にも教師たちが正門周辺まで集まってきていた。
(だから、何だよ……)
虎丸は顔を隠す様に視線を伏せた。
「……ッッ」
その態度が、彼女に限界を迎えさせた。
力なく下向いていた虎丸の右腕が、突然、強い力で引っ張られた。
「……とにかく、貴方の荷物を取りに行きますよ! 部室で良いですね!」
「えっ……は、はい!」
神門杏奈の迫力に気圧されながら答える。
手を引かれながら、引きずられるように彼女を追った。
「なっ!? オイ、神門!?」
生徒会長である彼女の行動が想定外だったようで、教師たちは呆気に取られていた。
◇
思っていたよりも、あっさりと帰路に着けていた。
特に教員が追って来ることはなく、裏口から二人で抜け出せてしまった。
一応、裏口にも別の教師が配置されていたのだが……。
「誰だったんでしょう。アレ」
「校務員の方でしょうね。流石に私も名前までは知らされていないけれど、ずっと雷門に居てくださっているらしいです」
「気を遣わせてしまいましたかね……」
「……遣わせたんじゃなくて、遣ってくださったんです。自分を落としすぎないで」
むっとした表情で神門杏奈は言った。
このままではまた、怒らせてしまいそうだった。
「私に対しても、気を病む必要はないですから」
「あはは……」
先回りされてしまった。
「どちらにせよ、貴方とはゆっくり話す必要がありましたから。構いません」
「オレと話……?」
不意に、神門杏奈が立ち止まる。
一歩だけ進んでしまってから、虎丸も立ち止まった。
今度は何の遠慮もなく神門杏奈は口を開いた。
「サッカー部の廃部は……一時保留とすることに決めました」
「……! な、なんで……」
口ぶりからして、彼女が絡んでいるとしか思えなかった。
「……泣くほど悔しがっている人を前に、見ないふりなんて出来ないだけです。変な勘違いはしないようにね」
「な、泣く……? オレ、泣いてなんて――」
まるでピンと来ていない虎丸の目の前で、神門杏奈の表所がみるみる険しくなっていく。
その抗いがたい威圧感を地肌に当てられ、汗が止まらなくなる。
神門杏奈が何かを押しとどめるみたいにため息を吐いた。
「……気が付いていなかったの?」
目元を指さされた。
自分では確認しようがないが、有無を言わさぬ勢いが持つ説得力に負ける。
(な、泣いてたんだ……オレ……!?)
顔を一気に赤く染め上げる虎丸に、神門杏奈は頭を抱えながら再びため息を吐くと歩き出した。
置いていかれそうになって、彼女を追う。まだ聞いていないことがあったからだ。
「……とにかく、廃部は一時保留。これは生徒会と学校側の協議の末に出した公式の決定です」
「ありがとうございます……!」
河川敷では、知らない親子がサッカーボールを蹴り合っている。
「ですが、条件付き。先輩たちが戻ってくる予定もまだない以上、先程伝えた通り、一人きりでは部活動として認められません」
「……じゃあ、条件っていうのは一体――」
「フットボールフロンティア」
「え―――」
「少年サッカーの全国大会で、円堂さんたちが優勝をした大会。貴方も雷門中の生徒ならご存じでしょう?」
「そりゃあ、もちろん! だって――」
目標だった、という言葉は音にならなかった。
咄嗟に口を閉ざしてしまった虎丸から、神門杏奈は会話のターンを代わる。
「――勝ってください。フットボールフロンティアを勝ち続けて――雷門中に『連覇』という称号を持ち帰って。……それが条件。どう? やれる?」
断言されてしまった。
「や、やれるもなにも……! サッカー部はもうオレ1人なんだって! 何度も何度もアナタが――!」
これをスポンサーに伝えれば、何が何でも人員をそろえてくれる。
でも、それだけだ。
きっと、すぐにサッカーに絶望する。
「――もうすぐ、雷門に転校生がやってきます」
「転校生……」
「ええ、それも11人。ある中学校のサッカー部……いえ、元サッカー部だそうです」
「………………」
神門杏奈の言葉にした表現には、心当たりがあった。
それでも。
「……なんでもいいです」
ひどく冷え切った言葉だ。
それでも。
「神門先輩……オレ、なんだっていいんですよ。
サッカーの試合と同じように、人生にも始まりと終わりがあるのなら、今日はきっと、終わりだった。
それでも、
「オレ、フットボールフロンティアで優勝しますから。待っててください」
新しい戦いの始まりでもあったはずだ。
勢いで書いたせいで、ヒロインムーブしてしまってる気がするけどそんなつもりはない。
下向き気味の人に惹かれる子みたいになってしまったのも申し訳ない。
あと筆者がまだ社会に出てないのでスポンサード周りの解像度がアホほど低いです。ご注意ください。